闇が都市を覆った。
頼りなさげな青白い光を放っていた細い月も、今はもう雲に隠され、その姿はない。
午前2時過ぎ。
眠らない都会の喧騒のから、僅かに道1本隔てた一軒のそのBarに今夜も闇の住人が集っていた。
淡いライトだけが照らす、薄暗い店内に蠢くいくつもの黒い影。
ここは、裏の稼業を持つ者だけが出入りすることを許された、いわゆる『情報屋』の一つだった。
「・・・何か、飲むかい?」
立派な髭を蓄えたマスターは、カウンター越しに目の前の少年に声をかける。
するとカラになったグラスを傾け、氷で遊んでいた手をピタリと止めて、少年はにっこり笑った。
白いキャップを目深に被り、顔を決して見せないその少年は、この店ではすっかり常連だった。
『怪盗キッド』 こと、黒羽 快斗である。
「んじゃ、マティーニをもらおうかな。」
口元だけ笑って快斗がグラスを差し出すと、マスターはそれを受け取った。
「・・・で、今夜の収穫はどうだい?」
スティックにオリーブを指しながら、マスターが聞く。
快斗は肩を竦めると、カウンターに頬杖をついて唇を尖らせた。
「・・・ダメだね。」
ここ最近、目ぼしいビック・ジュエルの展示もないため、『怪盗キッド』は大人しくしている。
よって、今はアンダーグラウンドにこもり、次に繋がる情報収集と励んでいるところなのであるが。
実際、『パンドラ』に繋がるような情報にはかすりもしなかった。
確かに、ビッグ・ジュエルとしてのネタは無くは無い。
ただ、『パンドラ』としては、望み薄そうなものばかりで。
・・・・・・ま、もちろん確かめてみない事には、なんとも言えないんだけどね。
けど、できれば無駄な労力は惜しいからなぁ・・・。
快斗は小さく溜息をついた。
「ソイツは残念だったなぁ。ま、ウマイ話はそうそうあるもんじゃないさ。気長にやってくれ。」
言いながら、マスターが新しいグラスを静かに置くと、快斗はどうも、と小さく礼を言って
そのグラスに口をつけた。
その様子を見ながらマスターは目を細め、穏やかに微笑む。
「・・・それにしても、お前さん。変ったな。」
「何が?」
「漂わせている雰囲気とでも言うところかな。ここに来始めた頃と比べて、少し丸くなったような・・・。」
「・・・そう?特にそんな意識はないけどな。」
グラスに沈んだオリーブの実をスティックで突付きながら、快斗は言う。
「何か、大切なものでも出来たんじゃないのかい?」
快斗に背を向け、後ろ棚からジンの入ったボトルを取りながらマスターがニヤリとする。
快斗はそれをちらりと目で追いながら、とぼけた返事をした。
「大切なものなら、もともとたくさんあるけどね。」
そんな快斗にマスターは苦笑すると、その髭を撫でて
「いやいや。もっと大事なものだよ。 何よりも大事で、大切な誰か・・・とかな。」
と、そう言った。
・・・・・・何よりも大事で、大切な誰か・・・・・・?
