(Side : K)
「鍛えぬいた体なのはわかるが、よくも高層ビルから落下してこの程度の怪我ですんだものだ。」
低い声が驚きを隠さずに言った。
「・・・気がつきますか?」
心配そうなもう一つの声。
「じき目を覚ますだろう。ただ少し頭を打っているようなので、念のため精密検査を受けた方がいいとは
思うがね・・・。」
「はい。」
・・・・・・誰かが、オレの傍で話してる。・・・誰だろう?
耳元に届いた二つの声で、傍に誰かがいることをオレは感じ取った。
急速に意識が覚醒していく。
パチリ!と音がしそうなくらいオレはしっかりと目を開いて、のぞきこんでいる二つの顔ととたんに焦点が合う。
「・・・黒羽君!!よかった。気分はどうだい?」
すがりつくほどの勢いで、品の良さそうな青年、いや少年が口を開いた。
そして、慌てて後ろに立つ少し年を召した男性の方を振り返る。
「ああ、心配はいらないよ。彼は僕のかかりつけの医者でね。信頼が置ける人物だ。
君の手当てをしてもらったんだよ。」
少年ににっこりとそう笑いかけられるが、オレには状況が全く把握できなくて、
ぽかんと口を開けてしまった。
・・・・・・っていうか。
「・・・あんたたち、誰?!」
とりあえず出た、開口一番のオレの台詞は、ソレ。
それを聞いてオレの顔を覗き込んでいた二人の目が、大きく見開かれた。
「・・・つまり、記憶喪失ということですか。」
少年が医者に向かって、神妙な面持ちで話し掛ける。
「頭を打ったショックからかもしれんな。やはり明日ちゃんと病院で検査をした方がいいだろう。」
医者は言いながら溜息をついた。
二人の視線が、心配そうにオレに向けられる。
・・・ナルホド。記憶喪失か。
確かに、思い出せることが何もない。
まるでその記憶はまっさらな白紙の状態のようで、自分の名前すらも出てこないし。
さて、どうしたものかと一人考えにふけってしまったオレを、少年の声が現実へと引き戻した。
「心配はいらないよ。幸いにして、僕は君のことを良く知る人間だ。まずは名前から教えてあげよう。
君の名は『黒羽 快斗』君。
そして、僕は君と同じ学校に通うクラスメートの白馬 探。」
「・・・黒羽 快斗・・・。」
自分の名がそうだと言われても、記憶がないのでイマイチしっくりこないが。
「僕の事は、『白馬』と名字を呼び捨てで構わないよ?今まで君にそう呼ばれていたからね。」
「・・・は、白馬・・・。」
うん、そうだよ?とにっこり笑いかけられるが。
本当に申し訳ないが、その白馬という人物に関しても何一つ思い出せる事はなかった。
それから。
白馬はオレが記憶を無くすに至った経緯やら、オレの素性やらについて説明してくれた。
奴の話では、どうやらオレは交通事故に巻き込まれたとかで、偶然その場にいたところを拾ってくれたらしい。
そして、白馬が見せてくれる学校での写真や学級名簿などで、間違いなくオレと思われる人物が存在している
ことも確認できた。
他にも。
家族構成から、学校での詳しい友人関係まで、または何でそんなことまで知ってんだ?と思いたくなるような
身体的なデータまでも詳細に教えてくれたおかげで、オレは第3者的に自分の事を理解する事がだいぶできた。
「・・・まぁ、一度にたくさんの事を言われてもきっと混乱してしまうだろうね。
今日はもう遅いし、一晩ゆっくり休んで今後のことはまた明日考えよう。」
「なんか、いろいろ面倒かけちまって悪いな。」
オレは親切にしてくれる白馬に向かって、少し申し訳なさそうにそう笑った。
けれども、白馬はにっこりと笑顔を返して。
「とんでもない。僕と黒羽君の仲だからね。君さえ良ければ、いつまでだってここにいて構わないんだよ?」
そう言った奴の目が一瞬妖しく光ったようで、思わず引いてしまったが。
少々身の危険を感じたりしたのはオレの気のせいなのか?
・・・ま。記憶がぶっ飛んでるくらいだから、単なる思い過ごしかな?
