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NOVEL

トラブルキッドShadow-
(後 編)


 翌日の学校では快斗が予想した通り教室内は青子を中心に大騒ぎだった。

 まずは話題のシャーノン・李のこと。

「バッチリ写真撮ったからね、恵子!」

「嬉しい〜vありがとう、青子!」

 へへ〜ん、と青子は上機嫌で胸を反り返らせる。

「ジャーン!で、シャーノン・李さんからもらった宝石でーっす!」

 キャアァァ!と少女たちの歓声が上がった。

「うわあ、キレ〜!本物かな?」

「んー、わかんないけど。いいの、どっちでも!」

 青子がそう言うと、恵子はふぅんと意味ありげに笑ってから彼女の脇を軽くこづいた。

 その宝石を選んだのが黒羽快斗だということを、恵子は昨夜の彼女の電話で聞いて知っていたのだ。

 喧嘩ばっかりしてるけど、ホントは仲がいいんだから、と恵子は笑う。

「でも、コレどうするの?このまま持ってる?」

「う〜ん、どうしようかなあ。一応、アクセサリーケースの中に入れておこうと思ってんだけど」

「それってさあ、前にトロピカルランドで買ったキャラクター入りのやつ?あれって鍵がついてなかったんじゃない?」

「それヤバイよ青子。もし本物だったら」

「絶対に違うって〜!だって快斗が選んだんだよ?なんでコレ選んだのかって後で聞いたら、青子の青だからって言うんだもん!」

 安直〜〜

 そう言ってケラケラ笑う青子を横目で覗き見ていた快斗は、疲れたようにため息を漏らした。

(ケッ、目をつぶって適当に選ぼうとしてたのは、どこのどいつだよ!)

「ちょっと見せてもらえますか?」

 ふいに賑やかな彼女たちの間に整った顔立ちの男子生徒が割って入ってきた。

「あ、白馬くん?」

 いいけど、と青子は持っていた青い石を白馬の手に渡す。

 白馬は、子供の親指ほどの大きさの宝石を左右に傾けながら眺めた。

「白馬くん、それ本物か偽物かわかる?」

「いえ。さすがに宝石の鑑定まではできませんが、ガラス・・ではないようですね」

「じゃ、本物?」

「本物とも断定はできません。最近は本物そっくりの人工宝石も出回っていますからね。良かったら、僕の知り合いがやっている宝石店で鑑定してもらいますか?頼めば安くで指輪やペンダントに加工もしてくれますよ」

「ホント?行く行く!」

 白馬の提案に青子は瞳を輝かせて何度も頷いた。

「・・・・・・」

「君も一緒にどうです、黒羽くん?」

 なんでオレが?と快斗は、むぅと不機嫌に口を尖らせて、お綺麗な坊ちゃん顔の白馬を睨みつける。

「この宝石は君が選んだのでしょう?価値を知りたいとは思いませんか?」

 思わねえよ、と快斗はブスッとなってそっぽを向く。

 とっくに自分で鑑定済みなのだから、快斗にとっては今更なのだ。

 が、青子と白馬を二人にさせるのはもっと面白くないので、結局快斗もついていくことになった。

 なんだか白馬の思い通りになったようで、ちょっと気分がよろしくない。

 結構、こいつって強引なとこあるよな。

 前もって白馬が連絡を入れていたのか、店のオーナーはニコヤカな顔で彼らを出迎えた。

 普通、高校生が出入りできるような店ではない。

 扱っている宝石は高級品ばかりで、高校生が気軽に持てるようなものはなかった。

 白馬がいなければ、青子も尻込みして入り口をくぐることもできなかっただろう。

 さすがに金持ち、と快斗は首をすくめた。

 店の宝石鑑定士が、青子の持ってきた青い宝石を受け取って鑑定を始めた。

 ルーペで丁寧に宝石を調べる。

 どうせ偽物、と青子は思うが、それでも本物だったらやっぱり嬉しいな、とちょっぴり期待する。

 鑑定士が宝石を台の上に置くと、青子はドキドキしながら鑑定の結果を待った。

「どうです?本物ですか?」

 白馬が訊くと、鑑定士はゆっくりと口を開いた。

「本物のブルーダイヤですよ」

「ブルーダイヤ?これって、ダイヤなの?」

 ダイヤというのは皆、白く透明なものと思っていた青子にはびっくりである。

 しかも本物!

