その夜、怪盗キッドこと黒羽 快斗はツイていなかった。
いつもどおり首尾よく獲物を手に入れるまでは良かったが、さて退散という時に予想外の酷い雨に見舞われ、予定していたグライダーでの飛行は不可能。
おかげでずぶ濡れになりながら、新たな逃走ルートを考えなければならなくなった。
そして、厄介な謎の計画師との遭遇。
ご親切にもキッドへ逃走経路をアドバイスしてくれると言うが、その計画師の狙いが他にあることは明白だった。
係わり合いになるのはご免なので、「間に合ってます」と丁重にお断りしたいところだったのだが、それで素直に引き下がってくれる相手とも思えない。
───やれやれ。面倒臭いことになりそうだな。
仕方なしに、キッドはその胡散臭い計画師の話に乗ることにしたのだった。
そうしてナイトメアの逃走経路に従い、キッドが完全に警察を巻いた頃には、雨足もやや落ち着きを見せていた。
とあるビルの屋上でキッドを待ち構えていたのは、奇妙な仮面をつけた男だった。
彼は満足げな笑みを湛えて、キッドを出迎える。
「気に入ってくれたかな?私のセレクトした逃走経路は?」
「悪くはないですね。さすがは、計画師ナイトメアだけのことはある。」
すると、ナイトメアは自分の顎に手を添えて、キッドを観察するように見た。
「・・・ほぉ?私の名を知っているとは。」
「まぁ一応。うわさ程度ですが。」
「なるほど?では、話が早い。実は、日本での私の初仕事のパートナーを、ぜひ君にお願いしたいと思ってね。」
友好的に話を進めるナイトメアにキッドもにっこり笑顔を作り、しかしあっさりきっぱり否定する。
「あいにく私は仕事にパートナーを必要としていないもので。残念ですが、他を当たってください。」
だが、それもナイトメアには予想の範疇だったようで、ニヤリと嫌な笑いをした。
「噂に違わぬ一匹狼ぶり・・・。しかし、この私が何の計画もなしに君に話を持ちかけると思うかね?」
キッドは目の前の仮面の男を凝視する。
ナイトメアは続けた。
「君の事は少し調べさせてもらった。さすがに君の正体の謎に迫れるものはなかったが、唯一、君に関わりのある人物を見つけてね。」
「関わりのある人物?」
キッドはやや眉をつり上げた。
と、ナイトメアは得意げな笑みを浮かべる。
「君にはどうやら、ご贔屓にしている探偵がいるようだ。」
言われて、キッドはモノクルの奥の瞳を僅かに細めた。
キッドが本当に贔屓にしたのかどうかは別として、とりあえずナイトメアが示しているだろうその人物には、当然のごとく察しがつく。
話が嫌な方向に進みそうだと、キッドは小さく舌打ちした。
ナイトメアは雄弁に語る。
「しかも警視総監のご子息とは、なかなかのご身分のようだが、彼がどうなってもいいのかね?」
「・・・何か勘違いされているようですが。ご存知のとおり彼は探偵で、むしろ私と敵対する立場の人物なので、私が彼の身を案じる必要はないはずでは?」
キッドはそう冷静に返したが、ナイトメアは動じない。
「確かにそのとおり。普通ならこんな脅しは通用しないだろう。だが、君はそうではない。怪盗キッドという人間を私なりに分析した結果だ。君にとって彼がどういう立場であろうと、君は彼を見殺しにはできない。違うかね?」
確信を持って言うナイトメアの言葉に、キッドは黙ったままだ。
すると、ナイトメアは微笑みを濃くして、キッドにその手を差し伸べた。
「さて。では、改めて答えを聞かせてもらえるかな?私と組むのか、それとも──」
まだ止みきらない雨の中、差し出されたその手をキッドは冷ややかに見つめていたのだった。
一夜明けて、警視庁捜査二課。
「はぁ?!ナイトメア??!では、そのナイトメアとかいうヤツがキッドの逃走を手助けしたっていうんですか、茶木警視!?」
捜査二課宛てに届いたと言うFAXについて茶木警視から話を聞いた中森警部は、目を白黒させた。
茶木警視は事の重大さを告げるように、重々しく頷く。
「しかも
