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NOVEL

トラブルキッドーShadowー(前編)


                手の中にあるのは真紅に輝くルビー。

だが、それはプロの鑑定士の目をも欺く”紛い物”だった。

本当に見事なもんだぜ、と純白の衣装をまとう宝石のプロはクククと楽しげに喉を鳴らす。

月にかざすと真紅の石の中に見える白い星の輝き。

最近マスコミによく顔を出すようになった、香港の若手実業家が六千万で手に入れたというスタールビー。

アメリカの有名な鑑定士のお墨つきだというが。

まあ、紛い物といっても、あのSの作品なんだから価値はあるかもな、と彼はクスッと肩をすくめる。

どんな奴(いや奴ら?)か知らないが、芸術品という点では敬意を表してもいいかも

と怪盗キッドは思う。

ようやく追いついてきた警察ヘリが、ビルの屋上に立つ月下の奇術師を見つけサーチライトで照らし出した。

フッと笑ったキッドは手の中のルビーに口付けると、彼らが見ている中で、それを空高く放り投げた。

都会の空に真紅の光が美しい弧を描いて消える。

 一回目の上映が終わると映画館からは観客が波のように出てきてロビー内を満たしていった。

「やっぱり、この映画にして良かったぁ!」

もう、とってもとっても満足vとご満悦の表情で何度も頷く可愛らしい少女の隣で、幼馴染みの少年が、そうかあ?と首を捻る。

「幽霊を怖がってた女が実は幽霊だったなんて、詐欺じゃねえ?」

「そこがいいんじゃない!意外性があって!」

 アホくさ、と少年は吐息を一つつくと売店でソフトクリームを2つ買い、一つを少女に渡す。

「まあ、名女優の演技は悪くなかったけどさ・・」

けど、どうせ見るならあっちの方が良かったんだけどな、と少年黒羽快斗は、真っ黒なスーツに黒眼鏡をかけた二人の大柄な男が銃を持ってこちらを睨んでいる看板をチラリと見て思う。

 話題になった映画の続編はとかく肩すかしが多いものだが、これは前作よりも面白いと評判だった。

 今度、新一を引っ張ってこようかなと快斗が考えた時、いきなりグイと腕を引っ張られた。

「たいへ〜ん!時間ないわよ快斗!」

「はあ?なんの時間だよ?」

 オレ、腹減ったんだけど・・・

 時計を見ると、もうすぐ一時だ。

 ソフトクリーム一個じゃ現役高校生のお腹はとても満たされるものではない。

「一時に7階のイベントホールで抽選会があるのよ!入るときに券もらったでしょ」

「え?入り口でデブいウサギの着ぐるみが配ってたアレかあ?」

 若いカップルにばかり近づいては女の方に何か渡していたウサギに、なんだこいつ?と快斗は顔をしかめたのだが。

 ああ、抽選券・・・ね。

「あの抽選券は50組のカップルにだけ渡されるものなのよ!青子、すっごく楽しみにしてたんだから」

 もしかして・・・・

「それで今日オレを誘ったわけ?」

 それも、朝の5時に人をたたき起こして。

「だって!あの券は先着順でもらえるやつだから、もらえなかったら悔しいじゃない!」

「そこまで必死になるくらい商品がいいわけか?」

「今日の商品は何か知らないけど、恵子は先月の抽選日に従兄と一緒に行って、でっかいぬいぐるみを貰ったって言ってた」

 ぬいぐるみ・・・・

 快斗はガックリ肩を落とす。

「おまえ欲しいの?」

「欲しいけど・・・でも今日の商品は違うよ。毎月違うって話だし」

 ふ〜ん・・と快斗は鼻を鳴らした。

 ま、いいか。

 久々の青子とのデートなのだし、楽しんでくれるならなんでもつきあってやってもいいと快斗は思っている。

 青子の、こんな無邪気な笑顔を見ていられるなら。

 抽選権は50組にしかない筈なのに、イベントホールは何故か超満員だった。

「なんか有名人をゲストに呼んでるんだって」

 青子が、人の多さに目を丸くしている快斗にそう説明する。

「誰?芸能人か?」

「う〜ん、青子の知らない名前だった。なんとか李・・って。香港のアクションスターかも。恵子が絶対写真に撮ってきてって言ってたし」

 カメラまで渡されたんだよ、と青子は可愛いショルダーバッグからお馴染みの使い捨てカメラを取り出した。

「・・・・李?」

 まさか”シャーノン・李”ってんじゃねえだろな。

 あの一件からまだ数日しかたってねえぞ?

