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39.完璧なアリバイ
 

 

 

「じゃ、行こうか。」

「え?」

不意に変わった会話の流れに、オレは目を見開く。

「被害者の奥さんに会いに。とりあえず、事情は直接聞いておかないとね。」

「・・・あ、ああ。」

それもそうだが、オレとしては、お前にも聞きたいことはまだたくさんあるぞ。

被害者の男性が、初代キッド暗殺に絡んでいる可能性があるというのなら、もっと詳しい事情が知りたい。

っていうか、聞かせろ。

けれども、キッドはそれ以上語ることはなく、上着の内ポケットから長財布を取り出しながら、会計をするためにさっさと席を立ってしまった。

ホテルのラウンジを出ると、オレはキッドとともにホテルの駐車場へと向かう。

ここからはキッドの手配したレンタカーでの移動というわけだ。

オレが助手席に乗り込むと、キッドは無言で車を発進させた。

駅前の繁華街から、景色は一変、自然の豊かな平原へと移って行く。

「到着までは、およそ30分ってとこかな。」

ハンドルを握るキッドはそう言った。

オレはそんなキッドをちらりと見、それから先に手渡された今回の事件に関する資料に目を落とした。

事件についての詳細はともかく、実のところ被害者である松並 信彦氏に関する個人情報は極めて少ない。

3年前にここ北海道富良野で結婚。

妻、美奈子が親の代から譲り受けた農場を一緒に手伝っていたということらしいが。

彼女と結婚する前まで住所不定無職とはっきりした経歴は不明なため、当然のことながら、初代キッドであるコイツの親父黒羽 盗一のマジックショーの手伝いをしていたという記録はない。

いや、それどころか、どこで何をしていた人間なのかすら、全く謎の人物だ。

 

───黒羽 盗一のマジックショーか・・・。

オレは、目線を車の窓の外に向けた。

8年前に起きたそれは、一般的にはショーの最中の不幸な事故として片付けられていた。

当時の資料を見ても事件性らしいものは何1つ見当たらないが、組織の連中が絡んでいるのだとすれば、それも頷ける。

事故死と見せかけて、暗殺。

ヤツらならやりかねない。

そしてそれを仕組むには、ショーのスタッフは適役だ。

事故の後、唯一消息を絶ったのが松並氏だというのなら、彼が組織の一員である可能性は充分に考えられる。

その彼が殺されたとなると───

 

「・・・お前、松並氏が組織によって消されたと思っているのか?」

運転席に座るキッドの方を見、オレはそう訊ねた。

「ま、1つの可能性としてね。」

「つまり、彼が今まで消息不明だったのは組織を抜け出していたからで、その逃亡生活の果てに北海道に辿り着き、ここでひっそり暮らしていたところを、運悪くヤツらに突き止められ、裏切り者として抹殺されたか。確かに、有り得なくはない話だな。」

オレの言葉に、キッドは前を向いて黙ったままだった。

 

オレは再び資料に目をやって、今から会いに行く被害者の妻の顔写真に注目した。

どことなく寂しげな印象を受ける美人だ。

もし、松並氏が本当に組織の一員だとしたら彼女は?

最初から彼を殺すつもりで近づいたとか。いや、それはないか。

 

オレの思考を読んだように、キッドが口を開いた。

「彼はともかく、彼女は組織との関連はなさそうだけどね。」

「だろうな。」

オレは頷いて、自分の考えを述べた。

「彼を殺すためだけなら、わざわざ結婚して3年も一緒に暮らす必要もない。それとも3年間、どうしても殺せない理由があったというのなら、話は別だが。実際、今、警察に容疑者候補として疑われているんだろう?組織の連中がそんなヘマをするとも思えないしな。」

