鎮魂歌を聞く前に act.2
さて、当初の予定を少々変更してミラクルランドへ立ち寄ったキッドは、園内をぶらついていた鈴木園子を見つけ出し、彼女からVIPのフリーパスIDを さっさと無断で拝借していた。 そして、高島町上空。 白い翼で、「TAKA 3−8」のポイントを目指す。 ベタな暗号だなと、キッドは思っていた。 その場所にナニがあるのか知らなかったが、例の依頼人が小さな名探偵らをそこに導いているのは明らかである。 実際、その場所は4月4日にキッドが深山美術館を訪れた後の逃走経路に近いこともあるので、事件に関する何らかのヒントが隠されていてもおかしくはなかった。 「・・・ま、とりあえずは、オレが関わってるんだってことをアピールしておこうかな。」 これは、怪盗キッドからの第一ヒント。 ただ一度きり、上空をグライダーで通過するだけのことではあるが、それでもあの小さな名探偵にその存在を印象付けるには充分である。 キッドは得意げに笑みを浮かべると、グライダーを旋回させた。 そろそろ目的地上空である。
瞬間。 眼下の光景に、キッドはその眉を少々つり上げた。 何と、数人の男達に毛利探偵がもみくちゃにされているではないか。 「・・・あれ?」 キッドは毛利探偵を取り押さえているのが、自分を張り込んでいた刑事だと分かると、苦笑せざるを得ない。 確かに、怪盗キッドがすぐ傍にある深山美術館にこれから行く事は告知済み。 その近辺を警察がうろついていても不思議ではなかった。 「もしかして、オレの仲間と勘違いされちゃったかな?」 もしかしないでも、事実、毛利探偵は神奈川県警にキッドの協力者として誤認逮捕されていたのだが。 頭上に高く照りつける太陽の光を遮りように白い翼が青空を舞い、地上にはグライダーの形の影が通り過ぎて行く。 無論、小さな名探偵達の上にも。 逆光で地上に居るもの達には見えなかったが、キッドは後方を振り返っていた。 「・・・・ま、いっか。」 そう肩越しで呟きながら。 毛利探偵には悪いけどと、キッドは心の中で舌を出していたのだった。
この後。 キッドは深山美術館の周囲をぐるりと旋回してから、急いで神奈川県警へと向かった。 誤認逮捕という状況は、時間が一分一秒でも惜しい探偵たちには悪いが、キッドにとって実は都合が良い。 これから『白馬』として小さな名探偵達に接触するにあたり、どこで登場すべきかなど の調整は当然、彼らの動きの詳細がわかっていた方がやりやすいからである。 そのためには、小さな名探偵の動きが察知できなければいけないわけで。 発信機、盗聴器等を仕掛けるタイミングには、この警察に確保されていると言う状況は、まさにうってつけだった。 当然の事ながら、誤認逮捕は毛利探偵のみであって、ハタから見ればただの小学生の江戸川コナンに警察が尋問するわけもない。 実際、キッドが神奈川県警に忍び込んだ時、取り調べ室で尋問を受ける毛利探偵に対し、小さな名探偵は婦警に囲まれてジュースとお菓子のサービス中であった。 と、いうわけでだ。 この時、キッドは得意の変装で素早く婦警の1人に成り済まし、実は、小さな名探偵の衣服に発信機型盗聴器を取り付けていたのである。 タイミングがいいことに、キッドが盗聴器をつけてすぐ、依頼人からの連絡が小さな名探偵が持つ専用の携帯に入った。 依頼人から新たな指示を受けて、小さな名探偵が得意の単独行動に出たのを、キッドは婦警の仮面を被ったまま、ニヤリと笑って見届けていたのである。
さて、依頼人の次のヒントは「夜のカフェテラス」。 『馬車道』というポイントを洒落た形で言い換えているだけの、簡単なものである。 キッドにとって、それは最早暗号と呼べるようなものではなかったが、当然、それは探偵達にも同様であったようで、その場所はいとも簡単に突き止められた。 そして、小さな名探偵がそこで西の高校生探偵と接触し、現金輸送車襲撃事件について掴んだことを、キッドは盗聴器で確認する。
「・・・ふーん?YOU CRYね。」 西の高校生探偵、服部平次が依頼人から聞いたというヒントを盗聴したキッドは鼻で笑った。 もちろん、それが横浜海洋大の犯罪研究会の略称であるのがわかっているからこそであるが。 単にアルファベットの頭文字だけなのだから、ほとんど何のヒネリもない。 ───ある意味、良心的な依頼人だったりして。 キッドはそう心の中で呟くと、また新たな姿へと変装をする。 今度は婦警から、白馬探だ。
