ACT.8
アロウズの襲撃で壊滅的な被害を受けたカタロンは、僅かな残存勢力を他の施設へ移送することを余儀なくされた。
そして、その移送が完了するまでは、CBが護衛に回るということで双方は合意したのである。そうして、沙慈は帰搭命令の出た刹那らとともに、いったんプトレマイオスへと戻る事になった。
・・・プトレマイオスを降りたくないと思っていた
だけど、まさかこんな形でプトレマイオスに戻ることになるなんて──
僕は、こんなことを望んでいたわけじゃ・・・・
再び艦内のあてがわれた部屋に戻った沙慈は、ベッドに腰を下ろすと、肩を落とすしかなかった。
刹那達はカタロンの移送開始に伴い、再び襲撃に来るであろうアロウズに撃って出るようであった。だが、それは敢えてCBが敵に姿をさらし、自ら囮となって、カタロンを逃がす作戦であって、CBに
とっても厳しい状況であることが窺えた。
しかも、戦術予報士のスメラギが体調不良で倒れたと聞いている。
自分のせいで、カタロンだけでなく、結果的にCBまで危険にさらしているのではないか。そう思うと、沙慈は気が重かった。
TVをつければ、テロ活動が各地で発生しているというニュースもやっている。今回の件もまたその原因の発端を示しているのだろう。
──僕のしたことでここまで・・・。
沙慈は首にぶら下がるリングを握り締めた。
どうしたらいいのか。
やってしまったことはもう取り消せない。
せめてもの償いとして、こんな自分に何ができるのだろう?
しかし、沙慈にはそれを相談したい優しい姉も友達ももうどこにもいなかった。
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やがて、プトレマイオス艦内にラッセの第一次戦闘態勢を告げる声が響き渡る。それを自室で聞いていた沙慈は弾かれたように顔を上げた。
「・・・始まるんだ。また・・・アロウズとの戦いが。」
カタロンの人達を守るために、刹那達がCBが戦いを始める。もともとの原因が自分だと思うと、沙慈は自分がこんなところでじっとしていていいのかと疑問に思った。
──何かしなきゃ。カタロンの人達を守るために、僕も・・・!
沙慈は意を決して、ブリッジのラッセに何か手伝わせて欲しいと申し出てみたが、あっさりと断られてしま
う。それでも、沙慈は諦めきれずに部屋を飛び出した。すると、イアンと出くわした。
「沙慈、お前、こんなところで何してる!?」
「・・・イアンさん!」
「オレは今からサブブリッジに行って砲撃を担当する。トレミーのオートでの砲撃には限界があるからな。お前は早く部屋に戻れ!」
「イアンさん!僕にも・・・僕にも何か手伝わせてください!」
沙慈のその台詞にイアンは目を丸くする。だが、沙慈の意志は堅く、真剣に訴えかけた。
すると、イアンは言った。
覚悟はあるのか、と。
正直、沙慈には自分に覚悟ができているかどうか、そんなことはわからなかった。
ただカタロンの人達を守りたい、それだけだったのだ。
そうして、イアンとともにサブブリッジの砲撃手のシートに座った沙慈は、ひと通り操作方法を習
うと、そこへ敵機が2機、接近しているとブリッジから通信が入り、早速応戦する事となった。
沙慈の目にもアロウズのMSがどんどん近づいてくるのがわかった。
「撃て!何してる!早く撃つんだ!!」
隣でイアンが叫んでいるが、沙慈はトリガーにかける指に力を入れることが出来ない。自分の鼓動がどんどん速くなるのと感じ、また同時に息苦しくて仕方がなかった。
そして沙慈の頭の中では、かつて刹那に言い放った自分の言葉が木霊していた。
人を殺せば、君達と同じになる
戦えば、また罪のない人が傷つく
「──来るな!来ないでくれっっ!!」
ロックオンした状態のまま、沙慈は目を堅く閉じる。
迫り来るアロウズのMSに対し、沙慈はどうしてもトリガーを引くことはできなかった。
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戦いは一時CBに不利になったものの、スメラギの戦術によりアロウズは戦力を分断され、撤退するに至った。
そうして。
砲撃手の席で俯いたままの沙慈を、イアンは責めはしなかった。
「・・・撃てなかったか。いいさ、それで。」
イアンのその優しい言葉に、沙慈は何と返して言いかわからなかった。
──守りたいと思っていたのに。
カタロンの人達を守るために、何かしなきゃと思っていたのに。
守るために戦うという覚悟が自分にはまだできていないのだということを、沙慈は思い知った。
肩を震わせている沙慈に、イアンが優しくその手を差し伸べた時、不意にブリッジからフェルトの通信が入った。
“・・・アリオスの機体を捕捉出来ません。アレルヤが──!”
