松並氏の家をあとにしたオレ達は、再び富良野駅周辺へと車を走らせた。
のどかな田園風景から賑やかな町並みへと戻ってきたところで、キッドが少し早いけど夕食にしようと言ってきた。
考えてみれば、今日は朝食も昼食も簡単に済ませていたので、空腹感を感じていたところだ。
キッドがそれを察したのかどうかは、わからないが。
ハンドルを握るヤツがニヤリとする。
「わざわざ北海道まで来てもらったんだし。ご馳走させてもらうけど?」
「当然だ。」
何かウマいものでも食わせろと、オレはそう答えた。
それから程なくしてキッドが車を停めたのは、駅の路地裏にある小洒落たイタリアンの店の前だった。
・・・へぇ?
「よく知ってたな、こんなトコ。」
「まぁね。名探偵より少し前にこっちに着いたんで、うろうろして見つけたんだよ。ちなみに、事件当日に彼女が娘と一緒に夕食をとったファミレスはあっち。」
キッドの指し示した方向には、チェーン店でお馴染みのファミリーレストランが見えた。
平日のまだ夕食には少し早い時間帯なこともあってか、客がまばらな様子がこの位置からでもわかる。
「
とりあえず、先に食事にしておこうか。話を聞きに行くなら、じっくり聞いた方がいいしね?」
「そうだな。」
オレはキッドの言葉に頷くと、ヤツに続いて店の中に入っていった。
さほど広くはない店内はそれなりに賑わいを見せており、その人気どおり味もなかなかだった。
オレ達は出されたものをぺろっと平らげ、キッドにいたってはデザートまでしっかり手をつけていた。
砂糖とミルクたっぷりなカフェオレに口をつけながら、キッドがこっちを見る。
「───それで?彼女の証言で何か腑に落ちない点でも?」
「・・・まぁな。」
頷きながら、オレもブラックのコーヒーが入ったカップを手にした。
キッドが穏やかに笑いながら言う。
「アリバイとしては完璧だったと思うけど、だからこそ逆にアヤシイって?」
「あそこまで綿密にアリバイを証言されるとな。作為的にも見えなくもない。」
「なるほど。彼女のアリバイ工作かもしれないってわけだ。」
「まだ断定はできないけどな。」
「ふ─ん?」
「それに、彼女・・・。何か変じゃないか?」
琥珀色の液体を見つめたままオレがそう言うと、キッドが「変?」と首を傾げる。
オレはコーヒーカップをソーサーに置くと、腕組みした。
「例えば、オレ達が事件に首を突っ込むことについての反応。もし、彼女が本当に犯人だったとしたら、オレ達は邪魔者なはずだ。なのに、そんな素振りは微塵もない。」
「じゃあ、彼女は犯人じゃないんだろ。」
「だったら、もっと喜んだっていーんじゃねぇか?少なくとも、事件の犯人がまだ挙がっていない状況で、自分が容疑者候補にされてるんだぜ?普通なら、一刻も疑いを晴らしたいはずじゃねぇか?なのに、そういう風にも見えなかった。」
「じゃあ、彼女が犯人なんだろ。」
「・・・・お前な。」
オレは目の前に座るキッドをジロリと睨みつけた。
何なんだ、そのどうでもいいような発言は。
・・・もしかして、コイツ、事件に興味をなくしてないか?