「───では、僕も横浜海洋大へ行くとしますか。」 爽やかな笑顔でそう語ったのは、まぎれもない白馬そのものだった。
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横浜郊外に佇む横浜海洋大学。 キャンパス内は学生達で賑わっていた。 行き交う学生達の波をかき分けわけるように、一人の少年が歩いている。 白馬探である。 その口元には、およそ白馬本人には似合わない、不敵な笑みを浮かべて。 中身は怪盗キッドなのだから、当然と言えば当然と言ったところか。 白馬の皮を被ったキッドは、発信機をもとに東西探偵の居場所を目指した。 やがて、探偵たちが肉眼で確認できる距離になると、発信機を衣服のポケットへと隠す。 大学で小学生連れなど、実に珍しい光景である。 掲示板の前で何やら探している風な彼らは、それなりに目立っていた。 「・・・ふーん?『CRY』を探してるってとこかな?」 白馬の顔でキッドは面白そうに笑う。 それから、深呼吸を1つ、表情も白馬らしいものに作り変えると、いよいよ探偵たちの傍へと足を進めたのだ。
「クライ、クライ、クライ・・・。授業の名前か略称か・・・。」 掲示板を見つめながらそう呟くのは、西の高校生探偵、服部平次。 同じ様に掲示板を睨んでいた小学生探偵の江戸川コナンこと工藤新一も声を出す。 「部活は?」 「そやな。」 「他に考えられるのは・・・。」 考え込んでいる探偵たちの背後から、白馬の顔をしたキッドは気配を殺して近づいた。 別に気配を殺す必要はなかったが、それは習慣であるので仕方がない。 探偵たちのすぐ後ろまで来たところで、いよいよと声をかけた。 「───横浜犯罪研究会。」 「はぁ?!」 訝しげな顔で西の高校生探偵が振り向いた。 同時に小さな名探偵もその声の主を見上げる。 二人の視線を集めたところで、白馬の面を被ったキッドはさらに続けた。 「“Crime Research of Yokohama”。僕はこのクラブが限りなく正解に近いと思いますけど。」 ───っていうか、それがまぎれもなく正解なんだけどね。 先程の毛利探偵の誤認逮捕のお詫びと言っては何だが、ここでは敢えて答えを教えてあげる方向で、白馬の顔をした怪盗はにっこりと言った。 しかし、この唐突過ぎる会話への割り込みに、当然のごとく、西の高校生探偵は思いっきりアヤシそうな瞳を向けた。 小さな名探偵の瞳も一瞬だが、不審そうに僅かに細められる。 もちろん、その一瞬の表情を見逃さなかったキッドは、内心、バレタかな?とも思いつつ、それでも気にしないで演技を続行することにしていた。
「・・・・・・何や、自分?」 疑惑の眼差しでそう訊ねる服部に、白馬らしい笑みを作ると、キッドは歌うように言った。 「僕は白馬探。君と同じ立場の人間ですよ。いろいろな意味でね。」 後半の“いろいろな意味”というフレーズを、敢えて強調してやる。 当然、服部がそこへ食いつく。 「同じ立場やと?」 と、間髪居れずに小学生のハイトーンが響いた。 「警視総監の息子で、高校生探偵やってるんだよね?」 黄昏館の一件からすれば、江戸川コナンとしてはそう紹介するのは当然である。 だが、いささかわざとらしいまでの小学生ボイスに、キッドは苦笑した。 ───やばい。本当にバレてるかも。
ちなみに。 “同じ立場”というのも、本当の『白馬』なら、確かに小さな名探偵の言うとおりで正解だろう。 だが、ここにいるのは、白馬の皮を被った『怪盗キッド』である。 彼が言うところの、“いろいろな意味”というのは、もっと複雑な心情も含めてだったりする。 東の高校生探偵、工藤新一への関心度とでも言おうか。 もちろん、それはここで言うべきことではないが。
再び白馬になりきって、キッドは会話を合わす。 「───ああ、小学生探偵の君には負けるけどね?」 目線を下げて、小さな名探偵に白馬の顔でそう笑いかけると、服部も納得したように頷いた。 「なるほど?親父が大阪府警本部長のオレと同じっちゅうわけか。」 「それだけじゃないけどね。」 本当に、それだけではないのだが。 意味ありげな笑みを一つ。 まぁ、それはキッドは自分の心の中だけにとどめておく事として。 その代わりに、白馬の顔をした怪盗は、ここで用意した例のフリーパスIDがついている腕を翳して見せた。 鈴木園子嬢から拝借している、爆弾付ではないフリーパスIDである。 「あっ!」 「ほんなら、お前も!」 探偵たちの目が驚愕に見開かれる。 VIPのフリーパスIDというだけで、探偵たちの目をくらますには充分だった。 追い討ちをかけるように、東西探偵たちと同じ立場であることをここでも強調しておく。 「僕の大切な人もミラクルランドにいてね。ま、無駄話は歩きながら。時間の浪費はそれこそCRY。泣くハメになる。」 「・・・・・・そやな。」 疲れたように笑う服部を背に、白馬の顔をしたキッドは彼らを先導して、犯罪研究会の部室がある方へと歩き出した。
