その日、オレは特に事件に呼び出されることも無く、平穏な夜を迎えていた。
いつものように隣の阿笠博士のところで夕食を済ませ、自宅に戻ってからシャワーを浴び、たった今、自室のドアを開けたところである。
ドライヤーで乾かしたばかりの髪をかき上げると、とりあえずオレは、カバンに明日の教科書を詰め込んだ。
まだまだ週の真ん中、水曜日。
こんな夜は、お気に入りの推理小説でも片手に、さっさとベッドに入るのが一番だ。
そう思って、本棚の前に立ったその時だった。
不意に、携帯の着信音が部屋に鳴り響く。
まもなく、深夜0時。
───こんな時間に、誰だ?
机に放り出したままだった携帯に手を伸ばすと、液晶には『非通知』の文字が浮かび上がっていた。
やや不審げに眉を寄せたオレは、とりあえず、電話に出てみることにする。
「やぁ、こんばんは。」
電話の主はそう言った。その声を聞いて、オレは息を呑む。
ただの挨拶であるその言葉を、ここまで不遜な響きにさせるヤツをオレは他に知らない。
───キッドのヤロウだ。
コイツ、どうしてオレの番号を・・・と、問い詰めようとしたが、バカらしくてやめた。
何しろ、相手はあのコソドロだ。他人の番号を手に入れることなど、造作もないに違いない。
「・・・・・・何の用だ?」
一気に下がったテンションに、オレはぶっきらぼうに返答する。
と、電話口の向こうでヤツが笑った気配がした。
「ご挨拶だね。せっかく久しぶりなのに。」
クスクス笑うキッドに、オレは口をへの字にする。
確かに、ヤツと会話するのは久々だった。前回、組織が絡んだ公安職員殺害の一件以来、キッドはオレの前から姿をくらましていたからだ。
まぁ、別にアイツがどこで何をしていようが、オレには関係はない話だが。
にしても、わざわざキッドの方からオレに接触してくるなんて、何か嫌な予感がする。
「・・・で、用件は何なんだ?」
「いやぁ、ちょっと、名探偵の声が聞きたくなってね。」
「・・・・・・切っていいか。」
「あはは。まぁそれはともかくとして───。実は、名探偵に折り入って相談があってね。」
「相談?」
───胡散臭い。
コイツがこんな事を言い出すなんて、どう考えても明らかに胡散臭過ぎる。
「オレは、お前の相談窓口になった覚えはね─けどな。」
「まぁそう言わずに。名探偵にも悪い話じゃないと思うけどね。」
「へぇ?もしかして、自首する気にでもなったのか?」
意地悪くそう返すと、キッドは電話の向こうで声を立てて笑いやがった。
「いや、そうじゃなくてね。仕事の話。」
「仕事?」
何のことだと耳を傾けるオレに、ヤツの声が響く。
「───ある事件の真相解明を、名探偵に依頼したい。」
その言葉に、思わずオレは目を見開くが。
ややあって、オレは嘆息した。
「・・・他の探偵に依頼しろ。じゃあな。」
「ヒドイな。困ってる依頼人を見捨てるのか?」
「コソドロからの依頼は、受けないことにしてるんだよ。」
「そういう差別は良くないな。」
「バーロー!差別じゃなくて、区別してるんだ。善良な人と犯罪者をな。」
「それはそれは。」
「・・・とにかく、他を当たれ。オレの知り合いに、迷探偵の毛利小五郎ってのがいるけどな。何なら紹介してやろうか?」
「・・・コラコラ。」
キッドの苦笑が漏れる。
冗談はさておきだ。
「大体、お前の依頼なんか受けてやる義理はねーんだよ。」
「確かに。でも、名探偵にとっても、なかなか興味深い事件だと思うけどね。」
「どういうことだ?」
目を細めたオレに、キッドが低い声を出す。
「例の“組織”が絡んでいる事件かもしれないとしたら?」
・・・何っっ?!
携帯を握り締める手に思わず、力が入る。組織と聞いて、黙っているわけにはいかない。
「とりあえず、話を聞こうじゃねーか。」
「直接、会って話すよ。依頼を受けてくれるのならね。」
・・・何だと、コラ。
「じゃあ、詳しい話はその時に。時間と場所については、追ってまた連絡する。」
「え?お、おいっっ!!
オレは依頼を受けるなんて、まだ一言も・・・」
・・・・・・・言ってねーんだけど???
けれども、電話はキッドによって一方的切られ、会話は強制終了したのだった。
「・・・あのヤロウっっっ!!」
オレは舌打ち一つ、携帯をベッドに投げ捨てる。
勝手な事ばかり言いやがって。
“組織”の名を出せば、オレがどうとでもなる思ってるのか?!!
鼻息荒く、オレはそう思うが。
・・・・・・いや、実際問題、そうかもな・・・・・・。
組織に関して一向に有力な情報が掴めていない以上、万が一でもヤツらに繋がる可能性がある話は逃せない。
結局、“組織”とヤツに言われた時点で、オレが依頼を受けるのは決まったも同然のことなのだ。
くそっっ!これじゃ、アイツの思うツボじゃね─かよっっ!
面白くないと思いながら、オレはベッドにダイブするしかなかった。
それから、しばらくして。
キッドから二度目の連絡が来たのは、もうとっくに日付も変わった午前2時過ぎ。
今度は電話ではなく、メールだった。
液晶に映し出されたのは、たったの一文。
『本日、午後1:30に富良野グランドホテル、ロビーラウンジにて。』
・・・はぁ?!富良野って、北海道の??!
