さっきから、幾度となくちらちらと目を落としていた腕時計が、とうとう午後8時を指した。
工藤新一は、微かに息を吸い込むと、顔を上げて目の前の男へと視線を移す。
「・・・で?オレをこんなとこにわざわざ呼び出して、一体何の話なわけ?」
今日、新一はちょっとした調べものがあって警視庁まで足を運んでいた。
朝から取り掛かっていたその案件もようやく一段落つき、さぁ帰ろうと思った矢先に、これまた偶然その場に居合わせた白馬に呼び止められたのである。
話がある、と、妙に真剣な顔で言うから、思わずついて来てしまったが。
小洒落たカフェに着いてから正味2時間。
白馬が話す内容ときたら、
ここ最近の世界情勢から見る犯罪者の傾向とか、
自分がロンドン滞在中だった頃の、それはそれは興味深い事件の事だとか、
挙句の果てには、このカフェのコーヒーの品揃えについてまで。
要するに、新一にとってどうでもいい事ばかりだった。
この二人の関係が、たとえば、心を許し合った友人、あるいは恋人だったのなら
こんな時間の過ごし方に何も問題はなかったかもしれない。
だが、あいにくこの二人はそういった関係ではなかった。
白馬が新一に人知れず抱いている想いは別として、少なくとも新一とって白馬という人物は単なる『同業者』の他に思い当たる代名詞がない。
だから、この2時間、興味のない話をひたすら聞かされつづけた新一が、そろそろ限界を感じるのも頷けるというわけだ。
デミ・カップを口に運びかけた手を、ふいに白馬は止めて、新一の方を見返した。
「・・・・・・言いたい事があるなら、さっさと言えよ?」
新一の言葉に、白馬はその色素の薄い瞳をやや伏せると、ようやく重苦しそうにその口を開いた。
「・・・・・・工藤君、君は・・・。」
何をためらっているのか、白馬は先をなかなか告げようとしない。
新一は白馬が一体何を言うつもりなのか、慎重に推し量りながら彼の言葉を待った。
「・・・・・・君は、いや君達は、・・・何か、何かは僕にはわかりませんが、
・・・・・何かとてつもなく大変な事をしようとしているのではありませんか?」
白馬の声は至って静かで冷静だった。
しかし、その瞳は何かもっと熱いものを伝えるかのように、僅かに揺れていた。
白馬の訴えるような瞳を真っ直ぐに見返したまま、新一は何も答えない。
やがて、手元のカップの中の琥珀色の液体に目をやると、穏やかに微笑んで見せる。
「・・・・・・君達って?」
もちろん、そんなこと聞かずともわかっている。敢えてそうしてのは、話の方向を変えるためだ。
白馬がとある人物について、『探偵』としての命をかけるほどであることは知っていたし、話をそちらに持っていくことで、うまく彼の関心をそらす事ができる。
新一はそういう意味では、白馬の事をよく理解していた。
予想に違わず、白馬はやや冷静を欠いた表情で新一を食い入るように見つける。
「・・・!キッドです!!怪盗キッドと君が手を組んで何かしようとしていることくらい、
僕にだってわかっているのですよ?!」
すると、新一はその秀麗な眉を少し寄せた。
「・・・誰がキッドと手を組んだって?」
「違うんですか?!」
・・・・・・オレはキッドと手を組んだ覚えなんかねーぞ。
けど、結果的に見ればそういうことに・・・なるのかもしれないな・・・。
・・・・・・いや、でも。
キッドと手を組んだと言われて、嫌そうに押し黙ってしまった新一を見、白馬は言葉を続ける。
「・・・では、君がキッドと手を組んだかはさておき、一体二人で何を始めようというのです?」
けれども新一はにべもなく答えた。
「オレが何をしようと、お前には関係ないだろう?」
きっぱりとした拒絶の言葉。
白馬は少し傷ついたような表情を一瞬したが、すぐにもとの冷静な顔に戻して真剣に言い返す。
「関係なくはありません。君の事なら、僕はいつだって関わっていたい。
それに、彼は・・・・っっ!!キッドは、アイツだけは危険だ。君の身にも危害が及ぶかもしれない!彼ほど君と一緒にいるのに、ふさわしくない人物はいないんだ!!!」
熱く語る白馬を見て、新一はやれやれと溜息をついた。
