Heart Rules The Mind

Novel Dairy Profile Link Mail Top

NOVEL

誰か言って

上手く信じさせて

「全ては狂っているんだから」と

1人にしないで

神様  貴方がいるなら

私を遠くへ逃がしてください

 


幸せの終わり 真実の始まり    act,6


 

 

“工藤 優作”

その名は、世界的な推理小説家として広く知られている。

彼の交友関係は実に広く、インターポールにも顔が利き、また警視庁捜査一課の目暮警部とも親しい間柄で絶対の信頼を得ている。

だが、それとは別に、彼にはもう1つの顔があった。

世界的に暗躍する組織を束ねる者としての、恐ろしい顔が。

 

───とんだピエロだな。

別荘の一室に監禁された新一は、部屋に置かれた椅子に腰掛け、自分を笑った。

前に屈んだ姿勢で俯いているため、その表情は見えない。

部屋の明かりをつけていないということもある。

彼を照らすのは天窓からの、僅かな月の光だけだった。

新一は今、まさに絶望の淵にいた。

今更、信じられないと騒ぎ立てるつもりはない。

考えてみれば、実につじつまのあう話だった。

 

組織の存在を知り、その正体を暴こうとする高校生探偵。

組織にとって、それほど脅威の存在ではなかったとしても、目障りだったことには違いない。

パンドラ探しという役目のあるキッド、組織に役立つ科学者としての才能を持ち合わせている哀に比べれば、ただ推理が得意なだけの少年など利用価値はないに等しい。

もちろん、新一が組織に協力的だというのなら話も変わってくるかもしれないが、それは100%の確立でありえないのだ。

普通なら、とっくに始末されるところであろう。

 

───そりゃ 、暗殺もしないはずだよな・・・。

新一はやっと謎が解けた気がしていた。

新一の母、有希子までもが組織の人間だったというのも実に筋が通っている。

彼女はシャロン・ヴィンヤードと親しい関係だった。

シャロンとクリスが同一人物であり、しかもベルモットの正体である以上、それは偶然ではなく必然だったということになる。

───そういや、母さんも変装は得意だったな。ま、もともと女優なわけだし、その点ではベルモットと同じってことか。

 

新一は、自嘲的な笑みを口元に浮かべた。

───何やってんだか。

“日本警察の救世主”が聞いて呆れる。

新一は自分の無能さを呪った。

 

・・・・・・灰原は。

アイツは今、どうしてるだろう?

“やばくなったら、オレが何とかしてやる”

いつかアイツに言った言葉。

灰原を組織から守ってやるつもりだった。

それがどうだ、一体、この様は。

アイツにとって、むしろこのオレが最悪な状況を作った張本人じゃねーかよ。

それに───。

 

新一は腕時計に目をやった。

時刻は既に深夜0時を回っている。

つまり、キッドが組織を呼び出した予定時刻は、とうに過ぎていた。

当然、キッドと組織の接触は、何らかの形にしろ、あったと思われる。

不意に、キッドの身を新一は案じた。

組織がキッドに接触する理由は、最早『パンドラの奪還』以外、ありえない。

手荒なマネをしているとも限らなかった。

 

───だが、今、キッドはパンドラを所持していない。

組織がキッドからパンドラを奪うのは不可能だ。

父さんはキッドがオレにパンドラを託した事までは知らないようだし、アイツがすぐに殺されるなんてことはないだろうけど・・・・。

 

キッドの作戦はある意味、有効であると言えた。

とにかくこのままでは、新一は再び幼児化されてしまうらしい。

そうなる前に、何としてでもキッドにパンドラの在り処を示さなければならない。

ここまで来て、パンドラまで父親に差し出さなければならないような状況だけは、死んでも避けたいと新一は思った。

しかし。

新一は唇を噛み締めた。

───アイツはもう、真実を知っただろうか?

