イージスのコックピットに座ったアスランは、何とか味方の電波を傍受できないものかと計器を弄くっていた。
「・・・・どのチャンネルも拾わないな・・・・。」
電波状態は相変わらずひどく、無線は使えない。
海に放った救難信号が、この状態でどれほどの効果があろうか。
どんよりとしたアスランの心を表すかのように、先程まで広がっていた青空に暗雲が立ち込め始めていた。
「・・・スコールか。」
今にも雨が降り出しそうな空を見上げて、アスランはそう小さく呟いた。
一方、手足の自由が奪われたまま一人砂浜に取り残されたキラは、何とか這い蹲りながらもアスランのいるイージスの傍に近づこうとしていた。
急な斜面を登っている最中、ふと光った稲妻に驚いた拍子にバランスを崩すと、キラの体はあっけなく転がり落ちる。
そのまま、派手な水音を立てて、波打ち際の海水が溜まった小さな窪みにはまった。
空を見上げるような格好で落ち着いたキラの頬を、やがて激しい雷雨が打ち付ける。
しばらく呆然と雨に打たれていたキラの体を、不意に打ち寄せる波が襲った。
キラの顔が一瞬、海水に沈む。
波が引くまで呼吸を奪われたキラは、海上へ顔を出すと同時に小さくむせた。
そして、起き上がろうとして、それが叶わないことに気づく。
どうやら、手首を縛ったロープが岩場に挟まってしまったらしい。
力任せに引いてみるが、どうにも動けなかった。
「・・・あれっ?! くそ・・・っ!」
打ち寄せる波にキラが半分溺れかけていると、地響きとともにそれまで激しくキラを打ち付けていた雨が止んだ。
見上げると、シールドを掲げたイージスの腕がキラの頭上に伸び、屋根の代わりを果たしていた。
程なくして、キラの耳元にアスランの足音が響いた。
「何をやっている?」
やや呆れたような声をかけられたキラは、むっとした視線を返す。
「・・・う、動けないんだから、仕方ないだろ?」
「まったく・・・。」
言いながら、アスランはキラがはまっている窪みに一歩、足を踏み入れると、その肩に両手をかけて、キラの体を起こしてやった。
「大丈夫か?」
海水と雨でびしょ濡れになったキラの顔を覗いてやると、その首もとから小さなカニが現れる。
カニはちょこちょこと歩いて、キラの肩にかけたままだったアスランの腕まで渡ると、やがてポチャンと海に落ちた。
その様子をじっと見詰めていたアスランとキラは、互いに顔を見合わせると、同時にプッと吹き出した。
そのまま二人の少年の笑い声が、波打ち際に響く。
「こんなこと、プラントじゃ、まず味わえない体験だ。 カニなんて、初めて見たよ。」
笑いをこらえながらそう言うアスランに、キラも笑って頷く。
「僕もだ。」
目の前で楽しげに微笑んでくれている親友。
昔と何一つ変わらない、そのアスランの笑顔につられて声を立てて笑いながらも、キラの胸は徐々に締め付けられていく。
不意にキラの胸を熱いものがこみ上げてきた。
「あははは・・・・っ・・・。」
笑いに細めていた目じりに、何か熱いものが溜まっているのをキラは感じた。
それが自分の涙だとわかった時、キラはとっさに俯いて見せる。
「・・・キラ?」
笑っていたはずのキラの瞳から、突然、零れ落ちたその涙にアスランは驚く。
「キラ、どうした?」
「・・・ごめ・・・っ・・ん。君と・・・またこんな風に笑い合えるなんて、うれしくて・・・。」
「・・・・キラ・・・・。」
ポタポタとキラの涙が、海に落ちる。
それを見て、アスランの瞳も悲しげに揺れた。
「・・・地球に降りてからも、いろいろあって・・・。こんな風に笑う事ができたのは、僕・・・、ずいぶん久しぶりな・・・気がする。」
「・・・キラ。」
親友と敵対しなければならない状況に苦しんできたのは、アスランとて同じだ。
だが、アスランの知らないところで、キラはもっと苦しんでいたのかもしれない。
軍人でもないのに、地球軍のMSに乗ることになったキラ。
ナチュラルの中で、ただ一人コーディネイターとして戦う事になった彼の苦悩は想像を絶するものだろう。
アスランはそう感じた。
「・・・アスラン、君と僕の立場がどうでも・・・、今日、ここで君に会えて良かった・・・。」
涙で濡れた顔を上げて、キラが微笑む。
その細い肩を抱き寄せて、アスランも言った。
「・・・オレも。 お前が無事で良かった・・・。」
そのまま、キラが泣き止むまで、アスランはその肩をそっと抱いてやっていたのだった。
+++ +++ +++
それから ―――。
武器の無いキラが暴れたところで大した事はないと、そう言い放ったアスランは、キラを拘束していたロープをナイフで切り落とし、解放してやった。
アスランのその言い草には、多少の不平不満があるものの、それが彼なりの優しさであることはキラにも充分わかっていた。
やがて日が暮れると、アスランは崖下の小さな洞窟にキラをつれ、そこで暖を取った。
「電波状況が悪い。今夜は、ここで夜明かしになる可能性が高いぞ。」
アスランはそう言いながら、キラに非常食用のスナックと飲み物を差し出した。
キラは小さく礼を言って素直にそれを受け取ると、口に運んだ。
パチパチと音を立てて燃える焚き火を挟んで、アスランはキラのその正面に腰を下ろす。
キラが大人しく食事をするのを見、アスランも満足そうにカップに口をつけた。
「・・・アスラン、僕を縛っておかなくていいの? 隙を見て、僕は君の銃を奪うかもしれない。そうなったら、形成は逆転だ。」
