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NOVEL

BISQUE DOLL U

act.2

 

警視庁4Fの第一会議室で、一人を除く全員の目がオレに集中した。 

一人とは、もちろんオレ自身のこと。

 

・・・なるほどね。会議室に入ったときから、なんかみんなの様子が変だと思ったらこういうことだったのか。

 

重々しい沈黙が広がる中、オレは目暮警部が手にしている白い封筒を指差した。
犯人から送られてきたと見られる被害者のリスト。

「・・・ソレ、見せていただけませんか?」

すると、警部はゆっくりと頷いて封筒をオレへと差し出す。
オレはそれを受け取って、周りの視線を集めながらも封を開いて中身を取り出した。

 

中には、ただ白いペーパーが一枚。 そこに、5人の名前が印字されているだけ。

 

確かに昨夜殺された女優の島川 麗子さんの次にオレの名前があり、その次には『怪盗キッド』と記されていた。

オレはしばらくそれを凝視していたが、そのリストだけでは何も犯人に結びつくような手がかりは見つかりそうもなかった。

 

「・・・・・・ところで、工藤君。ここ最近、何か不審なものは受け取らなかったかね?」

警部の言葉にオレは顔を上げた。

「・・・不審なもの・・・ですか?」

警部はオレの目を真っ直ぐに見て頷く。

「実は。・・・被害者の選別の仕方やその殺害方法以外にも、もう一つ今回の事件には共通点があることが今日、わかった。」

「何です?それは・・・。」

「トランプだよ。 3人の被害者のもとに、いずれもトランプのカードが届けられていたとのことだ。」

 

警部の台詞にオレは目を見開いた。

・・・・・トランプのカードだってっ?!それって、今朝の・・・。

オレは朝、新聞を取ろうとした郵便受けから落ちた、一枚のトランプカードの事を思い出した。
あの時はとっさにキッドの事を連想してしまったけど。

・・・・・・つまり、じゃあ、あれは殺人予告状みたいなものだったのか。
ふーん、どうやらオレも犯人のターゲットにされちまってるってことで間違いはなさそうだな。

 

カードは今もコートのポケットに突っ込んだままだ。
オレはポケットの中からそれを取り出すと、警部達に良く見えるように掲げた。

それを見て、今度は警部達が目を大きく見開き、息を呑んだ。

「・・・!!く、工藤君っっ!!!それはっ!!!」

「自宅の郵便受けに入っていたんですよ。このままの状態で・・・。今朝、新聞を取る時に気が付きました。
・・・・・・わざわざ犯人が僕の家の前まで届けてくれたんですかね?」

オレは少し笑いながら、青い顔をしている警部達にカードを渡して見せた。

「・・・ジョーカーか。」

「・・・工藤君が最強のカード・・・って事ですかね?」

高木刑事達も一緒にカードを覗き込む。

「・・・で、警部。あとの3人にはどんなカードが届けられていたんですか?」

オレがそう言うと、警部はすぐ後ろにあったホワイト・ボードにすらすらと被害者3人の名を書き出した。

 

1.日高 麻美 (ピアニスト)   ・・・ ハートのクィーン
2.桐山 光二 (サッカー選手) ・・・ クローバーのジャック 
3.島川 麗子 (舞台女優)   ・・・ ダイヤのクィーン

 

「・・・カードに何かしらの意味が込められているのでは、と、我々もいろいろ考えたのだがね。
まぁ、指し当たっては彼らの地位を示すことくらいしか、思い浮かばなかったのだよ。」

確かに。
被害者のうち、二人の女性はいずれもその業界ではクィーン(=女王)には間違いないし。
サッカー選手の桐山さんがキングじゃなくてあえてジャックだっていうのも、ジャック自体に『戦士』という
意味合いがあることを考えれば、納得できない事も無い。

マークについては・・・。

確か、ハートが聖杯とか愛とか・・・身分的には僧侶だったっけか?
クローバーは棍棒で、農民だろ? ダイヤは富とか貨幣を表わしているんだったよな・・・。

3人の身分とかそういうのを考慮しているんだろうか?それとも単に性別で赤と黒に分けたとか?