「こんないいものは久しぶりに見ましたよ。カットも素晴らしいし。これは、ちゃんとケースに入れてしっかり管理しておくべきものですよ、お嬢さん」

 ハンカチにくるんでポケットに入れておくなど、とんでもないと鑑定士は言った。

「いったい、どれくらいの価値があるものなんです?」

「一千万は下りませんね。オークションに出せば、もっと値が上がるでしょうが」

「い・・・い・・・・」

 一千万〜!

 青子はとんでもない金額を耳にして、思わず気が遠くなりかけた。

 一千万・・一千万・・・・

「そんな・・そんな高いもんだったなんて・・・・・・・」

「青子?」

「快斗!やっぱり返した方がいいよね?ね?」

「返すって・・・石をか?」

 なんで?と快斗は不思議そうに尋ねる。

「だって・・!だって一千万なんだよ!もらえるわけないじゃない!」

「やるって言ってたじゃん、あの人」

「まさか本物を選ぶとは思わなかったのよ、きっと!」

「20分の1でも当たんないとは限らねえんだぜ?だからマグレでも当てても構わないって宝石を入れてたんだろうし」

 それが一千万でも、本人があげてもいいと思ってたんだったらそれでいいわけで。

 だが、青子はそう思い切ることが出来ないようだ。

「おまえさあ、本物を期待してたんだろ?」

 そうだけど・・と青子はくしゃりと顔をしかめた。

「本物でも一万円くらいのものって思ってたんだよぉ」

 一万円だあ〜〜?

 一緒に入ってた偽物でもそれ以上するぜ、と快斗は大きなため息をつく。

「返すことねえって。もらっとけよ」

 快斗は言うが、青子はどうしても納得できずに首を振った。

「やっぱり返す!」

「おい、青子!」

 青子はブルーダイヤを再びハンカチにくるむと、宝石店を飛び出していった。

「黒羽くん!」

 青子の後を追って店を出ようとした快斗の腕を白馬が掴んで止めた。

 なんだよ?と快斗は眉をしかめて振り向き、自分を捕らえる白馬を睨む。

「君は、あの宝石が本物だとわかっていて選んだのですか?」

「ああん?宝石なんかオレにわかるわけねえだろが。偶然だよ、偶然!」

「本当ですか?」

「何が言いたいんだ、白馬?」

「いえ・・・・」

「・・・・・・・・・」

 快斗はそのまま口を閉じてしまった白馬の手を振り解くと、青子の後を追っていった。

 その日の夜、快斗に説得された青子は、とにかく父親に宝石のことを打ち明けることにした。

 久しぶりに早く帰ってきた中森警部はゆっくりとお風呂に浸かり冷たいビールで喉を潤しくつろいでいたが、青子の話を聞いた途端ビールを思いっきり噴き出した。

「い・・一千万だとぉぉぉ!」

「どうしよう、お父さん・・・快斗は賞品なんだからもらっとけって言うんだけど、やっぱり返した方がいいよね?」

「いや、まあ・・・・」

 話を聞くと、それは抽選に当たった景品だったようだが、しかし、あまりにも桁が大きすぎる。

 青子が困惑するのも無理はない。

「実業家のシャーノン・李氏なんだな。わかった。ワシが彼に話をしよう」

「本当、お父さん!話をしてくれるのね!」

 青子は父親の言葉にホッとする。

(まったく・・・・)

 一千万の宝石を女子高生にポンとやるなどと・・・中森には到底理解できなかった。

 つい先日、6千万で購入したというルビーをキッドに盗まれたというのに、もう新しい宝石を手に入れ公開するという香港の貴公子と呼ばれている実業家の思考回路が理解に苦しむ中森である。