もしかして、小さな名探偵にはすでに正体を怪しまれているかもしれない。 しかし、『怪盗キッド』だとわかってもなお、きっと彼ならこのまま黙って成り行きを見守るに違いない。 あの工藤新一なら───。 自分のあとをついてくる小さな名探偵を、白馬の顔をした怪盗が肩越しに見た。 その顔には、怪盗独特の微笑をたたえて。
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犯罪研究会の部室前。 いくらノックしても返答がないため、探偵達と探偵の皮を被った怪盗がそのまま踏み込む。 整理された小奇麗な部室には、単なる大学のサークルとは思えないほどの膨大な資料の数。 どうやら、犯罪研究はダテではないらしい。
部室を一通り見渡したところで、服部が壁に飾られた写真を指差して言った。 「なぁ、見ろや、この写真。」 「研究会のメンバーのスナップらしいね。撮っといた方がいいね、この写真。」 研究会のメンバーがこの事件に大きく関わっているのがわかっているからこそ、白馬の顔をしたキッドはそうアドバイスを出す。 不自然ではないそのアドバイスに、服部も「そやな」と携帯のカメラを取り出した。 と、そこへ服部に依頼人から連絡が入る。
『想像以上だよ、服部平治君。“YOU CRY”でそこまで突き止めるとは。君達には驚かされてばかりだ。』 ───いや、それほどでもないと思うけど。 というのは、キッドの心の言葉である。 「あんなぁ!どうでもいいけど事件を解いてほしいんなら、ヒントくらいもっと簡単にしてくれへんか?」 ───いや、割りに簡単なヒントだと思うけど。 これもキッドの心の言葉であるが、もちろん口には出さない。 『そう簡単に解決されたんじゃ、私が面白くない。それに・・・。試しているのだよ。君たちの探偵としての技量と私の事件を解く資格があるかを。ここから先はノーヒント。期待しているよ。若き探偵諸君。』 「おいこら、ちょお待て〜っ!」 服部の願いもむなしく、依頼人からの電話は切れた。 「・・・・ノーヒントか。」 小さな名探偵が呟く。 「・・・・どないせーっちゅうねん。」 重い沈黙だけが部室を包む。 だが、白馬だけは飄々と面白そうに部室を眺めていた。
不意に部室のドアが開いた。 犯罪研究会の部員らしき男女が、戸口に立っている。 「あれ?!君達・・・何か用かい?」 男子学生は驚いたようにそう言った。 思いっきり無断侵入だっただけに、探偵たちは少々バツが悪い。 「・・・はは。いや、オレ達はそのぉ・・・。」 服部は薄ら笑いを浮かべながら、その歯切れは良くない。 機転の利かない服部を遮るように、白馬の顔をしたキッドは一歩前に踏み出して言った。 「来年、この大学を受験するつもりなので、ちょっと見学を。」 高校生である自分達には、いかにももっともらしい言い訳だ。 だが、突き詰めると部室まで入り込む理由としては、どうかとも思うが。 しかし、学生達にはそれでも充分だったようである。 入学したらぜひ、このクラブに入って欲しいと言う申出を、白馬は笑顔で流した。
と、部室内にかわいい声が響く。 「ねーねー、おねーさん。あそこに並べてある写真、なぁに?」 ───出た・・・。 キッドは内心呟く。 白馬の仮面をつけているキッド同様、小学生という仮面をつけているこの高校生探偵、工藤新一が、普段は小学生らしさなんて微塵もないくせに、こういう時だけは妙に演技に走るのをキッドは知っていた。 似合わないお子様口調。 いや、外見はお子様なので、一般的には似合っているのはずなのだが、その正体を考えると、かなりな違和感を感じざるを得ない。 しかし、この演技は何も知らない一般人に対しては、非常に有効である。 当然、女子学生の顔も自然とほころんだ。 「ああ、左から歴代の部長の写真よ。」 「じゃあ、何で三代目の部長さんの写真を外しちゃったの?」 子供に無邪気な顔で確信を衝かれ、部員達は顔を見合わせた。 事情が事情だけに返答しにくいと言ったところか。 しかし、小さな名探偵は追い討ちをかけるように続ける。 「だってほら!1番最後の写真の横にとめ金具がついてるし。3番目の写真の横から、ちょっとずつ日焼けしてない壁が見えてるじゃない?これって、何かの理由で3代目の部長さんの写真が外されて、あとの写真を順番にずらしてかけたってことだよね?違う?」 ───違わないって。 キッドは苦笑した。 わかってるくせに敢えて聞くところなど、少々意地が悪いようにも取れるが。