今度はナイトメアとキッドが共謀して、秀峰美術館を襲うという主旨の犯行声明も届いている。」
「大体、そのナイトメアって何なんですか?!」
「国際的に有名な、謎の計画師ですよ。」
そう答えたのは、高校生探偵の白馬 探である。
昨夜のキッドの一件に暗号解読と言う形で協力していた白馬は、当然のごとく、今朝も捜査二課に顔を出して、中森警部とともに茶木警視の話を窺っていたのだ。
中森警部はそんな白馬へ視線を向け、「計画師ィ?!」と眉をつり上げた。
白馬はなおも続ける。
「日本ではまだ馴染みがないようですが、僕はロンドンに居た頃、聞いたことがあります。世界各国の盗賊と手を組み、獲物の半分の報酬で、それを盗み出す手口や逃走経路を完璧に組み立てるという謎の計画師ナイトメアの噂をね。」
すると、中森警部は面白く無さそうに舌打ちした。
「要するに自分は計画だけ立てて、盗みは他のヤツにやらせるのか?何だか胡散臭いヤローだな・・・。」
「
実際、ナイトメアと組んで犯行を失敗した者はいないとも言われていますから、計画師としては腕は確かなんでしょう。ですが、警部のおっしゃるとおり胡散臭いのも
事実ですよ?」
白馬の言う事に中森警部が首を傾げると、今度は茶木警視が解説した。
「実はナイトメアを組んだ盗賊は全て、犯行の日の夜が明ける前に警察に確保されるか、逃げようとして銃弾に倒れ、命を落としているそうだ。つまり、ナイトメアに目をつけられた盗賊は、捕まるか命を落とす運命・・・・。だから盗賊達の間では、ナイトメアとの仕事をやり遂げ、無事に一夜を明かせた者は、この世の一切の悪夢を払い、溢れんばかりの幸福を手に入れられると真しやかに言われてるらしい。」
「それじゃあ、キッドのヤツもその幸運とやらに目がくらんで?」
中森警部のその台詞に、茶木警視は「まぁそんなところだろう」と頷いて見せたが、白馬は1人、訝しげな表情をしていた。
白馬の考えでは、まさかキッドがそんな根拠のない幸運に目がくらむなど有り得なかった。
いや、それどころか、ナイトメアと組む必要性があるとは到底思えないし、何よりキッドらしくない。
───では一体、何故?
白馬は1人、頭を悩ませる。
「・・・本当なら、本人に聞くのが一番なんでしょうがね・・・。」
そう簡単に聞き出せたら苦労はしないのだと、白馬自身よくわかっていた。
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翌日、江古田高校。
昼休みを迎えた校内は賑やかだったが、そんな喧騒とは切り離された空間、校舎の屋上に快斗は居た。
彼は今朝の朝刊を流し見しながら、たった今、昼食用のパンを食べ終えたところである。
新聞の一面を飾っていたのは、もちろん謎の計画師と怪盗キッド結託の話題。
快斗は興味なさげに新聞をたたむと、アスファルトに寝転がり、その新聞を日よけとばかりに顔に乗せた。
昨夜も仕事で寝不足の快斗は、残り僅かな昼休みを少しでも休養にあてようと、昼寝の体勢になったわけだ。
しかし、快斗が目を閉じた瞬間、昇降口の扉が音を立てて開く。
快斗は小さく舌打ちした。当然、誰がこの場に現れたか、わかっているからである。
「黒羽君、ちょっとよろしいですか?」
登場するなり、白馬はそう切り出す。
・・・よろしくなくたって、引き下がるつもりなんてないクセに。
快斗はそのまま寝たフリを続行した。
が、急に視界が眩しくなる。白馬が快斗の顔を覆っていた新聞を取り払ったのだ。
「・・・・・・何だよ?」
これには、さすがに快斗も嫌そうに瞼を開いた。
すると、白馬は手にしていた新聞の一面に目をやりながら言った。
「捜査二課はひどい騒ぎですよ。怪盗キッドが謎の計画師手を組んだとね。しかも相手は国際手配犯。今回は、ICPOの捜査官も来日して合同捜査になるそうです。」
「・・・それはご苦労様なことで。」
寝転んだままの快斗は、素知らぬ顔で返す。
と、白馬はそんな快斗の横を通り過ぎ、屋上のフェンスまで足を進めると、また快斗へと振り返った。
