初めはオレ1人で行こうと思っていたら、その話をどっからともなく聞きつけた快斗が大慌てで付いてきた。
……そのときに「油断もスキもあったもんじゃねぇ!」とかなんとか言っていたけど。
…………一体なんのスキなんだ??
待ち合わせは新大阪駅中央出口。
なんか、服部と待ち合わせするときはいっつもここだな。
………あれ?
「服部まだ来てねーのかな?」
「いないねぇ……」
決して時間にルーズではない服部の姿が見えない。
まぁここはかなりヒトが多いから気付かないだけかも知んねーな。
もちょっとよく探すか。
pipi♪
あん?
「新一?メール?」
「そーみてーだな」
携帯を取り出して受信メール一覧を開く。
新着メールの差出人は予想に違わず服部だ。
タイトルは『すまん!』
………すまん、だと?
『すまん、急にめんどくさい事件にまきこまれて、大阪のとある場所まで来てるんや。
すぐに終わるから、この後、お詫びの印に、オレのおすすめのウマイ串カツおごったるわ!
JR大阪駅から環状線内回りに乗って「?」番目の駅についたら電話せェ。』
………なんだこれ??
「服部のやろ〜、ふざけてんのか?
これじゃどこの駅だかさっぱり判んねーじゃねーかよ」
pipi♪
「またメール?」
「………ああ」
だが、はっきり言ってこの時点で既にオレの機嫌は傾いていた。
快斗はそれが判ったのか、オレから携帯を奪うとメールを確認する。
今度のタイトルは『はっはっは。』
「………快斗。
オレ帰っていーか?」
「まぁまぁ。そう言わずに。
服部に串カツと言わず、懐石でも奢らせようよ?」
「……そーだな。
折角大阪まで来たんだしな………」
とりあえず、快斗の打開策に頷く。
だがしかし…………
『どや?ビビッたか?
普通に招待してもおもろないから、暇つぶしに「?」の数字を推理して来てみィ。
ヒントは「ビッグマン前広場に立って、iモードでホテルを検索。
その内『う』で始まり『か』で終わるホテルの横にある森へ行き、『水辺に立つ銀色の巨大な柱の数』を数えよ」や!』
「………やっぱオレ帰る」
踵を返し本気で新幹線のチケットを買いに行こうとするオレを、快斗が慌ててひき止める。
「ちょっと待ってってば!
ちゃんとホテルも予約してるんだよ?
服部の遊びに付き合う付き合わないはともかくとして、今日は大阪で泊ろ?ね?」
異様に低姿勢で宥めてくる。
…………てめぇ〜〜〜〜!!
卑怯だぞ!!
オレがお前のそのカオに弱いって判っててやってんだろ!!
………くっそー。
ムカツク。
…………でももっとムカツクのはそれに騙される自分だ。
「………わーったよ!
ついでに、服部のバカげた遊びにも付き合ってやるよ!!」
ここまできたらもうヤケだ!
新大阪から大阪駅に移動して、ビッグマンの前に行く。
………ここか。
服部が和葉ちゃんを4時間も待たせた場所は。
それにしてもすげーヒトだな。
酔いそう…………
「ったく。
服部ももちょっと場所を選んで欲しいよね。
こんなヒトが多い場所、新一苦手なのに!」
隣で快斗はブツブツ言いながらも服部の指示通り、携帯でホテルを検索しているようだ。
「えーと。
『う』で始まって『か』で終わるホテルだっけ?」
確かそう書いてあったな。
駅の近くのホテルなんだろうな?
徒歩5分以上の場所にあるホテルならブッコロス!
「あ!」
「あったか?」
「うん。多分コレだよ。
『ウエスティンホテル大阪』」
なるほど。
確かに服部の出した条件にぴったりだ。
で?
どこにあんだよ、ソレは?
視線で快斗を促すと、快斗はちょっと困惑顔になってしまった。
「快斗?」
「それがさぁ………
どーも駅からちょっと歩くみたいなんだよね」
なんだと?!
「え……と。
方向的にはこっちかな?」
快斗はオレの腕を取ると、ビッグマン前から動き出した。
「ちょっ!!
快斗!手放せってば!」
一応手首を掴まれてるんだけど、今のオレはちょっと大きめのコートを着ているため、はっきり言って袖口から手が半分くらいしか出てない状態だ。
ぱっと見、手を繋いでるように見えなくもない。
いくら知り合いがいないところだからって、ちょっと恥ずかしいぞ!
「ダーメ。
俺も新一もここら辺は土地勘ないんだから。
もちょっと人通りが少なくなって、はぐれる心配がなくなったら放してあげるよ♪」
だからって、はぐれても携帯があんだろーが!!
