まださすがに梅雨入りしたというニュースは聞かないが
昼間の平均気温は25度超える日も多くなり、晴れの日のまぶしい日差しは、早くも夏の到来を感じさせる。
先週、暑苦しい長袖の制服ともさよならし、さわやかな夏服へと衣替えも済ませた。
そう。つまり、6月に入ったのである。
やばい・・・。やばすぎる。
実は、オレは快斗の誕生日について、何一つ施策を思いつかないままの状態で6月を迎えてしまったのであった。
ほんと、やばいよな〜・・・
もう1ヶ月切っちまったぞ。何か仕込むんならそれなりに準備期間ってのも必要なのに。
そう思いながら、先月の箱根温泉へ連れて行かれた自分の誕生日を思い出す。
旅行・・・は、無理だよな。
国民の休日にめでたく制定されたおかげで、毎年休みのオレの誕生日と違って6月21日は平日で、あいにく今年は木曜日。
せめて、金、土、日のどれかならどこかへ出かけるっていう手もあるんだけどな。
あ〜・・・ほんとにどうするかなぁ?
折りしも今日は金曜日。
週末、ゆっくり考えるとしよう。
って、どうせ快斗も家に来るだろうし。アイツをじっくり観察してれば
そのうち何か思いつくかもしれないもんな。
なんて考えながら下校していた。
と、そこへ携帯へメールが入ったことを知らせる着信音が鳴った。
見ると、快斗からだった。
『 友達と夕飯を食べる約束しちゃったので、8時ごろ行きます。
新一もちゃんと、ご飯たべてね! 』
あっそ。
じゃあ、オレは博士のとこでも行ってごちそうになろうかな。
もうほとんど家の前まで来ていたので、今更蘭のとこへ行く気にはなれず、オレはとなりの家の門をくぐった。
博士がよくわからない研究仲間との会合とかで、阿笠邸には灰原が1人で留守番だった。
「私1人しかいないと思ったから、大したもの作ってないわよ?」
「いいよ、全然。こっちがいきなり押しかけたんだから。毎度、悪ぃーな。」
品数は少なくても、しっかりとバランスを考えて作られているような食事を突然押しかけても、きちんと用意してくれる灰原にはほんと感謝している。
意外にコイツ、家庭的なんだよな・・・
なんて、失礼な事を思ってしまったりもするのだが。
程なくして食事を終え、お茶をすすっていると、灰原に何か悩みでもあるのかと問われた。
そんなにぼんやりしてたつもりはないんだけど。
相変わらず、するどい奴だな・・・。
ま、いっか。どうせ、灰原には快斗とのことはバレてるし。
オレは、先月の自分の誕生日のことから、今、オレがそのリベンジをしようと目論んでいることまで話して聞かせた。
「・・・けどさ、今のところ何もいい手が浮かばなくてちょっと困っちまってさ。」
テーブルに頬杖を付きつつ言うオレの台詞に、灰原は呆れたように溜息をついた。
「あら、簡単なことよ。
あなたが自分自身にリボンでも付けて、彼の胸に飛び込んでみせたら、きっと彼、仰天して、そのあと泣いて喜ぶと思うけど。」
なんでもないことのようにさらりと言われ、オレは一瞬何のことだかわからなかったが、その光景を頭に浮かべて、一気に血が上った。
「ば、ばーろー!!な、な、な、何言ってやがんだ!!」
オレはガタンと音をたてて慌てて立ち上がり、そのままメシの礼だけ言って逃げるように阿笠邸をあとにした。
* * * * * * *
時刻は午後8時ちょっと前。
外から自宅の様子を窺がうとリビングの電気はまだついていない。
ってことは、快斗はまだ来ていないらしい。
オレはポケットからキーを取り出し、ドアをあけて玄関に入る。
そしてドアを閉めると、またきちんと鍵を掛け、チェーンロックをした。
これは一人暮らしをするようになって、すっかり馴染んだオレの習慣。
チェーンまでした後に、快斗がこのあと来るんだっけ、と思い出すんだけどあえて開けておいてやるようなマネはしない。
だってそんなことをしたら、あいつを待ってるみたいだろう?
どうせ、鍵を掛けたところで、それを開ける事なんか、快斗には造作も無い事だし。
・・・こんな風に考えてる自分が素直じゃないとは、わかっているけど。
いーんだ!別に!!
自分にそう言い聞かせて、2Fの自室へ向かった。
ラフな部屋着に着替えた後、読みかけの本を持ってリビングのソファに座る。
しばらく読書にふけっていると、ふいに部屋の部屋の照明が一瞬チラついた。
なんだ?
と、思った後、突然雷鳴が響き渡った。
それと同時に、大粒の雨が窓を叩きつける。
びっくりした。何だ、雷雨か。
けど、今日、雨が降るなんて、天気予報で言ってたっけ?