容疑者候補である被害者の妻が組織とは無関係でありそうなことは、最初から予想はしていたことだし、事実、今日会って確信した。
本当に被害者の松並氏が組織の人間であった場合、犯人が組織の人間であれば、そこから何か手がかりを得る可能性もある。
そのためには、犯人が今、オレ達の身近にいてくれることが一番なのだが。
彼女が犯人なら、それはもう組織とは無関係の殺人となる。逆に彼女が犯人でないのなら、組織が手を下した可能性はあるが、事件としては迷宮入りしてしまうような気がした。
キッドが気落ちするのもわからなくはない。実際、オレだってそうだ。
だが、この際、組織が関係あるかどうかは後回しにするとして
。とりあえずは、目の前の事件を解決しておかないと気分が悪い。
いや、それ以前に。
この事件はどこかおかしい。何か気に入らないんだよな・・・。
「もし、彼女が本当に松並氏を殺害していたとして。何故、あんなにたくさんの場所でアリバイを作ったのか・・・。普通なら被害者の死亡推定時刻だけアリバイを確定すれば、疑いの目を避けるには充分なはずだ。」
顎に手を添えてオレは考えを廻らす。と、目の前のキッドは両手を広げてオーバーアクションをした。
「さぁ、よっぽど用心深いとか?」
「気になるのは、それだけじゃない。」
言いながら、オレはキッドから渡された事件の資料の中から、現場となったホテルの部屋を映した写真を一枚出した。
写真の中には、テーブルに置かれた二つの缶コーヒー。
「これによると、被害者と犯人はテーブルを挟んで向き合って椅子に座っていた。だが、
被害者は睡眠薬入りのコーヒーを飲まされたため、途中で寝てしまい、犯人に絞殺されたってわけだ。だけど、なぜ犯人はわざわざ被害者の体をベッドまで運んだんだ
?被害者は結構、いい体格をしていたようだし、ベッドまで運ぶのはかなりの重労働のはずなのに。」
「なるほど、女性の細腕じゃますます難しそうだ。」
「しかもこの缶コーヒー、犯人はどうして片付けなかったのか?指紋を拭き取った後があるらしいが、そんなことをするくらいなら、犯人が持ち去った方が簡単だと思わねーか?」
「確かに、犯人がうっかりしていたと考えるには無理があるね。」
キッドは写真を手に取り、ピンと指で弾く。
───これが犯人の仕掛けたトリックなのか?それとも捜査をかく乱させるためにワザと?しかし、何のために・・・。
「そろそろ出ようか。」
キッドの声に、オレは「え?」と視線を上げた。
「いや、店、混んできちゃったし。」
キッドが指し示す方には、席が空くのを待っている客の列が出来ていた。見渡せば、いつのまにか店内は満員である。
そうして、食事を終えたオレ達は再び車に乗り込んだ。
「じゃあ、今夜の捜査はこのへんにして。ホテルまで送るけど?」
「あ!」
言われて、オレはまだホテルを手配していなかったことに気づいた。オフシーズンだし、一部屋くらい当日でもどうとでもなるだろうと思って、飛行機のチケットだけしか押えなかったのだ。
キッドとの待ち合わせがホテルのラウンジだったし、そこで部屋でも取ればいいかなどと考えていたのだが、うっかり失念してしまっていた。
「え?部屋を取ってない?ふーん?まぁ、オレの部屋に泊めてあげてもいいけど?」
「・・・いや、それは遠慮する。っていうか、お前のホテルへ車を回してくれよ。一室くらい空いてるだろ。」
「そう?」
キッドはニヤリと笑うと、エンジンをかけた。
そうして、到着したのは富良野駅から少し山あいに入ったホテルだった。キッドがチェックインするその横で、オレも一部屋用意してもらう。
すると、フロントが余計な気を利かせてくれたおかげで、オレはヤツの隣の部屋になった。
大した荷物もないのでポーターを断って、オレ達は自分で部屋へと向かう。その途中、オレは前を行くキッドの背中に問いかけた。
「ところで、お前。被害者の松並氏と面識、あったんだろ?どんな人だったんだ?」
「・・・どんなって言われても。大した記憶はないね。」
キッドはオレに背を向けたまま、振り向かない。
あまりにもあっさり返されたその答えが真実かどうか、アヤシイものだ。
「ちょっとしたことでもいい。何かないのか?」
思わずそう聞き返すと、自分の部屋の前に辿り着いたヤツがキーを差し込みながら言った。
「何しろ8年も前の話だし。」
取り立てて印象などに残っていないと、そういうことなのだろう。
ま、実際、松並氏が組織の人間だったとして、わざわざ記憶に残るようなことをするわけもないか。
オレも自分の部屋の前に立ち、先程渡されたばかりのキーを手にした。
と、キッドがこっちを向く。
「名探偵。」
「え?」
それぞれの部屋の前に立つオレ達の間に、一瞬、沈黙が落ちた。
「言っとくけど、今回、オレが依頼したのは松並氏の殺害事件の件であって、8年前の事件じゃない。余計な詮索は不要だよ。」
なっ・・・!
「じゃ、おやすみ。」
とっさに抗議の言葉を発しようとしたオレに構わず、キッドはそのままさっさと部屋に入ってしまう。
閉じられたドア。
オレは1人、廊下に取り残された。
・・・んだと!?ヤロウっっ!!言いたいことだけいいやがって!!
