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NOVEL

秀策をたずねて ++  後編 ++

This story is the work which nonfiction mixed with based on ririka's actual experience with the fiction

 


 因島へ行くためには、まず尾道側から向島へ船で渡らなければならない。

 というわけで、向島行きの渡船乗り場までやってきた。

 とは言っても、レンタサイクルの場所から数分と経たない所にあったのだが。

 ちょうど乗り場には船が停泊しており、僕らを見かけた船長?さんらしき人が手招きしてくれたので、構わず自転車で直進し、そのまま船に乗り込んだ。

 船・・・というか、クルーザーみたいなもので、僕らを除いて他に乗客は2,3人しかおらず、いずれも地元の人のようだった。

 とりあえず、邪魔にならないように僕らが自転車を端に停めたところで、船は発進した。

 

「目の前の島が向島か。では、すぐ到着するな。」

「そだな。」

 

 進藤の金色の前髪が海風に揺れ、キラキラと輝いていた。

 その様子に目を細めながら、僕も心地よい風に身を任せる。

 

 ふと、そういえば乗船するのにお金を払っていないことに気づいた。

 チケットを買うようなところはなかったし、一体支払いはいつするんだ?

 と、思っていたら、船長?さんらしき男性が僕らに近づいた。

 どうやら、料金は乗船中に払うということらしい。

 

 彼は、僕らのナリを見、一発で観光客だと見破ると、どこへ行くのかと声をかけてきた。

「因島へ行くんです。」

 僕がそう答えると、彼もまたご親切に因島の見所を案内してくれた上に、観光マップまでくれた。

 因島と言えば、瀬戸内海に強力な勢力を誇った村上水軍の本拠地としても知られる。

 あとは、花とフルーツの島だ。

 船長さんは、因島水軍城とフラワーパークをしきりに勧めてくれているようだった。

 一般的な観光客なら、そこを訪れるのだろうが、あいにく僕らは一般的な観光客ではなかった。

 実を言うと、ここでも船長さんの言葉を正確に聞き取る事は僕と進藤には困難で、ただ笑っていることしかできなかったのだが。

 

 それにしても ―――。

 地元のガイドマップに、秀策についてはまるで触れられていなかったところを見ると、因島を秀策の故郷として、全面的に観光地化はしてはいないようである。

 因島を秀策と結びつけるのは、碁打ちの人間だけなのかもしれない。

 

 

 そうして、ほんの数分乗船した後、無事向島に到着した。

 再び自転車に跨った僕らは、渡船乗り場を後にする。

 いよいよ向島に上陸だ。

 

「どっかを右に曲がれって、レンタサイクルのおじさんが言ってたけど、とりあえずは直進してていーんだよな?」

 進藤が僕の前を走りながら、そう振り返る。

「ああ、どこか大きな通りに出たら右折だったような気がするが、それがどこだか僕には聞き取れなくてね・・・。せっかく親切に教えてくれたんだが。」

「オレも〜。意外に方言あるんだな、広島って。年配の人だから余計かな?」

 ケラケラと笑う進藤の横に僕も並ぶと、小さく笑った。

 と、目の前に少し大きな車道が広がり、確かに右折できる道と交差しているのが見えてきた。

 

