半分ほど開けた窓から、流れ込んでくる夜風が冷たくて気持ちいい。
ことに今夜は先程まで雨が降っていたこともあって、空気がひんやりとし、いっそう
秋の訪れを感じさせる。
そんな中、高木刑事の運転する車の後部座席で、オレは事件解決後の
心地良い疲労感に身を任せていた。
「いやぁ、新学期早々、事件なんかに呼び出しちゃって悪かったね、工藤君。」
バックミラー越しにオレを見る、高木刑事のその相変わらずな人の良さそうな笑顔に、
オレも小さく笑って返した。
「夏休み明けってさ、確か、よくテストとかってなかったっけ。
なんか思い出すなぁ。学生の頃・・・。僕なんていつもあせったもんだよ。」
懐かしそうにそう話し掛けられて、オレはすっかり記憶の中から抹殺されていた
実力テストのことをふと思い出した。
げ!そういやそんなもん、あったな・・・。いつだったっけ?
「まぁ、工藤君くらい優秀なら関係ないか。」
確かにテスト勉強をする気など更々なかったが、気をつけていないと、テスト当日を
事件で休みかねない。
元来出席率のよろしくないオレは、テストまでさぼったりしたら、留年の可能性だって
否定はできないのだ。
嫌味のない高木刑事のその言葉に、オレは違う意味で苦笑した。
「・・・ところで、腕の傷はもう大丈夫かい?」
ふいに変った話題に、オレは顔を上げる。
「・・・え?ああ、こないだの針の・・・。大丈夫ですよ、大した事ありませんでしたから。」
「そうは言ってもさ。もう少しで危なかったわけでしょ?
それにしてもすごいよなぁ。自分で腕を切り開いて、針を抜いちゃうなんて!!
適切な応急処置とはいえ、僕だったら絶対出来ないと思うよ・・・。」
高木刑事のその感嘆の声に、オレは乾いた笑いで応えた。
・・・いや、あれは・・・。本当はキッドがやったんだけど。
窓の外の流れる夜の街に目をやりながら、オレは腕に残った傷にそっと手をあてた。
直後、車載の無線機がガーガーという音と共に鳴り出す。
《110番入電。新宿中央署管内。男性が道端で発砲した模様・・・・・・・》
オレはもたれていたシートから身を乗り出し、無線に集中した。
《場所、新宿歌舞伎町6丁目27の6、新宿コマ劇場そばの路上。》
「コマ劇場のそばって・・・。あんな人通りの多いところじゃ・・・。」
高木刑事が思わず声を上げた。
繁華街の中心にあるコマ劇場の周りは、普段から多くの人で賑わっている。
あんなところで発砲事件だなんて。
「歌舞伎町なら、ここから目と鼻の先ですよね。」
オレがそう言うと、高木刑事は頷き、無線のマイクに手を伸ばした。
『警視898から、警視庁。ただいまの発砲事件、現場付近におりますので
ただちに急行します。』
《警視庁、了解。警視898、現場へ。》
「工藤君、悪い。送れなくなっちゃったけど・・・。」
「いえ。それよりこのまま、ご一緒させてもらえませんか?」
申し訳なさそうに振り返る高木刑事に、オレはにっこりと笑顔で申し出た。
時刻は午後8時を少し回った頃。
オレを乗せた車は、ネオン輝く夜の繁華街へと向かって行ったのだった。
■ ■ ■ ■ ■
現場に到着すると、辺りは騒然としていた。
高木刑事の後をついて、野次馬を掻き分けながら進んで行くと、既に到着している
所轄の警官達の輪にたどり着く。
「ご苦労様です。」
言いながら振り返った若い警官に、高木刑事が現状を訊ねる。
「・・・じゃあ、その茶髪の若い男がいきなり発砲したというわけですか。」
「はい。幸い人には当たらずに、そこのビルの壁に3発ほど。
撃った直後に男は拳銃を捨てて逃走し、今、目撃証言をもとにその男の行方を
追っています。」
オレはその話を聞きながら、小さな穴が3つほど空いてしまった雑居ビルの壁を見た。
・・・特に何かを狙ったわけでもなさそうだな。
「弾も薬莢もすでに回収済みです。あ、で、拳銃はこれです。」
