ACT.4
展望デッキに1人残された沙慈は、ぐっと拳を握り締める。刹那には自室に戻れと言われたが、とても穏やかに眠れる気分ではない。
いてもたってもいられず、沙慈は刹那達の後を追った。刹那に、どうしても何か言いたかったのだ。
すると、ブリーフィングルームの少し手前のところで、刹那の声が聞こえた。どうやら彼らは通路の途中で話し込んでいるようだった。
「沙慈・クロスロードには関わるな。」
相変わらず抑揚のない単調な刹那の物言いに、ロックオンも変わらずへらへらした様子だ。
「おいおい。別にちょっと自己紹介してただけだって。」
「彼はただの民間人だ。余計なことを言う必要はない。」
「わかってるって。」
「わかっていない。ロックオン・ストラトス、お前はもう少し自重するべきだ。でないと、お前自身、行動し難くなるんじゃないのか?」
すると、ロックオンはその目をすっと細めた。
「おかしなことを言うなぁ、刹那。オレの素性を知って、それでもここへ引っ張ってきたのはお前だ。オレの行動に関して、口を出さない約束じゃなかったか?」
刹那はそれには何も返さなかった。ただ真っ直ぐ、ロックオンを見つめるだけ。
だが、その刹那の瞳はすぐにロックオンの顔から逸らされた。
そんな刹那とロックオンの様子を、壁越しに沙慈はそっと見つめていた。
───あの2人、どういう関係なんだろう?
他のガンダムマイスターとは、またどこか違うようにも見える。
沙慈がそう思っていると、気配に気づいたのか、刹那の視線がこちらを向いた。思わず視線が交差して、沙慈はバツが悪そうに刹那達の前に姿をさらした。
「・・・ごめん。その・・・。立ち聞きするつもりはなかったんだけど。」
「部屋へ戻れと言ったはずだが。」
刹那の声には何の感情もない。
「どうしても、君と話をしたくて・・・。」
搾り出すように沙慈はそれだけ言うが、刹那は応じようとはしなかった。
「悪いが、これからミーティングだ。沙慈・クロスロード、ここから先はお前は立ち入り禁止のはず。大人しく部屋に戻れ。行くぞ、ロックオン。もう時間だ。」
刹那はそう言い捨てると、ロックオンを連れてブリーフィングルームへ消えてしまう。閉ざされたドアの前で、沙慈は1人、ただ立ち尽くすしかなかった。
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ブリーフィングルーム内。
スメラギ・李・ノリエガ他、ガンダムマイスター達が揃っていた。深夜だが、そんなことは彼らには関係ない。今後、行なわれるミッションプランについてのミーティングだった。
だが、その話に入る前に、刹那がスメラギの方を向いた。
「スメラギ・李・ノリエガ。 沙慈・クロスロードの件はどうなっている?」
「今、王留美に依頼して調整中よ。」
と、アレルヤが口を挟む。
「彼をどうするんです?」
「とりあえず、彼の個人情報を偽装させてもらうつもり。せっかく地球にいるんだし、手配が完了次第、どこか安全なところで降りてもらうのが無難でしょ。」
「一刻も早く、部外者には立ち去ってもらうべきだ。王留美には早急に対応してもらいたい。」
ティエリアがそう言い放つと、スメラギは「わかってるわよ」と流れる長髪をかき上げた。
「じゃあ、この話はここまでとして。今回のミッションプランの説明に入っていいかしら?」
スメラギのその声に、4人のマイスター達は黙って頷いた。
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それから、数日後。
沙慈の部屋を刹那が訪れた。
「スメラギ・李・ノリエガが話があるそうだ。一緒にイーティングルームまで来てくれ。」
刹那にそう言われ、沙慈は自室を後にする。
イーティングルームまで向かう途中、沙慈は自分の前を歩く刹那に声をかけた。