いずれにせよ、キッドが知らないで済むはずもない話である。

 

「・・・・・・アイツに会わせる顔がね─な。」

新一は苦笑するしかなかった。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

キッドが葉山の別荘を訪れたのは、日付も変わって深夜1時を少し過ぎた頃だった。

組織のメンバーに手痛い歓迎をされるでもなく、キッドは静まり返った別荘の扉を1人開け、中に入ることができた。

入り口傍のリビングに足を進めると、ソファに腰掛けている人影が目に入った。

キッドの右目のモノクルが僅かに光る。

そこに映ったのは、新一の父、工藤 優作の顔だった。

実際、顔は知っていても、優作とは初対面である。

ソファに座ったままの優作はゆったりと笑みを浮かべ、キッドを迎えた。

優作の眼鏡越しに見えるその瞳が、相手の心を見透かすような鋭い輝きを放つ。

その瞳はどこか新一を連想させた。

新一の瞳の輝きは父親譲りだったのかと、妙なところでキッドは感心した。

 

「やぁ、よく来てくれたね。夜分にこんな遠くまですまなかった。そこにかけてくれたまえ。何か飲み物でも。」

「───いや、お気遣いだけで。」

テーブルに乗っていたワインボトルに優作が手をかけたのを、キッドが制止する。

優作は小さく笑って、自分の分だけグラスに赤ワインを注いだ。

キッドはソファにすら、座ろうとはしない。

そんなキッドに目をやりながら、優作はワインを口をつけた。

「───さて。まずは“初めまして”と言うべきかな?実際、君と会うのは今日が初めてだ。会えてうれしいよ? 私は工藤、優作だ。」

にこやかに自己紹介をする優作を前に、キッドは顎に手を沿え「ふむ」と頷く。

「どうかしたかね?」

「一応、お訊ねしておきますが。本物の工藤 優作氏ということでよろしいですか?」

さすがにこれには優作も吹き出す。

「君は面白い。普通なら、本人にそんなことを聞くことなどありえないがね。私が答えたところで信憑性は低いはずだ。だが、そこを敢えてとなると・・・。 まぁいいだろう。実際、君をここに呼び出すためだけなら、他人の顔を借りるような手間をわざわざかける必要はない。そうは思わないかね?」

つまり、この状況下で“工藤 優作”の面を被る必要などないと、そう言っているのだ。

「確かに。」

キッドはあっさりと頷く。

事実、キッドを相手に、工藤夫妻に化けたところで大した利点はない。

もともと工藤 優作の顔で出迎えられた時点で、優作=組織だという構図はキッドの頭には最初からあった。

「これでは答えになっていないかな?」

「いえ、充分。」

「わかってもらえて良かった。」

優作はワインをテーブルに置いて肘をつき、両手を組み合わせた。

そして、その笑みを濃くする。

「つまり、私は君が追っている組織の人間だ。更に言うと、その組織を作ったのが私なのだよ。」

 

僅かな沈黙が二人の間に落ちた。

優作の衝撃的な告白に対し、キッドが言葉を発することはなかった。

言葉どころか、表情すらない。

今まで、愛想程度に口元に張り付いていた笑みが完全に消えただけである。

あまりに無反応なキッドに、優作は眼鏡の奥の瞳を細めた。

「驚かないのだね。まぁ確かに、ここへ来る時点で充分に想定できた内容かもしれないが。」

「───これでも一応、驚いているんですけどね。 死んだ父の口癖が“いつ何時もポーカーフェイスを忘れずに”だったもので。」

「なるほど。」

キッドの嫌味も、優作は笑顔で軽くあしらう。

 

実際、この展開はキッドにとって少々予想外だった。

新一の両親が組織の一味かもしれないとは思ってはみても、さすがにその頂点に立つ者だとは思っていなかったのだ。

組織の撲滅を目的とするキッドにとって、組織を束ねる者との接触は必須。

しかし、この急展開はあまり望ましい形ではない。

───さて、どうする?