両腕で膝を抱えるようにして座りながら、キラはそう呟く。
そんなキラの言葉を聞いて、アスランはきょとんとその目を丸くした。
そして次には、笑い出す。 まるで、楽しい冗談でも聞いたかのようにだ。
「・・・なっ、何がおかしいんだ、アスラン!!」
本当に面白そうにアスランに笑われて、真剣に言ったはずのキラは不本意そうに顔を赤くした。
「・・・いや。 懲りないヤツだと思ってね。」
笑いをこらえながらそう返すアスランに、キラは反対に面白くなさそうに口をへの字に結ぶ。
キラには悪いが、この接近戦での格闘に関して、アスランには絶対の自信があった。
だからこそ、生まれる余裕である。
キラとて、それがわからないはずもないのに。
それでも、プライドを傷つけてしまっただろうと、アスランは肩を小さく竦め、苦笑した。
「・・・・銃を奪おうとするなら、殺すしかなくなる。 だからよせよ?そんなことは
・・・・。」
焚き火の炎をその瞳に映しながら、アスランは穏やかに告げる。
優しいそのアスランの物言いに、キラはそれ以上、何も言う事ができなかった。
そのまま、二人はしばらく無言で、形を変えながら燃え続ける炎を見つめていた。
岩壁に背を預けながら、アスランは焚き火の炎を絶やさないように小枝を投げ入れる。
投げ入れたばかりの木片が、あっという間に火に包まれるのをその目に映しながら、アスランは思い出したように口を開いた。
「・・・ヘリオポリスで ―――。 お前と再会したときは、本当に驚いた
・・・。」
アスランのその言葉に、キラも僅かに顔を上げる。
「まさか、お前がオレ達の奪おうとしていた機体に乗り込む事になるとは、夢にも思わなかったよ。」
「・・・・・僕だって、別に乗りたくて乗ったわけじゃない。」
言いながら、キラはその眉を寄せた。
「だったら、なぜっ?! どうしてお前が、地球軍のパイロットなんてやってるんだっっ?!」
そう声を荒げたアスランに、負けじとキラも言い返す。
「好きで地球軍になったんじゃないっ! ザフトがヘリオポリスに攻めてきたからじゃないか!僕は、僕の友達を守るために仕方なかったんだ!!君こそ、どうして?! 何でザフトになんか・・・っっ!!」
沈黙した二人の間で、焚き火の炎がパチパチと音を立てて揺れる。
キラを見つめていたアスランの鋭い視線が僅かに逸らされ、炎へと移った。
「――― ヘリオポリスは・・・。
モルゲンレーテが開発した地球軍の新型MSを奪いさえすれば、それで良かったはずだった・・・・。」
「だけど、実際にはザフトはヘリオポリスを攻撃して、罪のない民間の人達が犠牲になったのは事実だ。」
「中立だと言っておきながら、オーブがヘリオポリスであんなMSを開発していたのも事実だ!」
アスランにそう言い切られて、キラは少し唇を噛む。
アスランは続けた。
「オレ達はプラントを守るために戦っている。あんなものを見逃すわけにはいかない。」
「・・・だからって、攻撃をしていい理由にはならないよ。」
「――― 先に核攻撃をしかけたのは、地球軍だ。」
確かにそうだった。
この戦争の発端は、そこにある。
それは、キラにもよくわかっていた。だからと言って、ザフトのする事を肯定することはできないが。
キラは自分の両膝を抱える腕に、力を込めた。
そんなキラにいったん目をやった後、アスランはその視線を洞窟の外の夜空へ移した。
そして、小さく呟いた。
「――― オレの母は
、ユニウス7にいた。」
それを聞いて、キラは息を呑む。
「・・・き、君のお母さんがっっ・・・・?! そんな・・・・っ!!」
ただの農業プラントが、地球軍によって受けた核攻撃。
それは『血のバレンタインデー』という名で、人類最大の悲劇として刻まれていた。
アスランはその拳を握り締め、唸るように低い声で言う。
そこにあるのは、愛しい人を失った怒りや憎しみ、そして悲しみだった。
「大勢の人が一瞬にして命を奪われたんだぞ?!子供も・・・。これで黙っていられるかっ?!」
搾り出すようなアスランの叫び。
痛いほど伝わる、その親友の悲しみに、キラの胸もまた痛んだ。
けれども。
「・・・・でも・・・・。だからって・・・。今度は君が
、大勢のナチュラルの人の命を奪うなんてっっ!!」
お互いの瞳に、炎の向こうにいる相手の顔が映る。
二人は、そのまま無言で睨み合った。
やがて沈黙を破ったのは、アスランの重い一言。
「・・・・・それが戦争だ。」
「アスラン・・・・っ!」
「・・・よそう。 今、ここでお前とそんな話をしてもしょうがない。」
言い募ろうとしたキラをそう遮ったアスランは、少し疲れたように体を横たえる。
キラはそんなアスランに、まだ幾分納得できないように1つ溜息を零すと、横になったアスランの前をゆっくり通り過ぎて、洞窟の外に出た。
満天の夜空を見上げる。
戦争は、そんな個人的な私怨だけで起こるものじゃない。
根底にあるのは、お互いの理想論や価値観の違いだったり、様々な要因が重なり合っていることはキラにもわかる。
それでも ――― 。
戦争は、悲しみしか生まないのだ。
「・・・・どうして、戦争なんかするんだ・・・・。」
キラのその小さな呟きは、夜風がさらって行った。
++ To Be
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