「・・・え?!」
沙慈は驚いてイアンを見た。
「機体を捕捉できないって・・・それ、どういうことですか?」
「言葉どおりだ。アリオスが見当たらないってことだよ。」
「それって、まさか・・・。」
「──わからん。」
厳しい表情をするイアンに、沙慈は最悪の事態を想定する。
「そんな・・・・!」
もしかして、今の戦闘でアレルヤが──。
沙慈は言いようのない恐怖に襲われていた。
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その後、いったん自室に戻っていた沙慈はイアンに呼び出されていた。
「ダブルオーの修理を手伝って欲しい。」
「え?ダブルオーって刹那のガンダムですよね?何かあったんですか?」
「いや、トランザムや使わないよう言ってあったんだが、刹那のヤツが無茶しやがってな。おかげでツインドライブがイカれまってる。」
「え?!じゃあ刹那は・・・!彼は無事なんですか?」
まさかダブルオーまでそんなことになっていたとは知らず、沙慈は焦ったように言った。しかしイアンは苦笑して返した。
「刹那は無事だ。ま、運が良かったな。敵さんが退いてくれたおかげで命拾いしたってとこだ。全くあれじゃ命がいくつあっても足らん。」
やれやれと溜息をつくイアンを見、刹那の戦い方がいかに危険だったのかと言うことを沙慈は知った。
アレルヤの行方は依然、不明。そして、刹那も
命辛々の帰艦だったのかもしれない。
・・・みんな、本当に命がけで戦っているんだ・・・。
今更ながら、沙慈はそのことを1人噛み締めていた。
沙慈がイアンとともにMSデッキに着くと、刹那がダブルオーを見上げているところだった。そんな刹那に向かって、イアンは少し声を荒げた。
「刹那!トランザムは使うなと言っただろうが。ツインドライブが稼動状態にあるからいいようなものの・・・。」
「修理を頼む。アレルヤが──。」
もう少し自分の身を案じろと言いたいイアンだったが、刹那の真剣な眼差しにそれ以上の言葉は飲み込んだ。そして、沙慈を手招きする。
「今すぐ、修理に取り掛かる。おい、手伝ってくれ。」
すると、刹那が沙慈の方を向いた。
「沙慈・クロスロード。いいのか?お前はガンダムを──。」
“ガンダムを憎んでいるんじゃなかったのか”
刹那はそう言いたかったのだろうと沙慈は思った。もちろん、自分や自分の周りの人達の幸せを奪ったガンダムが憎くないわけはない。だけど、今は──。
沙慈は刹那から少し視線を逸らすと、小さく返した。
「・・・カタロンの人達が無事に逃げられるまでは・・・。何でもやるよ。」
──そうだ。自分にできることをしなければ。
カタロンの人達のために、何か少しでも自分にできることがあるのなら。
砲撃手は務まらなかった。
だけど、MSの整備くらいなら僕にだって。
沙慈の返答をどう思ったのか、刹那の目には怪訝な色が浮かんでいる。それを見た沙慈は苦笑した。
「・・・僕が君のガンダムを見るのは心配?」
自分はガンダムに恨みを持っているのだ。信用されなくても仕方がないと、沙慈は思ったのだが。刹那はそれをあっさり否定した。
「──いや。頼む。少しでも動くようになったら、オレもアレルヤの捜索に向かう。」
・・・もしかして、僕のことを少しは信頼してくれている?