キッドは今後の対応を頭の中で模索する。

もちろんそんなことは億尾にも出さない怪盗に、優作はゆるやかに微笑みかけた。

「実に堂々たる態度だ。“怪盗キッド”を継ぐに相応しい。私の息子など、酷い取り乱し様だった。」

その台詞にキッドは僅かに目を見開く。

やはり、新一は真実を知らなかったのだ。

とりあえず、新一までもが組織の一味であるという、キッドにとって最も最悪な結末はここで消えたが、あまり良い状況でないことには変わりはない。

「・・・お察ししたところ、奥様も組織の一員のようだ。とすると、ご子息だけがずっと蚊帳の外だったというわけですか。」

「いやなに、妻の教育方針でね。息子には 何も知らずに自由に育ってもらうつもりだったんだが。まぁ結果として、息子とちょっとしたゲームを楽しむことができて、私としても楽しかったよ。」

「それはそれは。また、ずいぶんと悪趣味で。」

慇懃無礼も甚だしく、キッドは言う。

しかし、優作は穏やかに微笑みを浮かべたまま、キッドを見つめていた。

 

白いマント。

白いシルクハット。

そのレトロな怪盗の姿は、昔と何一つ変わることがない。

 

「しかしそうしていると、まるで“初代キッド”のようだ。昔の友人に再会できたようで懐かしい。」

「・・・よく言いますね。自分で殺したくせに。」

「私が直接、手を下したわけではないよ。」

無論、手にかけたのは優作でなくても、彼の指示によるものであることは間違いないのだが。

優作は平然と続ける。

「私としても、彼の死は残念だった。」

「───では、何故殺したんですか?」

「 君の父君とは、私が“パンドラ探し”を依頼してからのつきあいになるのだがね。彼は怪盗としての手腕のみならず、実に優秀な人物だった。だから、彼を私の片腕として組織に迎えることにし た。実際、彼は私と肩を並べるほどの能力の持ち主でね。いいパートナーとめぐり会えたと思ったのだが、残念なことに、お互いの考えにズレが生じてしまった。相手が相手だけに厄介な問題だったのだよ。これがどういうことか、君にはわかるかな?」

「・・・組織に頭は2つは要らないと、そういうことですね?」

優秀すぎる人物は、果てしない脅威である。

だから、排除した。

そう優作は言っているのである。

「当時、まだ幼かった君には大事な父親を奪ってしまって、すまなかったとは思っているよ。」

「謝っていただかなくて結構ですよ。許すつもりはありませんので。」

冷ややかにキッドは言った。

緊張感漂う部屋の空気が、ますます冷えていく。

殺気が立ち込めているのである。

「私が許せないかね?」

「どうすれば、許せると?」

右目のモノクルの奥の瞳が、鋭い殺意に輝く。

それでも優作は、穏やかな笑顔を絶やす事はない。

「困ったね。できれば、君と仲良くしたいのだが。」

椅子の背もたれに寄りかかり、優作は飄々として言う。

無論、キッドの殺意など気にも留めていないような様子である。

どこまでも癪にさわる態度。

ここまで人を本気で殺したいと思ったのは、キッドも初めてだった。

 

実際、キッドの白いジャケットの奥には拳銃が眠っている。

父親の仇を目の前にして、銃弾を放つことにためらいはなかった。

もし、それで自分の命が尽きることになったとしても───。

目的を果たす事ができるのなら、たとえ相手と刺し違えてもと言う覚悟は、とうにできている。

だが、今はまだその時ではない。

───くそっ!

キッドは、心の中で舌打ちした。

 

そんなキッドを嘲笑うかのように、優作が告げる。

「君はじきにいなくなる人間なのだから、私のことなど怒っていても仕方ないと思うがね。さて、ではそろそろ無駄話は終わりにして、本題に入らせてもらってもいいかな?」

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

優作は、もうほとんどカラになったグラスにワインを注ぎ足す。

血のように赤いワインがグラスを満たしていく様子を、キッドは黙って見つめていた。

「 今回、私が帰国したのは別件で用があったからなんだがね。偶然にも、君がパンドラを見つけてくれたと聞いて驚いていたところだ。いや、実に素晴しい。初代キッドさえも上回る素晴しい功績だと言えよう。」