 

でも。

・・・だとしたら、オレがジョーカーっていうのは、一体、何の意味があるんだろう?

 

「まぁ、謎解きはともかく、だ!とりあえず犯人の次の狙いが工藤君だとわかった以上、我々としても黙認しているわけにはいかん。犯行パターンを見ても、極めて短期間のうちに次々に事件を起こしているのだから、近いうちに工藤君に犯人が接触する恐れがある。」

目暮警部の言葉に、オレは無言で頷いた。

「と、いうわけでたった今から、我々は工藤君の身辺警護をさせてもらうよ。
なに、犯人には指一本触れさせるつもりはないから、安心したまえ!!だが、工藤君も周囲には充分気を配るように頼むよ?決して一人で出歩いたりせんようにな!!」

力強くそう言われて、オレは思わずたじろいだけど。
とりあえず、それが犯人確保のために一番手っ取り早い方法であることには間違いない。

「・・・すみません。ご迷惑をおかけします。」

「何を言うんだねっ!君は被害者だろう?気にすることなどない。何より普段は我々の方が君には世話になりっぱなしなのだからな。こんな時くらい警察を頼ってくれたまえ。」

警部はそう言って、オレの肩にその大きな手を置いた。

 

 

そんなわけで、オレは警視庁から自宅まで車で送ってもらえることになった。
同行してくれてるのは、高木刑事と千葉刑事。

ハンドルを握りながら、高木刑事がバックミラー越しにオレを見る。

「・・・それにしても、今更ながらではあるけど、やっぱり工藤君って有名人だったんだねぇ?」

「え?」

車窓から外の景色を見ながら、今回の事件について一人で考えにふけってしまっていたオレはふと現実に呼び戻された。

「いや、だってさ。ピアニストにサッカー選手、で舞台女優っていうスターばかりのところに一緒に名前を連ねちゃうってのが、すごいと思ってね。」

「おい、何言ってんだ。高木!不謹慎だろう?工藤君はそれどころじゃないんだぞ?!」

千葉刑事が助手席でとなりの高木刑事をジロリと睨む。

「あ、いや、そういう意味じゃなくて・・・。あのごめんね。工藤君。」

ちらっと後ろを振り返り、申し訳なさそうに高木刑事が謝るが、オレはにっこりと笑って返した。
すると、彼はほっとしたように前を向き、再び前方に目をやったまま口を開いた。

「・・・確かに、工藤君も怪盗キッドも、ある意味、そこらへんのヘタなアイドルなんかよりはよっぽど知名度もあるとは思うんだけどね。ただ僕はリストを初めて見た時、なんか前の3人と比べて妙な違和感を感じたんだよ。」

高木刑事の言葉に、オレはほんの少しだけ目を細めて視線を落とした。

 

・・・違和感。

そう。それは確かにオレの中にもあった。

被害者はいずれもそれぞれの業界で活躍している今をときめくスターばかり。

そこに、『探偵』と『怪盗』というジャンルも付け加えろというのは、無理な話ではないが、明らかに前の3人とは種類が異なる気がする。

 

「工藤君とキッドは、ある意味、セットにできるとは思うんだけどね。」

高木刑事の言葉に、オレは思わず顔をしかめる。

・・・アイツとセットにするのはやめてくれ・・・。まぁ、そう言われるのもわからなくはないけどさ。

 

 

3人の被害者は、そのトランプが殺人予告であることも知らないままに殺された。

そして。

今、オレとキッドを残した段階で送り付けれたリスト。

これは、はっきり言って、オレ達に自分がターゲットなのだと自覚させるため以外の何物でもない。

・・・と、すると。

わざわざこんなマネをするなんて、もしかして犯人の狙いは最初から、オレ達だったんだろうか?

