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NOVEL

トラブルキッド 〈後編〉

 

 そろそろ時間か、と新一が自分の腕時計で時間を確かめ、そして顔を上げると、案の定、こちらを気にしていた白馬とバッチリ目が合ってしまった。

「・・・予定通りかよ」

 新一は呆れたようにフッと短い吐息を漏らす。

 まるでシナリオ通りのような反応だ。

 このまま快斗が書いたシナリオ通りに進んだらお笑いかも。

「予告状があるなら、彼は黒羽くんから目を離さないわ」

「完全に行動パターンを読まれてるってわけだな」

 まったく・・・・

 疑われているということまで利用しようなどと考えるのは、あいつくらいのものだろう。

 しかも、相手は数々の実績を持ち、怪盗キッドを追い続けているロンドン帰りの探偵なのだ。

 それにしても、と新一は思う。

 あいつももう少し踏み込めば、キッドの正体を知ることができるだろうに。

 だが、白馬はあと一歩の所で何故か引いてしまっているのだ。

 おそらく白馬の中では、自分が追うべき怪盗とは別に、クラスメートである黒羽快斗という存在も大きな位置を占めているのだろう。

 それは犯罪者の心情まで考える白馬だからこそであり、そこまで理解しようとは思わない新一ではあり得ないことだった。

 どこまでいっても新一は犯罪を犯す人の心はわからない。

 だから、考える前に放棄する。

 あくまで新一は、犯罪を暴き、謎を解く“探偵”であるから。

「んじゃ、帰るとするか」

 シナリオではもう新一がやるべきことはなかった。

 後は快斗(キッド)の仕事だ。

「そうね。わたしも帰るわ」

 紅子が言うと、新一はえ?という顔で彼女を見た。

「いいのかよ?」

 ええ、と紅子は頷く。

「美夕とは話をしたし、それ以外は何もないパーティだわ」

 ふ〜ん?と新一は鼻を鳴らした。

 まあ、あのしつこい男がいる分楽しいとは言えないか。

「彼女に伝えることがあるから先に外へ出ていて」

 門を出た所に車を待たせてあるからと新一に言った紅子は、婚約者といる美夕の方へ歩いていった。

「あれ?快斗、どこ行くんだろ?」

 白馬の傍らでスナックをつまんでいた青子が、出口の方へ向かう幼馴染みに首を傾げた。

「中森さん、ここにいてくれませんか。ちょっと、黒羽くんと話してくるので」

「え?なに?白馬くん、快斗と何か約束してたの?」

 まあ、そんな所ですと白馬は微笑して青子に答えると足早に彼の後を追っていった。

 美夕の方へと向かっていた紅子は、そんな白馬の動きを目の端にとめクスリと笑う。

(光の魔人は一筋縄ではいかないわよ、白馬くん・・・)

「どうしたの、紅子さん?」

 美夕が歩み寄ってきた美しい黒髪の魔女を不思議そうに見つめた。

「あなたに伝えておきたいことがあるわ、美夕・・・・」

 紅子はそっと魅惑的な赤い唇を彼女の耳元に寄せた。

 

      行きなさい・・そして、あなたに与えられた成すべきことをしなさい・・・・・・

 

 

 

 

 館を出た新一は、もう一度見ておこうと思いあの部屋の下へと足を向けた。

 昔、幼い自分が上った木を見上げ伸びた枝から閉じられた窓を見る。

 あの窓に三雲礼司がいた。

 あの出会いは偶然だと新一は思っている。

 だが、快斗も灰原も、礼司に限っては偶然はないと断言している。

 あれが故意だというなら、自分の両親まで礼司に踊らされたことになるのだが。

「・・・・・・!」

 ふいに闇の中から伸びてきた手が新一の腕を掴んで引き寄せた。

 誰だ!と声を上げるより早く腰を抱き寄せられた新一はいきなり唇を塞がれた。

 閉じる間もなく唇を重ねられ、舌を入れられる。

 濃厚な口付け。

 自分より背が高く、厚い胸、自分を捕らえる強い力は考えるまでもなく男のものだ。

 男にキスされているという最悪の状況に新一は眉をしかめ、間近に見える男の顔を睨み付けた。

 見覚えのある顔。

 先ほど会った早乙女とかいう男だ。

(こ・・こいつ、小泉さんを狙ってたんじゃねーのかよ!?)