快斗の視線はずっとグラスに注がれたまま。
マティーニに沈んだオリーブの実をスティックですくい出すと、口に放り込んで見せた。
肯定も否定もしない快斗をマスターはどう思ったのか、優しく語り出す。
「大切な人がいるというは良いことだ。 特にこんな闇の世界に生きる者にとってはな。
死と隣り合わせの殺伐とした環境で、それは己の心の支えとなり、また生きる力にもなるだろう。
だが、逆に最大の弱点にもなり得る。
己の心の安息のために身近におけば、いつか必ずその大切な人にも危害がおよぶに違いない。
それがこの世界に生きる者のさだめだ。
そして守らなければならない者ができれば、それだけ行動が制約される。
そんな弱点を抱えてこの世界を生き抜くのは、そう容易い事ではない。」
それだけ言うと、マスターは苦笑いをして洗いたてのグラスを磨き始める。
快斗は目を伏せたままで、グラスに残ったマティーニを一気に飲み干すと、やっと口を開いた。
「・・・いや、まったくそのとおり。
オレに言わせりゃ、あまり利口なヤツのすることじゃないね。」
言いながら快斗は立ち上がると、グラスの置かれたコースターの横にそっと代金を添えた。
「今日はもうお帰りかい?」
「そ。明日も早いからね。こう見えても、まだ一応学生なもんで。」
「・・・どう見たって、お前さんはまだまだガキだよ。さっさと帰って早く寝るんだな。」
マスターの言葉に快斗は背中を向けたまま片手を上げて、店から出て行った。
空を覆っていた雲はいつのまにか流れ、月が顔を出していた。
青白い月光が寝静まった街をひっそりと照らす。
・・・守らなければならない大切な誰か・・・ね。
アイツは守らなきゃならないような、弱いヤツじゃないけどさ。
わかってる。
今の自分の傍に他人を置くことは、決して望ましい事じゃない。
なのに。
いつか不利な状況になるとわかっていながら
それを止められないのは
オレの 『甘さ』 なんだろうな。
快斗はキャップのつばを上げて、淡い光を放つ月を仰いだ。
□□□ □□□ □□□
快斗が白馬のマンションに転がり込んだのは、白馬にその正体を見破られた直後だった。
根拠も無く自分を『怪盗キッド』だと決め付けてかかる、そのロンドン帰りの探偵を快斗は最初、かなり鬱陶しいとも思ったが。
それでも、執拗に自分を追いまわすこの探偵に、とうとう尻尾を掴ませてしまったのは快斗自身だった。
白馬には正体を明かしても構わないと。
なぜ、そんなことをしたのか、その理由を快斗は深く考えた事は無い。
いや、敢えて考えようとしなかったのかもしれないが。
ただ、正体をバラしてしまった限りは、今後のことを思えば、しっかりと口封じをしておく必要があった。
だから、快斗は自分から白馬のもとへ行った。
白馬が自分に向けている感情を知っていたからこそ、それを利用しない手はないと思ったからだ。
手っ取り早く白馬を懐柔させるには、それが一番だと。
事実、すべて事は快斗の思惑どおりに運んだ。
実際、白馬が関心があったのは、『怪盗キッド』の持つその謎を解き明かす事のみで快斗を逮捕することなど、
微塵も考えてはいなかったようではあったが。
とにかく、そうして始まった二人の同居生活。
だが、その予想外の居心地の良さに、快斗は見事に毒気を抜かれてしまった。
当初の目的はとっくに果たしているというのに。
いつまでもこの状況に甘んじている自分。
いつも死と隣合わせなのだという緊張感さえ、少しずつ薄れていく。
そんな自分が、快斗は少しイヤだった。
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「・・・・どうしました?」
「何?」
「・・・・いえ、さっきから何か考え込んでいるようでしたので。 気持ちよくないですか?」
灯りの落ちた部屋でベットのスプリングが軋んだ音を立てる。
白馬の唇が濡れた音とともに首筋を這うと、快斗は逃げるように首を反らせた。
「・・・・んっ・・・・。」
「ずいぶんと余裕ですね。 一体、何を考えていたのか、僕にも聞かせてくれませんか?」
「・・・っつ! 別にっ・・・!」
快斗は白馬からフイと顔を背ける。
白馬はそれに苦笑すると、快斗の白い内股に手を伸ばし、大きく左右へと押し広げた。