 

「・・・にしてもさ。今回の件でキッドまで犯人に狙われてるとわかって、中森警部はたいへんだよ!
絶対にキッドを殺させるな〜ってね。ま、そうは言われてもさ、さすがにどこにいるかわからないキッドまで僕らが守るのは不可能だからね・・・。」

高木刑事が言いながら苦笑する。 その、もっともな言い分にオレもつられて笑った。

 

 

□       □       □

 

 

程なくして、車はオレの家の門の前までたどり着く。

なんとご親切に、ドアの前まで高木刑事がついてきてくれた。

「あの、よかったらコーヒーでも飲んでいかれますか?」

「とんでもない。僕らはこのまま外で張っているから。非常連絡用の携帯はさっき渡したよね?何かあったら、すぐに連絡して。いいね?!」

「わかりました。」

オレはそう言って、玄関で高木刑事に笑顔を送った。

 

ドアが閉められて一人きりになると、オレはフゥ〜っと溜息をついて靴を脱いだ。

自分が連続殺人犯に狙われているということはさておき、警視庁のみんなの腫れ物に触るようなその態度の方が、よっぽど疲れを煽るような気がする。

・・・いや、気を使ってくれてるのはありがたいんだけどね。

オレはコートを羽織ったまま、リビングへと向かった。

とりあえずは、コーヒーでも飲んで休憩しようと思って。

 

で、リビングのドアを開いたとたんに、飛び込んできた光景に思わず絶句する。

なぜって?

それは、人んちのソファにあのふてぶてしい白い怪盗が悠然と腰掛けていたからだ!

 

「お帰り、名探偵。元気だったかな?」

「・・・・・・お前の顔を見るまではな。」

顔をしかめてそう言ってやると、ヤツはつれないねぇとクスクスと笑いやがった。

オレはソファの脇にカバンとコートをとりあえず置きながら、キッドの方をチラリと見やる。

「何しに来た?」

「名探偵の顔を見に。」

ニヤニヤしながら、しれっとキッドが返答をする。・・・・相変わらずふざけたヤロウだ。

「ふざけるな。本当は例の連続殺人の件じゃないのか?」

「そうそう。」

人を食ったようなキッドの返事にも、いい加減慣れてきた。やはり人は学習する生き物らしい。

と、上着のポケットに入っていた携帯が着信メロディを奏でた。
さっき高木刑事から受け取った携帯だ。

「・・・あ、はい。工藤です。」

『工藤君?高木だけど。大丈夫かい?家の中に不審人物とかいたりしないだろうね?』

 

言われて、思いっきりオレは目の前のキッドを見つめるが。
キッドはオレに視線を投げかけられて、きょとんとしている。

・・・不審人物ね。 いるけど、ここに。   約一名。

 

「・・・・・・いえ。大丈夫ですよ。」

『そう!よかった。けど何かあったら本当にすぐ連絡してね?すぐ駆けつけるから!!』

「はい。ありがとうございます。あ、じゃあ・・・。」

 

オレは手早く会話を終わらせると、ジロリとキッドを睨んだ。

「・・・お前、いつからいた?」

「名探偵が帰ってくるほんの少し前、かな?」

「あんまりこの家の周りをうろつくな。今夜からオレには身辺警護がついている。」

「それはそれは。」

キッドは感心したように言った。

「お前がドジって捕まるのは勝手だけど・・・。」

「オレとヘタに関係してるとでも思われたら、名探偵にはいい迷惑だって?」

「・・・そういうこと。」

わかっているのかいないのか、キッドはクスクス笑うばかりだ。
オレは、そんなヤツを見やり溜息をつくと、コーヒーを入れるためにキッチンへと足を向けた。すると、キッドが声をかけてくる。

「あ!名探偵、おいしいカフェ・オレを一つ、頼むよ♪」

 

・・・てめぇ、どこまでもずうずうしいヤツだな。

 

 

テーブルの上にはカップが二つ。

不法侵入の泥棒にお茶を出す探偵・・・たなんて、なんかひどく間抜けで情けない気がするが。

・・・ま、仕方が無いか。この際・・・。 コイツに聞きたいこともあるしな。

「・・・で?お前、どこまで知ってる?」

苦めのブラックを口に運びながら、オレは目の前の怪盗へ視線を向けた。

「んー・・・。大した事は知らないね。今朝、警視庁に犯人からオレや名探偵を含む被害者リストが届いたことと、あとは被害者にはトランプのカードが送られてるってことくらいかな。」

「・・・ったく。まだ公表されてもいねーのに。どっからその情報盗みやがった?」

相変わらず抜け目の無い・・・。オレはヤツの顔を覗き込んだが、キッドは「さてね?」と曖昧な笑いを浮かべただけで話をそらした。

 

「ところで、名探偵はどんなカードをもらった?」

「・・・え?ああ・・・。」

オレは、コートのポケットからカードを取り出してキッドに差し出す。

「・・・ジョーカー・・・。」

トランプを見て呟くキッドの目に、一瞬鋭いナイフのような光が浮かんで僅かに細められた。

・・・何だよ?何かあるのか?