「・・・進藤、右へ行く道はあれだろうか?」

「え〜?どうかな?あの道よりも一本奥にも右へ行けそうな道はあるぜ?あ、お前、レンタサイクルのおじさんからマップもらったじゃん。アレ、見てみろよ。」

 自転車を一時停止して、バックから地図を出してみるが、思わず進藤と固まる。

 確かに方角的には右ということはものすごくわかるのだが、それがどこで曲がるのか、まるで目印がない・・・。

「・・・これじゃ、よくわからないな。」

「えっと・・・。あ、塔矢、船の中でも地図もらわなかったっけ?」

「あれは因島の地図だよ。」

 僕の答えに進藤がう〜〜〜んと唸る。

「どうする?そこを曲がるか、もう一本奥を曲がるかだが。とにかく方向的には右の奥に因島があるっていうことだろう?海沿いに出ればいいんだよな?」

「そうなんだけどさ。そこの道、右に行って海にぶつかると思うか?塔矢・・・。」

「それは僕には何とも・・・。大体、君はこっちに来た事があったんじゃなかったのか?」

「ま、前は自転車なんかじゃなかったし、こんなルートで来てねーから、わかんないんだってば!」

 ・・・なんだ。それでは、頼りにならないじゃないか。

 僕は溜息をつくと、もう一度すぐ右折できそうな車道を見つめた。

「君がここで曲がりたくないのだら、この先でも構わないよ。とにかく行こう。時間のロスだ。」

 

 とりあえず、すぐ右折できる車道は通過し、その奥の道で右折することにする。

 と、程なくしてその道は、すぐ別の道に突き当たった。

 右折すると方向的にはもと来た道を帰ることとなり、左折すると島の内部へ行けそうななだらかな坂道が広がっていた。

「・・・おい、塔矢。これ、どっち行くんだ?」

「でも、これを右折すると・・・。ほら、前に見えるあの車道は、さっき僕らが曲がるのをやめようと言った道だが・・・。」

「なら、やっぱ、さっきの道を曲がればよかったのかな?」

「どうする?ここから戻るか?」

「そうだな〜。」

 僕らは当てにならない地図を広げながらも、とりあえず交差した道を右折し、先に曲がるか悩んだ道へと出ることにした。

 もうその道へ出たら、左折するしかないのだが。

 本当にそれであっているのか? まるで自信がない。

 いつのまにか、進藤を追い越して先頭に立っていた僕は、再度もと来た道を振り返った。

 すると、だ! 道路標識が目に付いた。

「おいっ!進藤っっ!その看板を見ろっ!因島はそっちって書いてあるぞ!」

「ええ〜っっ!!あ、ほんとだ!!」

 進藤も慌てて振り返る。

「何だよ、逆走してんじゃん。じゃあ、さっきのとこを左に曲がって山ん中に入っていけばいいんだな?!くっそぅ〜〜っ!!」

「・・・そういうことみたいだね。戻ろう・・・。」

 

 僕らはUターンすると、せっかく走った道をまた戻り、向島内部へ向かっているだろう道を走り始めた。

 2車線の道路はわりと広く、左右には畑が広がるのを見ながら、整備された歩道をひた走る。

 だが、行けども行けども終点が見えないその道は、俄かになだらかな坂になっていき、僕らの足はじわじわと苦痛を訴え始めた。

 勢いをつけていないと余計に辛いので、僕は先頭を走ってできるだけ飛ばした。

 しばらく、そんな道を走った後、進藤が後ろから声をかけていた。

「あっ!塔矢、ちょっと待てっ!!あそこ見ろよ!」

 言いながら、進藤が指差したのは、はるか頭上に見える別の車道だった。

「あれは、地図に載ってたじゃん。」

 ・・・ああ、そういえば。

 僕らはまたマップを広げる。

 つまり、ここでようやくにして自分達の現在位置を確認する事ができたわけなのだが。

 当たり前だが、僕達は紛れもなく向島の内部へを進んでいた。

 ただ、レンタサイクルのおじさんが教えてくれた因島までの近道とは、明らかに違っている事だけは確かだ。

 車で行くには問題ない道かもしれないが、自転車で行くには困難な坂道が待ち受けている。

 あまり歓迎できる道ではなかった。

 

「標識があったのだから、因島へはこのまま行っても行けるとは思うが。どうする?おそらく向島を越えて行かねばなるまい。だとすると、この先、坂道がずっと続く事になるかもしれないな。」

「だったらさ、おじさんが教えてくれた海沿いの道ってのが、やっぱいいよなぁ。」

 確かに。海沿いの道なら、きっと平坦に違いないし。

「戻ろう!」

 僕はきっぱりとそう判断を下すと、再び道を戻っていく。

 なだらかな上り坂だった道は、帰りは下りだ。

 どんどん加速させて、先程の分岐地点まで帰ってきた。

 結局、一番最初に右折し損ねた道を進む事になるのだが。

 しばらくその道を進んでいくと、因島へ渡るための因島大橋へ通じているという道しるべに出会った。

「なんだよ〜〜〜っっ!結局、この道で良かったのかよ〜・・!!」

「・・・そうみたいだね。まったく時間と体力を無駄にしたな。」

 