オレはこれ以上の思考を中断して、今夜のところは大人しくそのままベットに沈む事にした。
* * *
(Side : H)
翌朝。
もしかして、客室はもぬけのからなのではと思って覗いてみたら、すやすやと眠る彼の姿があった。
・・・昨夜はいろいろあったし、疲れているんだろう。
もう少し寝かせておいてあげるとするか。
あどけない寝顔をしている黒羽君をそっと覗き込む。
・・・・・・それにしても。
まさか、こんな形で君が手に入るとは思わなかったよ?
記憶を失ったという今の状況に感謝すべきといったところか。
でなければ、君はすぐにでも僕の元を去ってしまうだろうから・・・。
そう思いながら、ゆっくりと彼の柔らかい髪を撫でようとして手を伸ばしたところで、黒羽君が目を覚ました。
僕は慌てて手を引っ込める。
「・・・あ!お、おはよう。ごめん。起こしてしまったかな?」
「・・・ん〜・・。もう朝?」
目をこすりながら寝ぼけ眼でこちらを見上げる彼は、どうにも同い年には見えない程幼くて
思わず笑みをこぼしてしまう。
「もう少し寝ているかい?昨夜はおそかったし、昼頃には起こしてあげるけど?」
「・・・いや、いい。起きる。」
言いながら、ベットから起き上がった彼は、自分に着せられているパジャマをよくよく見ていた。
僕の持っているものでまだ袖を通していないものを貸してあげたんだが、どうやら少し彼にはサイズが大きかったようで肩の部分が落ち、袖も少し長い。
「・・・それじゃあ、今着る物を持ってこよう。僕の物だと少し大きいようだけど、我慢してもらえるかな?」
すると、彼は少しムッとした顔をした。
・・・・何か気に障ることでもいっただろうか?
「今日、医者へ行くついでに君の服も買おうか。それでいいかい?」
そう言ってやると、フンと鼻を鳴らした。
「まだ起きると思っていなかったから、朝食の支度をしていなかったんだ。
今すぐするから、少しの間、待っててもらえるかな?」
黒羽君に、彼に合いそうな服を持ってきて、渡してやりながらそう付け加える。
と、彼はそれに着替えながら、きょとんとこちらを向いた。
「お前ってこの家に一人暮らしなの?」
「そうだよ?両親は別宅にいるんだ。通常、身の回りの事は家政婦さんを頼んでいるんだけど
あいにく、今彼女にちょうどお休みをあげていてね。」
・・・本当はあえて休みをあげたわけなんだけど。
そんなことはもちろん彼に教えるつもりもないが。
そう思いながら笑顔を向けると、黒羽君がまっすぐこちらを見つめていた。
「・・・じゃあ、ゴハンは?」
「ああ、うん。僕が作るよ。」
すると、安心したように彼はベットからトンと軽快に下りて、にっこり笑った。
「黒羽君、スクランブル・エッグとハム・エッグとではどちらがいいですか?」
キッチンで卵を割りながら、そう問い掛けるとハム・エッグがいい〜♪という返事が返ってきた。
と、同時に彼本人もキッチンに現れる。
「白馬、お前ほんとに大丈夫か?・・・なー、なんかオーブン・トースターが焦げ臭いんだけど。」
言われて、慌ててトースターを開けると中からは真っ黒焦げのトーストが・・・。
・・・し、しまった。僕とした事が!!
よく考えたら、自分で食事の支度をするなんて、片手で数えるほどしかしたことがないので、どうも手際が悪かったようだ。
頭で想像するのと実際にやってみるものとでは、ずいぶん違いがあるものだと改めて実感せずにはいられなかった。
「・・・す、すみません!!すぐにやり直しますから、黒羽君はあちらで休んでいてください!!」
けれども、彼はその場から去ろうとはせず。
ニヤリと笑うと。
「仕方ねーな!ここはオレがやってやるから、お前こそあっち行ってろって。」
言いながら、黒羽君は慣れた手つきでフライパンに火をかける。
「・・・えっ!?でもそんな・・・」
「気にすんなって!居候になってんだし、このくらいさせてもらうよ!!」
鼻歌まじりにさっそく支度にかかる黒羽君を見ながら、声をかける。
「・・・料理、得意なんですか?」
すると、彼は一呼吸間をおいて、不思議そうな顔をして振り返った。
「・・・得意かどうかなんて知らねーけど・・・。なんか、こういうのに慣れてる気はする・・・かな?」
・・・なるほど。工藤君の家ではいつも君が食事の支度をしていたというワケですか。
僕は苦笑一つして、そのままキッチンを彼に任せる事にした。
出来上がった朝食は、本当に見事なもので僕はその黒羽君の腕に驚かずにはいられなかった。
「な?ウマイだろ?」
「はい!美味しいです。」
そう答えると、彼は満足そうに笑った。
程なくして、朝食を取り合えると、再び黒羽君はキッチンへ消える。
「なぁ、コーヒー、どこにあんの?」
「え?コーヒーですか?」
普段、紅茶しか飲まないから・・・。コーヒーはあったかな・・・?