都内の自宅で深夜2時過ぎにそんな文面を見せられて、オレが少々固まったのは言うまでも無い。
□□□ □□□ □□□
翌朝。
そういうわけで、急遽、北海道行きを決めたオレは、学校へ行くよりもずいぶんと早起きをするハメになった。
結局、昨夜は遅くまで起きていたわけだし、正直、ほとんど寝れてないのだが。
あくびをしながら、オレは気だるげに小さなバッグを背負う。
事件の内容がわからないのだから、解決までの時間がまるで読めないワケで、とりあえず、泊まりは覚悟で行くつもりだ。
ま、北海道まで行って、さすがに日帰りということはないだろうし。
・・・・もう少ししたら、蘭にメールでも送って、2,3日学校を休むことを伝えてもらうとするか。
溜息一つ、オレは玄関の戸を開けた。
きちんと戸締りをし、門を閉め、ポストに刺さった朝刊を引き抜いたところで、突然、背後から声がかかった。
「あら、すいぶん早いのね。こんな時間から、どこへ行くのかしら?」
・・・げ。灰原っっ!!
ギクリと肩を震わせたオレは、ぎこちなく振り返る。
できれば、誰にも知られずにこっそりと行きたかったのだが、何ていうか、こう誰にも会いたくないと思っていると、必ず誰かと会ってしまうのは何故だろう。
同じく朝刊を取りに来たらしい赤毛の少女に、運悪く遭遇してしまったオレは、引きつった笑いで返すしかない。
「・・・お、お前こそ、早起きじゃねーか?」
「別に。私は寝てないだけよ。昨夜も徹夜で調べものをしてたの。」
「少しは寝ないと、体に悪いぞ?行くんだろ?学校。」
「そう言う貴方は、学校には行くつもりはないみたいね。」
明らかに、灰原は不審そうな瞳をオレに向けている。
「・・・え、えーっと。ちょっと、事件で呼び出されてな。あ、博士にもしばらく留守にするって伝えておいてほしいんだけど。」
ポリポリと頭をかきながら、オレは苦笑して言った。
そんなオレを凝視した灰原は鼻で笑う。
「あら、いいご身分だこと。学校をサボってまで駆けつけなきゃいけない事件があるなんて、平成のホームズさんはよっぽどお忙しいのね?」
・・・・お前だって、よく学校をサボって地下に引きこもってるだろーが!
学校への出席率があまりよろしくないのは、お互い様のはずだ。
ジロリと睨み返すオレに、灰原は構わず続けた。
「それで?一体、どんな難事件なのかしら?」
「あ、いや・・・。、実はまだオレもわからねーんだよな。」
「何よ、それ?」
「詳しい事は、現地入りしてから直接、依頼人に聞くことになってるんだよ。」
「現地って、どこなの?」
「・・・富良野。」
オレの答えに、灰原はその細い眉をつり上げた。
「わざわざ北海道から事件の依頼?ずいぶんと手間のかかることをしているのね。」
「まぁな。でも相手が相手だし。」
疲れたようにオレが息をつくと、勘のいい灰原は察したらしく、目を細めた。
「・・・それってもしかしなくて、彼?」
灰原の言うところの“彼”とは、当然、キッドのことである。
なので、オレは頷いて見せた。
と、目の前の少女が赤毛を揺らして苦笑する。
「彼が絡んだ事件となれば、どこへでも飛んでいくなんて、ずいぶんと仲良しになったものね。」
「・・・あのな。別にそういうワケじゃねーって。実際、今回の事件にアイツ自身が絡んでいるのかどうかだって、まだ定かじゃねーんだし。」
「どういうこと?」
不思議そうに首を傾げる灰原に、オレは言った。
「依頼人がキッドなんだよ。むしろ、事件に絡んでいるかもしれないのは、組織の方。」
オレの言葉に、灰原のグレーの瞳が驚きに見開かれる。
が、それは一瞬のことで、灰原の目はみるみるうちに冷徹な光を宿した。
「なるほどね。つまり、組織と聞いて黙っていられない貴方は、依頼人が誰であろうと・・・、いえ、彼だからこそ、確証を持って現場に乗り込むつもりということなのかしら。」
相変わらず、灰原の言うことは的を得ている。
事実、組織を追うという名目に関しては、オレとキッドは同じなわけで、だからこそ、そんなキッドからの情報は何よりもオレにとっては有力に思えた。
いや、それ以前に、今まで情報交換なんてした覚えはなかったわけで、逆に今回の件がどういうことなのか、非常に気になるのだ。
それには、行って確かめるしかない。
しかし、そんなオレを、灰原は賛成しかねる表情で見つめ返していた。
「・・・貴方の事だから、行くなと言っても無駄なのはわかってるけど。彼らに関わる事は、自ら命を縮めるようなことだとを肝に銘じておくことね。」
「わかってるって。じゃあな、博士によろしく。」
オレは、それだけ言うと灰原に背を向けて歩き出した。
足早に去っていくオレを、灰原はじっと門のところで見送っている。
浮かない顔をしている少女にオレは肩越しに手を振ると、角を曲がって彼女の視界から消えた。
「・・・・・・・わかってないわよ、工藤君。彼と行動をともにするという事が、貴方にとって、既にどれだけ危険であるかということをね。」
門の前に残った灰原が1人そう呟いていたのを、オレは当然、知るわけも無く、空港へと急いだのだった。
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2006.11.21
久々のシリーズ開始です。
今回はちょっと2人で小旅行ネタ?
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