今の世の中、いくらでも連絡手段はあるはずだ!
しかしオレの心の叫びも空しく、気が付いたら人ごみから抜け出していた。
そこで漸く快斗は手を放す。
………いや、だから。
ヒトが少なくなってから放しても意味ねーだろーが。
………そーでもねーか。
ヒトが少ない方が目立つかも。
ってどっちにしてもヤなんだよ!!
「ほら、多分アレだよ」
「え?」
隣で快斗が指差す方向を眼で追う。
……………………アレ?
「………念のために訊くが、隣に変な形のビルが建ってるアレ?」
「そう。
隣の建物は空中庭園って言う展望台らしいけど?」
ふ〜ん……空中庭園ねぇ。
……って、そうじゃねぇ!
めちゃめちゃ遠いじゃねーかよ!!
「オレ、どっかでお茶してるからお前確かめてこいよ」
「なに言ってんの!
新一は服部が出した問題が解けなくてもいいの?」
う゛。
痛いとこ突いてきやがる。
確かに、それはムカツク。
はっきり言って、服部の言う『推理』なんてものとは程遠いものだとしても。
事件の推理以外で、あいつとの勝負に負けるなんて、プライドが許すかよ!
………そう。
結局のところ、オレの性格を見抜いてる快斗と服部に躍らされてることに気がついたのは、東都に帰ってからだったのだ…………
大阪駅からホテルに向かって歩く。
2人ともこの辺の地理には明るくないため、ホテルを見失わないように地上を通って。
「……なぁ。
まだ着かないのかよ?」
いい加減寒いし、疲れてきてるしで、かなり嫌気が差してきていた。
「もーちょっとだよ。
ほら。正面に見えるだろ?」
角を曲がったところで、空中庭園とホテルが見えてきた。
あーよかった。
これ以上歩くのは流石に勘弁して欲しいもんな。
「でもさぁ。
ホテルの横に森なんかねーじゃねーかよ?」
「……そーだねぇ………」
服部のヒントには確か『ホテルの横の森』ってあったと思うんだけど、森らしきものは見当たらない。
「ロビーとか………?」
言いながらホテルのロビーに入ってみる。
………と。
途端にロビー内にいた人たちが一斉にこっちを振り返った。
なんだなんだ?!
「………新一!
ホテルの中は関係なさそうだから出るよ」
足を踏み入れたオレを快斗はすぐに引き止めてきた。
そして、さらりと自然な動作でオレをホテルの外に出した。
………おい?
なんだよ、この手は??
「快斗…………」
快斗の右手はオレの腰に回っていて………
「ったく………
あんまり無防備にあちこち動き回らないの!
ホテルなんて、結婚式の参列者とかが沢山いて、ある意味品定めに来てるんだからね!」
……………なんの品定めだ??
どーも大阪に来てからの快斗の態度はおかしい。
東都にいるときも隙あらば触ろうとする傾向があるけど、こっちに来てからは明らかに度が過ぎてるような………??
おまけに隣にいるとすっげーよく判るんだけど、なんか周りに対してぴりぴりしている。
オレに対する態度はいつも通り優しいんだけどな……
「あ!
ほら。これだよ、銀色の巨大な柱って」
ホテルの周りを歩いていると、急に快斗が立ち止まった。
空中庭園があるというビルの正面に、確かに噴水の中に建つ銀色の柱がある。
なるほど。
確かにこれならほぼ条件にぴったり合うな。
でも………
「森なんてねーじゃん?」
「う〜〜ん………
この後ろにある植樹のこと、かなぁ?」
申し訳程度に植え込まれている緑。
お世辞にも森、とは言えるものではない。
「………………快斗。
オレはつくづく思っていたことがあんだけど………」
「………………新一。
ダイジョーブ。言わなくったって判ってるよ」
お互い口には出さなかったけど、言いたいことは同じだ。
…………服部の感性って判んねー……………
快斗の提案で、どうせならってことで空中庭園の展望台に昇ってみることにした。
まずは1階からエレベーターに乗って展望台入り口まで行く。
そして、そのあとはエスカレーターで更に屋上まで。
このエスカレーターってのは一応建物の中にあるんだけど、周りは360度ガラス張りで外の景色を見ることができる。
「へぇ………」
思わず感嘆の声をあげた。
大阪入りしたのが既に3時くらいだったため、今はもうだいぶ外は暗かったりする。
街のネオンは点灯し始めていて、なかなかキレイだ。
エスカレーターを降りて屋上に出る。
「うわっ」
ドアを開けた途端すごい風にあおられてしまったオレを快斗は背後で支えてくれた。
「大丈夫?」
ん?って顔を覗きこんでくる。
「……ダイジョーブ………」
……だからぁ!!