 狭い歩道を一列になりながら、自転車を飛ばしつつ前後で僕と進藤は会話をする。

 車通りが少ないので、エンジン音に声かかき消される事はほとんどない。

 

「・・・それにしても、以前来た事があるだなんて言っておいて、まるで頼りにならないな、君は。」

「だっ、だからっっ!!前はバスとか交通手段が違ったし、道だって違うんだよっ!大体、あの時は、河合さんにくっついて行っただけで、何も考えてなかったし・・・」

「誰?」

「ああ、河合さん?オレの行ってる碁会所で知り合った人だよ。タクシーの運転手。ちょっと見た目はガラが悪そうなんだけどさぁ、いい人なんだ。」

「・・・・・その人と二人で来たのか?」

 そんな話は聞いていないが。

 僕はいささか声のトーンを落として聞くと、進藤が慌てて付け足すように答えた。

「河合さんが勝手について来たんだよ!オレは一人で来るつもりだったのに!!ま、結局、河合さんが居てくれたおかげで、いろんな所へも連れてってもらえたんだけどさ。」

「・・・ふーん。」

「・・・な、何だよっっ!」

「別に?」

 僕はすまして答えながら、自転車を漕いだ。

 

 数キロ直進し続けると、周囲の風景に少しずつ変化が見られてきた。

 先程まではところどころに見られた店もなくなり、そのうち両サイドをみかん畑に囲まれるようになる。

 実にのどかな風景だ。

 太陽はまだ高く、日差しは眩しかったが、力いっぱい自転車を漕いでも汗をかくことのない今の気候は、サイクリングにはもってこいなのかもしれない。

 やがて、だんだんと潮の香りが僕らを包んだ。

「進藤、海だ!」

「やったっ!」

 前方に煌く海を見、僕らの顔は輝く。

 そうして、しばらく右手に美しい海を見ながら道なりに進んでいった。

「綺麗な海だなぁ。透けてるし。」

「本当だね。」

 サイクリングリードをひた走りながら、その美しい景色に僕は目を細める。

 と、前方に小さく橋が見えてきた。

「あっ!因島大橋だ!」

 進藤が叫んだので、僕は端の先にある島を見つめる。

 

 ・・・あれが因島か・・・。

 東京のレインボーブリッジ並な美しいその大橋は、上が車道で下が原付、自転車や歩行者専用の通路があるという。

 僕らはそこを渡って、因島に行く事になるのだが。

 

 ふと、前方にそびえる因島大橋を見上げて、僕は不安に思った。

 何しろ、僕らがいるところとずいぶんと高低差がある。

 橋はずいぶんと高いところにあった。

 いや、まだ橋までは数キロあるから、だんだんと上り坂になっていくのかもしれないが。

 とにかく、橋に行くには、間違いなく「上り」があるのだと覚悟させられることになった。

 

 目標が見えているのだから、気が楽だ。

 進藤は僕を追い越して、快調にペダルを漕ぐ。

 海沿いの道は平坦で、まさにサイクリングロードとしては打ってつけである。

 そのまま、進藤と軽口を叩きながら直進してしばらく。

 特に上り坂を迎えることなく、僕らは因島大橋を越えてしまう事になる。

 

「・・・・あれっ!橋に行けねーじゃんっ!」

 進藤が橋を追い越したアタリで、急ブレーキをかけた。

 だが、橋近くには階段があり、そこは紛れもなく歩行者のみの入り口でしかない。

「・・・自転車はここではないようだね。」

「なんだぁ?チャリはもっと先なのか?」

「とりあえず、行くしかあるまい。何より、この高低差だ。自転車や原付専用のエレベーターがあるんじゃないのか?」

 橋と僕らがいるところの高低差は、実はまるで縮まってはいなかった。

 相変わらず、橋は頭上高いところだ。

 これをいきなり上るとは考えにくいので、やはり専用のエレベーターでもあるに違いないと、そう僕は考えたのだが。

「あ、塔矢っ!自転車の入り口はこっから1,2キロだってさ。やっぱいいんだ、この道で。」

「1,2キロ?!まだ結構あるな。っていうか、エレベーターはあるんだろうな?」

「あるんじゃねぇーの?だって、あんな高いトコまで行けそうな道、ないしさ。」

 

