BISQUE DOLL U act.1 ヘッドライトが、闇の中にいくつかの白い顔を浮かび上がらせた。 揃ってこちらを見ているそれらの中で、一番手前にいたロングコートを羽織っている男が体の前で組んでいた手を解き、おいでおいでと手招きをする。 警視庁捜査一課の高木刑事は、彼らの直前で車のブレーキ・ペダルを踏み混み、同時に頭上で鳴り響いていたサイレンを止めた。 「高木は降りなくていいよ!オレがまず聞いてくるから。」 助手席に乗っていた千葉刑事が、低い声でそう言った。そして、車が停まると同時に素早く降りていく。 高木刑事はエンジンをかけた状態のままで車のサイドブレーキをひき、フロントガラス越しに外の様子を眺めた。 5,6人の男女に囲まれるようにして、一人だけ路上に倒れている女性らしき姿が認められた。 時計の針は、既に午前1時半近くを指している。 立春も過ぎ、暦の上では春とはいえ、まだまだ寒さは厳しい。立ち尽くしている人達は、いずれも白い息を吐いていた。 高木刑事は、窓を開けて彼らの声を聞こうとした。冷たい風が彼の頬に当たった時、周囲から他のパトカーらしきサイレンが聞こえてきた。 まもなくして、高木刑事の車の横に数台のパトカーとともに、白い車が滑り込んでくる。 「目暮警部・・・!!」 「高木君、現状はどうだね?」 「今、第一発見者らしき人達から話を聞いているところです。」 言いながら高木刑事は、寒そうな顔に興味津々な表情を浮かべている人達に、熱心に話し掛けている同僚の刑事を見やった。 目暮警部はその様子を見て頷くと、他の捜査員達を引き連れて、女性が倒れている現場の方へと踏み込んでいく。高木刑事もそれに続いた。
「・・・では、あなたがここを通りかかった時、彼女は既に倒れていたんですね?」 「あ、はい、そうです。最初何か大きなものが地面に落ちてるなと、思って。 「彼女以外に、誰か別の人の姿を見かけたりはしませんでしたか?」 「・・・いや、他には誰も。もともと人通りの少ない道だし・・・。 「・・・さぁ、それはなんとも。」 千葉刑事は、第一発見者である若いサラリーマン風な男から話を聞いていた。 男の話をさらさらと手帳に書き留めると、千葉刑事は背後に現れた目暮警部に会釈をした。
「・・・どうかね?」 「被害者は身元確認なんてする必要もないくらい有名人ですよ。まぁ一応持ち物でも確認しましたが。 輝かしいスポットライトのもとでしか見たことがなかった彼女の変わり果てた姿を見やり、千葉刑事は溜息をついた。 血まみれの被害者の傍らに膝をつき、高木刑事がその顔を覗き込む。 「・・・ヒドイな。」 34になったばかりの彼女は、小さな頃から子役として活躍し、その生まれ持った美貌と類まれなる芝居の才能で、日本を代表する女優として確固たる地位を確立していた。 その美しかった顔には、ナイフか何かで切りつけられた傷が数箇所残っている。
「・・・有名人の惨殺事件は、これで今週に入ってこれで3件目か・・・。」 タバコに火をつけながら、目暮警部はすっと目を細めた。 「被害者がこれだけ有名人ともなると、やっかむ人物も少なくないでしょうが・・・。どうもやり口が似ていますしね。これはもう前の2件と同一犯と見て、まず間違いはないんじゃないでしょうか。」 千葉刑事の言葉に周りは一様に頷いた。
いずれも直接的な死因は心臓を刺されてではあったが、その他にも切りつけられた傷が必ずあるのだ。 一人目の天才ピアニストの時は、手を。 二人目のサッカー選手の時は、足を。
事件当初は、彼らの溢れる才能を妬んでの犯行と考えられ、主に怨恨の線から捜査を進めていたが。 「・・・これって、快楽主義者による犯行なんでしょうかね?」 高木刑事はぽつりと呟いた。