オレは土砂降りの外を眺めた。
快斗のやつ、傘なんか持ってないだろうな。
昼間はあんなに晴れてたから。
・・・。いや、でも、もしかして傘持ってるかもしれないし。
誰かに借りてくるかもしれないぞ。
もし、そうでなかったとしても、コンビニでビニール傘を買ってくるかもしれないし。
・・・。
あれこれ考え始めて、落ち着かない自分に気づく。
仕方ねぇな、迎えに行ってやるか。
そう思って玄関へ向かい、自分の傘ともう1本快斗用に余分に持ってドアに手をかけたその瞬間、勢い良く扉が開いた。
「わっ!」
あまりのタイミングにオレは驚いて声をあげた。
「なんだよ、新一ィ!びっくりしちゃったじゃん!」
見ると、それは傘もささずにきたのか、ずぶぬれの快斗だった。
「・・・お前、コンビニで傘を買おうとか思わない訳?」
「いやぁ、だってもう少しで新一の家だっていうところで
いきなり降られちゃったんだもん。」
ぺロっと舌を出して言う快斗に、オレは溜息をつきつつ、必要の無くなった傘をしまった。
水の滴る髪をかきあげながら、快斗は、そんなオレを見てうれしそうに笑う。
「新一、迎えに来てくれようとしてたんだ。
なら、もう少しゆっくり帰ってくればよかったな。」
そう言って、快斗は濡れた手でオレの肩を軽く引き寄せ、頬に一つキスをした。
雨に打たれたせいか、快斗の唇はひんやりと冷たかった。
快斗とオレを外見だけ見て、良く似ているという人が多いけど、
それは間違ってると思う。
だって、オレはこんな時、きっとこういう風に笑えない。
こんな風にキスできない。
「バカ言ってないで、早くシャワー浴びて来い。そのままじゃ風邪引くぞ!」
オレは調子に乗って背中に手を回してきた快斗をなんとか引き剥がしてそれだけ言うとリビングへ戻った。
15分後、シャワーを浴びて着替えた快斗がリビングの戸を開ける。
が、中へは入らず、再び戸は閉められた。
しばらくして、今度こそ快斗がリビングへ入ってきた。
手にはプレステと何枚かのソフトを持って。
そしてTVの前を陣取って、ゲームを始める。
これがオレが読書をしてる時の快斗のスタイル。
オレが本に夢中になっている時は、快斗もちょっかいを出しても無駄だと学習したのかいつのまにか、これが定番になっている。
そもそもプレステ自体、この家に持ち込んだのは快斗だけれど。
別に根っからのゲーマーってわけでもないんだろうな。
ちょうど、1人で時間を潰すのに都合がいいからであって。
オレは本から視線を上げて、ゲームに集中している快斗の背中を見た。
よくよく考えてみると、快斗が本当に喜ぶ誕生日プレゼントって何だろう?
なんだか、驚かす方ばかりに気を取られていたけど、当人に喜んでもらわなきゃ意味がないし。
・・・。
何で何も思い浮かばないんだろう?
もしかして、・・・いや、もしかしなくても、オレって快斗のことあんまり
わかってないのかな?
・・・それってかなり情けない気がするけど。
ぼんやりそんな事を考えていたら、ふいに快斗が振り向いた。
慌てて、視線を本へと戻す。
「新一、コーヒーでも入れよっか?」
「お、おう。」
「んじゃ、すぐ用意するね。」
やべ・・・。視線を気づかれたかな。
そう思いながら、目だけでキッチンへ向かう快斗を追う。
しばらくしてコーヒーの良い香りが漂ってくる。
快斗がマグカップをオレに手渡す。
オレの好みに合わせて少し苦めに入れてくれたコーヒーを口に運びながら無言で快斗を見やる。
今ここで、誕生日に何が欲しい?、なんて聞けたら楽なんだけどな。
でもそれじゃ、当初の快斗を驚かす計画が果たせなくなっちまうし。
何より、そんなこと聞いたらコイツを舞い上がらせるだけだ。
だから意地でも聞くわけにはいかない。
・・・けど、なんかこれって自分で自分の首締めてるカンジがするような・・・。
ま、いっか。
同じようにコーヒーをすすっている快斗を、チロリと上目使いに盗み見る。
快斗の格好は、オレの家にいる時、決まって着ているTシャツ姿。
オレが散々着古して、襟ぐりが大きく伸びきってしまったヤツ。
何が気に入ったか知らないけど、快斗はそれを自分の部屋着と決めているらしい。
オレに無許可で毎度人の部屋から持ち出している。
別に服くらいなんだって貸してやるのにさ。
「なぁ、何でそんなボロを着てんだよ?他にもいくらだってあるだろ?」
「え?いいじゃん。オレが気に入ってるんだからさ。」
・・・ふーん。変なヤツ。
それから二人で今日、学校であったことなど他愛も無い事を話す。
もしかして、快斗の方から誕生日の話題を振られるかもしれないと思ったけれど結局そんなこともなく。
まぁ、コイツが自分の誕生日を忘れてるはずなんてないだろうけど。
何も催促してこないのは、もしかして奴なりにも期待してるってことなんだろーな。
なんだかひどくプレッシャーを感じた。
ふぅ〜・・・と溜息を漏らしたオレを見て、快斗が微笑む。
「気分転換でもする?」
そう言って、カップを持っていないほうのオレの手を自分の口元へ持っていった。
掌に触れたのは、先程とは違った暖かい唇の感触。
そして快斗の息づかい。
瞬間、オレは心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響くのを感じ、
慌てて手を快斗から引き抜いた。
な、なんで、こんなことでオレがドキドキしなきゃならないんだ!!
「シャワー、浴びてくる!!」
オレは急いで立ち上がると、快斗の顔を見ないままリビングを飛び出した。
バスルームへ駆け込むと、鏡に真っ赤になった自分の顔が映る。
なんて顔してんだ、オレ・・・。
そのとき脳裏を過ったのは、先程、灰原が言った言葉。
『あなたが自分自身にリボンでも付けて、彼の胸に飛び込んでみせたら、きっと彼、仰天して、そのあと泣いて喜ぶと思うけど。』
そ、そんなマネ、死んでもするもんか!!
くっそ〜!!
こんなに動揺してしまったのは、灰原の余計な言葉のせいだ。
まったく・・・!
オレは頭を冷やすため、思いっきりシャワーのコックをひねったのだった。