こんなとこで、んなことすんなっての!!
「あれ?
なぁ、快斗。アレなんだ………?」
顔を上げた途端、視界に飛び込んできたものに驚いて、思わず尋ねてしまった。
だってソレは、オレの見間違いじゃなければ『観覧車』とかいうシロモノのはずだ。
別にそれが珍しいわけじゃない。
そんなものトロピカルランドにだってあるし、他の遊園地や郊外に建っているのを見たこともある。
だけどソレは………
大阪駅のすぐ近く、ビルの屋上で赤色のライトを浴びてその存在を誇示しているのだ。
「………ビルの屋上に観覧車かぁ……
なかなか斬新なアイデアだねぇ……」
大阪に来るのはこれが初めてじゃないけど、考えてみたらあんまり大阪駅周辺って見たことねーんだよな。
ちょっと物珍しくなって、屋上展望台をぐるりと回ってみる。
あ。
「快斗。ほら!通天閣が………っ……!!!」
通天閣を見つけて、後ろを振り返ろうとしたオレをいきなり背後から抱き締める快斗にびっくりして声が出ない。
「………新一…………」
多分。
オレの脈拍は今、経験したことないくらい早くなっている………
「かいとっ………
ヒトが、見てるっ……」
顔も火照ってきているのが判って、なんとか快斗から逃げようと試みるが、快斗の力にオレが敵うわけがない。
「大丈夫。ヒトは少ないし、こんなに暗かったら顔なんて見えないよ」
………そういう問題じゃねーっての!
「ちょっとだけ………でいいから、このままでいて?」
からかいなんか微塵も含まない、真摯な声で囁かれて身体から力を抜いた。
そして、諦めて快斗に体重を預ける。
「………どーしたんだよ?
なんかこっち来てからお前おかしーぞ?」
ずっと思ってたことを音にしてみる。
すると、背後でくすり、と微笑う声。
表情は見えないけど、おそらく自嘲のそれ。
「やっぱ、新一には判っちゃうか」
「……たりめーだろ?
あんだけ神経尖らせてたらイヤでも判るっての」
「そんなに尖ってた?」
「もうピリピリ!」
そう言ってやると、はぁ、と快斗は大袈裟に溜息をついて、オレの身体に回している腕に力を込めた。
「いやぁ……なんかさぁ。
当たり前だけど、ここは大阪でさ。
そしたら、当然新一の知名度も東都とは違うのに………
なのに、周りのヒトの視線はやっぱり新一に集中しちゃっててさぁ」
「は?
なに言ってんのお前?」
どっちかってーと、おめーの方がそこらのオンナどもの視線集めてたじゃねーかよ。
自分が彼氏連れてんのに、最近のオンナは遠慮を知らねーからな。
そう言ってやると、またもやあからさまに溜息をつきやがった。
………ヤな反応……
「俺は別にいーんだよ。
それなりに自覚してるからさ。
問題は自覚してないヒトの方なんだよね」
ふ〜〜〜ん……
自覚してるわけね?
「向こうじゃみんな『名探偵工藤新一』って判ってる分、やたらと声掛けてきたりはしないけど、
こっちじゃそーはいかないだろ?
新一、すっごい狙われまくってたんだからね?」
「………んなのオレ知んねーよ……」
「だから自覚がないって言ってんの!」
………自意識過剰なだけじゃねーのかよ?
それに例えそーだったとしても。
オレが意識すんのはいつだってお前だけなんだからさ。
………そんな簡単なことも判んねー奴には言ってやんねーけど。
ったく。
くだんねーこと考えんなよな?
それから暫く大阪の景色をそれなりに堪能して、大阪駅に戻った。
「こっから、どこに行くんだっけ?」
「服部が出したクイズだと、環状線内回りに乗って、あの柱の数だけだったよね?」
あの柱は確か、9本だったから………
「大阪駅から9つめって言うと……」
2人して券売機の上にある路線図を眺めた。
1・2・3………
「天王寺、かぁ」
「天王寺って何があるんだ?」
「え……と。
たしか近鉄百貨店があったような………」
快斗に訊いたって判るわけねーよな。
「んじゃ、とりあえず天王寺に行くとすっか」
路線図を見る限り、大阪駅から天王寺駅は環状線のほぼ中間。
つまり、内回りでも外回りでもたいして時間は変わんねーってことだけど、オレたちはバカ正直に服部が言った通り内回り線で行くことにした。
天王寺駅に着くと、改札を抜けたところに服部の姿が見えた。
「おう!