「・・・で、お前は?」

オレの質問にキッドはニヤリと笑って、オレの前に左手を掲げて見せた。
すると、今まで何もなかったはずのキッドの左手に、いきなり一枚のカードが現れる。手品だ。

 

それは『スペードのエース』だった。

 

カード・ゲームにもよるが、『スペードのエース』は最強のカードという印象が強い。

キッドもここぞ!という時に切り札として、よく用いるソレ。
このカードの持つ「最強」という意味にあやかっているのだと、オレも思ってはいたけど。

 

キッドに渡ったカードがスペードのエースだとすると・・・。
犯人にとって、キッドが「最強のカード」ということになるのか?

あ、いや。待てよ。スペードのエースはジョーカーも入ると二番手だ。ってことは、つまり・・・。

・・・最強は、オレか?

 

「名探偵がジョーカーだとはね・・・。ウマイこと考えたもんだな。」

カフェ・オレを飲んでいたキッドがぼんやりと言った。

「どういう意味だ?お前、このカードに込められた意味がわかるのか?」

「そりゃ、『ジョーカー』っていえば、最も強いカードだろう?」

・・・だから、それは単なるカードの持つ意味だろう?一体、オレが何に対して最強だっていうんだ?!
犯人の意図が何なのかは、それだけでは不明だ。

「・・・なら、先に殺された被害者3人のカードは、どう説明する?」

「ま、大した意味はないだろうな。」

何だとっ?!

オレは目を剥いた。

「お前っ!何の根拠があってそんなことを言うんだ?!」

すると、キッドはにっこりした。

「オレに『スペードのエース』なんて送りつけてくるヤツに、心当たりは一人しかいない。
だとすると、ヤツの真の目的はオレで、今までのは単なる嫌がらせに過ぎないからさ!」

キッドのその言葉を聞いて、オレの脳裏に思い出したくなかった嫌なヤツの顔がよぎる。

 

「・・・まいったなぁ。できればもう二度と会いたくない相手だったんだけどね。さて、どうしよう?名探偵?」

 

弱音を吐きながらも、怪盗はその口元に微笑をたたえ、
オレとしては、どうも今ひとつ、緊迫感に欠ける気がしてならなかった。

 

 

 

□       □       □

 

 


さて、時は今から溯る事、約1年程前。

『怪盗キッド』が8年ぶりに復活を遂げ、その名も再び世界にとどろかし始めた頃のことである。

場所、フランス。

 

ステージが日本から海外に移っても、キッドの仕事振りは変わらない。
予告状を出すスタイルも、派手なショー・パフォーマンスもいつもどおりだ。

ついでに、獲物を手に入れる鮮やかな手口も。

 

 

闇の中にフワリと白い花が咲いていた。

月の光を浴びて、その白さは一層際立っている。

町全体を見下ろす高い高い時計台の塔の上。

怪盗キッドの純白のマントが大きく風に靡いていた。

目深に被った白いシルクハットの下で、その瞳が艶然と輝やき、空に浮かぶ月を仰ぐ。

 

「・・・では。」

キッドは胸元から、美しい輝きを放つ大きな石を取り出すと、その石にそっと口付けを送る。
ひんやりとした感触が唇を通してキッドに伝わった。

 

 

その瞬間。

キッドの頭上で空気が鳴った。

と、同時にシルクハットが空中を舞う。

 

