ACT.9
ケルディムとともにアリオスがトレミーに帰艦した。
MSデッキで出迎えたクルーはアリオスの破損具合にも目を見張ったが、それ以上に驚くべきは、アレルヤがアロウズのパイロットを連れていたことだった。
そして、沙慈はイアンとともにダブルオーに続き、アリオスの修理も任されることになった。
「アレルヤのヤツ、刹那に続いて機体をこんなにしやがって。なおかつ“彼女”を連れて戻って来ただと?ったく───。」
忙しなく作業しながらイアンがそうぼやくのを、沙慈は横で聞いていた。
アレルヤとともにアリオスのコクピッドから現れたのは、銀髪の美しい女性だった。敵対しているはずのアロウズのパイロットなのに、何故アレルヤが彼女を連れ帰ったのか。
捕虜として拘束したわけではないのは、沙慈の目にも明らかだった。それどころか、知り合いのようにも取れる親しげな二人の関係が不思議でならない。
そもそも知り合いなら、何故、アロウズにいたのか。
しかも、CBも彼女を黙って受け入れるあたり、何か特別な事情でもあるのだろうか。
アレルヤの手を借り、アリオスから降りた彼女は、その後、すぐにCBのクルーらに連れて行かれてしまったので、沙慈には全く事情が飲み込めなかった。
「彼女、アロウズなんですよね?一体どうして───」
「沙慈、お前さんは“超兵”という言葉を知っているか?」
「・・・いえ。何ですか?」
「“超人機関”という研究施設があってな。そこで身体機能の強化、改造を施された者のことを言う。彼女は“超兵”なんだよ。」
沙慈は目を見開く。
そういえば、前にもイアンから同じ様なことを聞いたことがあった。確か、イアンはCBにも軍に体を改造された者がいると、そうは言ってなかったか。
もしかしないでも、それがアレルヤのことなのだと沙慈は気づいた。だとしたら、もともとあの2人は同じ施設にいて、それが戦争で敵味方に別れてしまったということになる。今回、アレルヤが彼女をアロウズから連れ帰ったということは、彼女を奪還してきたということなのだろうか?
アレルヤが無事だっただけなく、彼にとって大事な人を取り戻すことができたのなら、二重に嬉しいことだろう。
彼女を見つめるアレルヤの笑顔はとても優しいものだった。
───“彼女”か。
沙慈はそのフレーズに、ふと昔、いつも自分の隣で微笑んでいたルイスのことを思い出す。
《寂しいの?沙慈、寂しいの?!》
ハロのその言葉に、沙慈は苦笑しながら胸に下げるリングを触れる。
「・・・そうだね。少しね。」
───ルイスは今、どこで何をしているだろう?
僕が今、CBに居ると知ったら、どう思うだろうか?
■■■ ■■■ ■■■
アリオスの修理がひと段落し、イアンからしばしの休息を言い渡された沙慈は、MSデッキを後にした。
トレミー艦内を歩いていると、ちょうど前方からロックオンがこちらに向かってくるところだった。目が合うと、ロックオンの瞳がニヤリとした気がした。
「よぉ。」
そう声をかけられ、沙慈は声もなく会釈だけする。そのまま通り過ぎようとして、その腕をぐっと掴まれた。
「そういや、また連邦に捕まったんだって?大変だったな。酷い拷問でもされたか?」
ロックオンの問いに沙慈の胸が痛む。カタロンの多くの人の命を奪ったいう自責の念は消えるはずもない。
何も返せないでいる沙慈に、ロックオンは薄笑いを浮かべて言う。
「でも良かったじゃないか。結果的にアンタの希望どおり、この艦に残る事ができたわけだ。ああ、もしかして全て計算の内だったとか?」
「・・・ち、違いますっっ!僕はそんなつもりじゃ───」
すると、ロックオンの瞳がすっと冷徹な光を放つと同時に、一気に周囲の空気が冷えた気がした。
「じゃあ、どんなつもりで喋った?」
ロックオンの声が一層低くなった。
掴まれた腕にぎゅっと力を込められ、沙慈は痛みに僅かに顔をしかめる。本能的に感じたのは恐怖だ。
「・・・あ、あの・・・。ぼ、僕は───」
「そこで何をしている?」
突然、背後からした声に沙慈が振り向くと、いつのまにか刹那が立っていた。ロックオンの瞳が刹那を映すと、沙慈を掴んでいた手も離れていく。
「“何をしている”と聞いている。」
刹那は再度そう言
いながら、その身でロックオンと沙慈の間に割って入った。するとロックオンが苦笑する。
「別に?ただ参考までに、どんなつもりでアロウズに情報を流したのか聞いておこうと思っただけさ。」
「沙慈・クロスロードはアロウズのスパイじゃない。」
「たとえただの民間人だろうと、やったことは同じだろう?」
人の悪い顔でロックオンが哂う。だが、刹那はそんなロックオンをじっと見据えたまま退こうとはしない。
「この件については、すでに話は終わっている。お前が口を挟む必要はない。」
刹那がそう言い切ると、一瞬の沈黙が落ちる。が、やがて観念したようにロックオンは盛大に溜息をついて見せた。
「・・・わかったって。そう睨むなよ。それにしてもだ。オレが言うのもなんだが、CBとはずいぶんお人好しな組織だな。来る者は拒まずか?民間人はおろか、超兵だか何だか知らないが、アロウズの人間までも大歓迎とはな。」
「マリー・パーファシーのことなら、スメラギ・李・ノリエガも承認済みだ。何の問題もない。」
「彼女こそ本当にアロウズのスパイだったりしたら、シャレにならねーぞ?」
「───お前
がそれを言うのか?」
「・・・・そうだったな。悪かったよ、余計な口を挟んで。」
沙慈には、今の2人の会話の流れが理解できなかった。どういう意味だろうと首をかしげていると、“じゃあ”と軽く手を振って、ロックオンが沙慈の横を通り過ぎていく。
沙慈はそんな彼を肩越しに見送るしかなかった。刹那もまた黙ったまま、ロックオンを見つめている。
「・・・あの、刹那・・・・。」
沙慈がそう声をかけると、刹那の瞳が沙慈を映した。
「気にしなくていい。」
「え?」
───もしかして、自分のことを気にかけてくれたんだろうか?
