キラとアスラン、他ザラ隊3人を乗せた大型輸送機は、日が暮れた空を静かに飛行中だった。
そのはるか下には、真っ黒な海が広がっている。
輸送機には、5機のガンダムが並んで収容されていた。
そのうちの一機、ストライクのコックピットに乗り込んだキラはキーボードを取り出すと、そのキーの上を滑るように指を動かし始めた。
と、同時に、キラの目の前に映し出される画面がせわしなく動き出す。
キラを取り囲むように、アスランらはじっとその様子を見守っていた。
強固にかけられたプロテクトを見事に解除していくその様を、イザークは面白くなさそうに見つめ、その横でディアッカはヒューと感心したように口笛を鳴らした。
「へぇ?さすが。」
「フン!そんなもの、自分でかけたプロテクトなら簡単に決まっているだろう!!」
「ま、そりゃそうだけどさ。・・・にしても――。」
ディアッカは、チラリとアスランへと目をやった後、再びキラを覗き込む。
「お前さ、アスランとオトモダチなんだって?ってゆーか、コーディネイターなのに、何で地球軍なんかにいるわけ?」
それを聞いて、キラの手がピタリと止まる。
「おい!関係ない質問は・・・っ!」
キラを庇うように、アスランが一歩前へ踏み出す。
だが、ディアッカはそんなアスランを鼻で笑い、隣のイザークへと顔を向けた。
「だって気になるじゃん?オレ達としてはさ。なぁ?」
「別にっ!コーディネイターだろうが何だろうが、バカなナチュラルどもに組するなら、倒すまでのことだっっ!!オレには関係ない!!」
イザークはそう吐き捨てる。
それを見ていたニコルも口を挟んだ。
「・・・でも。確かに気にはなりますよね。本来、同胞であるはずの方が、何故、僕達と敵対する立場を取ったのか・・・。」
3人の射る様な視線を受け、ただ黙って俯いていたキラは、ようやくにして小さな声を発した。
「・・・僕は・・・。ただ、守りたい人達のために
戦っているだけで・・・。」
そのキラの答えにディアッカは小首を傾げる。
「へぇ?お前の守りたい奴らってのは、ナチュラルなんだ?」
「―――ナチュラルとかコーディネイターとか・・・、僕はそんな分け隔てて考えた事はありません。僕はヘリオポリスにいて。そこで知り合った仲間が、たまたまナチュラルだったというだけです。」
「ふーん?ヘリオポリスねぇ。」
ディアッカは鼻を鳴らしながら、キラの答えにはイマイチ納得できないような顔をしていた。
すると、ニコルが神妙な面持ちで口を開く。
「中立地区にいたというなら、貴方のそういう事情もわからなくもないですが。それでも僕は納得できませんね。貴方だってこの開戦の理由や、ユニウス7の悲劇を知らないわけではないでしょう?」
ニコルの眼が鋭く光る。
その眼は明らかに非難の眼差しだった。
あんなひどい惨事をナチュラルから被ったというのに、なぜナチュラルなんかの肩を持つことができるのかと、そう強く訴えている。
キラはそのニコルの視線にぐっと唇を噛みしめるしかなかった。
『ユニウス7の悲劇』。
その惨事の被害者の中にアスランの母親が含まれていたことを、キラは先日、初めてアスランの口から聞かされて知った。
そのことで、アスランがひどく憤りを感じているのも充分過ぎるほどわかっている。
言いようもない痛ましい出来事だったのだ。
「・・・・・でも、だからって僕は――っ」
「おいっ!そんなことは、どうだっていいだろう?!さっさとストライクのプロテクトを解除させろっっ!!」
苛立ったように言うイザークに、ディアッカは小さく肩を竦める。
「ま、そりゃそうだな。んじゃ、早いトコ解除しちゃってよ?」
一呼吸置いた後、キラは再び指を動かし始める。
その様子を、アスランはただ何も言わずにじっと見つめているだけだった。
+++ +++ +++
『・・・前方に地球軍と見られる艦影を確認っ!』
いきなり響き渡った艦内無線に、輸送機のMSドック内にいたキラを含む5人の少年は、同時に顔を上げた。
「足つきかっ?!」
イザークはすぐさま壁に備え付けの無線に手をかける。
だが、ブリッジからの回答は、まだ艦の特定は未定とのことだった。
「艦の特定、急げ! 来い、ディアッカ!!出るぞっ!!」
「OK。」
無線を投げ捨て、そのままデュエルに向かうイザークに、ディアッカもニヤリと笑みを一つ返すと、ついて行く。
「おいっ!ちょっと待て・・・っ!」
艦の特定を待たずして出撃しようとするイザーク達に、アスランは制止の声をかける。