 だが、僕らの考えは甘かった。

 程なくして、自転車で橋を渡る人用の道しるべに従ってたどり着いたそれは、緩やかに蛇行しながら、山を登っていく恐るべきサイクリングロードだった・・・。

 傾斜角度は極めて緩い。

 だが、はっきり行って、峠越えのような、そんな道だ。

 進藤と瀬戸に浮かぶ島々や海の景色が素晴しいなどと、会話をすることができたのは最初の内だけで、最終的には二人とも息切れしていた。

 それほどに、拷問のような坂だった。

「・・・ま、これが帰りは全部下りになるんなら、帰りは楽チンだよな・・・。」

 来た道を帰ることになるのだがら、もちろんそうだ。だが・・・。

「進藤、でも因島側でも橋に来るには同じ様な上りがあるとは、考えられないか?」

「・・・・あ〜・・・・・っ!」

 

 ようやくにして、因島大橋に到着した。

 橋は平坦で助かる。

 それまでの道のりで棒になった足を休ませながら、僕らは橋を渡った。

 頭上に車道があるため、日陰になっていたのだが、今までの坂道で少し熱くなった体には涼しくてちょうど良かった。

 橋の長さは、約2、3キロとのことだが。

 なかなか因島には着かないと思われるような感覚が僕を襲った。

 やっと見えてきた橋の出口には、お賽銭箱のようなものがあり、自転車は50円払うようにとの記載があったが。

 箱だけで、誰もいない。

「・・・こんなんじゃ、払わなくても通れちゃうじゃん。」

「防犯カメラでも設置してあるのかな?」

 財布を取り出しながら、僕らはきちんと50円を払って通過した。

 

 いよいよ、因島である。

 思ったとおり、因島側には橋にくるためのサイクリングロード(今は当然下りだが、帰りは上り)になる道を軽快に飛ばし、一般道に出た。

「おっし!因島到着!石切神社を目指すぜっ!」

「まもなく3時になるな・・・。向こうを出た時刻は1時過ぎだったかと思うが・・・。自転車の返却時刻は6時だったろう?それまでにちゃんと帰れるだろうか?」

 手元の時計を確認しながら、僕は呟いた。

 かなりな距離を自転車で走行しているものの、まだ何一つ観光できていないのだ。

 出だしにいくらか、ロスタイムがあったとはいえ、あまり時間的に余裕があるようには思えなかった。

「とりあえず、サクサク行こうぜ!石切神社までまだ4キロ近くあるんだからさ。」

「4キロ?!まだそんなにあるのか・・・。」

 一体、今日一日で何キロ走っているんだろう?

 ・・・・走行距離のメーターがついていればいいのに。

 何の装備もない自転車を見、僕は深々と溜息をついた。

 

 海沿いの道をひた走る。

 小さな島ののどかな景色に目を奪われつつ、僕らはペダルを漕ぎまくった。

 どのくらい走ったか、ようやく『本因坊秀策の碑』という案内が出てきた。

 海沿いから、ちょっと内陸へ向かい、民家がならぶ割と細い道の中に、目的の石切神社の赤い鳥居が顔を出しているのがわかった。

「石切神社だ〜っ!」

「ああ、ようやく到着だな。」

 石切神社には、秀策の碑と秀策記念館があるとのことだった。

 資料などで神社の外観や、記念碑などは目にした事はあったが、実物を見、神社はずいぶんこじんまりとしているものだと思った。

 進藤が、リュックからご自慢のデジカメを出した。

「いや、前に来た時はさ、ほんとにじっくり見てなんかいなくて・・・。やっぱ、こういうとこに来たら、写真の一枚くらいはとっておかねーとな!」

 ・・・君は前回、一体何しに来たんだ?