そう思いながら、席を立ってキッチンへと向かう。
「食後はコーヒーだろ?濃い目のブラック!」
「あ、いえ。僕は紅茶党なので。コーヒーは飲まないんですよ。黒羽君はコーヒーがよかったんですか?」
言いながら、コーヒーがありそうなところを探すが、やはり無いようだ。
「すみません。やっぱりコーヒーは無いみたいです。
それより、君が朝からブラックを飲むなんて意外でした。君は甘党だとばかり思っていましたので・・・。」
すると、言われた彼の方が小首を傾げてみせる。
「・・・あ、いや・・・。ブラックはオレじゃなくて・・・。」
ぽそりと小さな声で呟く。
「・・・誰か、ブラックしか飲まない奴、いたよなー・・・確か。」
* * *
(Side : S)
結局、昨夜一晩待っても、快斗は戻ってこなかった。
仕事で家を何日かあける事はあっても、連絡も無しに、しかも帰りをきちんと予告したのもかかわらず戻らなかった事なんて、今まで一度もない。
ということは。
快斗の身に何か起こったとしか考えられない・・・!!
帰れないということは、動けない状態だということだ。
怪我をしているのか、はたまた組織の奴らに捕まったとか・・・?!
そう思ったらいてもたてもいられなくて、家を飛び出していた。
そうして、オレが今いるのは、警視庁。
2課の人たちから、それとなく昨夜のキッドとのやり取りの詳細について、聞き込みをしてみたが、キッドは予告どおりエメラルドを手に入れたとのことだった。
そして、エメラルドはすでに白馬の手によって、返品されている。
・・・ってことは、最後にキッドに会ってるのは白馬ってことになるけど・・・。
オレはとりあえず、キッドの予告状をもとに、奴が逃走経路の中継地点として選んだビルへ向かう事にした。
到着したビルの周囲を隈なく見て回るが、特に変わったところはない。
続いて屋上へ行ってみようと立入禁止の札の向こうにある昇降口のドアを開けると、さして広くも無い屋上に出た。
!!これは・・・っっ!!
そこでオレが発見したのは、屋上のフェンス間近のコンクリートにめり込んだ5発ほどの弾痕。
やっぱり、組織の連中に狙撃されたんだ!!
オレはフェンスをギリっと握り締めた。
・・・っていうことは、アイツ、怪我をしてどこかで助けを待っているのか?!
冷たい汗が背中を伝う。
この場には完璧にキッドがいた形跡は消されている。
これ以上、ここではアイツの消息はわからない・・・!!
「・・・仕方ねー!白馬に直接、聞いてみるしかねーか!」
オレは、おそらくこの場で最後にキッドに会っていたかと思われる白馬のもとへ行って、キッドの行方の手がかりになるものを探すしかないと判断したのだった。
・・・まさか、白馬の家を訪ねることになるとはね・・・。
いささか気乗りのしない足取りで、オレは奴の家がある駅に降り立った。
警視庁の人から聞いた住所をもとに、これから奴の家に向かうところである。
え・・っと。白馬ん家はこっから歩いていけない距離でもないけど・・・。
面倒くせーな。タクシーで行くか?・・・で、タクシー乗り場はどこだ?
と、駅周辺を見渡したところで、思わず目に入ったのは・・・!!
・・・快斗っっ!?
駅ビルのショップを飄々とした姿で覗き込んでいるのは、間違いなくアイツだった。
というか、オレが快斗を見間違うはずがない。
「快斗っっ!!てっめー、こんなトコで何してんだよ?!」
オレはズカズカとものすごい勢いでアイツに迫り寄り、力任せに振り向かせた。
突然の事に、快斗は目を大きく見開いてオレの顔を見返す。
オレはそんな快斗の様子を見て、とりあえずは特にひどい怪我をしてそうもないことに安堵の溜息を漏らしつつふつふつと湧き出してくる怒りを感じていた。
当たり前だろう?!