 まあ、ルビーはいつものように持ち主である李氏の手に戻ったということだが。

「ほうお。これが”ミステリアスブルー”ですか」

 中森警部は、つい先ほど届いたという青い宝石を興味深げに眺めた。

 先日のルビーに負けず劣らずの巨大さだ。

 明日の夜、米花プリンスホテルで財界の有名人などを招待してのパーティで展示されるというのだが、ハッキリ言って迷惑な話である。

 VIPばかりの招待客の警護だけでも一苦労だというのに、こんな宝石の警備までとなると大変どころではない。

 以前、中森は鈴木会長が持っていた”神秘の蒼”と呼ばれる宝石を警備したことがあったが、どうやらこちらが本物の女王の宝石だということらしい。

(ま、ワシにはどっちでもいいことだがな)

 それより・・・

「先ほどの話なんですが」

 ああ、と李は微笑する。

「アレはあくまで、抽選に当たったお嬢さんへの贈り物ですから、お返し頂く必要はありませんよ」

「ですが、あまりにも高価すぎます。娘もどうしていいのかわからず困惑していますし」

 だいたい、一千万もする宝石の管理など自分たちは慣れていないから、下手をすると神経をすり減らすだけだ。

 貧乏性だと言われようと、それが事実なのだからしょうがない。

 困りましたねえ、と李は苦笑する。

「では、お嬢さんが気を使わないですむ宝石と交換するということでどうでしょう?」

 明日のパーティにご招待しますので、そこで交換しましょう。

 そうそう、あの日娘さんとご一緒だった少年も一緒にどうぞ、と李は中森に勧めた。

 ふと新一は静寂の中、目を覚ました。

 夕方にフォックスが出かけた後、一人本を読んで時間を過ごし、ベッドに入ったのは11時頃だった。

 首を巡らしてサイドボードの上の時計を見ると、針はもうすぐ午前2時を差す所だった。

 と、新一は何が自分の目を覚まさせたのか気づきガバッと身体を起こした。

 階下に人の気配がするのだ。

 フォックスが戻ってくるのは早朝の筈だから、彼女の筈はない。

 では快斗か?

(いや、違う・・・・)