どうやら、自分は彼の中で相当、美化されてしまっているようである。
母親譲りのその天使のような美貌と、世界的に有名な小説家でもある父親から受け継いだ好奇心、探究心、そして探偵としてどう転んでも非の打ち所ない完璧なまでの推理力。
『高校生名探偵・工藤新一』を敬愛するものは、決して少なくはない。
自宅や警視庁にまで送りつけられるファンレターの数を見れば、新一とて自覚せずには
いられないが。
それでも、みんな『探偵』としての自分に興味があるのだろうとくらいにしか思わない。
中には、熱烈なラブレターがあることなど新一には思いもよらないことだろう。
ともかく、それなりに『探偵』としての人気があることには自負している新一である。
そんなファン達の間で、自分のイメージが勝手に構築され、それが先走りしている事も充分承知しているつもりだった。
とどのつまり、この目の前の男も同じなのだ。
・・・・・・これ以上は時間のロスだな。
新一はコーヒー代をテーブルに置くと、そのまま席を立った。
「工藤君っっ!!まだ話は・・・・!!」
思わず白馬は新一の腕をぎゅっと掴んだ。
新一の蒼い目が白馬を射る。
「・・・ワリィーけど、これからまだ家で調べものがあるんだ。これ以上、話してもラチあかねーし。」
言われて、白馬はその掴んだ手の力を緩めた。
ここで、新一を無理矢理引き止めても、自分が嫌われるだけだと、それくらい白馬も心得ている。
「・・・すみません。でも!!僕はどうしても・・・・っっ!!」
「白馬!」
白馬の話を遮るように、新一が声をかける。はっとして、白馬は新一の顔見た。
彼の目が自分に向いたのを確認して、新一は意図的ににっこりと微笑んだ。
「ウマいコーヒーだった。さんきゅ!」
有無を言わさぬ新一の微笑みに、白馬にはもうどうしようもない。
彼にできるのは、無言で店から出て行く新一の姿を見送るだけだった。
「・・・工藤君、君はキッドといてはいけないんだ。・・・そう、絶対に。」
白馬と別れて、一人新一は家路へとたどる。
自宅では、あの怪盗が新一の帰りを待っているはずだ。
・・・・・・キッドが危険ね。そりゃまぁアイツは一応、現役バリバリの犯罪者だけどさ。
けど、オレもお前が思ってるほどキレイな人間じゃないんだぜ、白馬?
・・・・・・結局、オレもアイツも大した違いはないんだ。
青白い月光が、新一の細い体を照らしていた。
□ □ □
時が近づいていた。
2002年1月XX日。東都。
かの名探偵宅の一室で、キッドはノート・パソコンの画面を見つめていた。
デスクには設計図らしきものから、英文だらけのペーパーなどが散乱している。
キッドはひととおり見ていたデータをフロッピーに保存し終えると、立ち上がって
大きく伸びをした。
手を伸ばして、資料の山に埋もれているマグカップを取る。
中にはもうすっかり冷え切ったココアがまくを張っていた。
「・・・マズ・・・。」
わずかしか入っていなかったココアを一気に流し込むと、キッドは顔をしかめた。
そして、そのカップをデスクに置こうと、資料をかき分けて場所を作った時、
何かがころん、と床に落ちた。
「・・・あ、いけね。」
キッドはそれを拾うと、無造作にベットへ投げた。
キレイな弧を描いてベットの方へ飛んでいくソレは、部屋の明かりに反射してキラキラと
美しい輝きを放ち、枕もとにポトリと落ちる。
実はそれこそが、あの『パンドラ』である。
永遠の時を与えてくれるという摩石。
ずっと捜し求めていたソレを、キッドはほんの数日前にやっと手に入れることができたのだ。
これで。
『怪盗キッド』としての目的は一つは達成できたことになる。
残るは、例の組織の壊滅だけだ。
父を含む多くの命を奪ったこの呪われた石を、すぐに砕いてやっても良かったのだが
とりあえず、すべてのカタがつくまでは、大事な切り札として取っておく事をキッドは選んだ。
それにしても、その外身だけでも時価数億円はくだらないこの宝石を、
キッドはなんともぞんざいな扱いをしていた。
・・・・・・そろそろ、新一が帰ってくるかな?
