このお話は「探偵たちの鎮魂歌」をモチーフにした作品です。 すでに映画をご観賞された方向けのお話となっております。 よって、映画をまだ観ていない方にはかなりなネタバレになりますので、充分ご注意ください。
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鎮魂歌を聞く前に act.1
某月某日。 怪盗キッドこと黒羽快斗は、隠れ家と称する某マンションの一室で、とある計画を立てていた。 と言っても、それはお馴染みのビッグジュエルを盗む算段などではない。
事の起こりは、4月4日。 深山美術館が所有するダイヤをキッドが奪ったことから始まった。 怪盗キッドにしては、珍しく白昼堂々の犯行。 それは単なる気まぐれでしかなかったのだが、人間、やはり慣れない事をすべきではなかったのか。 首尾よく宝石を奪ったまではいいが、その逃走中にちょっとしたアクシデントが発生した。
一台の暴走する車と遭遇。 その車両は問答無用で、キッドへ向けて発砲してきた。 真昼間から銃撃戦とは、全くツイてないとしか言いようがない。 ただ、相手がプロの殺し屋ではないということだけは、間違いなかった。 何しろ、あたり構わず銃を撃ち放つ姿は、相当な慌てっぷり。 明らかにキッドに見られたことに動揺していたというのは、すぐに窺えた。 顔を見られて困るというのは、何かやましいことがあるに違いないというわけで。 その車に乗る男女が、何かしらの事件関係者であろうことは大方予想はついた。 だが、キッドにとってそれは、取り立てて気に留めるようなことでもなく。 その場は適当に彼らをあしらって、終わりにしたつもりだった。 だが、その頃からか、妙な輩がキッドにつきまとうようになったのである。
「───いい加減、鬱陶しいからね。そろそろ追っ払おうかと思って。」 ここ最近、仕事のたびに起こる銃撃戦にさすがにうんざりしてきた快斗は、自分の後ろに大人しく控えている老紳士にそう漏らした。 相手が例の組織の連中というなら大歓迎したいところだが、あいにくそうではない。 ただの雑魚だ。 ただの雑魚であるからこそ、今の今まで放っておいたのだが、いくら何でもしつこいにも程がある。 目障りな事、この上ない。 とっとと一掃して、気持ちよく仕事ができるような環境を作っておくことも、これまた怪盗キッドとしての仕事の一環なのである。 「 しかし、つきまとっている連中が深山総一郎氏の手のものという事はすぐに調べはつきましたが、例のダイヤを返却したにも関わらず、襲ってくる理由まではさすがに ・・・。」 怪訝そうに眉を寄せる寺井を前に、快斗はにやりと唇を持ち上げた。 「まぁ確かに、深山社長自身にはオレを襲う理由はないからね。」 「・・・では、一体?」 首を傾げた寺井に、快斗はにっこり人差し指を掲げる。 「関係してたのは、もう1つの事件の方。」 実は、4月4日にキッドを襲った男女が何者かということは、意外にあっさり判明していた。 偶然にも同日、馬車道で起きた現金輸送車襲撃事件の犯人達だったのである。 なるほど、それならキッドに顔を見られて困るのも充分に頷けるというわけだ。 「ですが、確かその現金輸送車襲撃事件に関しては、すでに終わったようなものだったはずでは?」 寺井がそう口を挟むと、そのとおりと快斗は頷いて見せた。 「犯人のうちの1人である西尾正治は既に射殺され、またもう1人主犯格の伊東末彦も事故で瀕死の重傷。残る1人清水麗子は、警察の事情聴取を受けている際に自殺。ま、伊東の方は事故から二ヵ月後に病院から抜け出して、今も逃亡中みたいだけど、確かにほぼ片付いた事件ではあるね。」 「それと深山氏とどう関係が?」 「いや、何て事はない。その現金輸送車襲撃犯の御三方と深山社長が同じ大学出身で、おまけにサークルまで一緒だったって言うだけ。」 ウインクしてそう言う快斗に、寺井は目をぱちくりさせた。 「・・・何と!!知り合いだったんですかっ!」 「そ。それも単なる先輩後輩ではなく、結構、親密な仲なんだろうね。深山社長は逃亡中の伊東の財産管理までしてるくらいだし。」 「・・・・はぁ。」 「社長の出資先にはあのミラクルランドもあってね。隣接するホテルのレッドキャッスルにスイートルームを年間契約しているらしい。ま、オレが思うに、ここに伊東をかくまって るんじゃないかと。それに 、自殺したっていう彼女も死体が上がってないらしいから、もしかすると実は生きていて、案外社長の周辺に居たりしてね。」 「な、なるほど・・・・。しかしよくそこまで。」 「まぁね。」 実際のところ、快斗がこの件に関して調べ出したのはごく最近であった。 鬱陶しい連中を追っ払おうと、ようやく決心してからのこと。 とりあえず、深山社長周辺を徹底的に調査するのと同時に、例の現金輸送車襲撃事件についても念のため調べていたところ、見事に2つの事件がリンクしたというわけだ。 いろいろ調べていくうちに、現金輸送車襲撃犯の三人組に関しては、さらに西尾の射殺事件なども絡んでいることが付随してわかったりもしてしまったが。 まぁそれは、快斗にとってはどうでもいい話である。 「とにかく、これで深山社長がオレを狙う理由もわかってすっきりしたし、早速、今夜にでも絶縁状を叩きつけてやろうと思ってね。」 そう言って、快斗は機嫌よく掛けていた椅子から立ち上がった。 鬱陶しい連中とも、やっとこれでおさらばである。 今まで迷惑を被った分、盛大にお返ししてやるのも悪くない。 「さて。じゃあそういうことで、まずは今夜のための下準備をしないとね。」 不敵に笑う少年は、その瞳を窓へと映す。 高層マンションの四角い窓の外には、まだ明けたばかりの空に幾分白くなった月が浮かんでいた。