次には、キッドの身体は後方に大きく飛び上がり、着地と同時にトランプ銃を構えていた。

前には階段がそびえている。
キッドにはわかっていた。敵は階段の上にいる。キッドは石段の上段へ眼をやった。

奇妙な事に敵意は感じられなかった。

キッドが一歩前へ踏み出したとき、

「なんだ、子供か。」

ぞくりとするような声が天から降ってきた。キッドが上を振り仰ぐと、ちょうど黒い影が月の光に
照らし出されるところだった。

そこに現れたのは、背格好はそうキッドと変わらなさげな男。

やや華奢な体の上に、輝くような金の短髪で、瀬戸物みたいた真っ白な肌に
目鼻立ちの涼しい恐ろしく綺麗な顔が乗っかっていた。

つり上がり気味のマリン・ブルーの瞳には強い光があり、ニヤリと笑ったその唇は口紅を塗ったように
赤く見える。

 

・・・そう言うお前だって、子供じゃねーの?

自分を見下ろす蝋細工の人形のような人物を見やりながら、キッドはそう思った。

顔、体つきからして、そう大して年は離れていないように見えるが、如何せん相手は異国の人である。
何気に年齢は不詳だ。

キッドは自分よりも年上だろうとは踏んだが、いったところでせいぜい20を超えるか超えないか
ぐらいだろうと、予測した。

が、今は別に年齢の事が問題なわけではない。

 

「最近、巷を騒がす怪盗が現れたというから、どんなヤツか見に来たんだが、まさかこんなガキとはね。」

「・・・これは真実を欺くための仮の姿かもしれないと言ったら?」

もはや右目のモノクルしかつけていないキッドが、そう不敵に微笑んだ。
もちろんハッタリではあるが。

しかし、上段の男はキッドの正体など興味がないらしく、ただ、へぇ?と笑って見せただけだった。

「・・・・で、『怪盗KID』だと?ふざけた名前だ。」

 

・・・そりゃ、どーも。けど、あいにくオレが自分でつけた名前じゃないんでね。

 

「そういう貴方はどちら様かな?ずいぶんと日本語がお上手ですね。」

「だって、お前は日本人だろう?幸いにして日本には大いに興味があって、目下勉強中だったんだよ。」

「なるほど。」

言いながら、キッドは一歩後ずさった。男が一歩前に出てきたからだ。

「あと、オレにもお前と同じようなくだらない通り名があるから、それを教えといてやろう。
『BISQUE DOLL (ビスク・ドール)』。どこかのバカ(警察)がつけた名だ。」

 

キッドの眼が僅かだが見開かれる。

『ビスク・ドール』

その名には、確かに覚えがあった。おそらく裏の世界に通ずる者なら恐らく誰でも。

盗みも殺人も、自分の欲望を満たすためなら、どんな手段もいとわない最も残忍な悪党。
ヤバイ人間達がゴロゴロいる闇の世界の中で、まさにそのトップクラスにいるだろう人物である。

国籍不明の大悪党が、まさかこんな若者とは。

自分のことを棚に上げ、キッドは正直驚いていた。

 

目の前に立ちはだかる不気味な敵にどう対処すべきか悩みつつ、キッドは相変わらずの鉄壁の
ポーカー・フェイスだった。

そんなキッドをビスク・ドールの冷たいガラス玉のような目が射る。
赤い唇が僅かに動いて低い笑い声が漏れた。

「一部始終、お前のショー・パフォーマンスを見せてもらったが。何故、あんなくだらない真似をする?獲物が欲しいだけなら、さっさとかっさらえばいい。お前にはその腕もちゃんとある。」

また一歩、ビスク・ドールが石段を降りる。今度はキッドは後退しなかった。
代わりに鋭い眼差しを向けて、それはどうも、とにっこり笑った。

「・・・それで?ショーのフィナーレまでわざわざお付き合いしてくれて、まさか拍手と花束を届けに来てくれたとか?」

「バカが。」

「失礼。やはり目当てはコレでしたか。」

キッドは白い指に宝石を挟んで見せる。すると、赤い唇がクスリと笑った。

「それもある。だが、お前を見に来たというのも本当だ。」

人形のような目が妖しく光った。

 

