翌朝から、捜査員達はいくつかのチームに分かれて、本格的な捜査活動に入ることとなった。
オレが本庁へ着いたのは、ちょうど入れ違いにいくつかのチームが捜査に出て行く頃。
足早に去っていく捜査員達を会釈で見送ると、オレは捜査本部の置かれている会議室へ向かう。
とりあえず、目暮警部のところに行って、今までわかっている情報を整理しとかねーと。
と、いきなり、背後から聞き覚えのある声がした。
「あら。おはよう、工藤君。」
佐藤刑事だ。
「・・・おはようございます、佐藤刑事。これから捜査ですか?」
振り返りざま、オレもにっこり挨拶する。
オレの問いに佐藤刑事も同じ様ににっこり笑い、今から被害者の関係者をあたるのだと言いながら、手にしているペーパーをオレに翳した。
それは、被害者の関係者一覧が載ったリストだった。
見たところ、佐藤刑事が担当するのは被害者のモデル仲間や友人など、被害者とわりと親しい関係にあった人のようだった。
興味深げにオレがリストを覗き込んでいると、佐藤刑事がオレにこっそり耳打ちする。
「良かったら、工藤君も私と一緒に捜査しない?」
え?
「だって工藤君の鋭い指摘って、いつも犯人逮捕の重要な手がかりになるでしょ?一日も早い事件解決に向けて・・・。ね?協力してくれない?」
彼女はそう言って、ウインクした。
たぶん、高木刑事ならこれでイチコロなのだろうが。
と、思ってると、その当人のご登場だ。
「佐藤さん! お待たせしました。関係者の自宅周辺の地図、入手してきました。」
バタバタと高木刑事が走ってくる。
「あ、工藤君、おはよう。目暮警部に用かい?警部なら、これから中森警部らとデミアスの東京支社へ行くって言ってたけど・・・あっ!」
まだ話し途中の高木刑事の手から、佐藤刑事がさっと地図を奪う。
「ありがと。助かったわ、高木君。」
「あ、いえ・・・。あ、えぇっと、佐藤さん、僕らもそろそろ捜査に行かないと・・・。じゃ、じゃあ工藤君、僕らはこれで。」
佐藤刑事に微笑まれて、幾分、顔の赤い高木刑事が焦り気味にそう言うが。
間髪入れずに佐藤刑事が口を開く。
「ああ、高木君。私、今日は工藤君と二人で回るから。高木君は千葉君達と一緒に、被害者の親族関係の方をあたってくれる?」
言いながら、佐藤刑事がオレの肩に手を置いた。
「えぇっっ?!」
佐藤刑事のその言動と行動に、高木刑事が慌てる。
・・・ま、そりゃそーだろうな。
っていうか、この手、どけた方が良くねーか?
「で、でもっ、捜査チームの編成では、僕と佐藤さんが一緒のはずで・・・。そ、それにそんな勝手な事して、警部にバレたら・・・。」
今にも泣き出しそうな高木刑事を前に、佐藤刑事はにっこりする。
「大丈夫♪ 目暮警部には私から上手く言っておくから。じゃあ工藤君、悪いけど、一日つきあってくれる?」
肩に置かれた手が、ぽんとオレを叩く。
オレは、横に立つ佐藤刑事の顔を見つめた。
目が合って、彼女はなお一層、笑みを濃くする。
そんな彼女に、オレは僅かに眉を寄せるが。
次には、ニヤリと笑って見せた。
「いいですよ?では、行きましょうか。佐藤刑事。」
オレのその言葉を合図に、佐藤刑事が高木刑事に背を向けてスタスタと歩き出す。
細いハイヒールの軽快な音が響いた。
・・・高木刑事には申し訳ないけど。
オレは苦笑いの顔で、軽く彼に頭を下げると、佐藤刑事の後を追った。
背中に、恨めしそうな顔をした高木刑事を残して。
佐藤刑事は、オレを愛車の赤のアンフィニの助手席に座らせると、滑るように車を発進させた。
運転している彼女の横で、オレはさっきの関係者一覧のリストをじっくり見させてもらっていた。
と、信号に引っかかったようで、ゆっくりと車が停止する。
実に滑らかなブレーキ操作だ。
見ると、ハンドルを握る佐藤刑事の細い指先は、軽くリズムなんか奏でている。
どうやらかなりご機嫌らしい。
まるで、鼻歌でも歌いだしそうな感じだ。
オレの視線に気づいたのか、佐藤刑事は前を見たまま、口を開いた。
「さてどうしようか?工藤君。まずはここから一番近い被害者のモデル仲間の事務所に行ってみる?」
「ええ、それで構いませんよ。」
目の前の横断歩道では、多くの歩行者が行き交っていた。
それを目に映したまま、佐藤刑事は続けた。
「でも、一緒に捜査できてうれしいわ。工藤君となら、事件のスピード解決も夢じゃないわね。」
耳にかかる短い髪を揺らして、彼女は微笑む。
そんな彼女に、オレの方も笑って返した。
「こちらこそ。ご一緒できて光栄ですよ、佐藤刑事・・・いや、佐藤刑事の顔をしたコソドロさん?」