 ホールにあるカラクリ時計が一時を知らせる。

 この巨大ショッピングセンターの入り口にあるカラクリ時計よりずっと小さいものだが、時計の中から音楽と共に出てきた人形が可愛らしくくるくると踊った。

 目の前の壇上に司会者らしい女性が出てきて、一通り抽選についての説明とこれからのイベント予定を告げてから、お待ちかねのゲストの紹介を始めた。

 壇上に現れたのは30代半ばくらいの背の高いスマートな男だった。

 ブルーの、一目で高級だとわかるスーツに身を包んだ男は、端正な顔立ちを集まった人々に向け、ニコリと微笑んだ。

きゃあ〜vねえねえ快斗!すっごくカッコいい人!」

 青子は頬を染めて黄色い歓声を上げた。

「やっぱり香港の映画スター?」

「違うって!おまえ、何聞いてんの?司会者が香港の実業家だって紹介してたじゃん」

 そうだっけ?と青子は瞳を瞬かす。

 快斗は幼馴染みのその返事に脱力した。

 この調子じゃ、先週自分の父親が警備していた相手のことは知らねえな、と快斗ははぁ・・と息を吐き出す。

 キッドがルビーを盗んだ翌朝、教室であれだけ大騒ぎしていた青子であるが、結局の所、被害者のことには全く関心がないらしい。

 それでいえば、熱狂的にキッドを英雄視し現場に集まってくるファンと殆ど変わらないかもしれない。

 まあ、そんなことを言えば、青子は真っ赤になって否定するだろうが。

 にしても、香港のお金持ちにとって6千万なんてたいしたことないのかな、と快斗はちょっと首をすくめる。

 名うての怪盗に盗まれたスタールビーは、その夜のうちに持ち主のもとに戻った。

 ただし、普通ならショックで寝込むには十分なオマケつきで。

 シャーノン・李は今年の春、日本のある企業と手を結び、長年の希望だったという日本進出を果たした。

 アメリカの企業も李の実力を認めており熱烈な誘いもあったというが、彼が選んだのは今だ不況に苦しむ日本だった。

 日本の経済界にとって、現在急成長している香港の青海公司と手を結べるということは大歓迎だった。

 しかも、香港の若手実業家シャーノン・李は、若いだけでなく見映えもよく、しかも弁もたつので日本のマスコミもおおいに喜んでいる。

 彼が所有していたルビーが怪盗キッドに狙われ盗まれたこともマスコミが大々的に公表したので知ってる人間も多い筈だ。ただし、そのルビーが偽物だったということまで知っている人間はごく僅かだろうが。

快斗!

 隣に立つ青子が、ぼんやりしていた快斗の腕を掴んで揺さぶった。

「え?なに?」

「当たった・・!当たったよ!」

 は??

「抽選に当たったの!」

 快斗は興奮する青子の顔から、壇上のデジタルボードに示された数字に視線を移す。

 マジかよ?

「41番の方、おられますか?」

ハイ!ハイ!

 青子は手を上げ、大声で返事をすると快斗の腕を掴んだまま人の間を抜けて前に進んでいった。

(おいおい・・・オレも行くのかよぉぉ〜)

 行きたくねえ〜〜とか思っても、彼の手を離さず引きずっていく青子に勝てる筈もなかった。

 司会者は壇上に上がった彼らを笑顔で迎えた。

「可愛らしいカップルですね。高校生?」

 はい!と青子は頬を紅潮させて頷く。

 その両手はしっかりと快斗の腕を捕まえていた。

(逃げられねえ〜〜)