「それはどうも。」

無愛想に短く応えるキッドに、優作は続ける。

「君が“怪盗キッド”を継ぐとはある程度、予想はしていたのだが、まさか本当にパンドラを探し当ててくれるとはね。 石はスピネルだったかな?またずいぶんとマイナーな宝石だ。よく目をつけたね。大したものだ。」

「いや、自分でもビックリ。」

キッドはちょっと手を広げておどけて見せた。

優作は眼鏡の淵を少々上げる。

「利口な君のことだ。おそらく今夜は、パンドラを持参していないのだろうね?」

───ご名答。

キッドは苦笑した。

「さすがに今、ここで死にたくはありませんので。」

「なるほど。わきまえているわけだ。しかし、どうするつもりだね?いずれにせよ、君の運命には二択しかない。さっさとパンドラを手放して“今、死ぬ”か、“あとで死ぬ”かのどちらかだよ。」

残酷な笑みを浮かべながら、優作は言った。

 

当然、キッドは自分の立場を充分過ぎる程にわかっていた。

パンドラを見つけた以上、既に自分は用無し。

最早、キッドの命を繋ぐ唯一の切り札がパンドラなのである。

この状況下で唯一ラッキーなのは、優作の口振りからして、キッドが新一にパンドラを託した事までは知れていないということか。

キッドはシルクハットのつばを少し下げた。

 

「・・・・・・幾つか質問を。」

キッドの右目のモノクルが光る。

「何だね?」

「確か、私よりも先にご子息がこちらにいらしていたかと思いますが。」

すると、優作は一際その笑みを濃くした。

「ああ、そういえば、君には息子が世話になったね。」

「いえ、それほどでも。」

「彼の“探偵ごっこ”も今夜でおしまいだ。新一には、今後、組織に即した生き方をしてもらうつもりだ。」

「なるほど。洗脳でもされる気ですか?」

「いや、もう一度幼少時代からやり直してもらうだけだ。体だけでなく頭脳まで細胞を後退させる薬品を使ってね。」

ゾッとするようなことを平気で口に乗せる優作を、キッドは黙って見つめていた。

要するに、それは洗脳と何ら変わりはない。

さすがに息子の命を奪うとまでは考えてはいないらしいが、その意思を尊重しようとは皆目、頭にないようである。

「新一のことが気がかりかね?しかし、もはや君にとって新一は、親の仇である私の実の息子だ。殺意が芽生えることはあっても、身を案じる必要はあるまい。」

確かに、身の危険性だけなら、新一よりもキッドの方が遥かに高い。

だが。

キッドは、にっこりと言った。

 

「とりあえず、彼に会わせていただきたいんですが。パンドラの件については、また後ほど。」

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

不意にドアが開く音がして、新一は顔を上げた。

戸口に立っているのは、純白のコスチュームに身を包む怪盗。

その姿をぼんやりと見つめていた新一の瞳は、やがて大きく見開いた。

そして椅子から立ち上がった。

 

「・・・お前っ!どうやって入ってきた?!」

「ドアを開けて。」

ふざけた返事に思わず脱力しかける新一だが、キッドはいたって真顔である。

キッドの白いスーツに一点の汚れもないところを見ると、ここへ来る事は優作にも了承済みなのか?と新一は思いをめぐらせる。

キッドと優作との間で、何らかも交渉が行なわれたのかもしれなかった。

が、しかしだ。

何にせよ、新一にはわかっていることがある。

 

「───来るとは思ってたけどな。」

「そう?じゃあ、話は早いね。」

あくまでもにっこり話すキッドだが、びりびりとした緊張感がそこにあった。

そしてそのまま、ゆっくりと新一の方へと近づいてくる。

新一は立ち尽くしたまま、ただずっとキッドを見つめていた。

キッドは何も言わないが、その顔が真実を全て知ったと語っている。

コツコツとキッドの足音だけが響いて、二人の間の距離を縮めていく。

やがて、すぐ手の届くところまでに到達すると、キッドは足を止めた。

新一が何か言葉を発しようと口を開くよりも先に、キッドの左手が動いた。

 