今ここでこの石を、奪われてしまうわけにはいかない。まだ、『パンドラ』かどうかも、確かめていないのだ。

「・・・石は渡せない。」

キッドは目の前の陶器のような白い顔の男の顔を真っ直ぐに見据えた。
感覚を研ぎ澄まして、本能的に察知する。

・・・まともにやりあって、かなう相手じゃない。

と、なると。

キッドは視線を僅かに横へずらして、逃げ道を探す。
勝ち目の無い勝負をする程、無謀ではないのももちろんだが、どちらかというとこれ以上、この厄介な
人物と係わり合いになりたくない、というのが本音だった。

 

だが、次の瞬間、赤い唇が妖艶に忍び笑いを漏らすと、辺りに凍てつくような殺気が満ちる。

「・・・まぁそう堅い事を言うな。せっかくだから少しオレと遊んでみないか?」

「出来れば、ご遠慮願いたい。生傷が絶えないような危険な遊びはね。」

 

そう言ってみたものの、もはや、この状態ではキッドに逃げ道は無かった。

 

 

 

□       □       □

 

 

 

かわすのが精一杯の速さで、銀色のナイフがキッドの身体を掠めていく。

軽やかにかわしたその傍から、次の攻撃が容赦なく降り注いだ。

それも。

ひらりと垂直に高く飛んで、キッドはなんとかやり過ごす事ができた。
だがそうできたのも、ビスク・ドールには、今、キッドを殺すつもりはなく、面白半分だったからだ。
対して、キッドは本気だった。

さすがの世紀の大怪盗も、国際級の大悪党には手も足もでないのか。

キッドには、微塵も勝利の自信が無かった。

 

キッドのトランプ銃から放たれたカードが、ビスク・ドールのナイフに弾かれてむなしく地に落ちた。

「・・・まいったな、本当に。」

また一つナイフをやり過ごしながらも、キッドは小さく呟いた。
その台詞どおり、この状況に心底困っているのだが、鉄壁を誇るポーカーフェイスのためまるで実感がこもっていない。

とにかく。

キッドの唯一の武器と言っていい、トランプ銃を完全に見切られ、かといっていつものように閃光弾や
煙幕を張って逃げ果せるほどの余裕もない。

まさに絶対絶命のピンチとも言える。

 

だが、キッドはのほほんとした表情で尋ねた。

「・・・どういうつもりだ?」

口調が素に戻っているのは、せめてもの余裕のなさの表われだ。

「何が?」

ビスク・ドールのその目が、蛇のように輝いた。

「とぼけるなよ。本気を出せばいつでもオレを殺って、石を奪う事くらい何でもないはずだろ?なぜ、そうしない?」

「・・・何だ、お前、死にたかったのか?」

ビスク・ドールがこの上なく美しく邪悪な笑顔を作った。

「そういうわけじゃないけどね。いたぶられるのは好きじゃない。」

「だったら、お前も本気を出せばいい。そうすればもう少しまとも戦えるようになるよ?」

すると、キッドはジロリと目を剥いた。

「・・・オレはとっくに本気だぞ。」

「何を言う。お前の攻撃は甘い。オレを本気で殺そうとしていないからさ。一度、殺す気でやってみろ。お前は筋がいい。きっとコロシのセンスもある。」

「せっかくのアドバイスだけどね。あいにく殺人はオレのポリシーに反する。」

キッドの返答に、赤い唇がクックッと笑った。

「ポリシーだと?そんなくだらないもののために、ここで無駄死にするつもりか?」

「それも困る。」

キッドはあっさりと言った。思わずビスク・ドールの目が見開かれるほどに。

「では、どうする?ロクな反撃もできないようなら、無念の死を迎える以外にお前の選択肢はないぞ?」

「うーん・・・、そうだなぁ。今すぐそっちに良心が芽生えて、石を持ったオレを温かく見送ってくれたら助かるんだけどね。」

この状況でも、のんびりそんな事が言えてしまうキッドに、ビスク・ドールは邪気を抜かれたように
無邪気に笑った。

「面白いヤツ。そうだ、もう一つ選択肢を加えてやろう。お前の唯一、生き延びる道だ。オレと一緒に来ないか?」

 