沙慈は刹那の顔を窺ったが、相変わらずそこには何の感情も読み取れない。だが、ロックオンに責められている自分を、結果的に刹那が庇ってくれたのは間違いなかった。
「・・・刹那、あの・・・。ありが・・・とう。」
「別に、礼を言われるようなことは何もしていない。」
刹那はそう言い残して、その場を去っていく。足早に去るその刹那の背中を沙慈は黙ったまま、見つめていた。
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再び沙慈がMSデッキに戻ると、そこにはイアンの横にミレイナがいた。
「おお、沙慈。ちょうど良かった。オレはこれから宇宙へ上がることにしたから、以後、機体整備はミレイナと一緒にやってくれ。」
「え?イアンさん、宇宙へ行くんですか?」
「ダブルオーとアリオスの応急修理も済んだしな。支援機が2機完成したんだ。ダブルオーのツインドライブを万全にするために、一足先に宇宙に上がって調整作業をする。」
「・・・支援機・・・。新しい機体が?」
「ああ、そうだ。ダブルオーは今のままじゃツインドライブの粒子放出量に機体が悲鳴を上げてるからな。それをカバーするために用意した。これによって、ダブルオーは現存するどのガンダムをも凌駕する機体になるぞ!」
嬉々として言うイアンを、沙慈は複雑な面持ちで見つめていた。要するにダブルオーがパワーアップするということなのだろうが、強大な力はまたきっと多くの命を奪う事をも意味する。
イアンには悪いが、沙慈はそれを喜ぶ気持ちにはなれなかった。イアンが去ったMSデッキでやや俯いた沙慈をミレイナが覗き込む。
「じゃあ早速ですが、ダブルオーとセラヴィーの発進準備があるんで、よろしくです。クロスロードさん。」
「・・・え、出撃?」
「はいです。って言っても、今回は戦闘が主じゃなくて、アロウズのおエラいさんが出席する経済界のパーティを偵察するというミッションです。」
「偵察?そんなこともするんだ・・・。」
沙慈が目を丸くすると、ミレイナはあどけない笑顔で頷いた。
「今までアロウズのおエラいさんが公に姿を現すことなんかなかったですから、これはある意味、すごいチャンスになるかもです。」
「つまり、情報収集を?」
「はいです。近頃の中東再編計画をはじめ、連邦政府の強引な統一化についてはみんなかなり問題視してるです。今回、直接アロウズのおエラいさんと接触することができれば、今後の出方を知る機会にもなるワケです。」
さすがはCBの一員とも言うべきか。沙慈よりも明らかに年下の少女なのに、よっぽど自分よりも世界がわかっているようなしっかりとした口振りに、沙慈は苦笑せざるを得なかった。
「だけど、アロウズがいるパーティに潜入だなんて、正体がバレたら大変なんじゃ?」
沙慈のその台詞には、ミレイナは「大丈夫ですよ」とウインクした。
「完璧なミッションプランが用意されていますから、そのへんは問題はないです。」
沙慈には、そのミッションプランとやらがどんなものかはさすがに聞けなかったが。とりあえず、ミレイナに言われたとおり、ダブルオーとセラヴィーの発進準備に取り掛かることにしたのだ。
その後、ダブルオーに乗り込むためパイロットスーツ姿の刹那がやって来るのが見えて、沙慈はすかさず声をかけた。
「刹那!」
ヘルメットを被ったままの刹那が沙慈を向いた。
「アロウズのいるパーティへ潜入するって・・・・」
「パーティに潜入するのはティエリアだ。オレはそのバックアップに回る。」
「・・・そう。」
沙慈の返事に、刹那はそのまま無言でコクピッドに乗り込む。それを見送った沙慈は「あの」ともう一声、発した。
「───気をつけて。」
とっさに出た言葉に沙慈も自分自身驚いたが、言われた刹那も少し面食らったような顔をしていた。
が、結局、刹那はそのまま何も返すことなく出撃して行った。
そしてMSデッキに残った沙慈は1人、思いに耽っていた。
“気をつけて”だなんて。
どうして、僕はそんな言葉を───。
To be continued