 なんで、オレにキスするんだ!?

 彼女といたオレへの嫌がらせか?

 ん・・と深い口付けに呼吸まで奪われた新一は、眉根を寄せ苦しげな声を漏らす。

 途端に、腰に回った男の力がさらに増した。

 なんだってんだ、いったい・・??

 執拗に舌を絡められ、歯の裏まで舐められるキスに新一は我慢の限界を超えた。

 こ・・この野郎〜〜!

 と、唐突にキスが解かれ反撃しようとした新一の気がそれる。

 一気に酸素が入ってきたことで、まずは呼吸を整えた。

(こいつ・・オレを殺す気だったのか・・?)

 キスは解かれたが、まだ男の腕は新一を解放しなかった。

「信じられないくらい華奢な躰だな。男とは思えないくらいだ」

「・・・・・・・・」

 悪かったな、と新一は顔をしかめる。

 貧弱なのは生まれつきの体質でどうしようもねえんだよ。

「それに・・男にしておくには惜しいような綺麗な顔をしてるな、君。こんな魅力的な顔は、女でもめったにいないよ」

 夢でも見ているのかと思ったくらいだ、と男は新一には理解し難いセリフを重ねた。

「・・・・・」

 は〜ん?

 あの気障な怪盗キッドでも言わねえぞ、そんなセリフ。

 何考えてんだ、こいつ??

「わかるか?君にキスしただけで、こんなに俺の身体は熱くなってしまった」

 熱くって、何が?と首を捻りかけた途端腹部に感じた堅い感触に新一はゲッ!と目を剥いた。

ゲゲーッ!!

 考えるより先に足が出ていた。

 手よりも足が出るのは習性だ。

 膝蹴りで相手の腹に一発、ひるんだ所を足払いで仰向けに倒し、そしてあろうことか自分に欲情した、男の股間を足で踏みつけた。

 男は踏まれた蛙のような声を上げた。

「嫌がらせならまだしも、オレに欲情しただとお?」

 ふざけんじゃねえよ!

「オレがおとなしくしてると思った?力でなんとかなるなんて思ってたら大間違いなんだぜ」

 華奢で悪かったな。

 母親似とも言われてっけど、生憎女みたいな顔だとは言われたことねえんだよ。

 ドガッ!と新一が思いっきり足の下にあるものを踏みつけると、男は衝撃で失神してしまった。

 白目を剥いた男の顔を見下ろし、フン!と鼻を鳴らした新一は、呆然とこちらを向いて立っている白馬を見てギョッとなった。

 し・・しまったあぁぁぁぁ!

 こいつがいたんだったあ・・っっ!

 新一は、ぶっ倒れている男と白馬を焦ったように交互に見る。

 この男は白馬の従兄だ。その男を蹴り倒したところを見られてしまったのだ。

「は・・白馬!これは正当防衛なんだ!あ、いや・・過剰防衛だったかもしれないけど・・・」

 白馬は溜息をつく。

「いいえ。過剰じゃありませんよ。こうされて当然のことを彼は君にしたんですから」

「・・・・・」

 新一は白馬の言葉に瞳を瞬かせた。

 蹴り倒したとこだけを見られたのではな・・い?

「はくばあぁぁぁぁぁ!」

 新一は白馬の胸ぐらを掴むとぶんぶんと前後に揺らしまくった。

「見たのか、おまえー!」

「え・・あの・・・」

 白馬は血相を変えて詰め寄ってくる新一に戸惑った。

忘れろ!忘れちまえ!いいな!絶対に、わ・す・れ・ろ!

「ちょ・・ちょっと黒羽くん・・!落ち着いて下さい!」

 新一にメチャクチャ振り回された白馬は、なんとか落ち着かせようと口を開いたその時だった。暗い夜空に純白の影が横切った。

 ふわあ、とまるで幽霊のようにその白い影はある部屋の窓の向こうへ消えた。

 キッド!!