ニヤリと笑ったオレに、佐藤刑事の顔をしたその人物は、まるで動揺の気配はない。
「何のこと?」
案の定、とぼけてきやがった。
オレは手にしていた資料を膝の上に置くと、シートにどかっともたれ、腕組みする。
「佐藤刑事の格好で警察に入り浸るなんざ、いい度胸してるじゃねーか。・・・ったく、オレの前をちょろちょろしやがって。バレないとでも思ったのか?」
だとしたら、オレも相当ナメられたもんだ。
じろりとオレが睨みつけてやると、ヤツはあっさりと化けの皮を剥いで見せる。
顔だけ佐藤刑事のソイツは、いつもの不敵な笑みをした。
そう。あの怪盗独特の。
どうやら、オレの目を誤魔化すつもりは、最初からなかったらしい。
「いやいや、さすがは名探偵。」
佐藤刑事の口調もさっさと投げ捨てた。
信号が青に変わる。
車は再び走り始めた。
「本物の佐藤刑事は一昨日から、家族で温泉旅行中だそうだ。いい気なもんだよな。」
ぬけぬけとキッドが言う。
「何言ってやがる。お前こそ、のんきにいつまでも佐藤刑事の姿でいられると思うなよ?佐藤刑事の休みは今日までなんだぜ?」
「大丈夫。今日一日で犯人の目星くらいはつけるつもりなんでね。そのために名探偵と一緒に捜査するんだし?」
・・・てめーなぁ。
ほんとにコイツの大胆不敵さ加減には呆れる。
・・・・・・けど。
正体をさらした後も、すました顔で運転を続けるキッドをオレは見据えた。
「・・・ったく、ナメやがって。今すぐ中森警部を呼んでやっても、オレはちっとも構わないんだが?」
言いながら、麻酔銃を構えてやる。
それでも、キッドは口元に笑いを貼り付けたまま。
「まぁ、そう野暮なこと言うなよ。凶悪な殺人犯逮捕に協力したいっていう、この善良な心はウソじゃないぜ?」
「ぬかせ。お前が用があるのは殺人犯じゃねぇ。殺人犯が奪った『ミレニアム・スター』だろうが。」
それに、犯罪者のくせに『善良』とか言うな。
ばーろー。
・・・まぁ、コイツの言い分はともかく。
今は、確かに事件解決の方が優先だ。
それにキッドが傍にいるなら、それはそれで都合がいい。
あとでコイツを探す手間が省けるからな。
オレは舌打ち一つ、麻酔銃をカタした。
前を見ていたキッドの目線が、僅かにこちらに流れる。
「あれ?オレを逮捕するの、諦めてくれたとか?」
「まさか。真犯人を見つけ出した後、お前が『ミレニアム・スター』を奪おうとしたその時、現行犯で捕まえてやるさ。」
どうにもこの生意気な怪盗に、オレはそう言ってやったのだった。
そんなわけで。
不本意ではあるが、キッドとの合同捜査開始である。
まず、オレ達が訪れたのは、被害者と同じモデル事務所に所属する人物だ。
資料によると、被害者の藤代 美咲さんとは同期のモデルということらしいが。
事務所の応接室で待っていると、さすがモデルというだけあって、スラリとスタイルのいい女性がオレ達の前に現れた。
すると、佐藤刑事の顔をしたキッドがスッとソファから立ち上がって名刺を差し出す。
「葛岡 かおり(くずおか かおり)さんですね?警視庁捜査一課の佐藤です。こちらは、高校生探偵の工藤 新一君。今回の事件に関して、捜査協力をしてもらっています。」
・・・手馴れたもんだな。
いかにも、らしいその挨拶に苦笑しつつ、オレも葛岡さんに向かって、小さく頭を下げて挨拶した。
切れ長な目が印象的な美人だ。
「今日もこれから撮影なの。悪いけど、手短にしてもらえる?」
やや不機嫌そうにそう言った彼女に、キッドはニコリとして、さっさと本題に入る。
「お時間をいただいてしまってすみません。では、早速ですが。藤代 美咲さんとのご関係を少し詳しく教えていただけませんか?」
落ち着かないのか、葛岡さんはタバコに火をつけると、事件の事は今朝、事務所の関係者から聞いて、初めて知ったと言った。
「確かに美咲とは同期だけど。実を言うと、そんなに親しくはなかったの。だから、彼女のプライベートなことまでは全然わからないわ。」
「そうですか。では、今回、彼女が帰国されたこともご存知なかったのですか?」
キッドのその問いに関して、彼女はいいえと首を横に振った。
「デミアスのイベントで美咲が帰国することは、聞いてたわよ。一週間くらい前に彼女自身から連絡をもらったから。イベントですっごいダイヤをつけるって自慢してたけど、まさかそれが『ミレニアム・スター』だったとはね。今日、初めて知って、ビックリよ。」
葛岡さんの話では、本当にトップシークレットだったのは、イベントで公開される宝石の事だけだったらしい。