人がこんなに心配して、探し回ってやったっていうのに、当の本人はのんきにフラついていたのだから。
オレはギッと快斗を睨みつけた。
「一体今までどこで何してやがった!!きちんと納得のいくように説明しろ!!」
けれども、快斗は少し困ったようにオレを見つめてくるだけだ。
そんなちょっといつもらしからぬ快斗の様子に、オレの方も少々違和感を感じる。
「・・・おい、快斗?」
すると、快斗はようやく口を開く。
が、その言葉は信じられないものだった。
「・・・あ、あの。ゴメン。オレ、今、記憶無くしてて、あんたの事とかわかんねーんだけど・・・。」
「!!えっ!?」
と、オレが声を上げたのと同時に、背後から「黒羽君!!」と聞き覚えのある声がした。
「白馬!」
すると、目の前の快斗が安心したように微笑んで、白馬の名前を呼ぶではないか!
おいっっ!!オメー、何だよ!?その笑顔は!!
オレは目の前の快斗を張り倒してやりたい気持ちを必死で押えつつ、背後の白馬を振り返った。
「これはこれは、工藤君!どうされたんですか?こんなところで・・・。」
相変わらず紳士的な笑みを向けられ、本当は腸が煮え繰り返っている状態なのにコイツの前で取り乱すわけにはいかなくて、こっちも引きつった笑顔を返す。
「・・・いや、別にちょっとヤボ用があって。・・・それより、コイツ一体どうしちゃったわけ?」
・・・お前と仲良くつるむなんて、普段のアイツからじゃ考えられねーんだけど。
と、白馬はにっこりと微笑みながら告げた。
「ああ、黒羽君ですか。昨夜、怪我をしているところを僕が助けたんです。
幸いな事に大した怪我はなかったんですが、少し頭を打ったようでして記憶喪失になってしまったようですよ?」
「・・・記憶喪失?!」
オレは目を見開いて、快斗を見た。
確かにそれなら、コイツのこの反応にも頷けるけど・・・。
オレの顔色を見ながら、白馬がその笑みを濃くする。
「残念ながら、過去の事は何も覚えていないようです。・・・そう、君の事も何もかもね。」
言われて、オレはギっと白馬を睨み返す。
「・・・オメーの事は覚えてたとでも言うのかよ?」
「いえ。とんでもない。彼は僕の事もすっかり忘れていましたよ?ですから、もう一度友人としての
関係を築いたまでですが。」
ねぇ、黒羽君なんて言いながら笑いかけられて、頷いている快斗を見てマジで殴りとばしてやりたくなってきた。
てっめー!!記憶がねーからって白馬にいいようにされてんじゃねーよっっ!!
しかも、このオレの事を、忘れただとぉ?!
いい度胸してんじゃねーかよ!!!
メラメラと怒りの炎が燃え滾るの感じながら、ギリギリと快斗へ目を向ける。
と、白馬が楽しそうに声をかけてきた。
「・・・しかし、彼を助けたのが僕で本当によかった。君もそう思いませんか?工藤君。」
・・・確かに。
白馬の言いたいことはわかる。
もし赤の他人に拾われでもしていたら、今ごろ「怪盗キッド」逮捕のニュースが駆け巡っていたかもしれない。
・・・・・けど。
この状況はどうにも気に入らない。
快斗が白馬のとこに転がり込んでいる事も。
オレの事をまるっきり忘れてしまっている事も。
「・・・あの。お話中悪いんだけどさ、あんた、工藤・・・っていうんだ?オレとはどういう関係だったワケ?」
快斗がそう口を挟んできたので、オレはますます苛立った。
「そんなの、自分の胸に聞いてみろっっ!!このバカイト!!!」
それだけ言うと、二人を残してオレは駅の方へと走り去ったのだった。
そうして、残された二人は顔を見合わせる。
「・・・なぁ、なんかアイツ、めちゃくちゃ怒ってなかった?」
「・・・そうですねぇ。いつもはもっと冷静な人なんですが・・・。」
君が絡むと意外に感情的になる人だったんですね、と白馬は心の中で呟いた。
「・・・にしても、記憶喪失の人間に向かって、『自分の胸に聞け』とは、無理な事言うなぁ・・・。」
快斗は大きく溜息をついて、空を見上げた。
* * *
(Side : K)
そうして、駅前の病院で検査を受けて、ついでに服なども買ってもらって、オレは再び白馬と一緒に
奴の家に戻った。
今は、白馬の入れてくれた紅茶を飲みながら、クッキーなどお菓子をつまんでいるところ。
「・・・でさ。さっきの工藤って奴は、一体オレとはどういう関係?アイツもクラスメートの一人?」
言いながら見上げると、白馬は少し困ったように、顎に手を添えて考えるような仕草をした。