しかし、アスランの声など全く無視して、二人はそれぞれの機体に乗り込んだ。
『足つきだろうとなかろうと、地球軍の艦隊なら堕としてやるまでのことだっ!』
『そうそう。足つきだったら、ラッキーだってね。ま、とりあえずオレ達でちょっくら片付けてくるから、そっちはそっちでやることやっててよ。』
「イザークっ・・!ディアッカっっ!!」
アスランの声は、MS用ハッチが開く音に掻き消されていく。
そうして、轟音とともにデュエルとバスターが漆黒の空に飛び立っていった。
二機が消えた空を睨みつけ、小さく舌打ちするアスランを、横にいたニコルが覗き込む。
「・・・いいんですか?アスラン。」
と、アスランは表情を切り替えて、ニコルを見返した。
「・・・ニコル。悪いがブリッツでイザーク達を追ってくれるか?あの二人ではどんな無茶をしでかすか、わからない。」
「えっ・・・!でも・・・。」
言いながら、ニコルは先程から一言も発さずこちらの様子を見守っているだけのキラへと視線を流す。
だが。
「――ここはオレ一人で充分だ。 ニコルはイザーク達を頼む。」
隊長の顔でそこまできっぱり言われてしまっては、ニコルもこれ以上食い下がる事は無駄たった。
ここは大人しく引くしかない。
「・・・・・・わかりました。」
ニコルはやや俯き加減にそう言うと、その場を静かに去っていく。
去り際にもう一度だけ、キラの方へと視線を向けて。
一瞬だけキラと交差したニコルのその眼は、キラに何か言いたげではあったが。
+++ +++ +++
5機のMSを収容していたドックから3機もいなくなると、さすがにがらんとしてくる。
その場にポツリと残されたのは、アスランとキラ、そして二人の愛機だけであった。
「・・・すまない。バタバタして。ご覧のとおり、連携が今ひとつできていない部隊でね。」
アスランはそう苦笑しながら、改めてキラを見やる。
キラはどう返していいのかわからないような曖昧な表情をし、それから瞳を僅かに逸らせると、ボードの上のキーを再び叩き始めた。
「・・・でも、アスランはすごいね。」
「え?」
「いや、昔からアスランは僕なんかよりずっとしっかりしていたのは知ってるけど。一つの隊を率いる隊長にまでなって・・・。」
「別に・・・。そんな大げさなものではないよ。」
「・・・・・・僕なんて――。」
キラは俯いたまま口を閉じる。
そうして、自分の置かれた状況を振り返った。
うやむやのうちにMSのパイロットになってしまったこと。
戦争の意味もその大義もわからないうちに、戦場へ身を投じる事になった自分。
大切な仲間を守るために、仕方がないとそう言い聞かせて、引き金を引いてきた。
守りたい命と引き換えに、奪った命の数々。
決して、奪いたかったわけではないけど。
それが戦争なのだと、言ってしまえばそれまでのこと。
だが、人々の憎しみや哀しみには終わりは無い。
キラは敵を撃つ時、およそ『憎しみ』という感情からは遠かった。
ただ守りたいものを守ることだけに必死で。
だが、アスランはどうなのか。
不意にキラは不安を覚えた。
「・・・アスランは、何のために戦っているの?」
顔を上げずにキラは、アスランに訊ねる。
アスランは、キラの真意をわかりかねて僅かに眉を寄せるが、時間をおく事も無く、
「・・・こんな戦争を終わらせるためだ。」
と、軍人として正当な回答を寄越した。
「・・・・・・お母さんの命を奪ったナチュラルの人たちを、憎んでる?」
「・・・どうかな。だが、全く憎んでいないと言えば、ウソにはなるだろうな。」
母親をあんな形で失っているのだ。
ナチュラルを憎むなという方が、無茶な話なのかもしれない。
正直なアスランの答えに、キラはわかってはいても少し心が痛んだ。
「・・・・・もし。もし、僕達の間でもお互いに大事な人の命を奪い合うようなことがあったら・・・・・。そのときは、僕とアスランも憎しみあったりするのかな。」
薄く微笑んでキラは言った。
そんなこと、絶対に起きなければいいと、そう願いながら。
今にも泣きそうな顔をして呟くキラに、アスランは目を見開く。
アスランにしてみれば、キラを憎むなんてことは有り得ないことだった。
何をバカなことを言い出すんだと、アスランが声をかけようとしたとその時、二人の間を割って裂くように無線が響いた。
『艦、特定! 足つきと確認!!』
+++ +++ +++