もちろん、藤代さんらの来日もあまり公にしてはいなかったようだが、それでも藤代さんのように知人に漏らしている時点で、既に機密性はない。
ということは、だ。
極秘来日だったのは、『ミレニアム・スター』だけということになる。
「貴方以外に、藤代さんの帰国を知っていた人は?」
「そんなのたくさんいるわよ。だって、昨夜、美咲の帰国パーティをやるつもりだったんだから。」
「「帰国パーティ?」」
オレとキッドの声が重なった。
別にそう大袈裟なものじゃなく、単なる内輪での食事会だけど・・・と前置きして、彼女は言った。
「大体、一週間前の美咲の電話だって、自分が帰国するからパーティをしろって言う内容のものだったのよ?死んじゃった人を悪く言うつもりはないけど、ちょっと海外で活躍してるからって、いい気になってるところがあったのよね。」
なるほど。
華やかな場で活躍する人達の人間関係は、それなりに複雑なのはしかたがない。
「じゃあ、昨夜、行われるはずだったそのパーティの出席者は、みんな藤代さんが帰国することを知っていたわけですね。」
オレがそう確認すると、彼女は頷いて、オレ達の後ろにある本棚を指差した。
そこには、小洒落たレストランの個室らしいところで食事をしている人達の写真があった。
写真は、今年の1月に開いた新年会とのこと。
葛岡さんと亡くなった藤代さんの他、六名の人達がテーブルを囲んでいる。
「パーティの参加者は大体、こんな顔ぶれよ。こっちの四人がモデルで、あとの二人がスタッフ。まぁ、ここにお偉方が加わることもあるけど、ほとんどないわね。」
キッドが左から順に写真に写っている人物の名を聞いていく。
そのうちモデルだという四人は、被害者の関係者一覧にもリストアップされていた人達である事がわかった。
「あとは、こっちの男の子がヘアメイクの木下 誠(きのした まこと)君。で、こっちが・・・。」
綺麗にネイルの塗られた指が、写真に写る人物を指す。
最後に彼女が指し示した人物に、オレは僅かに目を見開いた。
・・・・・あれ?
この写真の一番右端の女の人、どこかで見たことあるような・・・。
「彼女は、狩野(かの)さん。ええっと・・・。ごめんなさい。下の名前まで知らないわ。」
名前を聞いてもピンとこない。
絶対、どこかで会っている気がするのに。
「どうかした?工藤君。」
キッドがオレの顔を覗きこんでいる。
頭に湧いた疑問符を、オレはとりあえず伏せておくことにして、何でもないと首を振った。
「狩野さんもスタッフの方なんですよね?何をされているんですか?」
キッドが訊ねると、葛岡さんは小さく鼻で笑う。
「スタッフっていうか・・・。まぁ一応、衣装担当なんだけど、実際は付き人みたいなものね。面倒くさい事はみんな彼女にお願いっていうか。」
葛岡さんから聞けた興味深い話は、藤代さんの帰国パーティについてのことだけで、その他は特に何もなかった。
「では最後に。昨日、午前十時から午後三時まで、何をしていらっしゃいました?」
アリバイの確認だ。
佐藤刑事の顔のキッドがそう言うと、彼女は憤慨した。
「それって、もしかして私を疑ってるってこと?」
しかし、キッドはニッコリ笑って「規則ですから。」と強気で言い放つ。
「昨日も朝の八時から、ずっと仕事よ!嘘だと思うなら、事務所に確認してみればいいでしょ?」
ヒステリックにそう叫んだ彼女は、そのまま怒って部屋を出て行ってしまった。
部屋に取り残されたオレ達は顔を見合わせる。
「・・・事情聴取って、いっつもこんな感じなわけ?」
キッドがそう苦笑いした。
・・・いや、まぁ確かに。こういうことも少なくはない・・・かな。
オレは何も言わず、ソファから立ち上がった。
とりあえず、一人目が終了というわけだが。
もうこの事務所内で、話を聞ける人はいない。
他のモデル達は、仕事で撮影に行ってしまっているからだ。
あとは、さっき見せてもらった写真の中の二人のスタッフだが、ヘアメイクの木下さんも別のモデルさんと一緒に撮影現場に行ってしまっているとのことだった。
「狩野さんは、今日はお休みだって。自宅に押しかけてもいいけど、ちょっとここから遠いわね。」
事務所に狩野さんの事を聞いてきたキッドは、そうオレに言った。
確かに都内にある事務所、さらにその周辺に散らばる撮影スタジオに比べて、狩野さんの自宅住所は千葉だ。
もちろん彼女にも話を聞きたいところだが、先に他をあたった方が効率的には違いない。
「ちなみに、彼女のフルネームは「狩野 陽子」(かの ようこ)だそうよ。」
「・・・狩野 陽子・・・。」
だが、その名前にも記憶がない。
オレの思い違いか?