そう言って、警官はビニール袋に入れられた小さな黒い銃をオレ達に見せた。
「・・・コルト・ポケットですね。ブーツや車のダッシュボードに隠して置いたりする
護身用で殺傷能力の低い銃だ。」
そう口にすると、高木刑事を含め、周りの警官達の目がいっせいにオレを向く。
「・・・あ、相変わらずよく知ってるね、工藤君。」
感心したようにこっちを見る高木刑事にオレは苦笑いで返すと、
捜査官の1人が続けた。
「・・・彼の言うとおり、この銃では殺傷能力は低いですね。
コンパクトにできてて、銃身が短い分、ちょっと離れちゃうと滅多に当たらないですよ。
しかもこれじゃあ、普通の大人なら2、3発打ち込んで、よっぽど当たり所が悪くなきゃ
死にませんね。」
彼の言葉にオレ達は頷いた。
そこへ別の警官から発砲した男を逮捕したという情報が入る。
どうやら男は薬物を使用しており、とても話せる精神状態ではないらしい。
「・・・あ、じゃあ、僕、このまま署に戻って、警部に報告しなきゃいけないから・・。
えっと、工藤君はどうする?誰か手の空いてる人に送らせようか?」
「いえ。まだ電車がありますから。」
オレは笑顔でそう告げると、現場を後にした。
■ ■ ■ ■ ■
数日後、警視庁。
先日借りた、とある事件の資料を返しに立ち寄ったところ、オレはちょうど目の前を
歩いてきた高木刑事に声をかけられた。
「工藤君!!こないだはごめんね。ちゃんと家まで送ってあげられなくて。」
「そんなこと・・・。事件だったんだし、気にしないで下さい。」
オレがそう言ってるのに、それでも高木刑事は、代わりにコーヒーをおごらせてくれと
言って、オレをリフレッシュ・ルームへ誘った。
「・・・で、こないだの発砲事件、どうなりました?」
ユニマットのコーヒーを口に運びながら、そう聞くと、高木刑事は、ああ、と頷いた。
「薬物中毒の男が、ちょっと気晴らしに撃ってみただけだって。
まいっちゃうよね。最近は薬物と同じくらい、銃の入手も簡単らしくてさ。
トカレフなんかもそうだけど、こないだのコルト・ポケットの類も小さいし、手軽で
どうやら売人が、若い連中相手に売ってるらしいんだ。」
・・・へぇ。確かに近頃は新宿や渋谷なんかでも簡単にクスリは手に入ると言うけど。
オレは高木刑事の話を興味深げに頷いた。
「こないだの犯人もさ、クスリだけじゃ刺激が足りなくなって、銃まで手を出したらしい
んだけど。驚いちゃうのはさ、その値段なんだよ。5万もしないで買えちゃうんだ。」
「いつだったか、中国製のトカレフなんて2万だったっていう話もありましたもんね。」
「そうそう。ほんとに近頃は護身用にサバイバル・ナイフを持つ高校生もいるっていうけど
普通の人が拳銃を持ってても不思議じゃない世の中になったんだよね。」
「いよいよ日本も銃社会になってきたってことですか。アメリカ並に。」
オレの言葉に高木刑事は重苦しそうに溜息をつく。
「・・・特にね、その若者をターゲットにしている悪質な密売組織を摘発しようと
今、警視庁で全力をあげて捜査してるんだけどさ、なかなかどうして・・・。
進展が望めなくてねぇ〜・・・。
おかげで、目暮警部は機嫌が悪いし・・・。」
「・・・おとり捜査とか・・・ですか?」
「そう。けど、奴らなんだか知らないけど、おとりだと見分けるのがうまいんだよ。
やっぱ、子供相手にしか売らないってのもネックなんだよなぁ。」
・・・子供。
つまり、高校生や中学生みたいなガキしか相手にしないわけだ。なるほどね。
面白いじゃねーか。
オレは飲み終わった紙コップを、ゴミ箱に投げ入れると笑顔で高木刑事を振り返った。
「そのおとり役、僕が引き受けましょうか?」
■ ■ ■ ■ ■
「バッカも〜ん!!」
目暮警部の怒鳴り声がフロア中に響き渡る。
「何を考えとるんだ、君は!!工藤君をおとりになんてできるわけがないだろう?!」