「・・・彼は工藤 新一君。学校は違いますが同い年ですね。
・・・・・・後は、そうですね。工藤君は高校生ながらもちょっと名の知れた名探偵なんですよ?」
「・・・名探偵?!」
ふいにその響きに心が揺れる。
・・・何だろう?懐かしい響きのような。
それを鋭く見抜いたのか、白馬の視線がオレを射抜く。
「・・・何か思い出したのですか?」
「わからない。」
「黒羽君・・・。」
「・・・白馬、何も思い出せないんだ。」
でも。
《快斗・・・!!》
あの声を聞くと、体が震える。
《快斗っっ!!!》
あの蒼い瞳で見つめられると、胸がイタイ。
どうしてなんだろう・・・・・・?
「・・・黒羽君。」
名を呼ばれて顔を上げると、もうすぐ傍に白馬の顔が来ていた。
なんだかひどく切ない顔をしているように見えて、オレはそのままそんな白馬を無言で見つめ返した。
そのまま奴の顔が徐々に近づいてくる。
オレは目を閉じ、ごく自然な流れでその唇を受け止めた。
暖かい唇が羽のように触れて。
でも、瞬間、オレのどこかが『違う!』と声を上げた。
オレはやんわりと白馬を押し戻す。
「・・・すみません。嫌でしたか?」
まだ少し切なそうな瞳をしたままの白馬に、オレはにっこりと笑顔を返した。
「・・・とりあえずは、記憶が戻るまで体は安売りしないようにしとかねーと!
もしかして、恋人がいたかもしれないだろ?」
すると、白馬はそうですね、と苦笑した。
白馬が触れた唇を手で触れてみる。
・・・・・・誰かと。
・・・・・・誰かと毎日のようにキスしてた。
・・・でも、誰と?
そうして、日も暮れて、今度はちゃんと最初っからオレが夕食の支度をした。
二人で夕食を取り合えて、これから後片付けをしようとキッチンへきたところだ。
二人分なので大した食器の量じゃないのに、白馬も手伝うと言い出して聞かないので
好きにやらせてやることにする。
洗った皿を白馬に手渡しながら、オレはぼそっと先程から感じてる痛みを口に出した。
「・・・なーんかズキズキするんだよな。」
それを聞いて、白馬が心配そうにオレの顔を覗き込む。
「え?!頭の傷が痛むんですかっ?!」
・・・あ。いや、そうじゃなくて。
オレは余計な心配をかけてしまったと、慌ててそれを否定した。
「なんだか胸がイタイっていうかさ。ああ、でもこれはオレの精神的な問題から来てると思うぜ?
なんか、自分がぐずぐずしてる気がしてさ。いまいましいんだよな。」
すると、白馬は一瞬押し黙ってしまったが、やや目を伏せる。
「・・・なにしろ記憶喪失ですからね。それは仕方が無いことなんじゃないですか。
でも、君はよくやっていると思いますよ?普通ならパニック状態になったっておかしくないはずです。」
白馬の言葉を聞きながら、オレはまた別の皿を洗い出した。
それを横目に見て、白馬は言葉を続ける。
「今日の検査でも脳波に異常は見られなかったし、一時的なショックによるものだと医者も言ってくれたわけですから。
あせらずとも、そのうち記憶は戻るでしょう。」
きゅっと蛇口をひねって水道を止めると、オレは白馬を見た。
「・・・そんなことじゃないんだ。 記憶なんて、無くてもいい。・・・・・・そんなものより、ずっと大事な何かを忘れてる。」
オレのその言葉を聞いて、白馬は首を傾げた。
「記憶よりも大切なもの?記憶は個人の歴史ですよ。いわば「人生」です。君の人生よりも大事なものなんて、
そんなもの、ありますか?」
・・・わかんねーよ、そんなこと言われたって。
でも。
「・・・でも、きっとあると思う。」
確信を持って、そう言った。
白馬は納得しかねる顔をしていたけど。
・・・・・・・記憶は無くても、生きてはいける。
・・・・・・でも、それを失くしたら、生きてはいけないだ。
と。
突然、電話のベルが鳴った。
「あ、失礼。」
そう言って、白馬が受話器を取ろうと電話の方へ向かった。
そして、二言三言話して、再びオレの方へ戻ってくる。
「すみません、黒羽君。ちょっと警視庁の方からお呼びがかかってしまって・・・。
今から出かけなくてはならないんですが・・・。」
「へ?警視庁?!何でそんなとこから?」
「ああ、言い忘れてましたけど、僕も一応探偵なんです。これでも少しは役に立っているんですよ?」
そう言って、白馬はにっこり笑った。
コイツも探偵だったのか・・・。
しかし、何でオレの周りにはそんなに探偵がゴロゴロしてんだ?