・・・いや、でも。
事務所脇に停めた車のところまで戻ってくる。
ドアにキーを差し込んで、キッドがオレを見た。
「さて、次はどうする?先にスタジオで撮影してるモデルからあたって行くのでいいのかしら?」
「あ、ああ。それでいい。」
考えに耽っていたせいか、返事がやや遅れた。
それを見たキッドは小首を傾げると、次には笑ってこう言った。
「ねぇ、私、小腹が空いちゃった。工藤君もコーヒーでも飲んで、リフレッシュした方がいいんじゃない?その辺で何か買ってくるから、車の中で待ってて。」
言うなり、キッドは道の向こうにある商店街の方へ消えていく。
オレは言葉も無しに、佐藤刑事の姿をしたヤツの後姿を見送った。
・・・ま、いいけど。
オレは小さく溜息をついて、車の助手席に乗り込んだ。
落ち着いて、もう一度、狩野さんの事を考えてみる。
千葉在住で、モデルの衣装関係の仕事をしている人。
それについては、何の記憶もない。
ただ、覚えがある気がするのは彼女の顔だけ。
どこで、会ったんだろう?
もしかして、過去、オレが関わった事件の関係者だろうか?
と、駐車しているオレの車の脇を一人の女性が通り過ぎていく。
偶然にも、それは狩野さんだった。
肩までかかる茶髪が風に靡いて、写真では髪に隠れがちだった顔まではっきり見えた。
・・・あっ!!
瞬間、オレの頭に当時の記憶が鮮明によみがえった。
オレは間違いなく以前、彼女に会っている。
そう。
確かあれは、一年程前、オレが解決した事件だった。
事件は、都内のあるマンションの一室で起きた。
殺人だった。
被害者は、そのマンションの住人である男性。
そして犯人は、被害者の隣の部屋の住人だった。
上手くアリバイ工作をしたつもりだったが、トリックを暴いてしまえば何のことはない。
あっという間に犯人は確定した。
ただ、犯人の動機は、自分の両親の仇だと言っていた。
十数年ほど前、被害者の男性に職場でひどい仕打ちを受けた犯人の親は、それを苦に自宅で焼身自殺。
一家心中を謀ったが、当時まだ幼い子供だった兄妹は一命を取りとめていた。
その兄妹の兄の方が、復讐のために行なった犯行。
犯人の名は確か、三浦 晶彦(みうら あきひこ)。
彼は被害者の隣に部屋を借り、ずっと復讐の機会を狙っていたというまさに計画的な殺人だった。
彼の妹もそこに同居はしていたが、計画については一切関わっておらず、彼一人の犯行ということで事件は解決した。
妹の名前は、陽子(ようこ)。
彼女は、短大の被服科に通う学生だった。
・・・なるほど。
髪型や化粧でずいぶんと印象が違うし、姓も違ったからピンと来なかったが。
間違いない。 彼女だ。
オレは、素早く助手席から降りると、通り過ぎようとしていた彼女の背中に声をかけた。
「三浦さん。三浦 陽子さんですよね?」
突然かけられた声に、弾かれたように彼女は振り向く。
と、同時にオレを見て、その瞳を見開いた。
やっぱりだ。
「お久しぶりです。工藤新一です。こんなところでまたお会いするなんて、奇遇ですね。」
オレは、そう言って薄く笑った。
To be continued |