 顔をしかめる快斗は人の目には照れているようにも見え、どこから見ても熱々カップルである。

「お名前は?」

「中森青子!こっちは黒羽快斗です!」

「あなたたちは恋人同士なのかな?」

 違います!と青子にきっぱりハッキリ否定された快斗は渋い顔だ。

 あんなあ〜〜

「快斗とは、ただの幼馴染みです!え・・と、家が隣同士で」

 司会者は青子の返事をどう受け取ったのか、楽しそうに二人に笑いかけた。

「あ・・あの!李さんの写真を撮ってもいいですか?友達がファンなので・・」

 李は青子の突然の頼みに瞳を細めた。

 司会者はというと、ちょっと困った顔になる。

 マスコミによく顔が出る彼だが、実はあまり写真に撮られるのを好ましく思っていないことを彼女も知っていた。

 彼をゲストに呼ぶことが決まった時、彼女は上司にそのことをくれぐれもと注意されているのだ。

 だが李はニッコリ笑うと、一枚だけならと承諾してくれた。

「しかし、今ここでというわけにはいかないので、後ほどこのイベントが終わってからということで構いませんか、お嬢さん」

 はい!いいです!と青子は嬉しそうに頷いた、

 やさしく丁寧な口調の紳士に、どうやら青子は忽ちファンになったようだ。

 明日の朝は、さぞかし教室内が賑やかなことだろう。

「では、当選者のあなた方には杯戸シティホテルのディナー券を進呈します」

 司会者から白い封筒を手渡された青子は、きゃあvと甲高い声を上げ、飛び上がって喜んだ。

「そして、今回はゲストのミスター李氏から素敵なプレゼントがあります」

 司会者がそう告げると、李は持っていた黒いアタッシュケースを二人の前で開いて見せた。

 そこにはダイヤ、ルビー、エメラルドといった宝石が20個整然と並んで入っていた。

「うっわあv綺麗〜!」

「この中から一個だけをあなたに差し上げます。ただし本物の宝石は一つだけです」

「ええ!じゃあ、他は偽物なんですか!」

 信じられない・・と青子は美しい輝きをみせる20個の宝石をマジマジと眺める。

 もらえるなら、やっぱり本物がいい。

 でも、いったいどれが本物なんだろう?

 青子はじーっと宝石を一つ一つ穴があくほど見つめたが、どれが本物かなんてさっぱりわからなかった。

 だいたい本物の宝石などに縁がない女子高生に見分けろという方が無理な話だ。

 実際の所、このホールで本物がわかる人間など一人もいないのではないか。

 宝石の鑑定士でも来ていれば別だが。

(これって意地悪か?まあ、ちょっとしたオマケのゲーム商品とか思えばいいんだろうけどさ)