 そう突っ込みたくなるのを我慢し、僕は進藤と共に自転車を神社の前に停めた。

 神社に入ろうとして、思わず足を止める。

 なにやら、秀策の碑のあたりが大勢の人で賑わっているようだ。

 中をそっと覗いてみると、碑の前でご年配の人たちがお茶をしていた。

 テーブルまで出されており、ちょっとした会合が開かれているかのようだ。

 というか、決して広いとはいえない神社の秀策の碑の前は、完全に彼らに陣取られており、とても僕らが入っていける感じではなかった。

 

「・・・塔矢、あの人たち、何してんの?」

「さぁ・・・。囲碁でも打ってるのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。ただ、お茶を飲んでいるだけのようにも見えるが。」

「ここからじゃ、ちょっと写真を撮るには遠いんだよなぁ。もうちょっと近くで撮りたいんだけど・・・。」

 

 僕らが入り口で固まっていると、関係者らしき年配の女性が声をかけてきてくれた。

 彼女の話では、やはり今日は碁の大会?らしきものがあったらしい。

 今はそれを終えて、お茶をしているというところなのだろう。

「あの、秀策の碑の写真を撮りたいんですが、少し中に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」

 僕がそう言うと、彼女は快く迎え入れてくれた。

 人が入らないように写真に収めるのに進藤は苦労していたようだが、僕は早々に写真を撮り終え、神社を見回していた。

 神社のとなりにある小さな建物が、秀策記念館らしい。

 秀策に縁のある人がボランティアで運営しているというそこには、秀策が使用していた碁盤や、段位免状、掛け軸などが展示されているとことだが。

 ここの見学には、事前に予約がいるということは知っていて、敢えて予約を入れていなかった僕らは中の見学は最初から諦めている。

 ・・・・本当は見たかったが。

 僕がそう思っていると、先程の年配の女性が近づいてきた。

「観光の方?どちらから見えたの?ごめんなさいね?記念館は今日はお見せできないのよ。」

「あ、えっと、関東から来ました。記念館は見学の予約も入れてないですし、構わないです。ご丁寧にありがとうございます。」

 と、ようやく写真を撮り終えた進藤が、こちらにやってくる。

「おぉーい!塔矢!」

 進藤がそう声をかけた瞬間、歓談をしていた人達の視線が、いっせいに僕へ向いた。

 

「塔矢?!塔矢だって?!塔矢って、塔矢三段?!」

「ああ、間違いない!塔矢 アキラ三段だよっ!!」

「何?!本物か??!」

 

 ・・・あ。

 あっという間に僕の周りが人だかりになる。

 進藤が人並みに押し出されていった。

 

「わざわざ、因島までいらっしゃったんですか?!」

「塔矢三段、よかったら、今から一局お相手していただけませんかな?!」

「こちらに来て、お茶でもどうぞ!あ、桜餅もありますから!」

 

「・・・あ、いえ、あの・・・。僕は・・・・・・。」

 思わず、後ずさりする僕の腕を、後ろから進藤がぐいっと引っ張った。

「何やってんだよ、塔矢。時間ないんだからな、次は墓参りに行くぞ!」

「・・・進藤っ。」

 

「あれ、塔矢先生、彼は?お友達ですか?」

 そう言われて、進藤の顔がぷぅっと膨れっ面になる。

 僕は慌てて進藤もプロなのだということを言いかけたのだが。

「・・・いえ、彼もっ・・・」

「いいから、塔矢っ!!行くぞっっ!!」

 

 そのまま進藤に引きずられるようにして、僕は石切神社を出た。

 神社から畑の道を少し登った山の斜面に、秀策の墓はあるということだが。

 先を行く進藤の背中が、少しご機嫌斜めのようだ。

 ヤレヤレ・・・。

 僕は小さく苦笑して、大人しく進藤の後に続いた。

 

 秀策のお墓があるのは、山の中腹らしい。

 かなり急な石段を、進藤がずんずんと登っていく。

 