「す、すみません!!警部!!でも、あの工藤君がどうしてもって・・・」
そう言いながら振り返った高木刑事は、(ほら!だからダメって言ったのに!)と
唇を尖らせてうらめしそうに、オレを見た。
・・・はは。
雷を落とされてる高木刑事に申し訳なく思いながら、オレ自身もなんとか警部に
直訴しようと試みた。
「あの、目暮警部、これは僕が考えた事で・・・」
「いか〜ん!!工藤君、これは暴力団か海外のマフィア組織が絡んでるかもしれない
凶悪な事件なんだ!!いくら君でも今回は関わらせるわけにはいかん!!」
「その通り!!」
と、突然後方から、威厳のある低い声が響き、みんな一様に声の主に注目した。
現れたのは数人の部下を従えた、ダーク・グレーの渋めのスーツに身を包んだ男性。
その鋭い眼光を持った人物に、オレは憶えがあった。
・・・この人は、確か・・・。
「小田切警視長!!」
デスクに座っていた警部や、他の刑事達がその名を呼んで一斉に立ち上がった。
みんなの視線を浴びる中、小田切警視長はゆっくりとオレの方へと歩みを進めた。
まっすぐにオレを見つめながら。
その目の相手を威圧する以外何物でもない光は、さすがとしか言い様がなかった。
やがて、オレの傍までやってくると、彼は僅かに眉を動かした。
「工藤 新一君と言ったね。一課の連中が毎度君にお世話になっているようだが。」
そう言って、ちらりと目暮警部達の方に目をやる。
それから再び視線をオレへと戻し、続けた。
「君の探偵としての能力は実にすばらしい。君のおかげでいくつもの難事件が
解決できたことも私は知っている。
が、しかしだ。
君は所詮民間人で、しかもまだ高校生であることを忘れてもらっては困る。
ここから先は、我々警察の仕事だ。」
オレはその言葉に、ただ彼の目を真っ直ぐに見据えるしかなかった。
「・・・わかったかね?今日はもう帰りたまえ。」
今ここで、これ以上の抵抗をしても無駄だな・・・。
オレはそう悟ると、大人しく引き下がる事に決めた。
「・・・わかりました。失礼します。」
言いながら、軽く頭を下げると、その場から遠ざかった。
「・・・で、目暮君、例の件だが・・・。」
小田切警視長の言葉に、目暮警部が慌てて何かペーパーを渡して説明をし出す。
オレは廊下の窓からその様子を横目に見ると、足早にエレベーターの方へ向かった。
そうして。
警視庁の入り口の門まで来て、オレはちらりと後を振り返る。
舌を出し、悪戯っぽい笑みを浮かべながら。
■ To Be Continued ■
NEXT
恵様からのリクノベル!!
頂いていたリクは以下の通り!
○事件モノで事件解決の為には手段を選ばない新一
○無茶をする新一をフォローするKID。というか無茶を見かねて(笑)
○そんな二人を垣間見るが、黙って見守る(見逃す?)某警察関係者
・・・何というか文字にすると凄いリクエスト(^^;)
特に最後のリクに自分の趣味が表れてます(苦笑)
某警察関係者は、個人的には映画「瞳の中の暗殺者」に登場の小田切警視長。
ラストシーンで惚れましたv原作にも登場してくれないかと密かに思っているのです
(&同じくリクノベルの中から、「銀のNeedle」の後日談!!)
・・・ということだったのですが、まだキッドが登場していない・・・。
シーン。ごめんなさいね、恵様。
次回までお待ちを!!
今回、事件はちょっとリアリティのあるものにしてみました。
で、私にしてはめずらしく、「拳銃」についてちゃんと調べてみたり・・・。(苦笑)
今回のミソはなんといっても小田切警視長の登場でしょう!!
いやぁ、面白いリクエストですわ!さすが、恵様!!
・・・と書きつつも、今回もまたリクを外したか・・・。
ごめんなさいね。こんなものしか書けなくて・・!!(苦笑)
ま〜た、自分の趣味に走っちゃった・・・。