快楽殺人。 犯人は共通の嗜好で被害者を選ぶ。
「・・・だとすると、ターゲットは才能溢れる有名人ということか・・・。まぁ、何にせよだ。これはもう、連続殺人事件ということで決まりだな。」 言いながら目暮警部がタバコの煙をふぅっと吐いた。
□ □ □
一夜明けて。 昨晩起きた有名女優殺害事件は、今朝のトップニュースとなっていた。 先に起こった2件の有名人殺害事件と合わせて、今後は連続殺人事件ということで捜査方針が定まったと、警視庁が発表したのである。
オレこと工藤 新一は、朝食用に焼いたトーストを口に放り込みながら、そのニュースに耳を傾けていた。 もぐもぐと口を動かしながら、シャツの襟元にかけただけになっていたネクタイを軽く結ぶ。
・・・ふーん。ま、オレとしては二人目のサッカー選手殺害の時から、同一犯の犯行だと思ったけどさ。 有名人を狙った連続殺人か。被害者同士に何か関係があるのか? いずれにしても、早く犯人をあげないと、また被害者を出す事になりかねないかも・・・。 と、ここまで考えて、ふと時刻を確認する。
「・・・うわっ!!やべ!!8時回ったっっ!!」 オレは慌てて立ち上がり、飲みかけのコーヒーを一気に流し込むと、ブレザーとカバンを持って ドアを飛び出して、制服の上にダッフル・コートを急いで羽織る。 家の門を出ようとしたところで、隣家の少女と出くわした。 「・・・あら、おはよう。」 「・・・おっす。」 赤毛の少女が相変わらず無表情でオレを見上げる。 ・・・あ。新聞、持って行こう。学校で休み時間に目を通したいし。 そう思いながら、ポストに手をかけた。すると、背後でクスリと灰原が笑った声が聞こえた。 「・・・なんだよ?」 オレが振り返ると、彼女はにやりとする。 「・・・その服装からすると、ちゃんと学校に行くようね。何より事件が大好きな貴方のことだから、てっきり警視庁へ直行なのかと思ったわ。」 灰原の言葉にオレは眉だけをつり上げて見せる。 「・・・昨夜もまた殺人事件が起きたみたいだしね?連続殺人事件なんですって?貴方にとっては、ずいぶん魅力的なお誘いかと思ったけど。」 ・・・魅力的って、お前な。 オレは自分を見上げている小意地悪そうな目を睨みつつ、溜息をついた。 「・・・残念ながら、今週は学期末テストでさ。テスト中は警視庁へは立ち入り禁止って目暮警部に釘刺されてんだよ。」
別にオレは構わないのにさ・・・。 オレだって留年するつもりはないから、テストくらいはちゃんと受けるつもりでいるのに。 そんな気を使ってくれなくてもいいんだけどな。 ・・・いや。それとも、もしかして周りから何か言われたんだろうか? オレが事情を説明すると、灰原は、ありがたい親心ね、だなんて笑いやがった。
「・・・にしても、ピアニストは手を、サッカー選手は足を、女優は顔をそれぞれ傷つけられて 「・・・ああ。つまり被害者が傷つけられたのは、死後ではなく生きてるうちってことになるな。」 「彼らが大事にしているものを奪っておいて、絶望を味あわせてから殺す・・・。大した嫌がらせだわ。」 「・・・快楽殺人の類かもしれねーけど・・・。ま、調べてみない事にはわからねーな。幸いテストは今日までだし、放課後、早速警視庁へ顔を出してくるつもりではあるんだけど。」 言いながら、オレは手元の時計で時刻を確認する。 ヤバイ、これ以上立ち話している時間はねーや! 「・・・あ!じゃあもう時間ねーから、オレ、行かねーと!」 オレはポストから朝刊を引き抜いて小脇に抱え、足早に灰原の横を通り過ぎようとした。 「・・・工藤君!」 「ん?」 「郵便物と一緒に、何か落ちたわよ?」 振り向くと、灰原が地面に落ちた何かを指差している。彼女の指の先にはカードのような物があった。
・・・何だ?! トランプ?