などと、疑問に思いつつも、オレは白馬を送り出した。
そうして、一人家に残されて。
オレは、さっき昨日借りてたパジャマの洗濯がそういえば終わっていた事に気づいた。
・・・ああ、アレ、たたんで戻しとこう!
そう思って、パジャマをきちんとたたみ終えると、オレが借りてる客室の隣の白馬の部屋のドアを開けた。
きちんと整理整頓されている部屋。
そのベットの脇にとりあえずパジャマを置いて、ふと見回すと、クローゼットに何やら白いものが挟まったままになっているのに気がついた。
・・・きっちりしてるようで、意外に大雑把なのかな?
なんて思いながら、挟まっているものをきちんと仕舞いなおしてやろうと、クローゼットを開ける。
挟まっていたのは、純白のスーツ。
オレは無意識にそのスーツを取り出していた。
何故だか説明のつかない不思議な気持ちで、そのスーツに腕を通してみる。
ふと。
胸ポケットから、カシャンと音を立てて何かが落ちた。
床に落ちた小さなレンズが、電気の光を反射してきらきらと回る。
それを見ながら。
オレは、唐突に誰かと約束をしていたことを思い出した。
《 じゃあ、新一、約束な!すぐに帰ってくるから!!》
《 約束破ったら、許さないからな!》
・・・・・・新一っっ・・・!!
オレは白いスーツとシルクハットと抱えて、その部屋の窓からひらりと飛び降りた。
* * *
(Side : S)
さっきから視線を向けている活字が、ちっとも頭に入っていかない。
お気に入りの作家の推理小説だというのに、何故こんなにイライラした気持ちで読んでいるのだろう?
・・・それというのも、全部快斗のせいだ。
とりあえず、無事は確認できたから良かったようなものの・・・。
記憶喪失って・・・どういうことだよ?
いや、それだって事故だとは思うけどさ。
・・・・・・オレの事、何一つ憶えてない・・・っていうのが腹立たしいっっ!!
しかもよりによって、白馬に助けれて、奴のところに世話になってるなんて。
あ〜〜っ!!思い出すだけでムカムカしてきた!やっぱ、昼間会った時に、一発殴っておけばよかった。
そうだ!そうしたらもしかしてショックで記憶も戻ったかもしれないのに・・・!
・・・今から、白馬んトコ行って、殴ってくるか?
・・いやいや。それじゃあ、なんかアイツを迎えに行くみたいでヤだな。
・・・・・・はっ!!
む、迎えに行くっ?!
な、何考えてんだ!!そ、そんな恥ずかしい真似ができるかっっ!!
ア、アイツが自分で戻ってくるまで、オレは知らないぞっっ!!
オレの事、薄情にも忘れちまった奴のことなんて、知るか!!!
・・・・そうだ。アイツが自分で帰ってくるってそう言ったんだから・・・。
猫だって帰省本能くらいあるんだぞ!アイツにはねーのかっっ!!
オレは読みかけの小説を中断して、少しは気を落ち着けようとコーヒーを入れる事にした。
自分専用のカップを取り出して、お湯が沸くのを待つ。
その間に、ふと流しに置きっぱなしになっている快斗のマグカップに目が行った。
・・・・・・もし。
・・・・・・もし、このまま、快斗の記憶が戻らなかったら?
オレの事を、もう一生思い出す事がなかったとしたら?