「そういうこと。でも───

先を言わないキッドを、オレは見た。

と、キッドがオレを向いて、ニヤリとする。

「オレとしては、彼女が組織の人間であってくれた方が望ましいんだけどね。」

「それは───

確かにそうだ。

いまだにまるで全貌がつかめない例の組織。

その手がかりなら喉から手が出るほど欲しいのは、キッドだけじゃなくオレだってそうだ。

「・・・もしそうだったら、お前、どうするつもりだ?」

そう訊ねたオレに、キッドはすぐには答えない。

組織のこととなると、何をしでかすかわからない危うさがコイツにあるのをオレは知っている。

だからこそ、少し探りを入れたのだが。

「さぁ、どうしようかな?」

キッドにはそうはぐらかされて終わってしまった。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

その家は、広い農地に囲まれるようにぽつんと建っていた。

少し荒れた畑に、使って居なさそうな小屋などもあり、全体的に寂れたイメージがある。

キッドは道の脇に車を停車させた。

「とりあえず、自己紹介はオレに任せてくれるかな?名探偵からの質問タイムはちゃんと後で設けるからさ。」

・・・・あっそ。

それはつまり、ヘタな小芝居はキッドが担当するいうわけだ。

オレが車を降りると、家の裏から小さな子供が走ってきた。

小学生くらいの女の子だ。

彼女はオレ達の姿を見とめると一瞬立ち止まり、そのまま家へ駆け込んでしまった。

「子供が居たのか。」

そう呟くと、キッドも笑った。

「人見知りが激しいなぁ。」

「お前が胡散臭そうだからじゃねーのか?」

「それは確かに。」

そんな会話をしていると、子供がオレ達の来訪を告げたのか、家の扉が開いて戸口に女性が現れた。

こっちを訝しげに見つめる彼女は、目的の人物だ。

「・・・どちら様ですか?」

そう訊ねた女性に、キッドは人の良い笑顔を作って足を進ませていくので、オレも続いた。

「いきなり申し訳ありません。私は山田といいまして、こういう者です。」

言いながら、キッドは名刺なんかを差し出している。

相変わらず用意周到なことだ。

ヤツが差し出した名刺をオレも横目で覗き見てみると、どうやら広告会社の営業を語るつもりらしい。

「あの・・・。どういった用件でしょうか?」

名刺を手に不審げに眉を寄せる彼女に、キッドは「ええっと」と話し始めた。

「実は、8年ほど前、松並さんと仕事を一緒にしたことがありまして、彼にはその時にずいぶんお世話になったんです。その後、すっかり音信普通になってしまったものですから、気になっていたんですが。このたびのことをニュースで知って、思わず駆けつけずにはいられなかったものですから・・・。」

松並氏の知人だと名乗ったキッドに彼女は驚きの表情を浮かべたが、とりあえずはドアを大きく開くと、オレ達を家へと招き入れてくれた。

通してもらったリビングで、オレとキッドは並んで椅子に腰掛ける。

テーブルに出されたお茶は、綺麗な色のアールグレイだった。

それから、彼女は部屋の隅に立っていた子供に向かって、外へ遊びに行くようにように伝える。

少女は母親の言うことに大人しく頷くと、オレ達に小さく手を振ってドアの外へと出て行った。

その様子を見て、キッドが口を開く。

「かわいいお嬢さんですね。おいくつですか?」

「もうすぐ8歳になります。」

すると、彼女の視線がオレへと移った。

「あの・・・。こちらは?」

「彼は私の友人で、工藤 新一と言います。」

オレが何か言葉を発する前に、キッドが代わりに答えた。とりあえず、今は探偵であることを伏せたいらしい。

オレは黙って会釈だけし、なりゆきを見守る事にした。

「それにしても、このたびの事、御悔み申し上げます。」

神妙な面持ちで頭を下げるキッドに、彼女は「いえ」と小さく返し、間をおいてからこちらを窺うように見た。

「あの・・・。わざわざ東京から?」

「ええ。彼が以前、東京に居たことはご存知では?」

「いえ、あの。恥ずかしい話ですが、私、何も知らなくて。あの人、自分のこと、何も話さない人でしたから。」

「そうでしたか。いきなり驚かせてしまって申し訳ありませんでした。彼とは、東京で私どもが主催するイベントで知り合いまして。 当時は親しくさせていただいたものですから。その後、音信不通だったのですが、ご結婚されたのですね。かわいいお子さんまでいらしたとは。」

キッドの言葉に、彼女は少し俯いた。

「娘は・・・。あの人の子ではないんです。私、彼とは再婚だったので。」

「そうだったんですか。すみません、立ち入ったことを。」

すまなそうな顔を作るキッドだが、彼女が松並氏と結婚したのは3年前である事は既に資料でわかっていたので、これは明らかに確信犯だ。

しかし、彼女は松並氏と子連れでの再婚だたっというわけで、組織の人間である可能性は、ますますもって低くなった。

「では、彼とはいつ?」

それとなく出会いのきっかけを訊ねるキッドに、彼女は応じた。

「私は両親と前の夫とここで暮らしていました。でも、両親が事故で亡くなり、それから夫も出て行ってしまって。畑を手伝ってくれる人を探していたんです。あの人と知り合ったのはそんな頃、今から4年くらい前です。よその土地から来たというあの人もこっちで仕事を探していて。ビジネスホテル住まいだったようなので、うちで住み込みで畑を手伝ってもらうことにしたんです。」

「そうだったんですか。彼が畑仕事なんて、ちょっとイメージが沸かないんですがね。」

「ええ、初めてだって言ってました。でも、手先が器用な人ですぐ仕事を覚えてくれましたし、子供もすっかり懐いて。それでそのまま・・・。」

彼女の言葉に頷いて見せたキッドは、腕組みして息をついた。

「しかし、お子さんもまだ小さいのに本当にお気の毒です。いろいろとお困りの事もあるのでは?何か私にできることがあればいいのですが。」

・・・・おいおい。何かタラしこんでねーか???