遅かったやないか!」
「……ったく………」
会ったら山ほど文句を言ってやろうと思ってたのに、服部の嫌味のない笑顔で迎えられたりすると、そんなものどっかに吹き飛んでしまった。
得な奴だよなぁ………
「俺の計算やったら、この1時間前くらいに着くと思ててんけどな。
そんなに難しかったんか?」
「ばーろっ!ちげーよ」
「いやぁ。あんまり服部がステキな場所を教えてくれたもんだからさ。
ホテルの隣にあった空中庭園でデートしてたんだ♪」
オレの反論を横から掻っ攫って、快斗がさらりと爆弾投下する。
その瞬間服部の表情が硬化した。
「………ほーぉ?
俺が誘たんは工藤だけやったはずやけどなぁ?」
「あのねぇ、服部くん?
俺が新一を1人で大阪くんだりまで行かせると思ってんのかな?」
「そこまで過保護にすることないんとちゃうんか?」
「これは過保護とは言わないんだよ?
子羊を狼の手から護るのは恋人の役目だろ?」
こらこら。
ダレが子羊だ、ダレが。
「とりあえず、腹減ったからさ。
おめーお奨めの串カツの店とやらにとっとと連れてけよ?」
なんでこいつらは寄るとすぐ喧嘩腰になるかな?
初めっからそーだよな。
別に相性が悪いってわけでもなさそーなのに………
それともアレか?
喧嘩するほど仲がいいっていう………
服部のお奨めの店はさすが、としかいいようのないほど美味かった。
これには快斗もかなりご満悦だったらしい。
こぢんまりとした店で、おそらく常連しか来ないであろうと思われるような店。
そーいや、コナンだったころに連れてきてもらったお好み焼の店もそんな感じだったよな。
「ところでさぁ」
店から駅に戻る途中で、ずっと訊けなかった疑問を服部に投げかけた。
「今回オレを呼んだのはなんの目的があったんだ?」
「ああ。それな」
いや、訊けなかったと言うより、ずっとはぐらかされ続けていたのだ。
だがやはり相変わらず服部の歯切れは悪いまま。
「いい加減教えろって。
ここまで来てんだから隠すことねーじゃねーかよ?」
「……まぁ、そーやねんけど……」
それからも服部は暫く悩み続けていたが、最後に「明日話すわ!」と言われてしまった。
………んだよ。
気になるっつってんだよ!!
「ところで。
お前ら、今日うち泊まるやろ?」
苦し紛れか、急に話題転換してきやがった。
「え?いや?
俺と新一はホテルとってるからそっちに泊まるよ」
「はぁ?!
なんでやねん?
せっかくこっちに来てんねんから泊まってったらえーやん」
「ん〜〜〜………まぁ、ね。
でもほら、服部の家って確か寝屋川だろ?
新大阪から遠いんじゃないかと思ってね」
「何言うてんねん?
寝屋川なんて淀屋橋から京阪で20分やで?
新大阪からやったら40分もあったら着くっちゅーねん」
「でもほら。
服部バイクだろ?
俺たち電車だしさ。
それに荷物も大阪駅に預けてあるから。
ホテルはリッツカールトンだから、なんかあったら連絡しろよ」
服部を納得させるのを快斗に任せたオレはその間に天王寺駅を見渡す。
………なんかさぁ。
駅に天女が浮いてんだぜ?
シュールな駅だよなぁ………
「まぁえーわ。
ほんなら、明日はビッグマンの前に朝10時な」
「オッケー♪
あ、でも4時間も待ちぼうけはごめんだぜ?」
…………快斗のとどめに服部は眉を顰めてバイクを止めている駐車場へと走っていった。
その後ろ姿を見送って軽いため息をつく快斗。
「はぁ。
流石に本部長の家に泊まるってのはねぇ………」
そう。
これが、ホントの理由。
服部くらいなら誤魔化せる自信はあるけど、咄嗟のときに本部長相手にどこまで誤魔化せるか判らないって向こうを出る前に快斗が苦笑交じりに呟いた。
まぁもしものときはやっぱしらを切り通すしかねーんだろうな。
「んじゃ、新一。
ホテルに行こうか?」
「……そーするか」
その後。
大阪駅に戻り、ホテルの部屋に案内されたオレが見たものは、部屋の真ん中に鎮座するダブルベッドだったのだが、
そこでの話は割愛する…………
□ To Be Continued □
NEXT