そのままその中心に息づくものを掴みこんで、直接に刺激を与える。
「・・あ、ああぁっ・・・・!」
快斗は高い声を上げて、ギュっとシーツを握り閉め、刺激に耐える。
白馬は上下に手を激しく動かし始めると、快斗の口からますます甘い声が上がった。
快斗自身に刺激を与えつつ、白馬はもう片方の手で自分を受け入れさせる場所の入り口へと
指を1本、何の前触れもなく進ませる。
いくら自身に刺激を与えられているとは言え、突然、無理矢理に異物が挿入されれば、
当然痛みがともなう。
「・・・・あっ!!」
瞬間的に快斗は背をしならせた。
まだ受け入れる準備が充分できていないそこに、白馬がさらに指を進ませようとすると、
快斗は喉を仰け反らせて、声を上げた。
「・・・うっ・・・あぁ! おいっ・・・!!」
上げかけた抗議の言葉は、白馬の唇によって塞がれる。
強引に歯列を割って侵入してくる白馬の舌が、快斗の口中をゆっくりと嘗め回し、
やがて快斗の舌に触れた。
快斗の舌を自分のもとへ引き込みこもうと、白馬がより強く唇を合わせる。
部屋内に艶かしい音が響き渡った。
自分の意思を無視された行為に、いささか腹を立てていた快斗ではあったが、
それでも白馬の口付けから持たされる快感は嫌いじゃない。
やがて、白馬を睨みつけていた瞳を快斗は諦めたように閉じると、おずおずと口付けに応え始める。
「・・・・ん・・・・。」
深く、激しい口付けに、飲み下せなかったどちらのものともわからない唾液が
快斗の唇の端から零れた。
白馬は快斗の唇を無心に貪りながら、快斗の中へ埋め込んだ指をゆっくりと動かし始める。
快斗にもう痛がる仕草は見受けられなかった。
そうして、白馬が己の高ぶりをそこへ押し付ける頃には、快斗のそこは容易に白馬を受け入れ
さらに奥へと誘導する。
空いた手で快斗の胸をまさぐり、愛撫を繰り返すと、白馬を包み込んでいる快斗の内壁が
激しく締まった。
「・・・・あっ、く・・・!」
「・・・少しは余裕がなくなりましたか? 君もひどい人だ。
普通、こういうことをしている時というのは、相手のことしか考えないものですよ?」
白馬は、快斗の汗で額に張り付いた前髪をそっとかき上げてやると、その額に口付けた。
すると、眉を寄せてずっと快感に耐えるように閉じられていた快斗の瞳が薄っすらと開く。
黒曜の瞳は濡れて、妖艶な輝きを放っていた。
「・・・うる・・・せ・・・。 黙って、入れてろっっ・・・・!!」
白馬に揺らされる事により、途切れ途切れになる声で快斗が言う。
白馬は苦笑すると、快斗と繋がったまま起き上がり、膝の上に座らせるように抱え上げた。
「・・・ああっ・・・あ!」
より深くなる繋がりに、快斗は首を反らせて白馬の肩に頭を乗せる。
「・・・君とこうやって体を重ねている瞬間が、僕にとってどんなに幸せなことか・・・。
君を手に入れたいという欲求が、満たされているこの瞬間が・・・。」
「・・・あぁっ・・!・・・は・・・くば・・・。」
白馬は快斗の行き場を無くして投げ出された両手を引き寄せて、自分の背中に回させると、
抱きしめるように促した。
だが、快斗はそれを拒否する。
「・・・黒羽君・・・?抱きついていた方が楽ですよ?」
知り尽くした快斗の弱いところを集中的に突きながら、白馬が訊ねる。
もう白馬も限界が近い。
荒い呼吸を繰り返すだけで答えようとしない快斗を不思議に思いながらも、白馬は腰を揺らし続けた。
快斗の口からはひっきりなしに嬌声が上がり、白馬はそれだけで達しそうになるのを
必死で我慢する。
快斗のものも既に限界が来ていると察知した白馬は、一度ギリギリまで自身を抜き去った。
「・・・・は・・くば、オ・・レがここに来たのは、お前が好きだからじゃない・・・。
お前を・・・好きなフリをして・・・ここ・・・にいるのが便利だった・・・からだよ・・・・・。」
ほんの一瞬、白馬の動きが止まる。
だが、次には再び勢いをつけて快斗を貫いた。
衝撃に快斗のそれから白濁の液が吐き出され、同時に後ろの白馬を強く締め付ける。
白馬も快斗の中に自らの欲望を吐き出した。
To Be Continued
NOVEL NEXT
すごい久々の白快・・・。
久々過ぎて、調子が掴めてないような気がする・・・。
大丈夫かな?
秋なので、ちょっとおセンチな話に・・・ってどこがだ。