キッドは壁にかかっている時計に目をやった。
「メシの支度でもしとくか。」
キッドは、クスリと小さく笑うと、パソコンの電源を落とした。
探偵の家に怪盗が転がり込んだのは、今から3週間前のこと。
これといったきっかけなど、何もない。
たまたま追っているものが一緒で、やろうとしていることが一緒だったという
ただそれだけで。
二人の間に、「一時休戦」だとか、「手を組もう」だとか、そんな密約はなかった。
こうなってしまったのは、なりゆきとしか言い様がない。
キッドにしても、新一にしても、この目的は自分一人の力で果たすつもりで動いていたしそうしなければいけないと心に堅く誓っていたはずだった。
それが、お互いの間で何があったのか。
気が付いたら、こういうことになっていたというわけだ。
キッドが新一の家に居候するようになって、しばらく。
「おい、キッド。お前、オレんちにいる間、ずっとそのナリでいるつもりか?」
部屋を歩き回るたびに、純白のマントを翻している怪盗に向かって、新一が言った。
正体をバラしたくない気もちはわかるが、その派手なコスチュームでいられると
なんだか落ち着かない。万が一、誰かに見られるとも限らないわけだし。
新一はそう思ったのだ。
「・・・確かにね。んじゃ、お言葉に甘えて・・・。」
ポンという音ともに現れた煙の向こうに現れたのは、なんと新一とよく似た顔を持つ少年だった。
それを見て、新一の顔が嫌そうに歪む。
「・・・・・・お前、芸が無い奴だな。オレに化けてどーすんだ?」
すると、キッドはいかにも心外そうに言った。
「なっ!ちげーよ!!変装だったらもっと完璧にやるって!!」
すると、新一はその目を細めて、キッドの顔を間近で覗き込んだ。
「・・・あ〜ん?じゃあ何でこんな顔してんだ?まさかこれが素顔とか言わねーだろーな?」
「・・・・・・さぁね?」
キッドは曖昧に笑って返す。
もちろん、その顔は紛れも無く、キッド本来のものだ。
特別に披露してやったのだが、素顔だと思われないのを計算した上でのことである。
「ま、この顔なら名探偵と瓜二つみたいだし、誰かに見られても親族とかってごまかしが通用して便利だろ?」
もっともらしいことを言ってキッドが笑うと、まだ疑っている顔をしたままの新一も
とりあえず頷いて見せた。
「あ、それからさ、オレの事を 『名探偵』って呼ぶの、よせよ。」
「あ、そう?なら、『新一』でいい?」
キッドが新一のことを『名探偵』と呼ぶのは、本当に探偵として敬意を払っての事だったのだがどうやら、本人はおちょくられていると思っていたらしく、その呼び名を歓迎していなかった。
なので、キッドがファースト・ネームで呼ぶことを提案した事に関して、彼は快諾した。
「・・・・・・じゃあ、オレの事も本名で呼ぶ?」
ニヤリと笑って新一を覗く。
けれども、新一はあっさりと言った。
「・・・・・・別にお前の名前なんかどーでもいいけど。」
「何だよっ!それ!!傷つくなぁ。」
「何言ってやがる。どーせ、聞いたって教える気なんかねーんだろ?」
新一が呆れ顔で溜息をつくと、キッドは悪戯っぽい笑顔を浮かべて、バレた?と言った。
「でも、新一がどうしても教えて欲しいって、泣いて頼めばわかんないぜ?」
「・・・バーロ、誰がんなことするかよ!大体オメーの名前が何だろうがオレには関係ねー。お前はお前だろ?」
自分を見上げてそう不敵に笑う新一を見て、キッドも同じように笑い返した。
「・・・そりゃそうだ!」
そうして、始まった二人だけの生活。
お互いの仕事の領域には不可侵という暗黙のルール。
ただ一つの目的を果たすためだけに、二人は一緒の時間を過ごした。
それから。
新一が例の組織の本拠地を突き止め。
キッドがパンドラを手に入れ。
後はもう、時を待つばかりとなっていた。