あまりに予想外の言葉に、キッドはぽかんと口をあけた。

「何だ、いきなり。新手のナンパか?!」

「何でもいい。お前に殺しの手ほどきをしてやるよ。殺戮の楽しみを知ったらきっとやめられなくなるぜ?」

ビスク・ドールの目に残忍な光が帯びる。

「・・・悪いけど、お断りするよ。言ったろ?殺しは趣味じゃないんだよ。」

やや鬱陶しそうにキッドは言った。けれども、ビスク・ドールはさして気分を害した風でもなくそうか、と頷いただけだった。

 

 

ところで、と、ふいに赤い唇が動いて話題の転換を図った。

 

「お前の狙いも『パンドラ』とかいうヤツなのかな?
ちなみに、オレはその石が『パンドラ』だろうがなかろうが、知ったこっちゃないけどね。」

キッドは何も答えない。だが、ビスク・ドールは確信したように唇をつり上げて見せた。

「うわさには聞いたことがあるぜ?『永遠の時をくれる魔石』か。
・・・そういや確か、どこかに組織ぐるみでその魔石をねらう奴らがいたっけな。
あの無駄に派手なパフォーマンスといい、もしかしてお前の真の狙いはそっちか?」

とたんにキッドの瞳に青白い殺意の炎が宿った。

それを見て、ビスク・ドールは青い目を細めて、少し軽蔑したように言った。

「なんだ、私怨か。くだらないな。」

 

その刹那。

空気を切り裂く鋭い音が響いた。

ほとんど無意識のうちに、キッドはトランプ銃を目の前の男に向けて放っていた。

 

真っ白な陶器のようなビスク・ドールの頬にすぅ、と一筋の朱線が走る。

血だ。

 

今まで掠りもしなかったキッドのトランプが、ビスク・ドールの頬を浅く割ったのである。

 

「・・・へぇ?」

赤い唇がうれしそうに曲がる。そのまま白い指が傷口をなぞると、その指を口に含んだ。

 

そして。

ビスク・ドールはトンと地を蹴ると、次の瞬間、キッドの目の前に降りた。

間近で見たその陶器人形の顔には表情こそないが、そのガラス玉のような瞳は殺意に狂っているようにと、キッドは感じた。

ビスク・ドールの白い手がまっすぐにキッドへと伸びる。

 

・・・・・・殺られるっ!!!

 

瞬間、キッドのトランプ銃が火を噴いた。

 

放たれたカードは、ビスク・ドールの手をめがけて飛んでいった。キッドの狙いに狂いなどなかった。
事実、カードは白い手の中に吸い込まれて行ったのだ。

だが。

キッドの放ったカードを、なんとビスク・ドールは素手で掴んで見せたのだ。

肉をも切り裂くキッドのカードの材質が、カードを掴んだ瞬間、白い手から鮮血をほとばしらせる。

あまりのことに、キッドは眼を見開いた。

そのキッドの驚いた様子を見ると、ビスク・ドールはニヤリと笑い、手にした血まみれのカードをぐしゃりと握り潰す。白い手から一層血が噴出した。

血を滴らせたビスク・ドールの手が、再び自分へ近づいてくるのを、キッドは呆然と見つめていた。

 

「やっぱり、今ここで殺すには惜しいな。つまらない意地は捨てて、オレと一緒に来い。そうすれば・・・」

「やだね。」

ビスク・ドールがすべてを言い終わらないうちに、キッドはにべもなく告げた。
どう考えても圧倒的に不利なのに、よくもここまで強気で言えるものである。ビスク・ドールは感心した。

先程、キッドが放ち、今はビスク・ドールの手の中にあるカード。

折れ曲がり、血まみれのソレをビスク・ドールが見つめた。

「・・・ふーん。スペードのエースね。まるでお前自身みたいだな。」

言いながら、白い手がカードを持ったまま、キッドの頬を撫でた。キッドの目が僅かに細められるとその頬にも薄く血が滴る。鮮血が顎を伝い、白いスーツに小さな染みを作った。

