Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.4
 

展望デッキに1人残された沙慈は、ぐっと拳を握り締める。刹那には自室に戻れと言われたが、とても穏やかに眠れる気分ではない。

いてもたってもいられず、沙慈は刹那達の後を追った。刹那に、どうしても何か言いたかったのだ。

すると、ブリーフィングルームの少し手前のところで、刹那の声が聞こえた。どうやら彼らは通路の途中で話し込んでいるようだった。

 

「沙慈・クロスロードには関わるな。」

相変わらず抑揚のない単調な刹那の物言いに、ロックオンも変わらずへらへらした様子だ。

「おいおい。別にちょっと自己紹介してただけだって。」

「彼はただの民間人だ。余計なことを言う必要はない。」

「わかってるって。」

「わかっていない。ロックオン・ストラトス、お前はもう少し自重するべきだ。でないと、お前自身、行動し難くなるんじゃないのか?」

すると、ロックオンはその目をすっと細めた。

「おかしなことを言うなぁ、刹那。オレの素性を知って、それでもここへ引っ張ってきたのはお前だ。オレの行動に関して、口を出さない約束じゃなかったか?」

刹那はそれには何も返さなかった。ただ真っ直ぐ、ロックオンを見つめるだけ。

だが、その刹那の瞳はすぐにロックオンの顔から逸らされた。

 

そんな刹那とロックオンの様子を、壁越しに沙慈はそっと見つめていた。

───あの2人、どういう関係なんだろう?

他のガンダムマイスターとは、またどこか違うようにも見える。

沙慈がそう思っていると、気配に気づいたのか、刹那の視線がこちらを向いた。思わず視線が交差して、沙慈はバツが悪そうに刹那達の前に姿をさらした。

「・・・ごめん。その・・・。立ち聞きするつもりはなかったんだけど。」

「部屋へ戻れと言ったはずだが。」

刹那の声には何の感情もない。

「どうしても、君と話をしたくて・・・。」

搾り出すように沙慈はそれだけ言うが、刹那は応じようとはしなかった。

「悪いが、これからミーティングだ。沙慈・クロスロード、ここから先はお前は立ち入り禁止のはず。大人しく部屋に戻れ。行くぞ、ロックオン。もう時間だ。」

刹那はそう言い捨てると、ロックオンを連れてブリーフィングルームへ消えてしまう。閉ざされたドアの前で、沙慈は1人、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

■■■   ■■■   ■■■

 

ブリーフィングルーム内。

スメラギ・李・ノリエガ他、ガンダムマイスター達が揃っていた。深夜だが、そんなことは彼らには関係ない。今後、行なわれるミッションプランについてのミーティングだった。

だが、その話に入る前に、刹那がスメラギの方を向いた。

「スメラギ・李・ノリエガ。 沙慈・クロスロードの件はどうなっている?」

「今、王留美に依頼して調整中よ。」

と、アレルヤが口を挟む。

「彼をどうするんです?」

「とりあえず、彼の個人情報を偽装させてもらうつもり。せっかく地球にいるんだし、手配が完了次第、どこか安全なところで降りてもらうのが無難でしょ。」

「一刻も早く、部外者には立ち去ってもらうべきだ。王留美には早急に対応してもらいたい。」

ティエリアがそう言い放つと、スメラギは「わかってるわよ」と流れる長髪をかき上げた。

「じゃあ、この話はここまでとして。今回のミッションプランの説明に入っていいかしら?」

スメラギのその声に、4人のマイスター達は黙って頷いた。

 

■■■   ■■■   ■■■

 

それから、数日後。

沙慈の部屋を刹那が訪れた。

「スメラギ・李・ノリエガが話があるそうだ。一緒にイーティングルームまで来てくれ。」

刹那にそう言われ、沙慈は自室を後にする。

 

