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38.絞殺事件
 

 

 

そうして、旭川空港に降り立ったオレは、タクシーで直接、キッドが指定したホテルへと向かうことにした。

飛行機が予定の出発時刻よりも遅れたため、少々時間が押していたからだ。

曇り空の北海道の下、オレはタクシーの車窓から外の景色を眺めた。

流れる田園風景に心を和ませながら、空港で買った新聞を広げる。

昨夜、キッドの連絡を受けてから、自分なりに北海道での事件をざっと洗ってみたが、ヤツが依頼する案件が何なのか、皆目検討はつかなかった。

新聞の記事にも、組織が絡んでいそうだと思われるものは見当たらない。

・・・ま、そう簡単に組織の仕業とわかる事件なワケもないか。

溜息一つ、オレは新聞に目を落とす。

 

“組織が絡んでいるかもしれない事件”と言うからには、キッド自身、まだその確証が取れていないのだろう。

・・・ってことは、事件の解決が組織が絡んでいるかどうかに繋がるということなのか?

アイツがわざわざオレに話を持ってくることからして、その可能性は大だな・・・。

 

オレはあくびを堪えながら、腕時計で時刻を確認した。

目的地までは、約1時間。

ヤツが指定した時間、ギリギリの到着となりそうだが。

・・・ま、別に少しくらい遅れたって、文句を言われる筋合いはね─な。

どっちかと言えば、いきなり北海道まで呼び出す方が悪い。

オレはそう思いながら、タクシーの後部座席のソファに深く沈みこむ。

そのままゆっくり目を閉じた。

とりあえず、到着までの時間、昨夜の睡眠不足を補う為、少しでも仮眠を取っておくことにしたのだ。

 

 

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結局、オレはキッドの指定した時間の10分前にはホテルに着いていた。

さすがは北海道。都内のような渋滞に捕まる事も無く、実に軽快にタクシーを飛ばした結果、予想以上に早く到着してしまったのだ。

キッドがオレを呼び出した「富良野グランドホテル」とは、駅前の大きなシティホテルだったが、割りに年期の入っているらしく、どこか古びたところがあった。

幾分、観光シーズンからずれているのと、平日であることもあってか、ホテルロビーも少々閑散としている。

ロビーラウンジは・・・と思って、そちらに目をやると、そこもまたほとんど客はいない。

キッドらしい人物もそこにはなかった。

・・・時間より早いし、まだ来てないか。

そう思って、オレはラウンジに行くと、窓際の席を陣取り、コーヒーをオーダーした。

程なく、テーブルに置かれたコーヒーカップに、オレが手を伸ばしたその時。

不意に、どこからともなく現れた男性が、オレと同じテーブルについた。

突然のことにオレは顔を上げるが、その人物にはまるで見覚えは無い。

が、こんなことをするヤツは他にいないだろう。

オレを見つめていたその見知らぬ人物の顔がニヤリとして、オレはヤレヤレと息を吐いた。

目の前にいる人物の外見には心当たりはないが、中身には多いに思い当たるフシがある。

要するに、キッドの変装だ。

「・・・ったく、何のマネだ?」

「いやなに。一応、“依頼人”らしい格好で来たつもりなんだけど?」

品のいいスーツをしっかり着こなし、ちょっとしたエリートサラリーマンのような格好のそれが、誰かを模したものなのか、それとも架空の人物なのか。

とりあえず、ヤツは素顔をさらすつもりはないらしい。

だが、相手がオレでは本気で化けるつもりがないのか、声や口調はヤツそのものだった。

見知らぬ顔で、キッドはオレに微笑む。

「悪かったね、わざわざご足労いただいて。」

「・・・ホントにな。」

コーヒーを口に運びながら、オレは上目遣いにヤツを見た。

すると、ヤツはそんなオレをさらりとかわし、通りがかったウエイトレスにカフェオレをオーダーしやがった。

そうして、改めてオレに目を向ける。

「で、早速なんだけど。名探偵に、目を通して欲しい資料があるんだけどね。」

さっさと本題に入ったキッドは、これまたサラリーマンが持っていそうなご立派なカバンから分厚い封筒を取り出した。

オレが依頼を受けるのを当然のようなそのキッドの態度が、少々癇に障る。

まぁ、実際、ここへ足を運んでしまった以上、依頼を受けると言っているようなものだが、それでも腹立たしいことには変わらない。

オレはキッドを睨んだ後、テーブルに置かれた資料に無言で手を伸ばした。

 