「さて、何を作ろうかな?」
キッチンに立ったキッドは、冷蔵庫の中をのぞきながら器用にエプロンをつける。
まもなく帰宅するであろ新一のために、キッドは夕食の支度に取り掛かった。
□ □ □
新一が家に着いたのは、夜9時を少し回った頃だった。
「おそかったじゃん?もしかして手間取ったりしちゃった?」
フライパンを片手にキッチンからキッドが顔を出すと、新一はジロリと睨みを効かせ
「んなわけねーだろ?バーロー」と小さく言った。
「メシ、何?」
「ん。ペペロンチーノ。すぐ食うだろ?」
「じゃあ、着替えてくる。」
ラフな部屋着に着替えて新一が再び1Fに戻った時には、すでに食事の用意はきちんとされていた。
そもそも一人暮らしを始めてから、新一の食生活は乱れきっていた。
新一とて、別にグルメとまではいかないまでも、やはり美味しい食事は大好きだったりするのだが何分、食事よりも事件やら読書やらにどうも比重をおいてしまう性分なのでいたしかたないというわけだ。
が、この怪盗との奇妙な同居が始まってから、それは見事に改善された。
特に当番を決めたわけではないのに、キッドは率先してキッチンに立つ。
自分がやらねば餓死すると、キッドが判断してのことかどうかは知らないが。
とにかくキッドが食事を用意するのは当たり前の事となり、新一としても黙っていれば出てくる料理をはねつける理由は何も無かった。
・・・ほんとに何でも器用にこなすヤツだな。
バランスをきちんと考えて作られているだろうメニューを見て、新一はつくづく思う。
この怪盗には、もう新一の味の好みまですっかり把握されているようであった。
「・・・で、コレが今日警視庁からパクってきたデータ。」
食べ始める前に、新一はバックから一枚のフロッピーを出してキッドに渡した。
キッドは片手でフォークにパスタを巻きつけながら、それを受け取る。
そして、キッドの方もテーブルの端に何やら資料を広げだした。
「ご苦労さん!足はつかないようにやった?」
「ま、一応な。けど、万一バレタとしてもちゃーんと言い訳は考えてあるから大丈夫だろ。」
言いながら、新一もサラダをつつき始める。
「オメーの方はどうなんだよ?組織の本部に潜入する経路は、決まったのか?」
プチトマトにざっくりフォークを刺して、キッドの鼻先に突きつける。
すると、キッドはそれにパクリと食いついた。
「あ〜!!何すんだ!それ、オレのトマトだろっ!!」
「いや、だって。目の前に出されたからつい、そういうつもりなのかと・・・。」
「・・・なわけあるか、バカヤロウ!」
「怒るなよ、トマト一つくらいでさ!ほら、オレのあげるから。」
「いらねーよ!」
「ほら、あーん・・・」
キッドがそう言って、トマトの刺さったフォークを新一に近づけるが、新一は自分の持っているフォークで、払いのける。
すると、トマトがフォークから抜けて転がり、テーブルに置いてあった資料の上に乗っかった。
「あ〜〜〜っっ!!何すんだ!新一、コレ組織内部の見取り図なんだぞ!!」
慌てて、キッドがトマトを拾い上げるが。
資料の上には、フォークの刺した先から零れ出たトマトの汁が小さな染みを作っていた。
「お前がそんな大事なもん、ここで広げてるのが悪いんだろ!!」
オレは悪くないと新一は主張した。
どっちみち、読めないほどの汚れではないので、さしたる支障はないのだが。
ちぇ!と言いながら、キッドが気を取り直して、その見取り図を新一の方へ向けた。
「今日、いくつか潜入経路をシュミレートしてみたんだ。
一応、最有力候補はそのピンクのマーカーを引っ張ってるトコ。
・・・・・けど、まぁ入ってから何があるかわかんないし、もういくつか考えるつもり。」
新一は見取り図に目をやりながら、キッドの言葉に頷いた。