 閉じられていた筈の窓が開いているのを確かめた白馬は、新一の手を振り解くと駆けだしていった。

「いいタイミングだったわね」

 館に向かう白馬の後ろ姿を見送った新一の背後に、いつのまにか黒髪の魔女が立っていた。

「この男・・・・」

 ここまで身の程知らずとは思わなかったわ。

 これくらいじゃ、生ぬるいのじゃなくて?と紅子はしつこく自分につきまとっていた男の無様な姿を冷ややかに見下ろした。

 と、紅子は左目を手で押さえている新一に気が付き眉をひそめた。

「どうかしたの?」

 もし怪我でもさせていたのだとしたら、この男・・と紅子の表情が険しくなる。

「いや・・新しく作ってもらったコンタクトがちょっと合わなくてさ・・・」

 新一は左目だけコンタクトを外した。

 また作ってもらった方がいいかな、と新一は呟きコンタクトを外した瞳を何度か瞬きさせる。

 その瞳が、丁度天空にあった月の光を受け蒼く輝いた。

 初めて見たその瞳の輝きに紅子は息を呑む。

 いつもはコンタクトに隠されている神秘の輝き。

 これが、ミステリアスブルー・・・・・

 

 

 

「待っていたわ、怪盗キッド」

 彼女の思い出の部屋でキッドを待っていたのは美夕だった。

「これはこれは“白のミユウ”。お初にお目にかかります」

 ピクッとキッドを見つめる美夕の表情が動いた。

「やっぱり、あなたが“白の魔術師”だったのね・・・」

 その通りです、とキッドは笑みを浮かべて頷く。

「あなたのことは礼司から聞いていたわ。いつかわたしの前に現れるだろう・・とも」

「では、渡して頂けますね?」

「・・・・・・・・」

 美夕は小さな小箱を手の上にのせ、窓の所に立っているキッドに向けて腕を伸ばした。

「取りにきて」

「・・・・・・・」

 キッドはゆっくりと美夕に近寄った。

 そして、キッドが美夕の手の上にある小箱を取ろうとしたその時、彼女は反対の手で彼の手を掴んだ。

「礼司は・・彼は死んだの?」

 いいえ、とキッドは首を横に振った。

「三雲礼司は生きていますよ。どこにいるのかはわかりませんが」

 そう言って微笑む白の魔術師の顔を近くで見上げた美夕は、思っていた以上に彼が若いことに気が付いた。

 部屋の中は月の光だけが明かりとなっていたので、はっきりとその素顔まではわからなかったが、しかし・・・・・

「あなた、まさか・・・・・」

 美夕は、キッドが小泉紅子の連れとして現れた少年に似ているように思えた。

 そんなことがあるわけないのに。

 礼司が彼女を捨てて選んだ白の魔術師が、そんな子供であるわけなどないのに。

「“ミステリアスブルー”はどこ?」

 女王の宝石になぞらえて、礼司が珠玉と呼んだ者たち。

“白のミユウ”と彼に呼ばれはしたが、結局彼の“白の帝王”にはなれなかった。

 三雲礼司が選んだ帝王は、今目の前にいる彼“怪盗キッド”なのだ。

「ミステリアスブルーはあなたの近くにいるの?」

「勿論です。私は“ミステリアスブルー”を守る者ですから」

「・・・・そうだったわね」

 美夕は悲しげに目を伏せる。

 これで、自分は彼等との繋がりが切れるのだ。

 もう、三雲礼司と会うこともかなわなくなる・・・・・

 ミユウ・・・とキッドは彼女の手を逆に取るとその白い甲にキスを落とした。

「礼司から、あなたに会った時に伝えるよう言われていたことがあります」

「え?」

「“幸せに。自分はあなたの思い出の中にだけいればいい存在だから”」

「・・・・・・もう会えないということなのね」

 わかったわ、と彼女は言った。

 キッドは静かに彼女から身を引いた。

キッド!