「・・・刹那。しばらくここにいて、君やスメラギさんや他のマイスターの人達と少しだけど話もした。それで僕なりにいろいろ考えてみたんだ。」
刹那は肩越しに無言で沙慈を振り返る。
沙慈は続けた。
「どんな理由があろうと、武力で解決しようとする君達のやり方には賛成はできない。だけど僕は、僕のいた身近な世界のことしか知らない。でも、それじゃあいけないのかもしれないって思い始めたんだ。もっといろんな世界を知らなければいけないって。CBや、君のこともね。もちろん知ったからって、僕の幸せを奪った君達を許すつもりはないけど。」
すると、刹那の足が止まった。
「───世界が知りたいなら、好きに学べばいい。だが、CBやオレのことは知る必要はない。」
そう言い切られて、沙慈は反論する。
「どうして・・・・っ!」
「どうしてもだ。どちらにせよ、お前にはもう関係のないことになる。」
刹那はそれだけ言うと、また前を向いて歩き始めた。
その後、沙慈が何を言っても、刹那は何も返さなかった。
沙慈が刹那に続いてイーティングルームに入ると、そこにはスメラギとガンダムマイスター達がいた。
部屋中央のテーブルに、スメラギがおり、その隣にはアレルヤが座っている。
少し離れたテーブルにはティエリアが離れて一人座っていて、さらにもっと奥のテーブルでロックオンも煙草を吸っていた。
刹那はスメラギのテーブルにつくよう、沙慈に指示する。
すると、彼女は沙慈に向けて、資料を提示した。
「何ですか?これ・・・。身分証明書?」
渡された資料に沙慈は目を通す。
そこに映っている写真は間違いなく自分のものなのに、名前も国籍も生年月日もまるでデタラメだ。
わけがわからずスメラギの顔を見ると、彼女はにっこり笑った。
「貴方の新しいプロフィールよ。こちらで用意させてもらったの。この艦を降りて安全に暮らしていくためには、必要なものとしてね。」
「どういうことですか?」
意味がわからず、沙慈は眉を吊り上げる。
と、刹那が付け加えた。
「沙慈・クロスロード。この名前は既にカタロンのメンバーとして保安局に記録されている。お前がその名を名乗る限り、どこへ逃げてもどのみち逮捕されるだろう。」
「そんな・・・っっ!!」
声を荒げる沙慈に、今度は奥のテーブルからロックオンが口を挟んだ。
「つまり早い話、あの石油精製施設の一件で“沙慈・クロスロード”は死んだと見せかける方が安全だってことさ。」
「僕に名前を捨てろって言うんですか!?」
思わず、沙慈は立ち上がった。
「お前のためだ。」
刹那はそう断言するが、沙慈は簡単には納得できない。ぎゅっと両手の拳を握り締めた。すると、溜まらずアレルヤが仲裁に入る。
「まぁまぁ。いきなり名前を変えろなんて言われたら、びっくりするのも当然だよ。だけど、こうでもしないと保安局の目を逃れることは不可能なんだよ。」
テーブルに頬杖をついて、スメラギも続けた。
「これが私達が貴方にしてあげられる最善の方法なの。新しい住居の手配も済んでいるから、近いうちに艦を降りてもらうことになると思うけど。」
その言葉に沙慈はわずかに瞳を見開くと、目の前にある資料をもう一度見つめた。
そして、その資料をすっとスメラギへつき返す。
「・・・・せっかくですけど、これ、受け取れません。」
「沙慈君、気持ちはわかるけど───」
スメラギが言い含めようとしたが、それを沙慈は遮った。
「僕はっ!!僕は、自分の名前を捨てる気もないし、この艦も降りません。」
その瞬間、部屋の空気が固まった。
名前のことはともかく、艦を降りることを拒否されるとは思っていなかったCBのメンバーは皆、息を呑むしかない。
まさかの展開に沈黙が落ちる。
が、その沈黙を最初に破ったのはティエリアだった。
眼鏡の淵を上げながら、鋭い瞳が沙慈を映す。