 快斗なら、まず自分の様子を見にくるはずだ。

 寝ている者を起こすなと何度怒ってもコリることを知らない快斗が、おとなしく階下にいるというのは変だ。

 ではいったい・・・・・

「誰だ?」

 新一はベッドから離れるとパジャマのまま部屋を出て階段を下りていった。

 玄関ホールもリビングも明かりはついていなかったが、満月の光が別荘の内部を明るく照らしていた。

 侵入者はリビングの椅子にゆったりと座っていた。

 まるで部屋の中で月見でもしているかのような呑気な姿に新一は呆れて、そして脱力した。

「何やってんだよ・・・・」

 新一が声をかけると、窓の方を向き、足を組んで深く椅子に腰かけていた人物がゆっくりと顔を向けた。

「父さん?」

 世界的に有名な推理作家、そして今では伝説となっている美人女優と電撃結婚し、日本警察の救世主と言われる息子をもった工藤優作が、ニッコリと微笑んだ。

「やあ、新一。久しぶりだね」

「やあじゃねえよ。なんで父さんがここにいるわけ?」

「阿笠博士から、おまえがここにいると聞いてね。おまえの顔を見に来たというわけだ。元気そうだな」

「元気だよ。で、また母さんと喧嘩したのか?それとも締め切りから逃げてきたのかよ?」

 新一の言葉に優作は苦笑する。

「おいおい。今、おまえの顔を見に来たって言っただろうが」 

 信じられっかよ、と新一はフンと鼻を鳴らす。

 しかし、まさか優作がこの別荘に来るとは思ってもみなかった新一だ。

 一応、両親が戻ってきたときのために阿笠博士に自分の居場所と状況は知らせてはいたが。

 フォックスや快斗がいない時でよかった、と新一はそれだけはホッとする。

「で、いつ来たんだよ?」

「ついさっき着いたところだよ。月が綺麗でねえ」

 優作はそう言うと、月の光で蒼く光る息子の瞳を眩しそうに見つめた。

「何も、こんな夜遅くに来ることねえだろうが」

「いやあ、この別荘には幽霊が出るということだったからね。一度、どんなものか見たいと思ったのだよ」

 はあぁぁ??と新一は相変わらずの父親の物好きさに瞳を眇めた。

「ところで、おまえはもう見たのか?」

 ユ・ウ・レ・イ。

「見ねえよ、幽霊なんて」

 そうか?それはおかしいなあ、と優作は首を傾げる。

「あいつは金縛りにあうは、女の幽霊に襲われるわで死にそうだったとか言ってたんだがなあ」

 気のせいじゃねえの?と新一は首をすくめる。

「そうか・・・さすがの幽霊もおまえに恐れをなして逃げ出したのかもしれんな」

 ふむ、と納得したように頷く父親を見て、新一はため息をついた。

 あのな〜〜

「オレ寝るぜ。幽霊が見たけりゃ一晩中そこにいろよ」

 つきあいきれないとばかりに新一は、クルリと向きを変える。

「ああ、新一。明日(と、もう今日だな)うまい中華料理を食いにいかないか?」

「中華料理〜〜?」

「パーティの招待券をもらってね。本当は有希子と一緒に行くつもりだったんだが断られてしまってな」

「・・・・やっぱり喧嘩したんじゃねえか」

「いや、ちょっとばかり機嫌が悪かっただけさ」

 でなきゃ、シャツの口紅ごときで・・と優作がブツブツ言うと、またかよと新一はガックリ肩を落とした。

 米花プリンスホテルの28階、フロア半分を借り切って行われているパーティは、主だった財界人が招待されているだけあって盛大であった。

 主催者が中国人だからか、テーブルに並べられた料理は香港から直送された素材を本場の中国人シェフが調理した見事な料理ばかり。

 色彩も豊かな豪華中国料理の数々であった。

 舌の肥えた招待客たちをうならせること間違いなしの料理に、主催者である李氏に特別に招待された高校生二人組みは瞳を丸くするばかりだった。

「すんげえ・・・これ、好きに食っていいんだよな?」

 夢みてえvと快斗は上機嫌にニコニコ顔だ。

 ただし、当然というべきか大きな皿に丸ごとのっているテーブルには近づかない。

「恥かくようなことしないでよね、快斗」

「恥ってなんだよ?心配なのはおまえの方じゃねえの」

 快斗がふふ〜んだと、瞳を細めて隣の青子をチロッと意味ありげに見ると、彼女はムカッとなって目をつりあげた。

 ああ、ダメダメ・・・ここは教室じゃないんだから。

 青子は頭の中でとび蹴りをくらわせるという想像をするだけに留め、ググッとこらえた。

 今夜の青子は赤紫のチャイナドレス姿だ。

 長い髪は二つに分けて、耳の上で可愛らしく編んでいる。

 色白で可愛い顔立ちの青子に、そのドレスはとてもよく似合っていた。

 快斗はニッと笑うと、怒りに震えている青子の耳に、こそっと「今夜は超可愛いぜv」と囁いた。

 途端に青子の顔はカァァッと目に見えて赤くなった。

「あ・・ありがと・・・・」

 青子の素直な反応に笑みを浮かべている快斗は、紺のスーツにコバルトブルーのネクタイをしめている。

 普段見慣れたガクランやジーンズ姿とは違い、正装した少年は妙に大人びて見え、青子はさっきからドキドキしっぱなしだった。

(快斗って、こんなにハンサムだったんだ)