「・・・アっ・・、アークエンジェルっっ!!みんなが・・・っ!!」
「キラっっ!!」
無線を聞いた途端、キラはキーボードを素早く叩くと、ストライクのコックピッドを開け、すぐさま乗り込む体勢を作る。
アスランの一瞬の隙をついての出来事だった。
ストライクに乗り込もうとしたキラのその背に、アスランは銃を構える。
「・・・キラっ!」
銃口を向けられたキラは、ゆっくりとアスランを振り返った。
キラの顔は優しい笑みをたたえている。
「お願いだ、アスラン。僕を行かせてくれ。」
「・・・キラっ・・・!!」
「君がどうしても許さないというのなら、今、ここで僕を撃ってくれていいよ。僕は君を恨んだりはしないから。」
「キラっっ、お前、何を・・・っ!」
キラを行かせるわけにはいかなかった。
行かせたくなかった。
やっと自分の手の届くところに置く事ができたというのに。
今、ここでキラを行かせたら、また同じ事の繰り返しになる。
出会うのは戦場で、しかも敵味方に別れて撃ち合わなければならなくなるのだ。
だが。
キラを傷つける事も、アスランにはできるはずもなかった。
アスランは唇を噛んで、銃を握り締めた。
「・・・お前、最初から脱出する機会を窺っていたのか!」
アスランのその問いには、キラは苦笑して見せただけだった。
「ごめんね、アスラン。僕はザフトにはいけない。僕は今は地球軍だから。」
「・・・・キラっ!」
「・・・でも、君がザフトに来いって言ってくれたことは―――、本当はうれしかったのかもしれない。」
「・・・っ、だったら何故・・・・っ!!」
アスランがそう叫ぶのを最後まで聞き終わらないうちに、キラはストライクのコックピッドを閉じた。
最後に儚い微笑を浮かべて。
『アスラン、ハッチを開放するよう指示を出して。でないと、ここを吹き飛ばさないといけなくなる!』
ストライクに乗り込んだキラは、モニターの脇に小さく映るアスランに声をかける。
アスランは、しばらくストライクを見上げた後、無線でブリッジに連絡し、ハッチを開放した。
「・・・ごめんね、アスラン。そして――、ありがとう。」
回線を切った状態で、キラは小さく親友に詫びた。
その声はもちろんアスランに届く事は無かったが。
飛び立っていくストライクを、アスランはやるせない思いで見送る。
「・・・・・今、ここで撃たなくても、アイツを行かせれば、どうせいつかは撃たなければならない時がくるのに・・・・・。 オレはバカだな・・・。」
アスランはふっと自分の愚かさを笑った。
キラを撃たないで済めばいい。
そう思う己の考えが甘いとは、充分にわかってはいるけど。
アスランは手にしていた銃を腰に収めると、そのままイージスに向かう。
コックピッドに乗り込むと、無線でニコルへ呼びかけた。
「ニコル、聞こえるか?!状況は?」
少々の雑音の後、ニコルが応答した。
『・・・はい、アスラン。僕達は今、足つきと交戦中です。』
「・・・すまない。ストライクを逃がした。」
アスランのその言葉に、ニコルは思わず息を呑む。
が、ニコルが何か言う前に、アスランは続けた。
「オレも今からイージスでそっちへ向かう。 それまで持ちこたえてくれ。」
『・・・了解しました。 アスラン、言っておきますが、あのストライクのパイロットがたとえ貴方の友人であろうと、地球軍として僕達と敵対するなら、僕は彼を撃ちます。、いいですね?』
「・・・・・わかっている。」
やや眉を寄せながらアスランはそう答えると、メインモニターを見つめた。
目の前には暗黒の世界が広がっている。
「まもなくオーブの領海も近い。そこに足つきが逃げ込まないとも限らないだろう。そうなる前に叩くぞ!」
『はい!』
「アスラン・ザラ、イージス、出る!!」
この後、そう遠くない未来、アスランは実感する事になる。
《もし、僕達の間でもお互いに大事な人の命を奪い合うようなことがあったら・・・・・。そのときは、僕とアスランも憎しみあったりするのかな。》
そう呟いたキラの言葉の本当の意味を。
+++ The End +++
ようやく最終回を迎えました。
私がちんたらやっていたんで、ずいぶん時間がかかりましたが。
ま、結局のところ、アスランがキラを拉致ったところで、
最終的には元の状態に戻ると言うなんてことのない話なんですけどもね。
この話の後にオーブの話か来て、ニコルが戦死するというのが
続いていると思っていただければ・・・。
みたいな感じですv
2003.08.31 |