ゲームの商品というのであれば、別に偽物でも構わないのだが、真剣に悩んでいる少女を見るとなんとかしてやりたくなる快斗だ。

 しょーがねえなあ・・・・

 ついに目をつぶって行き当たりで決めようとする青子を押しのけた快斗は、ケースの中の宝石を見つめた。

「快斗?」

「・・・・・・・・」

 どれもよく出来ている。

 子供のオモチャにするにはもったいない出来栄えだ。

 偽物でもそれなりの値段のする代物だろう。

 青子がどれを選んでも、そう悪いものではないが。

「オレが選んでやっから、偽物でも文句言うなよな」

 青子はびっくりしたように大きく瞳を見開くと、うんと可愛く頷いた。

 快斗はケースの中から青く輝く石を手に取ると、スッと目の前にかざし、それからゆっくりと青子の手の上にのせた。

 青子は手の中の石を嬉しそうに眺める。

 快斗が自分のために選んでくれたということが青子にとって、それがたとえ偽物であっても満足だった。

 昔、一緒にいったお祭りで快斗が青子のためにオモチャの指輪を当ててくれた時と同じ満足感だ。

 李は快斗がためらいもなくその石を選んだ時、僅かに訝しげな表情を浮かべた。

 だが、すぐに彼は青子に優しい笑顔を向ける。

「それでいいんですね、お嬢さん?」

 はい、と青子が頷くと李は黒いケースを閉じた。

 選んだ宝石が本物か偽物か、彼は最後まで明かさなかった。

 そして青子も聞くつもりはないのか、ハンカチで宝石を包むとそのままバッグに入れた。

それから約束通り李は青子に写真を撮らせ、その後司会者の女性にカメラを持たせると快斗と青子を前に立たせて三人で写真を撮った。

 後で聞けば、こんなことは珍しいことらしい。

 広いオフィスで李は、香港から連れてきた彼の秘書から受け取った書類に目を通していた。

 まだ30にならない若い秘書だが、李がある企業から直接引き抜いただけあって有能な男であった。

 今日も李がゲストとしてショッピングセンターへ行っていた間も、彼のかわりを難なくこなしていた。

 李が見ている書類の大半はその報告書である。

「昼ごろ、三上氏が来られまして新しく入荷した宝石のリストを置いていかれました」

「例の宝石は手に入ったか?」

「はい。5千万で落札できたそうです」

「では、それが今度のパーティの目玉になるな」

 英国王室がかつて所有していたという〈神秘の蒼〉と呼ばれるサファイヤ。

 女王の宝石と呼ばれる宝石はもともと4つあり、そのうちの3つは日本のある旧家が所有しているという話だった。

本当は4つともその人物が日本に持ち帰ったということだが、それが何故今頃オークションに出されたのか理由はハッキリしない。

 だが、日本にある女王の宝石の中で〈神秘の蒼〉だけがどうやら偽物らしいという噂が流れ、俄かに注目されだしたのだ。

「宝石の名は〈神秘の蒼〉でなく〈ミステリアスブルー〉で流せ。その方が効果的だろう」

 そう言って李は意味ありげに薄く笑う。

「再び奴が食いつけば、本物の〈ミステリアスブルー〉の行方がわかるかもしれん」

「では案内状にはそのように致します。他に何か変更はございますか?」

 今はない、と李が答えると男は一礼してオフィスを出ていった。

 一人になった李は書類をいったん机に置くと、引き出しから灰色のケースを取り出した。

 蓋を開けると、そこには先日怪盗キッドに盗まれたルビーがあった。

 李はルビーと一緒にケースに入っている一枚のカードを手に取る。

 カードの右下には、予告上にも必ずあるというキッドのマークがついていた。

 よく見ると可愛らしいデザインだ。

 まるで子供のお遊びのようなマーク。

 そのカードには短いメッセージが記されていた。

《このルビーはS・Jです。もう一度鑑定に出されることをお勧めします。   怪盗キッド》

 李はフッと笑うと、カードを指先でくるくると弄んだ。

「こんなに簡単に見抜かれるとはな」

 プロの鑑定士でさえ騙せた代物だというのに。

 実物を見たのは犯行時のあの夜だけだった筈。

 手にしてすぐに、あれがS・Jだと見抜いたのか。

「怪盗キッド・・・か」

 以前は世界中で活動していた怪盗だが、復活してからは現れるのは殆ど日本・・・・

 やはり、アレは日本にあるということか。

 李は机から離れると、窓から外を眺めた。

 香港の夜景ほどではないが、ここも宝石をちりばめたように美しい夜景が眼下に広がっている。

(そういえば、あの少年・・・・・)

「S・J?」

「そvShadows Jeweryの略なんだけどさ。これだけで宝石に関係してる奴らには通じる」

「シャドウって、前におまえが言っていた偽造宝石のプロのことか」

 コクンと快斗は頷いた。

「ここ数年新作は見ないんだけどさ、シャドウの宝石は今もオークションとかに結構出てるみたいだね。だいたい普通の鑑定士じゃまず見破れないもんな。三宅社長婦人が持ってたアクアライトもそうだし」

「え?そうなのか?」

 だから狙わなかったのか。納得。

「この前のシャーノン・李のスタールビーもそうだぜ」

 ええっ!と新一はこれには驚く。

「あれって6千万とか書いてなかったか!」

「そうだよ。全くスゲエ出来栄えだったぜ。久々にオレも迷っちまったもんな」

 で、ルビー返すときもう一度鑑定の必要ありってメッセージつけたんだけどさ。

「持ち主にか?ショック受けたんじゃねえか」

「お金持ちは平気なんじゃねえの?今日、偶然本人と顔を合わせたんだけど、ショック受けてる感じじゃなかったしさ」

「ミスター・李に会ったのか」

「青子につきあって行ったショッピングセンターでイベントのゲストとして来てたんだ。青子の奴、紳士的で格好いいとか言ってさ。オレに少しは見習えとか言うんだぜ〜。こ〜んなに紳士的でハンサムなのにさ!」

「惚気に来たんだったら帰れ」

ちっが〜う!

 快斗はくるりと向きを変えて自分の部屋へ戻ろうとする真一の背中にベッタリと張り付いた。

「ねえ新ちゃん、今度の休みに映画見に行かねえ?」

「そういや仮面ヤイバーの映画が始まってたよな。おまえ、見たいのか」

           ・・・・・・・・・・・

「新ちゃん・・オレのこといくつだと思ってんの?」

 もしかして少年探偵団と同レベルで見てる?

 おんぶオバケのごとく背中にのしかかり、しくしくと泣く快斗に新一も根負けし、とりあえず約束だけする。

 ったく・・・・オレも甘いぜ。

(後編につづく)

麻希利さまより、快斗&私(=管理人)の誕生日プレゼント(前祝)として
いただいちゃいました。
後編は21日UP予定!!

にしても、宝石鑑定のキッドさま!!かっこ良すぎです!!
青子ちゃん、なんてうらやましいデートなの???
代わってください・・・・。

 

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