「・・・オレがスペードのエースって、どういう意味だよ?」

目の前にある人形のような顔を見据えて、キッドが低く言った。

「オレにとって良いカードってことさ。良いカードは手持ちにしておきたいものだろう?」

ビスク・ドールがその青い目を妖しく輝かせながら笑う。

「・・・だから、断るって言ってるだろう?しつこいよ。」

「その度胸の良さも気に入ったと言ったら、どうする?」

「迷惑だよ。」

キッドは、少し顔をしかめて言った。

「それより、殺るなら早く殺れよ。」

プイとキッドが顔を背けると、赤い唇が妖艶な笑みを漏らした。

「今は殺しはしない。今はまだ、な。」

「・・・今すぐじゃなくてもいいのか?なら、オレは逃げるぜ?」

キッドは不敵に笑った。

「ああ、かまわない。だが、誤解するな。お前には少し時間をくれてやるだけだ。
オレのところへ来るか考える時間をな。つまり、オレはそのうちまたお前のもとに現れるってことさ。」

言いながら、ビスク・ドールが一歩後退する。
それを不審げに見つめながら、キッドが言った。

「時間をもらったところで、ご期待には添えないと思うけど。」

「そのときは、何か手を考えるさ。」

赤い唇が不気味に微笑んだ。

「・・・じゃあ、気をつけて帰れよ?」

人形のような顔でウソっぽい台詞を吐く。それを聞いて、キッドは疑わしい目を向ける。

「おいおい、本気か?この石が欲しかったんじゃないのかよ?」

すると、ビスク・ドールはクスリと笑って、もう興味が失せたとほざいた。

 

キッドは、さてどうしたものか、と考える。
確かに、逃げていいと言うのなら、今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだが。
果たして、この大悪党の言う事がどこまで信用できるのか。

・・・というか、普通に考えれば、信用などできるわけなどないのだが。

 

キッドはにっこりと笑顔を作ると、転がっていたシルクハットを取って被りなおした。

「・・・まぁ、いいや。そっちの気が変わらないうちに退散した方が良さそうだ。
けど、いきなり背を向けたとたんにナイフを向けてくるとか、なしだぜ?」

「誓おう。」

赤い唇が僅かに動いた。

「追っても来るなよ?」

「わかった。」

「本当に、だぞ?」

キッドがそう念を押すと、人形のような顔が苦笑した。

「しつこい男だな。」

キッドは、お前ほどじゃないと切り返すと、白い大きなマントを靡かせながら、塔の端へと下がっていく。
いよいよ、キッドの足がその先端まで差し掛かったとき、ビスク・ドールが先程の血まみれのカードをヒラリと投げてよこした。

「・・・忘れ物だ。」

「どうも。」

 

「キッド、オレのことを忘れるなよ?」

「どうかな?オレはあんまり物覚えがいいほうじゃないんだ。」

キッドの冗談めいた返事に、ビスク・ドールの眉が僅かにつり上がる。
ガラス玉のような瞳が、一瞬キッドを激しく睨みつけたが、キッドは少しも動じる風を見せなかった。

そして、そのまま不敵に微笑むと、

「・・・では、ごきげんよう。」

と、捨て台詞を吐いて、キッドは高い時計台の塔の上から身を投げた。

 

 

漆黒の闇に、白い翼が消えていく。

ビスク・ドールはその鳥の行方をいつまでも見つめていた。赤い唇に微笑をたたえて。

 

 

ビスク・ドールは誓いを守り、飛び去っていく鳥をそのまま見逃した。

 

 

守られた約束はもう一つ。

 

その後、彼は再び、怪盗キッドの前に姿を現す事になるのである。

 

 

■ To be continued ■

 


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麻希利さまへ・・・・。

「BISQUE DOLL U」 第二話です。
ちょっと長い・・・。途中で切りたくなるくらいでした。あはは・・・。
さて、お待ちかね、キッドさまの登場。 自分的には、K新の会話が書いてて楽しかったですね。
で、後半、ビスクVSキッドの馴れ初め偏。 もっと軽く終わらせるつもりが、何故こんな事に・・・。
しかも、書き終わって気が付きましたが、なんか意外に友好的なビスク・ドールさんなのでした。
ま、いいか・・・。さて、次回はとうとう本当にビスクさんのご登場ってところでしょうか?
・・・なんて、今回の話はこんな話。よかったでしょうか?あの。返品可ですので、おっしゃってくださいませね?!

ririka

 


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