そして、机に散らばっている他の資料にも手を伸ばす。
何枚かめくっていると、真っ白なはずのペーパーに茶色い小さな汚れがついている。
「・・・なんだ?これ。」
新一が手でこすると、それはあっけなく落ちたが。
それを見て、新一は大きく溜息をついた。
「・・・・・お前な、大事な資料にチョコの食いカスなんかつけてんなよ?緊張感ねーな!!」
言われて、キッドはぐっと詰まる。
確かに、チョコを食べながら資料を見ていたのは事実ではあった。
キッドはペロリと舌を出して見せ、そんなキッドに新一もクスリと笑う。
そうして、二人は例の組織壊滅の作戦について、まるで楽しいゲームを始めるかのように話しながら、食事を取り始めたのだった。
これから、決戦に臨むための大事な資料に、食べ物の染みを平気でつけているあたり、この二人の度量の良さがうかがえるというのか。
とにかく、ハタから見れば、そこへ行ったら命の保証はないという敵地へ乗り込もうとしている者たちには、とても見えないことは間違いないことは確かだった。
食事が終わり、コーヒーを飲んでいる時、キッドが口を開いた。
「・・・でさ、新一。例のXデーなんだけどさ。2月4日がベストかなと思って。」
新一はカップに口をつけたまま、目だけキッドに向けた。
「笑っちゃう事にさ、何でも組織の設立何周年かの記念式典があるらしいんだ。
だからさ、組織に関わってる奴らがうれしいことにみーんな集まってくれちゃうわけ。」
「・・・つまり、そこを一網打尽にするっていうことか。」
「まぁね。せっかくだから再建なんかできないほどに叩きつぶしたいし?」
言いながらキッドは、その眼を鋭く輝かせた。
新一はそんなキッドに目をやってから、再びコーヒーへ手を伸ばす。
「・・・・・・あと、一週間もねーな。」
新一の小さな声を聞いて、キッドがにっこり笑う。
「・・・そう。だから、その間にしっかり身の回りも整理しとかないと。」
言われて、新一も笑いを返す。
「遺言でも用意しろって?」
すると、キッドは声をあげて笑った。
「・・・ま、オレには必要ないけどね。こんなトコで死ぬつもりはないし。
新一だって、死にたくねーだろ?何せ、まだオレ達ピチピチの高校生だもんな!!」
ふざけた口調で言うキッドに、新一も苦笑を漏らす。
・・・・・確かにお前なら殺しても死ななそうだしな。
ふと、思い出したように新一は口を開いた。
「・・・キッド。・・・白馬が・・・。アイツが何か感づいたみてーなんだけど。」
それを聞いて、キッドがあん?と眉を僅かにつり上げる。
「部外者は巻き込みたくない。アイツがこれ以上首を突っ込んでこないといいんだけど・・・」
顎に手を添えて、新一はややその目を伏せる。
キッドはそんな新一の様子を見て、ニヤリと笑った。
白馬の事だ。
きっと、新一の事が気がかりなのだろう。
・・・・・・まったく、大人しく『名探偵』サマのファンしてればいいのにね。
行き過ぎた愛情は迷惑だっつーの。
心配そうな面持ちの新一に、キッドは笑って見せた。
「心配いらねーよ?アイツに余計な手出しはさせねーから!」
□ □ □
2002年2月3日。
月の美しい晩であった。
とある高層ビルの上で、羽を休めた大きな白い鳥が眼下に拡がる美しい夜景を見下ろしていた。
純白のマントが時折、風にさらわれていく。
いよいよ決戦を明日に控えて、怪盗キッドとしてやるべき最後の仕事は終えた。
これで、後は時が来るのを待つばかりである。
キッドは不思議な思いで、その都会の灯りを見つめていた。
始まりは、父の死。
その真相を暴くために、自ら『怪盗キッド』として、犯罪者という十字架を背負った。
そして。
ようやく、報復の時がきた。
明日ですべてが決まるのだ。
「・・・『怪盗キッド』も、明日で廃業だな・・・。」