「それにしても、1つ不可解なのは───。」
白馬が何を言いたいか、当然、快斗にはわかっているが、もちろん何か言うわけにも行かないのでそのまま黙って先を促した。
「何故、キッドはナイトメアなどという計画師と手を組むことにしたのか・・・。他の盗賊ならまだしも、キッド程の怪盗なら他人の手助けなど不要なはず。しかも
獲物の半分を報酬として渡さなければならないとなると、キッドにはメリットというよりはむしろ、デメリットの方が大きい気がしてならないんですがね。」
───確かに、デメリット以外の何ものでもないんだけどね。
そう思いつつ、快斗の視線は明後日の方向を向いていた。
白馬はなおも続ける。
「更に相手はただの計画師ではなく、何やら不吉な影が付きまとう・・・。百歩譲って、キッドが仕事にパートナーを要していたとしても、ナイトメアが適任かと言われるとかなり疑問です。そう思いませんか?」
「・・・さぁね。」
小難しい顔をして語る白馬に対し、快斗は面倒臭そうに返事をする。
「僕の知る限り、キッドは仕事の遂行に関しては確固たる信念を持っている。よりにもよってナイトメアと手を組むなんて、キッドに何かあったとしか・・・。」
真実を伺うように白馬の目が快斗を捉えるが、快斗はそっぽを向いて「オレが知るか」と吐き捨てた。
「・・・っていうか、お前、キッドを買いかぶり過ぎなんじゃねーの?」
「どういう意味です?」
眉をつり上げた白馬に、快斗は人の悪そうな笑みを浮かべる。
「いや、別に
。キッドがそんなご立派な怪盗かどうかって話。たまたま優秀な計画師が現れたんで、キッドも手を抜こうとか思ったのかもしれないぜ?」
「まさか。キッドに限ってそんな・・・。」
「だから、それはお前の勝手な思い込みだろ?」
「では、君はキッドがナイトメアと手を組む事に関して違和感はないと?」
「別に?騒ぐほどのことでもないと思うけどね。」
───ウソだ。君は何かを隠している。
白馬は小さく溜息をついた。
目の前にいるこの少年が、そう素直に本心を語るわけもない。
そんなことはわかっていた。
だから、白馬は自分だけは本心を告げようと言う。
「僕はそうは思いません。今回の件には何か理由があるはずです。それが何かはわかりませんんが、キッドを動かすほどのよっぽどの理由がね。」
確信めいた白馬の台詞。
快斗はただ真っ直ぐに白馬を見据えただけだった。
やがて、快斗はその目をフイと白馬から逸らす。
「・・・ま、別にお前がどう考えていようが、オレには関係ないけどね。」
言いながら、快斗は横になっていた体を起こすと、砂埃のついた制服を軽くはたいて立ち上がった。
そのまま立ち去ろうとする快斗の背中に、白馬は一歩足を前へ踏み出す。
「黒羽君!」
「・・・何だよ?」
いい加減、鬱陶しそうに振り返った快斗の視線の先には、真剣な眼差しの白馬が居た。
「どんな事情があるにせよ、ナイトメアは危険です。」
そんな白馬に快斗は一瞥をくれてやる。
「そう思うなら、お前が用心すれば?」
それだけ言って、快斗は昇降口から消えて行った。
屋上にただ1人残された白馬は、無言で快斗が出て行った扉を見つめる。
思ったとおり、快斗を問い詰めてみたところで、白馬の納得の行く答えが得られるわけもない。
いつものようにはぐらかされて、終わりだ。
それでも───。
「・・・やはり、君とナイトメアの間に何かが・・・。」
白馬がそう呟いた時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのだった。
To be continued
例のサンデーの「まじ快」 ダークナイトの巻の白快版です。
原作で消化不良気味な白快ムードをちょっと掘り下げてみようかと。
書き始めたのはいいのですが、どう決着つけようか、実はあまり考えてないのですよね。
この先、どうなってほしいか、リクエストがあればどうぞお寄せくださいv(人頼み)