それは、警察の捜査資料だった。

それによると、9日程前にこのホテルで男性の絞殺事件が起きたという内容だ。

被害者の名前は、松並 信彦(30歳)。

この富良野で農家を営んでいたらしい。

彼はこのホテルへは知人に貸した金を返してもらうため出かけたらしいが、ホテルにチェックインした後、その翌日、チェックアウトの時間を過ぎても現れなかった。

電話にも出ず、ノックをしても応答がないことから、ホテルの従業員がマスターキーでドアを開けたところ、ベッドで横たわる男性を発見したとのことだ。

単に寝ていたのではないことは、男性の首の異常な跡を見れば、一目瞭然だったわけだ。

事件の概要以外には、現場の写真までご丁寧にも添付されている。

あらかたオレが資料に目をやったところで、キッドが口を挟んだ。

「被害者は、細い紐のようなもので一気に締められたらしい。」

「争った形跡もなさそうだな。」

写真を見ながらオレが言うと、ヤツが頷く。

「睡眠薬で眠らされていたようだよ。」

「・・・ああ、缶コーヒーに混入されていたのか。」

資料に記載されていた部分に視線を落とし、オレも頷いた。

添付された写真には、部屋の椅子が2つ向き合っておいてあり、その真ん中のテーブルに2つの缶コーヒーがある。

そのうちの1つから、睡眠薬が検出されたとのことだった。

オレは視線を上げた。

───それで?この事件の何が問題なんだ?」

資料を一見したところでは、単純な絞殺事件のようにしか思えないし、ここにどう組織が絡んでくるのかも、オレには一向に見えない。

「普通に考えれば、その金を返すと言ってきた人物が犯人なんじゃないのか?実際のところ、金を返せなくなったので、このホテルに呼び出して殺したというのが、1番妥当な線だと思うけどな。」

「もちろん、捜査本部もその線を考えたらしいけどね。残念ながら、それに該当する人物が見当たらないらしい。」

「調べ方が足りないだけなんじゃないのか?」

「さぁ?それは何とも。」

人事のように言うキッドは、「だけどね」と付け加えた。

キッドは添付されている写真の1つを指差した。

それは被害者の絞殺痕が拡大されたもので、オレも思わず目を細めた。

「締め痕に沿って皮膚が切れている・・・。切れるほど、強く締めたってことか?いや、でも・・・・。」

オレの言葉にキッドは続けた。

「報告書によれば、擦過傷に近いらしい。細い紐を皮膚に押し付け、横に引けば、そういうふうになるんじゃないかって話だけど。普通の絞殺では、こういう痕にはならないんだろう?」

「いや、絶対にありえないな。」

オレは断言した。

───どういうことだ?ただの絞殺ではないのか?

やや小首を捻ったところで、オレはキッドに聞いた。

「今のところの捜査状況はどうなんだ?これと言った容疑者らしい人物は誰もいないのか?」

1番の容疑者候補であると思われる被害者から金を借りたという人物がいない以上、他にいないのだろうか。

そう思っていると、キッドは首を横に振った。

「一応、いるにはいるんだけどね。警察が目をつけてるのは、被害者の奥さんみたいだよ。」

「理由は?」

「保険金。」

これまた、ありがちな動機だ。

被害者に多額の保険金がかけられていたとなれば、確かに捜査線上に浮かんでもくるというわけだ。

「被害者は、最近、生命保険会社5社に加入し、保険金の総額は軽く1億を越えてるらしい。」

「確かに怪しくはあるな。普通、死亡保険金というのは、被保険者の職業に見合った額で設定するものだ。明らかに高額で、しかも直近の加入となると・・・。」

オレは、顎に手を添えて俯く。

 

被害者の絞殺痕は気になる。

だが、それ以外はそう珍しくも無い事件に感じた。

保険金目当ての絞殺事件というだけなら、どこにでも転がっていそうな話だ。

難事件とは思いがたいが、とりあえず、それはこの際、置いておくとして。

捜査資料のどこをどう読んでも、組織が関わっていそうな気配はない。

 

オレの向かいに座るキッドは、オーダーしたカフェオレを口に運んで穏やかに微笑んでいる。

オレは、そんなヤツを見つめ返し、そして言った。

「とりあえず、事件の概要はわかった。で?これがどう組織と関係があるっていうんだ?」

「いや、確証はないんだけど。もしかして、被害者の男性が組織の人だったのかなと思って。」

オレは、キッドのその答えに眉を寄せる。

「何でそう思うんだ?」

すると、キッドは手にしていたカップをテーブルに置き、椅子に優雅にもたれかかって、窓の外を見つめた。

答える気がないのかとオレが思うくらいの沈黙の後、ヤツは言った。

「実は、被害者の男性、オレの親父の下で働いていた人でね。」

その言葉に、オレは目を見開く。

ヤツの父親と言えば、黒羽盗一という世界的なマジシャンだったはず。

もちろん、初代怪盗キッドという裏の顔は別としてだ。

 

外を向いたまま、キッドは穏やかに笑う。

「ずっと探してたんだ。親父の最期のショーに関わったスタッフで、姿を消したのは彼だけだったからね。」

キッドがどういう気持ちで、今回の被害者の男性を探し続けてきたのかは、オレにはわからない。

だが、その笑顔が心の底からのものでないことだけは、わかる気がした。

 

 

 

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2006.12.05
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