イーティングルームまで向かう途中、沙慈は自分の前を歩く刹那に声をかけた。

「・・・刹那。しばらくここにいて、君やスメラギさんや他のマイスターの人達と少しだけど話もした。それで僕なりにいろいろ考えてみたんだ。」

刹那は肩越しに無言で沙慈を振り返る。

沙慈は続けた。

「どんな理由があろうと、武力で解決しようとする君達のやり方には賛成はできない。だけど僕は、僕のいた身近な世界のことしか知らない。でも、それじゃあいけないのかもしれないって思い始めたんだ。もっといろんな世界を知らなければいけないって。CBや、君のこともね。もちろん知ったからって、僕の幸せを奪った君達を許すつもりはないけど。」

すると、刹那の足が止まった。

───世界が知りたいなら、好きに学べばいい。だが、CBやオレのことは知る必要はない。」

そう言い切られて、沙慈は反論する。

「どうして・・・・っ!」

「どうしてもだ。どちらにせよ、お前にはもう関係のないことになる。」

刹那はそれだけ言うと、また前を向いて歩き始めた。

その後、沙慈が何を言っても、刹那は何も返さなかった。

 

沙慈が刹那に続いてイーティングルームに入ると、そこにはスメラギとガンダムマイスター達がいた。

部屋中央のテーブルに、スメラギがおり、その隣にはアレルヤが座っている。

少し離れたテーブルにはティエリアが離れて一人座っていて、さらにもっと奥のテーブルでロックオンも煙草を吸っていた。

刹那はスメラギのテーブルにつくよう、沙慈に指示する。

すると、彼女は沙慈に向けて、資料を提示した。

 

「何ですか?これ・・・。身分証明書?」

渡された資料に沙慈は目を通す。

そこに映っている写真は間違いなく自分のものなのに、名前も国籍も生年月日もまるでデタラメだ。

わけがわからずスメラギの顔を見ると、彼女はにっこり笑った。

「貴方の新しいプロフィールよ。こちらで用意させてもらったの。この艦を降りて安全に暮らしていくためには、必要なものとしてね。」

「どういうことですか?」

意味がわからず、沙慈は眉を吊り上げる。

と、刹那が付け加えた。

「沙慈・クロスロード。この名前は既にカタロンのメンバーとして保安局に記録されている。お前がその名を名乗る限り、どこへ逃げてもどのみち逮捕されるだろう。」

「そんな・・・っっ!!」

声を荒げる沙慈に、今度は奥のテーブルからロックオンが口を挟んだ。

「つまり早い話、あの石油精製施設の一件で“沙慈・クロスロード”は死んだと見せかける方が安全だってことさ。」

「僕に名前を捨てろって言うんですか!?」

思わず、沙慈は立ち上がった。

「お前のためだ。」

刹那はそう断言するが、沙慈は簡単には納得できない。ぎゅっと両手の拳を握り締めた。すると、溜まらずアレルヤが仲裁に入る。

「まぁまぁ。いきなり名前を変えろなんて言われたら、びっくりするのも当然だよ。だけど、こうでもしないと保安局の目を逃れることは不可能なんだよ。」

テーブルに頬杖をついて、スメラギも続けた。

「これが私達が貴方にしてあげられる最善の方法なの。新しい住居の手配も済んでいるから、近いうちに艦を降りてもらうことになると思うけど。」

その言葉に沙慈はわずかに瞳を見開くと、目の前にある資料をもう一度見つめた。

そして、その資料をすっとスメラギへつき返す。

「・・・・せっかくですけど、これ、受け取れません。」

「沙慈君、気持ちはわかるけど───

スメラギが言い含めようとしたが、それを沙慈は遮った。

「僕はっ!!僕は、自分の名前を捨てる気もないし、この艦も降りません。」

その瞬間、部屋の空気が固まった。

名前のことはともかく、艦を降りることを拒否されるとは思っていなかったCBのメンバーは皆、息を呑むしかない。

まさかの展開に沈黙が落ちる。

が、その沈黙を最初に破ったのはティエリアだった。

眼鏡の淵を上げながら、鋭い瞳が沙慈を映す。

「君は何か勘違いしているようだが───ここは民間人の保護収容施設ではない。そもそも、CBが民間人を連れて航行すること自体、本来あってはならない状況だというのに、今回は非常事態としてやむおえず受け入れたまでのこと。つまり、 この艦を降りるかどうか決めるのは君じゃない。こちらが決める事だ。」