さすがにここまで言われてしまうと、部員達は本当のことを言わざるを得なくなってしまった。 「・・・除名処分になったんだ。3代目の伊東さんは・・・。」 やむなく口を割った男子学生に、白馬の顔でキッドは微笑んだ。 「ああ、確か・・・伊東次郎さんでしたっけ?」 適当である。 既に本名を知っているキッドにとってはどうでもいいことだが、東西探偵たちには少しずつわからせておいてやらなければならない。 とりあえず、現金輸送車襲撃事件の主犯格である人物の名前を明らかにしようと、キッドは敢えてそう切り出した。 当然、違っている名前だけに部員からの訂正が入る。 「いや、伊藤末彦さんだけど・・・。知ってるの?」 「ええ、まぁ。確か・・・この人ですよね?」 さらにキッドはスナップの中から、伊東のとなりの西尾をわざと指差した。 「違うわ。この人よ。」 今度は女子学生が訂正する。 「あっ、はぁ、そうでしたか。」 これで、バッチリ除名処分になった3代目部長、伊東末彦の名前と顔が東西探偵に知れることになったわけであるが。 明らかにわざとらしいその手口に、服部が「役者やのう」と内心思っていても、キッドは気にもしない。 あくまで、これは『探偵』としてやってみせたような素振りのつもりである。 「すみません。どうやら僕の知っている伊東さんとは、別人のようですね。」 白馬に化けたキッドは笑顔でそう会話を締めくくると、とりあえず、ここでの情報提供を終えたのである。
さて、犯罪研究会の部室を後にした一向であるが。 まず、服部は自分の携帯を取り出した。 毎度ながら父親のコネを使って、大阪府警の大滝刑事へ伊東末彦なる人物の情報収集を依頼しているのである。 その後ろで、白馬の格好をしたキッドも携帯を取り出していた。 見かけとしては、服部と同じくして警視庁へ連絡しているようにも見えるのだが、それはカムフラージュ。 実際のところ、電話の相手は寺井だったりする。 この後の深山社長への対策について、最終的な指示、および確認をしていたところだ。 当然、会話が東西探偵に聞かれることがないように、最新の注意を払ってのことである。
寺井に用件を全て伝え終えたところで、白馬の顔をしたキッドが探偵たちを振り返った。 「───どう?学食で食事でもしないかい?血糖値が下がると、どうにも頭の回転が。」 確かにブドウ糖の補給は脳には不可欠である。 頭の回転は冴え渡っているが、ここは敢えて少々ゆっくり話をできる場所へと誘導しようとキッドは考えたのだ。 だが、服部は憤慨する。 「あほう!そんな暇あるかい!こっちは電話、待ってんねん。“武士は食わねど、高楊枝”っちゅうしな!」 ───ご立派。 名誉を大事にして、弱みを見せないということわざの意味どおり、その心意気は確かに賞賛には値するが。 「でも、“腹が減っては戦はできぬ”とも言いますよ?」 ことわざにはことわざで返してみたりなどして。 そして、ちょっと小意地悪そうに笑った。 「それに、君が調べようと思っていることは、もうわかりましたし。」 「ええっ!?」 驚いた服部を尻目に、白馬の顔をしたキッドは食堂へと歩き出す。 それに小さな名探偵も続いた。 「大阪府警より、横浜に近いからな。警視庁の方が───。」 これまた、少々意地悪そうに呟きながら。 実際、ここに居たのが白馬だとして、伊東についての情報収集が大阪府警より早いかどうかは定かではないが。 それでも確かに、同じ関東圏なら情報は流通しやすいかもしれない。
呆然としている服部をおいて、白馬の皮を被ったキッドと、江戸川コナンという少年の皮を被った工藤新一がスタスタと歩いていく。 その後ろで。 「・・・むかつくやっちゃな〜。」 そう服部が1人ゴチていたのを、キッドは口元に微笑を浮かべながら聞き流した。
そうして、二人の探偵と怪盗は横浜海洋大への学食へと向かったのである。
白馬としての、怪盗の登場は突き詰めるとこんな感じになるのでは・・・。 |
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