「君は何か勘違いしているようだが───。ここは民間人の保護収容施設ではない。そもそも、CBが民間人を連れて航行すること自体、本来あってはならない状況だというのに、今回は非常事態としてやむおえず受け入れたまでのこと。つまり、
この艦を降りるかどうか決めるのは君じゃない。こちらが決める事だ。」
だが、沙慈も負けてはいなかった。
ティエリアをぐっと睨み返して言い放つ。
「だったら───!僕をどうしても降ろすって言うなら、ここで僕が知り得たことを口外します!!」
と、感嘆したようにロックオンが口笛を吹く。
ティエリアはそれを無言で睨みつけた後、沙慈を忌々しそうに見据え、「恩を仇で返すとは、まさにこのことだな」と小さく呟いた。
「ちょ、ちょっと。何を言い出すのよ?沙慈君。」
スメラギは困ったように苦笑いするが、刹那は無感情な様子で淡々と告げた。
「沙慈・クロスロード、お前がこの短期間で入手できた情報など、たかが知れている。そんな脅し、オレ達には通用しない。」
もちろん、それは沙慈にもわかっていた。
沙慈は実際、CBのことを大して知ったわけでもない。
だが、それでも、今の沙慈にはそう言うしかなかったのだ。
イチかバチかの賭けだった。
「だが、たとえどんな些細な事であっても、部外者の口から情報が漏れるなど不愉快だ。それならば、いっそ君の口を封じるという手段も考えさせてもらうが。」
冷徹な顔で物騒なことを言い出したティエリアに、今度はアレルヤが声を荒げる。
「ティエリア!」
それでも沙慈は引かなかった。
「何と言われようと、僕はこの艦を降りる気はありません!お願いします!僕をこの艦においてください!!」
「そう言われても───。困ったわね・・・。」
腕組みするスメラギの後ろから、ロックオンが声をかけてきた。
その目は沙慈に向いている。
「それで?ここに残って観光船気取りで、オレ達の戦いっぷりを観戦するとでも?」
「そんなつもりはありません!」
沙慈はそう言い返すが、ロックオンは鼻で笑った。
「そうは言ってもなぁ。オレ達は戦争やってるんだぜ?タダメシ食らいを乗せて航行できるほど、この艦に余裕があるとも思えないが?」
「だったら、僕も働きます!」
すると、ロックオンはへぇ?と面白そうな目をして見せた。だが、ティエリアは苛立ったように髪を揺らす。
「馬鹿な!ただの民間人に何ができると言うんだ!」
「学校では宇宙工学を専攻していました。作業用ロボットの操縦くらいなら僕にだってできます!」
「───だってさ。頼もしいなぁ。」
人事のようにそう笑うロックオンに、ティエリアが「それが何だ」と舌打ちをする。
予想外の方向に進み出した話に、アレルヤがどうしたものかとスメラギの顔を見ると、彼女は疲れたように息を吐いた。
「・・・まぁ、ともかく。とりあえず、この件は一時保留ね。解散にしましょう。」
スメラギがそう言うと、ティエリアは不機嫌そうに部屋を出て行く。
沙慈も、再び来た時と同じ様に刹那に連れられて、自室へと戻ることとなった。
「───何故、あんなことを言った?」
刹那が問う。
何も答えない沙慈に、刹那は追い討ちをかけた。
「わかっているのか?ここに残るということがどういうことなのか。」
「わかってるよ!」
そう、沙慈にはわかっていた。
だけど、この艦を今、降りたくはなかった。
刹那やガンダムマイスター達のことを何も知らないまま、平和な世界に戻るのは嫌だったのだ。
しかし、だからと言って、CBに参加して彼らの手伝いをしたいと思っているわけでもない。
あの場はああ言うしかなかっただけ。
矛盾していると、自分でも気づいていた。
でも、どうしようもないのだ。
黙り込んでしまった沙慈に、刹那もそれ以上、何も言葉をかけることはなかった。
To be continued