ACT.5
プトレマイオスは、相変わらず深海を航行していた。
浮上すれば、自分が艦から降ろされてしまう不安を抱える沙慈にとっては、今しばらくの猶予を得たと言っていいのかもしれない。
沙慈が艦を降りることを拒否したあれから、その件についての話し合いが行なわれることはなかった。
正直、沙慈がどんなに駄々をこねたところで強硬手段を取られたら叶う相手ではないのは明白である。
先行きは依然、不透明のままだ。
───だけど、今、この艦を降りたくはないんだ。
ベッドで両膝を抱え込む腕に、沙慈は力を込めた。
CBは。
ガンダムは、戦争を終わらせる為に戦っていると言う。
戦いを終わらせるために、戦いをするなんて矛盾していると思う。
だけど、だったら自分は、戦いを終わらせる為に何ができるだろう?
「・・・僕にも、何かできることってあるのかな。」
それが何か見つけたい。ここでならそれが見つけることができるだろうか?
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沙慈の部屋を刹那が訪れた。
相変わらず能面のような表情で、刹那は「ついて来い」とだけ沙慈に言った。
もしかしてとうとう艦から引きずり降ろされるのだろうかと、沙慈は不安を募らせる。
「・・・あの。刹那、どこへ?」
沙慈の問いに、刹那は前を向いたまま答えた。
「トレミー中央の動力室だ。」
「動力室?そんなところへどうして?」
「整備士が足りない。人手があるなら寄越すよう言われた。」
誰に?と沙慈は首を傾げるが、それよりも刹那が言わんとしていることがわかって、目を大きく見開いた。
「僕に・・・仕事を!?」
すると、刹那が肩越しに小さく振り返って、足を止めた。
「沙慈・クロスロード。お前をこの艦から降ろさないと決めたわけじゃない。ただ暫定的な処置として、スメラギ・李・ノリエガの許可を得ただけのことだ。」
さらに刹那は「それに」と付け加える。
「ここで働くという事は、オレ達CBに参加するということになる。お前はそれでいいのか?」
意思の強い瞳でそう見据えられると、沙慈はぐっと詰まった。
「・・・良くはないよ。だけど、ここに居させてもらうにはそれしか方法がない。」
「そこまでして、お前がここに残る理由があるのか?」
理由はある。だから、今度は沙慈は力強く言った。
「───君達が戦う理由を知りたいんだ。」
そして、世界から戦争を失くす為に自分にも何かできる事がないか、それを探したい。
沙慈の言葉に、刹那は真っ直ぐ見つめ返すだけで何も言いはしなかった。
だから、沙慈は問わずにはいられなかった。
「刹那、君はどうして戦うんだ?」
「オレにできるのは、戦うことだけだからだ。」
淡々と刹那は返す。だが、それでは沙慈は納得できなかった。
「でも、戦いからじゃ何も生まれない。失っていくばかりだ。」
「破壊の中から生み出せるものもある。」
───そんなものあるんだろうか?
沙慈には刹那の言うことがわからない。言葉を失う沙慈に、刹那は続けた。
「オレは世界の歪みをガンダムで断ち切る。未来のために。それがオレがガンダムと戦う理由だ。」
刹那はそれだけ言うと、再び前を向いて歩き出す。
刹那のその小さな背中に、沙慈はもう何も言う事はできなかった。
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動力室に連れて行かれた沙慈を出迎えたのは、人の良さそうな中年の男性だった。刹那は彼に沙慈を引き合わせると、さっさとその場を離れてしまう。
作業で汚れている顔をタオルで拭いながら、男性が言った。
「宇宙工学を専攻してたって?資格は?」
「・・・あ、はい。宇宙技師の2種免なら・・・。」
沙慈がそう答えると、男性は「よし」と頷いて手を差し出した。
「イアンだ。イアン・ヴァスティ。」
「沙慈・クロスロードです。よろしくお願いします。」
握手を済ませると、イアンは早速仕事の手伝いを沙慈に指示した。
「艦を降りないって言ったそうじゃないか。」
作業する手を止めることなく、イアンが言う。
沙慈はそんなイアンを一瞬見つめ、それから小さく「はい」と頷いた。
「それは、オレ達CBと一緒に戦う覚悟があるってことなのか?」
「そういう・・・わけ・・ではないんですけど。」
尻蕾になる沙慈の口調に、イアンはふーん?と首を傾げ「ま、何でもいいけどな」と言い捨てた。
「イアンさんはどうして戦うんですか?」
先程、刹那にした同じ質問を沙慈は今度はイアンにする。
彼はどんな答えを返してくれるだろうと。
「嫌と言うほど戦場を見てきて、戦争を失くしたいと思ったからだ。ここにいる連中も同じだ。戦場の最前線に送られた者、軍に体を改造された者、家族をテロで失った者、ゲリラに仕立て上げられた者。みんな戦争で大切なものを失っている。世界にはそういう現実があるんだ。」
戦争で大事なものを失ったのは、沙慈も同じだ。
だけど、ここにいる人達もみんな───?
刹那は?
刹那もそんな1人なんだろうか。
「でも・・・。」
すると、沙慈の言葉にイアンは遮るように言う。
「・・・そうさ。ワシらは犯罪者さ。罰は受ける。戦争を失くしてからな。」
イアンのその瞳には、沙慈の想像もつかないような覚悟が見て取れた。
戦争でみんな大切なものを失って
戦争を失くしたいと思って
そのために自ら犯罪者となって
罰を受ける覚悟で戦争をしているなんて
それが正しいことなのか、沙慈にはわからない。
でも、そんなの悲し過ぎる───
沙慈は胸の奥がどこか軋むのを感じた。
To be continued