そのとき、オレはどうしたらいいんだろう?
と。
リビングから、冷たい空気がふと流れ込むのを感じた。
何気なく振り返ったそこには、見慣れた白い怪盗の姿。
「・・・お、おま・・っ!!」
全てを言う前に、きつく抱きしめられてしまったので、オレは後の言葉を飲み込んだ。
耳元で奴の、ただいま、という声が聞こえた。
オレは目を見開いて、キッドの顔をまじまじと見つめた。
・・・記憶、戻ったのか?!
「・・・おそくなってゴメン。今、帰ってきたから。」
そう言って、奴はその整った口元に美しい微笑をたたえてこっちを見た。
それにつられて、思わずオレの方も気が緩んで笑いかけてしまったが、すんでのところで
ムッとした表情に切り替える。
「・・・てっめー・・・!!おそすぎんだよ!!オレが待たされるのキライなの知ってるだろっ!!」
「うん、ごめんね。ほんとに心配かけてごめん。」
言いながら、またオレを抱きしめた。
「・・・し、心配なんかしてねーよ!!バカ!!」
けれども、奴はうれしそうに微笑むばかりだ。
「何笑ってんだ!!オレは怒ってんだぞ!!」
「うん。だからごめんね、新一!」
そう言って、オレの尖った唇は奴のそれにやさしく塞がれた。
そのまま、抱き上げられてリビングのソファまで運ばれる。
ゆっくりとソファに横たえられると、奴がオレの上に被さってきた。
「・・・コラ!ちょっと待て!!何する気だ?」
すると、ニヤリと奴は笑って。
「何って。・・・帰ったら続きをしようって、約束だったろ?新一。オレは帰ってきたよ?」
言いながら、器用な手つきであっという間にオレのシャツのボタンを外していってしまう。
・・・そ、そんな約束はっっ!!
「ま、待てって!!その約束は、オメーがすぐに帰ってきたらっていう前提じゃねーのかよ?
ちっともすぐに帰ってこなかったくせに、約束違反だっ!!ズルイぞ!」
そう抗議してやるが、奴はそんなオレの両手を頭の上でひとまとめに押さえ込んで、
再び唇を重ねてきた。
「・・・・う・・・・っつ、・・・んっ!」
歯列を割って進入してくる舌に口腔をいいように犯されて、ようやく開放された時には
すっかり息が上がってしまっていた。
潤んだ目で睨みつけると、快斗はにっこりと笑う。
「・・・オレももう待てないからさ!」
てめー、何を勝手なこと言ってやがると再び抗議しようとしたその口に、また口付けが落とされる。
何度も角度を変えるたびに、すっかりオレの服は乱れてしまい、
もう体が熱くなるのを止める事はできなかった。
ここまできたら、悔しいがオレに勝ち目がないことは自分でもよくわかっている。
仕方無しにこの快感の波にさらわれていく事を、オレは妥協した。
・・・・・・でも、オレはまだ怒ってるんだからな!
そう思いながらも。
窓の外では、月は雲間に隠れてしまい、恋人たちを見ているものは何も無かった。
The End
KISARAさまからのリクノベルにお応えしてのお話・・・(苦笑)。
えと、具体的なリク内容は以下の通りです。
白KベースのK新で。
仕事中怪我したキッドを無理矢理(?)助ける白馬、
それを後で知って怒り爆発の新一(本人自覚なし)
ってことだったんですが。
書き終えてみて、やはりかなりリクを外してまくっている事に気が付きました。
いやはや、大変申し訳ないです。
まずですね、このリク頂いた時に、キッドが白馬にかくまわれるのって普通じゃ考えにくいなぁと
思いまして、そこでまず苦労したり。
あとは、怪我を手当てするわけだから、正体も知られてないと話として書きにくいなぁとか思いまして。
で、すんなり思いついたのが、記憶喪失ネタという・・・。
いや、それくらいじゃないと、キッドは大人しく白馬のとこにはいそうもなかったので。(笑)
で、一方新ちゃんですが。
リクでは、白馬にかくまわれた事を後で知って怒り爆発ってことだったんですけど。
しかも本人自覚なしじゃないといけなかったんですが。
・・・これってしっかり自覚してますよねぇ・・・。
いやぁ、新年早々やってしまいましたね、私。
少し今から反省します。
2002.01.03