 白馬が音高く扉を開けて部屋に飛び込むと同時に、キッドの白い姿は窓の外の闇に向かって飛び立った。

 白馬は窓の所まで走り身を乗り出すように外を見る。

 白馬の目にキッドの白いハンググライダーが森の方へと飛んでいくのが見えた。

 そして、窓の下には紅子と一緒に〈黒羽快斗〉が同じように飛び去ったキッドを見送っている姿が見えた。

 白馬は美夕の方に顔を向ける。

「キッドは何をしにここへ来たのですか?“月の貴石”というのはなんなのです!?」

「知らないわ。言ったでしょう?そんなものはないって」

「・・・・・・!」

 白馬は美夕の答えに眉間を寄せたが、それ以上追求はせずに部屋を出ていった。

 白馬が出ていくと、美夕は窓の外を見た。

 月が夜の闇の中で美しく輝いていた。

 ふと下に目を向けた美夕は、紅子と一緒にいる少年を見た。

 やはり違ったのだと彼女は苦笑する。

 キッドはあの少年ではなかったのだと。

 少年が美夕の視線に気付いたのか、彼女の方を振り向いた。

(な・・・!)

 美夕の心臓が、見たものの衝撃に激しい鼓動を打った。

 少年はすぐに目をそらし紅子と共に彼女の視界から消えていった。

 だが、彼女の目にそれはしっかりと焼き付いていた。

 月の光で蒼く光った少年の左目を・・・・・

 

 まさか・・・・ミステリアスブルー?

 

 

 

 

 

「快斗!」

 なかなか戻らない快斗と白馬を探しに外に出た青子は、ブラブラと庭を歩いている幼な馴染みを見つけ駆け寄った。

「どこ行ってたのよ、快斗!白馬くんは?」

「え?あいつ中じゃねえの?」

「いないよ。だって、白馬くん、快斗と話があるからって出ていったんだもん」

「話〜?オレにはそんなもんねーよ」

「快斗にはなくても白馬くんにはあったんだよ!また悪いことしたんでしょ?」

「悪いこと〜?オレが何やったってんだよ!」

「そんなこと、青子が知るわけないでしょ!紅子ちゃんは?」

「先に帰ったぜ」

 えー!と青子はびっくりしたように声を張り上げた。

「急に用事が出来たんだとさ」

「やっぱり、快斗じゃ頼りなかったのかなあ・・・」

 なんだよ、それ?と快斗はムッとなる。

 と、そこへ白馬が姿を見せた。

「あ、白馬くん!快斗、ここにいるよ!」

「わざわざ呼ぶなよ、アホ子」

 青子だよ!と少女はプッと頬を膨らませて手を振り回した。

 白馬は快斗の前まで来ると、いきなり深々と頭を下げた。

「すみません!」

 れ?と快斗はパチパチと瞳を瞬かせる。

 青子もびっくりしたように瞳を大きく見開いた。

「どうしたの白馬くん?」

「黒羽くん・・・・彼は佐久間さんにまかせてきましたので。あなたが気にする必要は全くありませんから」

「彼って・・・・?」

「まさか、彼が君にあんなことをするなんて思ってもみませんでした。従兄弟として、僕は君に申し訳なくて・・・・」

「・・・・・・・・・」

「え?え?従兄弟って、白馬くんの?」

 紅子につきまとっているという、あのハンサムな男の人のことだろうか?

「それって、なんのことかなあ?」 

 快斗はニッコリ笑うと、白馬の腕を掴んだ。

「オレに話があるんだって?しっかり話をつけようじゃないか、白馬」

 快斗はそう言うと、人のいない方へと白馬を引っ張っていく。

「ちょっと快斗!青子置いてどこ行くのよお!」

「すぐに戻るから、おまえは中で待ってろよ」

 ええ〜〜と青子は文句を言いかけるが、といって彼等の話に加わる気にもなれず、彼女はブツブツ言いながら館の中へ戻っていった。

 

END

 

大変お待たせしました、後編です(^^)
でも、なんだか後日談書かなきゃいけない終わり方ですね。
ホントはこのラストから考えていた話なんですが。
そのうち、続き書きますので待っててやって下さい。
それにしても「トラブルキッド」はクセになりそう(苦笑)
ではまたv

 


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