 新たな発見というのも変だが、なんだか不思議な気持ちがした。

「黒羽くん?」

 ふいに聞き覚えのある声に呼ばれ振り向くと、二人の後ろにクラスメートの白馬探が驚いた表情で立っていた。

「あれ?白馬くんも招待されてたの?」

 青子も大きな瞳を瞬かせて白馬を見つめた。

「あ、いえ・・・招待を受けたのは母なんですが、急に行けなくなって代わりに僕が」

 な〜んだ、と青子は笑いながら首をすくめる。

「てっきり、またキッドが出るのかと思っちゃった」

 オレはお化けかよ?と快斗は青子の言い草に苦笑をもらす。

「で?あなた達はどうして?」

「オレたちは特別にミスター李に招待されたんだ」

 ミスター李に?と白馬が首をかしげた時、黒いスーツ姿の若い男が彼らに近づいてきた。

「中森青子さまでいらっしゃいますね?」

「は、はい!そうですけど・・・・」

 青子は目の前の端正な顔立ちをした男をおっかなびっくりで見つめる。

「私は黄(ウォン)と申します。社長のミスター李からあなた様にお渡しする宝石を預かってまいりました」

 あ、と青子は小さく声を上げると、持っていたバッグからお守り袋を取り出した。

 さすがに一千万円もする宝石をハンカチに包んでおくわけにもいかず、といってケースも持っていないのでお守り袋の中に入れて持ってきたのだ。

 羽根のはえた白い子猫の絵つきのお守り袋は、今時の女子高生には見慣れたものだが、その中に納まっているのが、一千万円もの価値のあるブルーダイヤというのがミスマッチというかスゴイというか。

 さすがに大物実業家の秘書をしているだけあって、可愛らしいお守り袋からブルーダイヤをつまみ出す青子を見ても表情を変えることはなかった。

 見事なポーカーフェイスだ。

 内心ビックリしてんだろうけどな、と快斗は笑う。

「よろしければ、この袋ごと頂いていっても構いませんでしょうか?」

 はい!どうぞ!と、青子はお守り袋ごと宝石を秘書の手に渡した。

 宝石を受け取った男は、かわりに青いビロードのような長めの箱を青子に渡した。

「あの・・・中を見ていいですか?」

 また、とんでもない高級品だったら大変だと青子が男に尋ねると、彼は笑みを浮かべ、どうぞと頷いた。

 蓋を開けると中には、銀色の鎖がついた青い石が入っていた。

 ブルーダイヤとは印象の違う色だが、それでも青子には高級品に見えた。

 とにかく一般庶民とは価値観が違う相手なのだから、手ごろな価格の宝石と言われても、あっさり鵜呑みにできないのだということを青子は今回のことで学習している。

「これは?」

「ブルートパーズだぜ。いい色してんじゃんv」

「ブルートパーズ?それって、どのくらいするの、快斗?」

「う〜ん、そうだなあ・・・こんくらいなら青子の小遣いの二ヶ月分ってとこじゃねえの?」

 それを聞いた青子はホッとした。

 それくらいなら。

「どうもありがとうございます!」

 青子は黄に向け、ペコリと頭を下げた。

 そして黄も、では・・とまた丁寧に一礼すると彼らのそばから離れていった。

「でもさあ、この鎖はプラチナで結構細かく細工されてっから、石の20倍はするんじゃねえ?」

「・・・!」

 えぇぇぇぇ!

「なんで、それを早く言わないのよぉぉっ!」

 もうバ快斗!

「別にいいじゃん。それでも、あのブルーダイヤに比べたらたいしたことないんだしさ」

「そりゃ、そうだけど・・・」

 でも、とまだ困った顔をしている青子の手からネックレスを取り上げると、快斗は彼女の後ろに回って首にかけてやった。

 さすがに趣味の良いネックレスは。青子のチャイナドレスの上からでも違和感を感じさせなかった。

「よく似合いますよ、中森さん」

「え、そう?」

 白馬に褒められた青子は嬉しそうに笑う。

 ところで黒羽くん、と白馬はふいに青子から快斗の方に視線を向けた。

「宝石はわからないとか言ってましたが、結構詳しいじゃないですか」

「ブルートパーズのことだったらお生憎だぜ、白馬。おふくろが、これとおんなじ石の指輪を持ってんだよ」

 ふふ〜んだ、と快斗はそう言って意地悪そうに鼻で笑う。

 そうですか、と白馬は吐息をついた。

 まあ、そう簡単にボロを出す彼ではないとはわかっていたことだ。

 この会場で彼を見つけたとき、白馬はかなり驚いた。

 何故なら、キッドからの予告状は今回送られてこなかったからだ。

 予告状を送る暇もなかったというのも考えられるが、しかし中森さんの話ではどうやら計画的なものではなさそうであるし。

 それでも、と白馬はさりげなく探りを入れてみる。

「ああ、そういえばもう見られましたか?」

「何を?」

 あれですよ、と白馬はちょっとした人だかりが出来ている会場の右奥を軽く指差した。

「ミスター李が、ルビーに続いて新たに購入したという宝石”ミステリアスブルー”です」

「・・・・・・!」

 なっ!