何だ?!そのワザとらしいまでの親切面は!?

けれども彼女には充分有効だったようで、キッドを見つめる彼女の視線はすっかり警戒の色が消えていた。

そんな彼女にキッドはたたみかける。

「事件もまだ犯人逮捕には至っていないとか。不安もおありでしょう?」

すると、彼女は苦笑しながら言った。

「いえ、でも・・・。何だか警察の人は私を疑っているみたいで。」

「え?!じゃあ警察は貴方を犯人扱いしているんですか?」

「そうみたいです。今日も任意の事情聴取をされましたし。」

俯き加減で言う彼女に、キッドは優しく微笑みかける。

「そうでしたか。しかし、今日ここへ来て良かった。どうやら、貴方のお力になれるかもしれません。」

「え?」

驚いて顔を上げる女性に、キッドはオレへと視線を投げる。

「幸い、ここにいる彼は高校生ながら実に優秀な探偵でしてね。彼が貴方の無実を証明してみせますよ。」

オレの肩に手をやるキッドのその微笑みは、完全に作為的なものだ。

そんなキッドを横目で見つつ、オレは溜息をついた。

前置きは多少長かったが、どうやらやっと本題に入れるらしい。

オレは改めて彼女に目をやると、ようやくにして言いたかった言葉を言った。

「よろしければ、事件当日の事を詳しくお聞かせ願えませんか?」

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

それから、オレ達が松並氏の家を出たのはやや陽が傾きかけた頃。

玄関前で見送ってくれる彼女と少女に頭を下げて、オレ達は道端へ停めた車へ乗り込んだ。

二人きりになったところで、オレはジロリとキッドを睨む。

「・・・っていうか、彼女の警戒心を解くにしても、やり過ぎじゃねーのか?未亡人を口説いてるようにしか見えなかったぜ?」

すると、キッドはクスリと笑った。

「名探偵だって、あれくらいお手のものだと思うけど?捜査のためには常套手段ってね。」

「オレはあそこまで露骨にはしねーよ。」

ぶすっとオレが答えると、「へぇ?」とキッドの唇が上へつり上がった。

「自覚がないのが、1番タチが悪いと思うけどな。」

「あのなぁっ!!」

隣でニヤつくキッドに、オレが猛反論をしようとしたその時。

「ところで。彼女、どう思う?」

唐突に話題が変わった。

ハンドルに両腕をつき、前を向いたままのヤツの顔からは、さっきまでのふざけた笑顔は消えていた。

それを見て、オレも仕方なく頭を切り替える。

「・・・そうだな。」

オレは右手を顎に添えてから、彼女から聞きだした話を頭でもう一度、整理した。

 

事件当日、知人に会いに行くという松並氏を、彼女が娘とともに家で見送ったのが午前11時頃。

松並氏からは知人に貸した金を返してもらうという話は聞いていたらしいが、それが一体誰なのかは知らなかったらしい。

実際、金を貸していたという人物にも心当たりはないし、そんな事実があったかどうかもわからないと彼女は言っていたが、もしかして自分と知り合う前のずっと昔のことかもしれないと、深くは詮索はしなかったという。

それから彼が家を出てすぐ、彼女も娘を連れて富良野駅まで外出している。

駅前のレストランでランチをし、買い物をしてから、映画を観て、そしてお茶をした後、そのまま夕食も外食で済ませて、親子が帰宅したのは午後10時前だった。

 

「死亡推定時刻によると、松並氏が殺害されたのは午後4時から6時の間・・・。その時間、彼女は映画館内にあるファーストフード店でお茶をして、それから近くのファミリーレストランで食事・・・か。」

「警察に提出済みらしいけど店のレシートもあるらしいし、それ以外にもきちんとアリバイは証明できそうだったけどね。」

キッドの言葉にオレは思いに耽る。

 

そうなのだ。

例えば、食事をした際のレシートだけというのなら、もしかして誤魔化すこともできるかもしれないのだが、それ以外にも彼女が店に居た事を印象付けるような出来事がちゃんとあった。

お茶をしていたというファーストフード店では、子供にもらえるおまけを気に入るものに何度も取り替えてもらったとか、ファミレスではグラスをテーブルの下に落として割ってしまったとか。

そういうことがあれば、店員の方にも印象づいて、証言も確実に取れることだろう。

アリバイとしては完全だ。

いや、事件当日の彼女の行動、一事が万事全てそうだった。

ランチをした店でも、買い物した店も、映画館でも。どの場所でも必ず、店員との印象的な接触があるのは、偶然か?

いや、でも。

 

「何かひっかかる?」

「・・・ちょっとな。」

そう答えると、キッドはただ面白そうに笑っていた。

 

 

 

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2007.04.22
超お久しぶりにこっちを更新してみました。
遅すぎ(大汗)


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