しかし、この時、快斗はまだ知らなかった。 今日、また新たにもう1つ事件が起きようとしていることを。
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快斗がそれを知ったのは、実に偶然の出来事だった。 そもそもミラクルランド及び、隣接するホテル、レッドキャッスルは深山総一郎の出資先としてマークしていた物件の1つだ。 特にレッドキャッスルにおいては、現金輸送車襲撃犯の伊東が潜伏している可能性も示唆して、特に念入りに盗聴器やカメラを仕込んでいたりした。 それが功を奏したと言うべきか。 結果として、快斗は江戸川コナンこと工藤新一ご一行様に降りかかった災難を知る事となった。 正体を明かさない謎の依頼人が誰かということも、別件でとっくに調査済みの快斗にとっては最初からバレバレであったが、とりあえずそれは置いておくとして、依頼内容を聞く限りでは何やら興味深い話だ。 というか、その依頼人が出した謎を解く鍵を、快斗は既にいくつも持っている気がした。 だが、小さな名探偵達は、どうやらその謎を必死に解かなくてはならないらしい。 何しろ自分達の命はおろか、大切な人達の命までかかっているのだ。 彼らにしてみれば、一大事である。
ふふんと、快斗は面白そうに笑った。 モニターに映る小さな名探偵の顔を見つめながら、どうしたものかと考える。 何せ、相手は小さくなっても名探偵。 普通に考えれば、手助け不要というところだろう。 だが、喉まで出掛かっているこの謎のヒントを伝えたくてしかたがない快斗だった。 それはむしろ、難問の答えに先にたどり着いて、自慢したい子供の心境にも近いものがあったが。 いつもしてやられることが多いこの名探偵に対して、最初から明らかに優位に立てるというこの状況が、快斗にとって面白くないはずがなかった。 上手い具合に小さな名探偵に接触して、事件解決の糸口へと導いてやるのも楽しそうである。 幸い、この事件の解決は、快斗のやろうとしていたことのもともとの主旨から外れてはいない。 というわけで、だ。 この時点で、快斗の計画にちょっとしたオプションが追加されることとなったのである。
さて、手っ取り早く小さな名探偵に接触するにはどうすべきか。 快斗が考えた策は、同業者、つまり“探偵”に成り済ますという手段だった。 それもただ同業者であるというだけではなく、小さな名探偵と同じ様にこの事件に巻き込まれた当事者を装うのがこの場合、一番もっともらしい。 そうすれば、自分も事件解決をしているようなふりをして、情報提供かつ助言をするのも自然にできるだろう。 では、誰に化けるかということなのだが。 小さな名探偵の傍にいて不自然ではない他の探偵と言えば、限られてくる。 実際のところ、迷探偵 毛利小五郎と、西の探偵 服部平次もこの事件の当事者であった。 ついでに言うと、東の探偵 工藤新一を勝手にライバル視し、まわりをうろつく西のそれを快斗は常日頃、面白くないと思っていた。 通常なら、ここで西の探偵に取って代わってやりたいところだが、今回は少々問題があった。 あのミラクルランドのフリーパスIDである。 取り外すと爆発の恐れがあるというからには、容易に本人から借りるわけにもいかない。 万一、別ルートでIDを手に入れたとして、爆弾付のIDを装着したままの本人 をどこかで寝かしておくのも快斗的にはOKだったが(いや、それは不憫だろう)、普通に考えればナニがあるか分からない状況でそのまま爆弾と一緒に放置というわけにはいかない。 迷探偵に変装したとしても、それは同じだ。 と、なると、やはり迷探偵や西の探偵ではなく、別の探偵がベターということになる。 そうなると。 頭をひねるまでもなく、それは即決だった。 手近なところで探偵といえば、他に思い当たるフシがない。 幸いなことに、その人物なら黄昏館の一件で小さな名探偵とは顔見知りであるし、警視総監の息子という立場は情報提供するには、実に都合がいい。 と、いうわけで。 快斗がロンドン帰りの探偵、白馬探の姿を借りることに決めたのは、極めて当然の流れだった。
さて、誰に変装するかは決まったところで、次に必要なのはあのミラクルランドのフリーパスIDである。 しかも一般用ではなく、VIP対応の。 しかし、これについても特段問題はなかった。 偶然なことに、今日あのレッドキャッスルの宿泊客10万人突破の記念パーティが開かれるという情報を快斗は事前に得ていた。 そしてパーティの招待客には、夜までミラクルランドで思いっきり遊べるようにとVIP専用のフリーパスIDが手渡されることもリサーチ済みである。 ちなみに、そのレッドキャッスルの建設に多大に資金協力したのがあの鈴木財閥で。 そのご令嬢 鈴木園子がパーティに招かれるのは必須。 というわけで、申し訳ないがフリーパスIDは鈴木園子嬢から、拝借するとして。 まぁ鈴木財閥のご令嬢ともあれば、たとえIDを紛失したとしても、顔パスで後はどうとでもなるであろうから、特段、気兼ねする必要はないと、そう快斗は判断したのである。
「さて、行くか。」 はっきり言って、時間にあまり余裕はない。 小さな名探偵はすでに迷探偵と車で依頼人が最初に出したヒント、「TAKA 3−8」の地点を目指して移動中である。 快斗の本来の予定なら、深山美術館周辺をうろつくだけで良かったのだが。
「まずは、ミラクルランドだな。」 白い衣装に身を包んだ怪盗は、ご機嫌でそう呟いたのだった。
さて、「名探偵たちの鎮魂歌」の映画ネタです。
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