キッドはその拳を強く握った。
抑えようもなく、その血がうずく。
残してきた大事な家族や幼馴染、友人のことも、今、脳裏には浮かんでこなかった。
キッドは、その眼を閉じてその心地よい緊張感と高揚感に身を任せていた。
ふと。
静寂が破られる。
屋上へ一人の男が現れた。
白馬だ。
キッドはゆっくりとその眼を開けて、彼の方へ向き直る。
その顔には、いつもどおりの不敵な笑みを浮かべて。
「・・・・これはこれは、白馬探偵。」
優雅に一礼して見せると、白馬はその眉を寄せてキッドを睨み返した。
キッドはそんな白馬の視線をさらりと笑顔でかわす。
「・・・貴方は、今夜はツイていますよ?貴方が私に会えるのは今日が最後でしょうから。」
意味深な笑いを作って、キッドが言った。
そのキッドの言葉で、白馬は直感的に理解した。
いよいよ、その『時』が来たのだと。
「!!ど、どこへっ!!どこへ行く気なんですかっ!?一体何をするつもりなんだっ?!」
必死の形相で白馬が迫る。
けれども、キッドはにっこりと笑う。
「・・・・・・貴方には関係のないこと。余計な詮索はしないでいただきたい。
私達のすることで、貴方や日本警察の方々に迷惑をかけるようなことはありませんよ。」
白馬の目が大きく見開かれる。
「・・・『私達』って・・・。工藤君のことですねっっ?!
・・・・・・大体、君のような犯罪者が何故、工藤君と一緒にいられるんだ?!
それすら、すでに大きな間違いだ!!」
白馬の叫びに、キッドはやや眼を細めて笑う。
「何だ?!何か言いたい事があるのかっ?!」
「・・・いえ。まったく貴方のおっしゃるとおりだと思っただけですよ。」
キッドの言葉の意図する事がわからず、白馬は一瞬言葉を失うがすぐに自分を取り戻す。
再び、キッドに食ってかかった。
「やはり、やはり君は工藤君を危険なところへ連れて行くつもりなんですね?!!!」
「・・・私が連れて行くんじゃない。名探偵は自分の意志で行こうとしてるんですよ?」
平然と言い返すキッドに白馬は怒りのあまり、肩をふるわせる。
「・・・き、君はっ・・・!!工藤君の事が好きなのかっっ?!」
その台詞にキッドは、やや驚いたように目を見開く。
が、すぐにまたいつもの笑いをその唇に乗せた。
・・・・・オレとアイツの関係はそんな簡単なもんじゃねーんだよ。
・・・・・わかんねーだろうなぁ、お前には。
キッドは、そう内心思いながらその身を翻そうとしたまさにその時。
撃鉄を起こす音がして、キッドは振り返った。
そこに彼が見たものは、銃を構えて立っている白馬の姿だった。
「・・・行かせないっっ!!き、君を工藤君と行かせるくらいならっっ・・・!!!」
銃を持つ白馬の腕はキッドを真芯で捕らえていた。
それでもキッドは動じることなく、美しい笑顔を作って白馬に送ると
そのまま背を向けて、飛び立つために屋上の端の方まで移動する。
「と・・ッ止まれっっ!!撃つぞ!!僕は本気だ!!」
それでもキッドは止まらない。
白馬が自分を撃たない、いや、撃てないのを確信しているかのように。
「キッドっっ!!」
必死の白馬の呼びかけに、一瞬だけキッドが振り返る。
「・・・では、白馬探偵。お元気で・・・!」
そして、キッドは闇の中へとダイブした。
「キッドッッッーーーーーーーーー!!!」
白馬は拳銃を握ったまま、ガックリと膝をついた。
・・・・・・僕はっ!!僕は認めない!!
工藤君が、君を選んだなんて!!
そんなこと、絶対にありはしないんだ!!
白馬はもう白い鳥が飛び去った真っ黒な闇に銃口を向ける。
そうして。
都会の夜に、悲しい銃声が響き渡った。
□ To Be Continued □
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