瞬間。

新一の頭に銃口が突きつけられる。

今、キッドが手にしているのはお馴染みのトランプ銃ではなく、本物の拳銃だった。

引き金にはシルクの手袋をしたキッドの白い指がかかっている。

 

新一はキッドを真っ直ぐに見据えていた。

その蒼い瞳にキッドの顔が映る。

何の感情も読み取れないいつものポーカーフェイスだが、それが余計にキッドが本気だと物語っていた。

さすがのキッドもここで冗談はないだろう。

だが、銃を向けられた新一も驚いた様子もない。

実際、新一はキッドの行動に納得していた。

キッドにしてみれば、新一は親の仇の息子である。

肉親を奪われたことのない新一には、キッドの抱えるその痛みや憎しみを想像はできても、本当の意味での理解はできない。

だが、殺意を持たれる理由なら、充分にある。

今まで行動を共にしたことも考えれば、なおさら。

知らなかったで済まされることではなかった。

キッドの目的はあくまでも組織への復讐。

死で償えと言うのなら、享受するべきか。

 

───だよな。

新一は苦笑した。

 

「・・・・・・いいぜ?撃てよ。」

新一はキッドを見つめたまま、言った。

二人の視線が交差する。

キッドは何も言わず、その表情には苦悶すらない。

ただ無表情で新一を見つめ、銃口は新一の頭に突きつけたまま。

静寂が部屋を支配する。

二人はそのまま動かない。

 

どのくらいそうしていたのか。

数秒なのか数分なのか、いずれにしてもその沈黙を破ったのは新一だった。

「・・・撃たないのか?あ、いや、まだ撃てないか。お前には話しておかなきゃならないことがあるしな。」

無論、それはパンドラの隠し場所についてである。

新一がそれを語ろうとした時、キッドは銃を持っていない右手の掌を翳した。

 

「───ストップ。」

「え?」

「そこから先は、ここを出た後で。」

キッドはそう言うと、新一の頭からあっさりと拳銃を引いた。

新一は多いに眉をつり上げる。

「・・・ここを出るって・・・・お前、どうするつもりだ?!」

「どうするも何も───。敵の素性もわかったことだし、これ以上ここに居たって、命を縮めるだけだからね。とっとと退散しようかと。」

やれやれといったキッドの口調。

その顔には、ようやくいつものふてぶてしさが戻ってきた。

 

「・・・・オレを連れて行くつもりなのか?」

「とりあえず、ここを脱出するのは必須。パンドラのことを考えれば、名探偵を連れて出るのは絶対条件だ。ただし、名探偵がここに残りたいと言うのなら、話は別だけどね。」

新一は、唇を噛み締めた。

ここに残ったとして、新一に待っているのは再び幼児化されるという悪夢だけである。

だが。

素直にキッドと共に脱出するとは、新一には言い難い。

そんな新一にキッドは背を向け、脱出の算段なのか天窓を見たり、部屋の壁を軽く叩いたりしている。

新一はキッドの背中を見つめて、やがて声を絞り出した。

「・・・・・・お前、オレを殺したいとは思わないのか?」

すると、キッドは肩越しに振り返る。

「改めて問われるとなかなか難しいね。それとも、何?名探偵はオレに殺されたいの?」

「さぁな。けど、お前にはその権利があるとは思っている。」

「へぇ?ずいぶんと物分りがいいんだね。まぁでも、実際、名探偵を殺したところで、オレにはメリットはない。人の父親を悪くいうのは申し訳ないけど、さっきお話しさせてもらった限りじゃ、 あれは息子が死んでもあんまり悲しまないタイプだな。」

「───同感だ。 つまり、人質としての価値もオレにはない。聞きたいことだけ聞き出して、さっさと始末したいと思うのが道理だろ。」

「確かに。だけど、オレとしてはこの厄介な組織への報復は、逆に名探偵と共にした方が効果的なんじゃないかと思ってね。」

ぺろっと舌を出すキッドに、新一も苦笑する。

そうかもしれなかった。

いくら実の子に対して情が薄いとはいえ、その子供が組織を崩壊させるようなことがあれば、父親にとっては多少なりとも屈辱的なはずである。

 