キッドが自分勝手なのは今に始まった事ではないが。
オレはギッとヤツの部屋を睨みつけた後、自分の部屋に入ると、乱暴にそのドアを閉めたのだった。
□□□ □□□ □□□
「おはよう、名探偵。良く眠れた?」
「・・・別に。」
昨夜のヤツの言い草にまだ納得行かないオレは少々仏頂面でそう答えるが。キッドはそんなことなかったかのように、爽やかな笑みを向けてきた。
言うまでもなく、オレの前に現した姿は昨日と同じ、サラリーマン風の男性に扮してだが。
「さて、今日はどうする?」
向けられた笑顔に、オレはいつまでもむくれてるわけにもいかず、「そうだな」と今後の予定を頭に廻らせた。
「とりあえず、彼女のアリバイを一応確認したいのと、あとは・・・。もう一度、彼女に話を聞きに行きたいかな。」
「OK。じゃあ、朝食を取ったら早速、彼女が事件当日に利用したレストランや映画館とかを回ってみようか。」
ウインクしながら言うキッドに、オレは軽く頷いた。
・・・ま、同じことは警察もしているだろうし、何か出てくるとは限らないけどな。
そう思いながら。
そうして、午前中はキッドと彼女の証言をもとに、事実と異なる点がないかどうか、聞き込みを開始した。
彼女がアリバイを示した5つの場所全てを回り終えたのは、昼に差し掛かった頃。
結果から言うと、彼女の話に嘘はなかった。
それどころか、彼女と関係した店員達の話を聞けば聞くほど、ますますアリバイに信憑性を帯びてきたのだ。そこに何かしらのトリックが仕掛けられた形跡は見当たらない。
「アリバイ崩しは難しそうだね。」
停車させたレンタカーを前に、キッドが唇を斜めに持ち上げた。
確かにヤツの言うとおり、彼女は限りなくシロに近い。だとすれば、真犯人は一体?
新たな容疑者候補
が出てこない以上、松並氏が本当に組織の人間で、そして彼を殺害したのがヤツラの仕業だいう可能性もますます濃くなってきた気もしないでもないが。
「・・・とりあえず、もう一度彼女の家に行ってみよう。松並氏が組織の一員だったことを裏付けるものが何か残っているかもしれない。」
「あまり期待はできそうもないなぁ。」
言いながら、キッドは空を仰ぐ。その様子を、オレも横目で見ていた。
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オレ達が松並氏の家を訪れた時、出迎えてくれたのは昨日と同じ、彼女の娘だった。
「こんにちは。お母さんはいるかな?」
戸口に立つ少女にキッドがそう屈んで笑顔を送ると、少女は首を横に振った。
「お母さんはお仕事。隣町の親戚のおばさんのお店をお手伝いしに行ってるの。」
オレとキッドは顔を見合わせた。少女の話によると、帰宅は夕方過ぎらしい。
さすがにそれまで待つのは、時間を持て余してしまう。
と、キッドが少女に言った。
「1つお願いがあるんだけどね。お父さんのお部屋を見せてもらってもいいかな?」
すると、少女は「いいよ」とドアを開けて、オレ達を招き入れてくれた。
「お父さんの部屋はね、こっち。」
そう彼女がオレ達の手を引いて連れて行ってくれたのは、家の奥にある一室だった。6畳ほどの畳の部屋には、卓上の机と数冊本の入った小さな本棚だけ。
・・・・何もない。
そんな印象を受ける部屋だった。何しろ、机上には電気スタンドしか載ってないし、引き出しはないタイプの机なので、中に何も仕舞えない。
本棚には農業についてのHowTo本が数冊入っているだけで、あとはがらんとしている。
・・・もしかして、彼女に片付けられたとか?
そう思ったが、松並氏の部屋は生前から変わりないらしい。書棚の本を開いてみても、何も隠されてなどいなかった。
・・・ダメだ。やはりここには何も手がかりは残されてはいない。
キッドとオレはお互いそう目配せした。それからキッドは少女に振り返ると、にっこりと笑みを浮かべた。
「ありがとう。部屋を見せてくれて。本当はお母さんに話が聞きたかったんだけど、お仕事じゃ仕方がないね。また改めてお邪魔させてもらうね。」
少女はキッドの言う事に素直に頷く。そんな少女に、キッドは「あ、そうだ。」と付け加えた。
「最後にちょっと教えて欲しいんだけど。お父さんがいなくなる前に何か変わったことってなかったかな?」
「変わったこと?」
少女がその瞳を大きく見開く。
キッドのヤツ、良いことを聞いてくれた。オレも彼女に聞いてみることにする。
「例えば、誰か知らない人がこの家を訪ねてきたりとか、お父さんが見たことない人と話していたりとか。そんなことはなかった?」
「・・・知らない。だけど・・・。」
「だけど?」
「お父さん、よく倉庫に夜中1人で行ってて。何してるの?って聞いたら、手品の練習だって。」
彼女の言葉にオレとキッドは顔を見合わせる。
確かに過去、マジックショーのスタッフをするくらいなのだから、手品が出来ても不思議ではない。
だけど───
不意に1つの考えがオレの頭を過ぎった。
それは驚くほど単純なことで、この事件の真相ではないかと直感したのだ。
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2007.05.23
このシリーズの最終話にするつもりが・・。
次回、完結です。
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