Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.7
 

夕闇に立ち上る黒煙を見て、沙慈は愕然と砂漠に両膝を着いた。体中の血が凍りついたように寒く、ガクガクと震えが止まらない。

 

刹那は言っていた。

カタロンの施設はこの砂漠に設置された装置からGN粒子が散布されているから、連邦に見つかる事はないと。

だから、安全な場所なのだと。

───僕が・・・・!僕が話したせいで・・・・!!

安全だったはずの場所は、沙慈から漏れた情報によりアロウズに場所を特定され、襲撃を受けた。

施設のその壊滅的な被害状況は、カタロンには大した戦力はないのだと言っていたロックオンの言葉を裏付ける。

沙慈は自分のしでかしたことの意味を、この時、初めて理解した。

 

■■■   ■■■   ■■■

 

焼け焦げた施設内に恐る恐る沙慈は足を踏み入れる。瓦礫と化したカタロンの施設には、至るところに 無残な死体が転がっていた。

足がすくんでそれ以上先へは進めなくなった沙慈の耳に、男の怒声が届く。

そちらへ視線を向けると、刹那を覗く3人のマイスター達がカタロンの構成員らに詰め寄られていた。

「貴様達がここの情報を漏らしたのか!」

「そんなことはしていない。」

「貴様らのせいで!貴様らが仲間を殺したっっ!!」

カタロンの男の1人がティエリアに銃口を向ける。と、それをロックオンが制し、何とかその場を治めていた。

沙慈はただ呆然と立ち尽くす。

───違う。彼らじゃない。僕が・・・・僕が・・・・!

心の中でそう思っても、口が震えて言葉にならない。

どうしたらいいかわからなくてうろたえる沙慈は、ふとこちらに気づいたらしいティエリアと目が合った。

反射的に沙慈は視線を逸らし、よく動かない足を無理矢理動かしてその場を逃げようとする。しかし、それを許さないとばかりにティエリアは沙慈の肩を掴んだ。

「ここで何をしている?」

問われても、沙慈は顔を引きつらせて振り返ることしかできなかった。ティエリアの冷静な眼差しが沙慈を真っ直ぐに射る。

「君は何か知っているのか?」

何も答えない沙慈をどう受け取ったのか、ティエリアはそのまま沙慈の腕を掴むと、奥へと引きずって行った。

「何をした?」

そう問いただすティエリアの瞳は、沙慈が何かしでかしたことを既に確信しているようだった。

「誰だ?君はアロウズのスパイか?」

「違うっっ!僕は───っ!」

言いよどむ沙慈に、ティエリアは殺気を込めて言った。

「わけを話してもらうぞ。沙慈・クロスロード。」

最早、言い逃れはできない。沙慈は震えながら、全てをティエリアに話した。

 

■■■    ■■■   ■■■

 

パンと乾いた音が響く。

ティエリアの手が沙慈の頬を引っ叩いたのだ。

だが、皮肉な事に頬を殴られた痛みよりも、なじられた言葉の方がよほど沙慈には辛かった。

しかし、ティエリアの厳しい言葉は真実である。

そんなつもりじゃなかったと沙慈がその場に泣き崩れた時、ちょうどそこへ刹那が現れた。

「どうした?」

沙慈とティエリアの様子に不審げに刹那が眉を寄せる。と、ティエリアは足元の沙慈から、刹那へと視線を向けた。

「どうもこうもない。このカタロンの施設がアロウズに襲撃される原因を作ったのは彼だ。」

「沙慈・クロスロードが?」

眉を吊り上げた刹那は、解せないといった風な顔で続けた。

「しかし、どうやってそんなマネを───

「我々がこの施設を去った後、彼は単独でこの施設から飛び出したそうだ。そこで間抜けにも連邦に拘束され、ヤツらにCBとの関与を示唆されると、そのまま洗いざらい全てを話したらしい。」

「では、連邦からアロウズに沙慈・クロスロードの情報が渡ったと?」

「そういうことだ。」

刹那の問いに、ティエリアは呆れたように言い捨てた。

床に伏して泣く沙慈は、顔をあげることができない。刹那にどんな顔をすればいいのか、わからなかった。

しばしの沈黙の後、刹那は沙慈は言った。

「沙慈・クロスロード。どうしてここを出たりした?」

「僕は・・・僕はただ・・・。艦を降りたくなくて・・・・。君達を追いかけようと思って・・・・。ただそれだけだったんだ。カタロンの人達がこんなことになるなんて、想像もしなかった・・・・」

泣きながら返す沙慈に、ティエリアは眉を顰めた。

「全く、愚かとしか言い様がない。」

すると、刹那がすっと目を細めてティエリアを見つめた。

「ティエリア。このことはカタロン側には───

「言えるわけないだろう? そんなことをすれば、新たな火種を生むだけだ。」

そのとおりだった。多くの仲間を失ったカタロンは、混乱しているとはいえ、アロウズの内通者がいるのではとガンダムマイスター達にまで詰め寄るくらいなのだ。

たとえ、他意はなかったとしても、沙慈がその張本人だと知れたら、ただごとではすまないだろう。だが、この時、沙慈は自分の起こしたことの重大さからカタロンへ身柄を引き渡されても構わないと思っていた。