「何だよ、あの人達、塔矢ばっかり・・・。」

 むっとしながら、進藤が言う。

 やはりさっきの出来事は、彼のプロとしてのプライドを多少なりとも傷つけたらしい。

 僕はほんの少しだけ肩を竦めながらも、石切神社でもらった桜餅を手に進藤に声をかけた。

「手ぶらでお墓参りに来る僕らも僕らだけど・・・。せっかくいただいた桜餅、お墓に着いたら食べないか?」

 進藤がまだ幾分、口を尖らした格好で僕を振り返る。

「僕はあまり小豆が得意ではないから、君、たくさん食べていいよ。」

 そう言ってやると、ぱぁっと彼の顔が明るくなる。

 ・・・単純。

 それは口に出さずにおいた。

 

 そうして、秀策のお墓にたどり着く。

 

「ここが・・・・。」

「うん。」

「静かでいいところだね。景色もいいし。」

「そうだな。こんなところで眠ってて幸せだよなぁ・・・。」

 

 桜餅を頬張りながら、僕らはしばし感慨に耽った。

 

 進藤の横顔を盗み見る。

 今、彼がここで何を思っているのかは、僕にはわからない。

 

 ――― 進藤、君にとって、一体、秀策とは何なんだ?

 

「・・・進藤っ・・・」

「え?」

 僕を見つめ返した彼の瞳を見、僕は言い掛けた言葉を飲み込む。

 

「・・・いや、何でもない。 良いところだね、ここは。来れて良かった・・・。」

 すると、進藤も薄く微笑んだ。

「・・・オレも。お前と来れて、良かったよ。」

 

 

 お茶で喉を潤した進藤は、よっと勢いをつけて立ち上がった。

「3時半回っちゃったな。 そろそろ帰るか。」

「ああ、そうだね。」

「帰りはもう道に迷う事はねーだろうけど、一応飛ばさないとな!」

 僕はそれには笑って頷くしかなかった。

 

 そうして、二人してまた自転車に乗り、因島を後にしたのだ。

 

 道がわからない行きとは違って、帰りは実に順調に進み、5時過ぎには尾道に到着する事ができたのが、何よりだった。

 

 こうして、秀策をたずねての因島巡りの旅は終わったわけだが。

 実はまだ尾道周辺にも秀策に縁のある寺や、記念碑がいくつかあって、明日はそれらを観光する事になっている。

 本当に秀策三昧の旅だ。

 とにかく、僕にとっては、非常にいい経験となった。

 今後の僕の碁に、少しでも活かせたらと思う。

 

 それから、後にわかったことだが、尾道から因島の石切神社まではざっと16キロ近くあるらしく、往復32キロ近い道をこの日、僕らは走行したのだった。

 いや、正確に言うと、道に迷ったわけだし、後、尾道に帰ってからも、少し足を伸ばして慈願寺にまで行ったのだから、それに+αする距離になるのだろうが。

 

 とにかく、日頃、運動不足がちな僕にとっては、この上なく健康的な旅行だった。

 それというのも、健康優良児そのものである進藤との旅であったからに他ならない。

 

 

 結局、秀策をたずねても、進藤の肝心な謎については、わからずじまい。

 だが、因島ののどかな空気に触れて、焦らずのんびりいこうというそんな余裕が僕の心に生まれたのは、この旅の産物だろう。

 

The End
 

>>>+α

 

ハイ、管理人の尾道〜因島旅行記レポです。
アキヒカ?で一応やっておりますが、アキラ担当が私で、ヒカルがお友達です。

レンタサイクルで周りまくって、面白かったですが。
佐為〜・・・!探してきましたけどね。(笑)

にしても。尾道も因島もあまり秀策を大々的に広告しておりません。
ヒカ碁人気は、あまり関係ないのか・・・。、
それでも、私たちのようなミーハーなファン?は多いとは聞くんですが。

囲碁の世界はやはり厳粛で、不順な動機で立ち入ってはいけないような
そんな気が改めてしてしまいました〜。

 


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