(なんだ、そりゃ!んな話、知らねえぞ!)

「もしかして、その宝石って見られるの?」

 ええ、と白馬が頷くと青子は好奇心に瞳を輝かせた。

「見たい見たい!ねえ、見に行こうよ、快斗!」

「あ、ああ・・・」

「・・・・・・」

 白馬は青子に引っ張られるままに展示ケースの方へ向かう快斗の背中を、首をかしげて見つめた。

 一瞬だが驚いた表情を浮かべた彼・・・

 ホントに知らなかったのだろうか。

 まさか、あの怪盗キッドがそんな見落としを?

 宝石を見物していた大人たちの隙間をくぐって前に出た二人は、透明な展示ケースの中に収まっている青い宝石を見た。

 巨大といっていいほどの大きさを持った、青く輝く神秘の宝石。

「すっご〜い!本当にミステリアスブルーって感じv」

 ねえ、快斗?

「・・・・・・」

 ケースの中の青いビッグジュエルをじっと覗き込むようにして見ていた快斗は、フッと眉間を寄せた。

(ミステリアスブルーだと?これもS・Jじゃねえか)

 ルビーに続いて、なんでこんなもんを。

 あの男は高額な宝石ならなんでもいいってタイプの人間ではない筈だ。

 大金を出して何故S・Jを手に入れる?

 ルビーの時は、あのシャドウの手による偽造品だから、やり手の実業家の騙されてもしようがないか、と思った快斗ではあるが。

 しかし、ルビーがS・Jだとわかってもまだ同じS・Jを手に入れるという男の本意が理解できない。

 しかも、わざわざ”ミステリアスブルー”という名称を出したこと自体に快斗は作為を感じた。

 既に”ミステリアスブルー”の名は公然の秘密となってきている。

 香港で成功した実業家というミスター李なら、それを知っていてもおかしくはないが。

「あっ、快斗!李さんだよ!」

 会場に姿をあらわしたこのパーティの主催者シャーノン・李がマイクを持ち、招待客に向けてスピーチを始めていた。

 今夜の彼はスーツ姿ではなく、鮮やかな金糸の刺繍が入ったダークグリーンの中国服を身に着けていた。

 黒髪も緩く後ろになでつけていて、あの日イベントホールで出会った彼とは別人のような印象を受ける。

「ス・・ステキー〜〜!」

 中国の王子さまみたい!と歓声を上げる青子に、なんだそりゃ?と快斗は瞳を瞬かせる。

 まあ貴公子ってのは頷けるけどな、と快斗は肩をすくめた。

 それより、あの男・・・いったいどういうつもりなんだ?

 何か企んでるのか?

 快斗の李に対する疑惑は、スピーチが終わってまもなく、会場に見知った二人が現れたことでさらに深いものとなった。

ちょっと待てぇぇぇ!

 何故次から次へと、こうオレの知らないことばっかり起こるんだあ!

 快斗の動揺など知らぬげに、遅れて現れた二人は人々の注目を一身にあびながら会場の中を歩いていく。

 一人は濃紺のスーツを着た、まだ40にはなっていないだろう眼鏡をかけた整った顔立ちの男。

 ロスに居住を移してからは、あまり日本に姿を見せることはないが、それでもあまりにも有名な推理作家の顔を知らない者はこの会場には殆どいないだろう。

 ある年代の男性人にとっては、永遠のマドンナともいうべき美人女優を横から掻っ攫った男というイメージが強いかもしれないが。

 そしてその男の横を歩くのは、まだ高校生と思える少年であったが、彼もまた男に負けないくらいの有名人だ。

 少年は青いブレザースーツに赤いタイをしめていた。

 顔立ちは隣の男に似通った雰囲気があったが、少年の母親を知っている者なら彼女の面影を追ってしまうことだろう。

「あれって工藤新一くんよね?すっご〜い!」

 今夜の青子は、とにかくスゴイの連続である。

 確かに意外性にとんだ夜かもしれない。

すみません・・完結編に続きます・・・・・

 

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