「というわけで、名探偵が“組織をぶっ潰したい”という最初の主旨から外れてなければ、一緒にどう?」

差し出されたキッドの手。

新一は、それを黙って見つめた。

この手を取るということは、新一にとって両親との決別を意味する。

実の親を敵に回すということに対して、まるで戸惑いがないと言えば嘘だった。

───だけど、オレは。

新一は、利き手の拳を握り締めた。

自分の信念は曲げる事はできない。

組織の数々の卑劣な行為を許すことなど、できるはずもないのだ。

それがたとえ、自分の親であったとしても。

 

やがて。

新一はキッドへその手を伸ばす。

シルクの手袋をした手に新一のそれが重なるのを、キッドは微笑をたたえて見届けたのだった。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

山あいの別荘に爆音が轟いたのは、それからまもなくのことだった。

書斎のソファに腰掛けていた優作のもとにも、もちろんその震動と衝撃は伝わる。

と、同時に黒い衣装を身に纏った人物が数人、優作のもとへ走り寄ってきた。

そのうちの1人が優作に耳打ちする。

部下の報告を耳にした優作は、その唇に笑みを浮かべた。

「───そうか。壁を爆破して脱出したか。」

そして、今すぐ新一達を追おうとする部下達に対し、彼は「待て」と制した。

「追う必要はない。」

その命令に、部下達は怪訝そうな顔を作る。

だが、優作はあくまでも笑っていた。

「彼らはどうせ、本当の意味でこの私から逃げることなどできはしないのだからね。」

 

すると、突然、書斎のドアが大きな音を立てて開く。

「ちょっと!!新ちゃん達が逃げたっていうのは本当なの?!」

甲高い声を上げて部屋に入ってきたのは、優作の妻、工藤 有希子だった。

「やぁ、おかえり。君の方は上手くいったようだね。」

ゆったりと微笑む優作の下へ、彼女はつかつかとヒールを鳴らして近づく。

「当たり前でしょ!シェリーをただ研究所へ連れて行くだけじゃないの。それより、どういうことなの?ここへ来たら別荘の壁は派手に壊れてるし!新ちゃん達が逃げたってジンが言うから・・・。」

有希子はテーブルにばんと両手を付き、優作に詰め寄った。

だが、優作はにこやかに言う。

「どうやら手榴弾か何かを使ったようだよ。やれやれ、私の別荘だというのに、遠慮のない子供達だ。修理代は彼らにツケておくとしよう。」

「もしかして、新ちゃん達をこのまま逃がす気?」

「ふふ・・・。彼らも逃げたつもりだろうがね。」

意味ありげに笑う優作に、有希子は残念そうに溜息をついた。

ゆるくウェーブした長い髪が揺れて、彼女は膨れっ面を作る。

「酷いわ。小さくなった新ちゃんをもう一度、育てるのをとっても楽しみにしていたのに。」

「すまないね。少々、気が変わって、もう少し 彼らと遊んでみるのもいいかと思ってしまったんだよ。物語の終焉はより劇的な方がいいからね。だが、結末は変わることはない。君の望むとおりにね。」

「じゃあ、最終的には新ちゃんは私のところへ帰ってくるのね?」

「もちろんだとも。」

優作は笑顔で頷いて見せた。

 

 

一方。

別荘を脱出し、山を駆け下りていた少年二人は、車道へもう間もなく出るだろうという地点で、しばしの休息を取っていた。

「追ってこないね。」

キッドがシルクハットのつばを上げ、後方を振り返って言った。

「どうせ、オレ達が逃げることも筋書き通りってとこなんだろ。」

「ふーん、ま、いいけどね。」

キッドは面白くなさそうに溜息を漏らし、夜空の月を仰いだ。

自分の顎に手を添えると、新一は俯き加減に言う。

「ついでに言うと、脱出したからにはきっとオレの次の行動も読まれてると思う。」

新一の言う次の行動とは、もちろん哀の救出である。

当然、キッドにも予想はついていたことだった。

「───で?それでも名探偵は 、あのお嬢さんを助けに行くんだろ?」

「当然だ。どこかの研究所に拉致されているらしいからな。まずは居場所をつきとめることから始めないと。」

そう力強く言う新一を見、キッドは唇の端を持ち上げニヤニヤする。

そんなキッドを新一は不快そうに見返す。

「・・・・なんだよ?」

「いやいや、やっぱり名探偵はそういう顔の方がいいと思ってね。何せ、さっきまではこの世の終わりみたいな顔してたからさ。」

「・・・・・・うるせーな。」

新一は小さく舌打ちした。

 