むしろ、そうしてもらうことで少しでも自分の罪が償えるのならと───

 

そこへ、アレルヤが現れた。

「ああ、刹那にティエリア。探したよ。ちょっと来てもらえないかな。カタロン側が今後について話し合いたいって・・・沙慈君?一体、どうしたの?」

泣き伏している沙慈を取り囲むようにして立つ刹那とティエリアに、アレルヤは首を傾げる。

すると、ティエリアは疲れたように髪をかき上げて、アレルヤを見た。

「詳しい事は後で説明する。それより、カタロンは何と?」

「とりあえず、ここを離れる手配を早急にしたいということなんだけど。そのために必要な資材や食料の援助について、今、ロックオンが彼らと話を。」

アレルヤの口からロックオンの名が出たところで、刹那が不意に視線を上げた。

「・・・ティエリア。ロックオンは、沙慈・クロスロードの件を知っているのか?」

───いや。だが、こうなってしまった以上、彼をここに置いていく事もできまい。ならば、CBの皆には事情を説明する必要があるだろう。」

「そうか」と俯く刹那を見、ティエリアは少々その細い眉を寄せる。

「ロックオンに知れると問題でも?そういえば、彼はやけにカタロンに肩入れしているところがあるように見えるが。まさか、カタロンと何か関係があるのか?」

やや問い詰めるようなそのティエリアに口調には、刹那はただじっと見据えて「いや」と否定の意を示しただけだった。

そんな刹那の様子にティエリアはいぶかしみながらも、にカタロンとの話し合いのために アレルヤとその場を後にした。

しかし、刹那だけは泣き崩れる沙慈の傍から離れようとはしなかった。

 

■■■   ■■■   ■■■

 

誰もいないフロアの一角で、沙慈の嗚咽だけが響く。刹那はしばらくそれを黙って見つめていたが、やがて口を開いた。

「立て、沙慈・クロスロード。」

抑揚のない刹那のその声に、沙慈は涙に濡れた顔を僅かに上げる。

刹那はただ真っ直ぐに沙慈を見つめていた。その瞳には相変わらず感情は映ってはいない。

無感情で冷静な刹那の視線が、かえって沙慈の胸に突き刺さる。いっそのこと、憎らしげに見つめて罵倒でもされた方がマシな気がした。

「今、ここで泣きたいのはお前じゃない。カタロンの人達だ。」

刹那の言葉に沙慈は涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「・・・僕は・・・・僕は・・・、取り返しのつかないことを・・・・!一体、どうしたら・・・・!」

沙慈は頭を抱え込んだ。

罪の意識に押し潰されて、胸が苦しい。たとえ直接的ではないにしろ、多くの命を奪ったのが自分だという変えがたい事実に、沙慈は最早耐えられなかった。

 

───泣いて謝って済む事じゃない!

僕は・・・!

僕も人殺しだっっ!!

 

沙慈は呆然と刹那を見つめていたが、突発的に刹那の携帯していた銃を奪い去った。 しかし、刹那は沙慈の行動を予め予測していたのか、特に驚いた風でもなくその様子を窺っていた。

この状況は、沙慈と刹那が再会した時とほぼ同じだった。

ただ、違うのは。

あの時、その銃口は刹那に向けられていたが、今回は沙慈自身に向いていた。震える手で、自分の頭に銃を突きつけているのだ。

「・・・ぼ、僕は・・・!君達のことを散々人殺し呼ばわりしてきたけど、だけど・・・だけど、僕だって立派な人殺しだっ!!そんなつもりはなくたって、僕のしたことは・・・・!!」

だが、刹那は動じることない。

「沙慈・クロスロード。今、ここでお前が死んでも、事態は何も変わらない。」

「・・・そうだとしてもっっ!!僕のせいでみんなが・・・っ!もう僕にはこうする事しか!!」

沙慈は震えるをトリガーにかけようとする。だが、沙慈にはトリガーを引くことは出来なかった。それが震えのせいなのか、沙慈にはわからなかったが。

そのうち、沙慈の手から銃が滑り落ちた。刹那はすっと膝をつき、床に転がる銃を拾う。

「今のお前は罪の意識から逃れたいだけだ。それは“逃げ”でしかない。お前はそれでいいのか?」

「・・・そんな・・・・っっ!」

 

そんなつもりはないと言いたかった。

しかし死んで詫びるなど、それはただの自己満足に過ぎないと、心の奥底では沙慈にも分かってはいたのだ。

でも、自分にできることなど他に思いつかなかっただけ。たとえ、それが逃げているのと同じであっても。

───じゃあ、どうしたらいいんだ?!僕は一体、どうしたら・・・

沙慈はがっくりと床に膝をついた。そしてまた、涙が瞳から溢れ出す。

そんな沙慈を刹那は見据えると、拾った銃を沙慈に良く見えるように翳した。

───覚えておけ。銃はセーフティを解除しなければ、撃つ事はできない。」

刹那はそう言い残して、その場を去っていく。

沙慈は、ただ絶望に暮れて刹那の背中を見送る事しかできなかった。

 

To be continued

 

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