沙慈は驚きと同時に少しうれしい気持ちが自分の心に湧いたのを感じたが、それよりも考えるべきはアレルヤの安否だ。
「アレルヤ・・・さん、大丈夫かな?」
「ミッションレコーダーでアリオスの交戦ポイントは特定できている。セラヴィーとケルディムが今、捜索中だ。」
「無事だといいけど・・・。」
「アレルヤはガンダムマイスターだ。そう簡単に死にはしない。」
断言とも言える刹那の応えに、沙慈はただ黙って頷いた。
ガンダムが憎いと思っていた。そのガンダムを操縦するマイスター達だって同じように。だが、今、沙慈は本気でアレルヤの身を案じている。それを間違っているとは思わないが、どこか不思議に思う自分がいることを沙慈は感じていた。
──もしかして、CBの中で過ごす内に情が移った?
いや、違う。そうじゃない。
僕はもう、誰かが目の前で傷つくのを見たくないだけだ。
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夜も更けてきたが、相変わらずアリオス発見の知らせが届く事はなかった。そして、MSデッキではダブルオーの修理は続く。沙慈は刹那とともに、機器の調整を行なっていた。
真剣に作業を行なう二人の間に必要以上の会話はまるでなかったが、やがてふと沈黙が生まれた時、沙慈は刹那を見ないまま言った。
「・・・実は、さっきの戦闘の時、僕にも何かできることはないかと思って、砲撃を担当するっていうイアンさんと一緒にサブブリッジに行ったんだ。」
すると、刹那は作業している手を止めて、沙慈を見た。刹那と目が合って、沙慈はそこで少し苦笑する。
「砲撃の手伝いができればと思ったんだけど・・・・。ダメだった。操作方法はイアンさんにちゃんと教えてもらったのに、僕は撃てなかったんだ。」
沙慈は唇を噛み締めた。
「カタロンの人達を守るために、僕も何かしなきゃって思ってたのに。今はアロウズと戦うことがカタロンの人達を救うことになるってわかってたのに、それでも僕は──!撃てなかった・・・・。怖かったんだ・・・。人を・・・殺すことが。」
悲痛な沙慈の告白を、刹那はただ黙ってじっと聞いていた。その真っ直ぐな刹那の視線が沙慈に突き刺さる。
情けないヤツだと罵られても仕方がないと、沙慈は思った。しかし、刹那は静かに言った。
「沙慈・クロスロード、お前はそれでいい
。オレ達と同じになる必要はない。お前はそのままで──。」
「・・・刹那?」
沙慈は、そう小首を傾げたその瞬間。
メインブリッジからのアレルヤ発見の吉報が届いた。と、艦内の緊張が一気に解け、沙慈と刹那の間にも安堵の空気が漂う。
沙慈は刹那に声をかけようとして少々面食らった。
目の前の刹那が少し笑っているように見えたからだ。
それは満面の笑みとは行かなかったが、いつも能面のように無表情な刹那の笑顔は極めて貴重だった。
無論、沙慈も初めて見たのだ。
「君でも・・・笑うんだ?」
「嬉しい事があれば、人は笑うものなのだろう?」
刹那のその返答は、まだ笑うことに慣れていないとでも言うように聞こえた。だが、沙慈はそれについて敢えて聞こうとはせず、ただ頷いた。
「──そうだね。僕も嬉しいよ。アレルヤさんが無事で良かった。」
沙慈と刹那が笑い合ったのは、これが初めてだった。
To be continued