夜風が潮の香りを運んでくる。

耳を澄ませば、波の音も聞こえてきそうなくらい辺りは静かだった。

新一は月光を浴びて輝く白い怪盗を見た。

「───お前さ。さっき、オレに銃を向けた時、本気だったろ?」

「まぁね。」

「あの時、オレも本気でお前に撃たれてもいいと思ったけど、やっぱりまだ死ぬわけにはいかない。組織を壊滅させるまではな。」

新一はそう言いながら、不敵な笑みを浮かべる。

すると、キッドもにっこり笑う。

「そうだね。名探偵には、組織を潰すためにオレにもしっかり協力してもらわないと。」

「それはお互い様だろ。」

ニヤリと笑う新一に、そりゃそうだとキッドも頷いた。

と、「ああ、だけど」とそこに付け足す。

 

「オレの気が変わって、うっかり名探偵を殺しちゃうようなことがあったら、ごめんね?」

 

相変わらずのポーカーフェイス。

その言葉が冗談なのか、本気なのか、定かではない。

だが、新一はどちらでも構わなかった。

今、ここに居るのが自分1人ではないことに、新一は救われた気がしていたのだ。

自分の隣に、この怪盗が居ることに。

 

二人の少年の遥か頭上に浮かぶ大きな月。

その月に雲がかかり始めていた。

 

 

 

やがて、月がすっかり雲に覆われ、空を照らすものは何もなくなった。

壁が崩れ落ちて無残な姿の別荘は、暗黒の森の中でただ1つ光を放っていた。

 

書斎の窓際に立つのは、その別荘の主の工藤 優作と妻の有希子である。

二人はワインを片手に楽しそうに談笑していた。

「ねぇ、今度はいっそのこと、あの二代目キッドも一緒に私に預けてくれないかしら?新ちゃんとあんなによく似てるし。きっと新ちゃんと一緒に幼児化させたら、双子みたいになってかわいいと思うの。」

「しかし、彼は少々生かしておくには危険じゃないかね?何しろ、私達は彼の親の仇だ。」

「あら、親の仇に育てられるなんて、そういうドラマチックなの、素敵じゃない?」

「では、またシナリオを修正する必要がありそうだ。ま、それもいいがね。」

優作の了承が取れ、有希子はご機嫌で微笑んでいた。

 

 

「さて、また新たなストーリーの始まりだ。存分に楽しませてもらうとしよう。」

ソファに腰掛けた小説家は、その眼鏡を輝かせたのだった。

 

 

The end

 

はい、最終回です。
ええ〜!これで終わり???と思った貴方、そうです。終わりです(笑)
このお話は、組織との最終決戦を舞台にしたわけではなく
組織の正体が明らかになるというものだったからなんですね〜(苦笑)。
ちなみに。この話で私が書きたかったのは、組織の正体が実は優作パパでそれに絶望する新一と
そんな新一に銃を向ける怪盗v だけだったのでした(それだけかよ)
もともと、この春の映画予告を見、なーんかあの犯人が実は優作パパなんじゃないの?という
妄想から生まれた話ですが・・・・。実際のところ、映画の真犯人は誰なんでしょうね?
今のところ、予告を見た限りでは果てしなくシリアスで興味を引かれるのですが、10周年でお祭り的要素が
あるとなると、やっぱり犯人はパパで実はハメられた〜というオチはまだ否定はできない私なのでした・・・。

 

Copyright(C)ririka All Rights Reserved.   Since 2001/05/04