だが、沙慈も負けてはいなかった。

ティエリアをぐっと睨み返して言い放つ。

「だったら───!僕をどうしても降ろすって言うなら、ここで僕が知り得たことを口外します!!」

と、感嘆したようにロックオンが口笛を吹く。

ティエリアはそれを無言で睨みつけた後、沙慈を忌々しそうに見据え、「恩を仇で返すとは、まさにこのことだな」と小さく呟いた。

 

「ちょ、ちょっと。何を言い出すのよ?沙慈君。」

スメラギは困ったように苦笑いするが、刹那は無感情な様子で淡々と告げた。

「沙慈・クロスロード、お前がこの短期間で入手できた情報など、たかが知れている。そんな脅し、オレ達には通用しない。」

もちろん、それは沙慈にもわかっていた。

沙慈は実際、CBのことを大して知ったわけでもない。

だが、それでも、今の沙慈にはそう言うしかなかったのだ。

イチかバチかの賭けだった。

「だが、たとえどんな些細な事であっても、部外者の口から情報が漏れるなど不愉快だ。それならば、いっそ君の口を封じるという手段も考えさせてもらうが。」

冷徹な顔で物騒なことを言い出したティエリアに、今度はアレルヤが声を荒げる。

「ティエリア!」

それでも沙慈は引かなかった。

「何と言われようと、僕はこの艦を降りる気はありません!お願いします!僕をこの艦においてください!!」

「そう言われても───。困ったわね・・・。」

腕組みするスメラギの後ろから、ロックオンが声をかけてきた。

その目は沙慈に向いている。

「それで?ここに残って観光船気取りで、オレ達の戦いっぷりを観戦するとでも?」

「そんなつもりはありません!」

沙慈はそう言い返すが、ロックオンは鼻で笑った。

「そうは言ってもなぁ。オレ達は戦争やってるんだぜ?タダメシ食らいを乗せて航行できるほど、この艦に余裕があるとも思えないが?」

「だったら、僕も働きます!」

すると、ロックオンはへぇ?と面白そうな目をして見せた。だが、ティエリアは苛立ったように髪を揺らす。

「馬鹿な!ただの民間人に何ができると言うんだ!」

「学校では宇宙工学を専攻していました。作業用ロボットの操縦くらいなら僕にだってできます!」

───だってさ。頼もしいなぁ。」

人事のようにそう笑うロックオンに、ティエリアが「それが何だ」と舌打ちをする。

予想外の方向に進み出した話に、アレルヤがどうしたものかとスメラギの顔を見ると、彼女は疲れたように息を吐いた。

「・・・まぁ、ともかく。とりあえず、この件は一時保留ね。解散にしましょう。」

スメラギがそう言うと、ティエリアは不機嫌そうに部屋を出て行く。

沙慈も、再び来た時と同じ様に刹那に連れられて、自室へと戻ることとなった。

 

───何故、あんなことを言った?」

刹那が問う。

何も答えない沙慈に、刹那は追い討ちをかけた。

「わかっているのか?ここに残るということがどういうことなのか。」

「わかってるよ!」

そう、沙慈にはわかっていた。

だけど、この艦を今、降りたくはなかった。

刹那やガンダムマイスター達のことを何も知らないまま、平和な世界に戻るのは嫌だったのだ。

しかし、だからと言って、CBに参加して彼らの手伝いをしたいと思っているわけでもない。

あの場はああ言うしかなかっただけ。

矛盾していると、自分でも気づいていた。

でも、どうしようもないのだ。

黙り込んでしまった沙慈に、刹那もそれ以上、何も言葉をかけることはなかった。

 

 

To be continued

 

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