広い上げると、それは一枚のトランプ・カードだった。 ・・・・・・・ジョーカーだ。
トランプのカードを見て、オレは不覚にも一瞬にしてあの白い怪盗を連想してしまったが。 ・・・いや、だって。ほら、アイツ、トランプ銃なんて使うしさ。
でも、ヤツのトランプは、何か特殊な素材で作られていて、下手すれば人間の肉まで切り裂くような けれども。 このトランプは単なるプラスチック製のもので、一般的に市販されているものと何ら変わりはなかった。
・・・これはキッドのトランプじゃない。
「・・・何なの?」 「・・・さぁ?何だろうな?」
ジョーカーのトランプを、オレはしばらく凝視していたが取り立てて変わったところは発見できなかった。 ・・・誰が、何のためにこんなものをよこしたのか・・・。 オレはしばらく考え込んでいたが、その謎はすぐに解けそうもない。
□ □ □
そうして。 無事、テストを終えたオレは、放課後、まっすぐに警視庁を訪れた。 例の連続殺人事件のせいか、警視庁はかなりざわついているように思える。 捜査一課のあるフロアに向かおうとして、1F受付を横切ろうとした時、聞き覚えのある声がオレを呼び止めた。 「工藤君!」 見ると、交通課の由美さんだった。 「あ、由美さん。こんにちわ。」 「どうしたの?しばらくは出入り禁止だったんじゃなかったっけ?高木君からそう聞いてたけど。」 言いながら、彼女はにっこりと笑った。オレはそんな彼女のセリフに苦笑する。 「・・・あはは。良くご存知ですね。確かに目暮警部にそう言い渡されてたんですけど、ただ学校の 「あ、そうなの。じゃあテスト、終わったんだ?」 彼女の言葉にオレは笑顔で頷いた。 「・・・で、今日は早速、例の連続殺人事件の件でお見えになったというワケね?」 由美さんはウインク付きでそう言うと、4Fの第一会議室にその捜査本部が設置されたので一課のみんなはそこにいるのではないかと教えてくれた。 なので、オレはその会議室へと向かう。
途中、廊下を走っている高木刑事の姿を見かけた。 「・・・高木刑事!」 オレが声をかけると、彼は驚いた顔で振り返り、そのまますごい勢いでオレの方へと駆け寄ってきた。 「く、工藤君っっ!!今、君に連絡を入れようと思っていたところだったんだよっ!」 「・・・何か例の事件で進展でもあったんですか?」 呼び出される理由など、当然今起きている連続殺人の件だろうと思い、オレがそう言うと高木刑事は痛いほどオレの腕を掴んで、とにかく警部のところまで来てくれと引っ張っていった。
「・・・目暮警部!」 オレの腕を引いたまま、高木刑事が会議室のドアを開けると中にいた全員の目がオレに集中した。 ・・・え?何だ?! そのいつもとは違う雰囲気に、オレは小首を傾げた。 「・・・やぁ、工藤君。テストは無事終わったかね?」 「・・・あ、はい。おかげさまで・・・。それより、どうかされたんですか?」 警部の顔にどこか隠し切れない苦渋の色が見えた気がして、だからそう聞いてみた。
「・・・例の連続殺人事件の件は、もう知っているね?」 真剣な表情で言う警部に、オレは黙って頷いた。 「被害者はいずれも有名人ばかり。その殺害方法について共通点が見られることから、我々は同一犯による犯行であろうと思ったわけなのだが・・・。」 続けられる言葉に、オレは同調するようにまたもや頷く。 「本日、警視庁に差出人不明の郵便物が届いてね。」 「・・・郵便物・・・ですか?」 オレはやや眉を寄せて聞き返した。警部はオレの言葉に頷くと、傍にいた若い刑事に小声で指示を出す。 「・・・おそらくこの一連の事件の犯人から、送られてきたものではないかと考えている。」 「犯人から?犯行声明か何かですか?」 警部は首を振った。警部のその表情がにわかにオレを緊張させた。 「・・・これだよ。」 警部はその白い封筒を受け取ると、オレの前に掲げて見せた。 「・・・中には、白いカードが一枚。今回の事件の被害者の名がリストのように書き連ねてあった。」 「被害者3人の名前が?」 「・・・いや。その3人を含め、全部で5人だ。」 ・・・!5人?!じゃあ、あと2人は?もうどこかで殺されているのか?それともこれから・・・。 オレの考えている事を察知したように、警部は重々しく頷くと、その白い封筒を忌々しげに見つめた。
「・・・リストの名前は、まさに殺害された順番で書かれている。
麻希利さまへ・・・・。 ririka
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