「ありません。」
オレの目の前に座ったオジサンが、苦々しい顔をしながらボソリと呟く。
「ありがとうございました!」
「・・・・・ありがとうございました。」
さっさと挨拶をしたオレに、やっぱり何か言いたいことがあるような顔で、そのオジサンは小さくお辞儀をした。
ちょっと下膨れで、目だけがギョロギョロとしたその人の顔は、昔、佐為が苦手だと言ったガマガエルに少し似てる。
・・・佐為がこの場にいたら、逃げ出していたかも。
オレは、そんな昔の事を思い出して、一人笑いを噛み殺した。
・・・にしても。
たいしたことなかったな。
打倒緒方センセーって大っぴらに言ってるとかいう前評の人だったから、結構強いのかと思ったんだけど。
・・・勝手にライバル視してるだけなのかな?
って、昔のオレみたいじゃん。
実力もないクセに、塔矢のライバルだって豪語してたあの頃に。
そう思ったら、なんだかちょっと愉快だった。
とりあえず、今日も勝ち。
碁盤をキレイに片付けたオレは、少し暮れかかった空を見上げた。
・・・オレ、がんばってるよ、佐為。
神の一手には、まだまだほど遠いけどさ。
リュックを背負って、さぁ帰るかと部屋を出ると、入り口のところで和谷がオレを待っていた。
「進藤!」
「和谷?何してんの?今日、対局なかったじゃん。」
「ちょっと棋院に用があったんだよ。お前さ、この後、時間あるか?何か食いに行かねー?」
和谷ににっこりそう誘われ、オレは快諾する。
いつもなら、空いた時間は塔矢と碁会所に打ちに行く事が多いんだけど、今日からアイツは地方で指導碁の仕事だ。
ファーストフードでいいかと訊ねる和谷に、オレは別に構わないと頷く。
棋院からそう遠くないところにある店に、オレ達は入った。
院生時代によくみんなで通いつめてた所だ。
二人してハンバーガーにかぶりつきながら、他愛もない会話をする。
プロになってから一人暮らしを始めた和谷の回りには、院生時代の仲間が集う事も多い。
みんなが今、どうしているのかとか、相変わらず和谷は詳しかった。
ひとしきり、トレイの上のモノをキレイに片付けた和谷が、コーラのストローに口をつけながらオレを見る。
「・・・にしてもさ。 進藤、お前、絶好調じゃん。」
「え? そうかな?」
「・・・ったく。
ほんのちょっと前まで、サボってたヤツとは思えねー快進撃してるじゃねーかよ。」
「あはは・・・・・。」
佐為が消えてから、しばらく。
手合いに出なかったことを言われると、今も返す言葉がない。
オレは、ただただバツの悪そうな笑いをするしかなかった。
和谷はそんなオレを見て、ヤレヤレと溜息を零す。
「何だか知らねーけど、お前ってやる事めちゃくちゃで、結構、目立つよなぁ?」
自覚のないことを言われて、オレは首を傾げた。
「・・・・そうかな?」
「そうなんだよ! お前、自分で気づいてねーかもしれないけど、囲碁界の中じゃ、かなりな異端児だぜ!」
「え?!何で?!」
「だって、ろくすっぽ経験もないまま、師匠もいないで院生になっちまってさ、
すぐプロ試験合格だろ?
で、プロになったら突然バックレで、復帰したと思ったら、いきなり連勝街道まっしぐら。
これで、目立たない方がウソだって!」
・・・そうなんだ・・・。
和谷にそう言われて、オレはちょっと肩を竦める。
でも、目立つつもりなんか、これっぽっちもなかったんだけどな。
ちょっと面白くなさそうな顔をしてる和谷は、コーラを全部飲みきって、空のコップをトレイに投げ捨てる。
手持ち無沙汰で、オレも食べ残しのもう冷えたポテトを口へ運んだ。
「そういや、今度、『週刊 囲碁』でお前の特集やるんだって?」
不意に話題の転換を図られて、オレはバカみたいにポケっと和谷を見返した。
「何だよ?聞いてねえのかよ?取材のOK、お前が出したんだろう?」
「・・・あ、ああ、そーいえば。そんな話もあったっけ・・・。
結構、前のことだったし、忘れてた。」
「ったく、相変わらずボケボケしてんな。ソレ、近いうちに発行されるんじゃねぇ?
オレも院生時代のお前のこと、こないだ聞かれたしさ。」
「え?!ウソっっ!??」
「ウソなもんか!ちゃーんと取材には協力させてもらったからなv」
・・・うっ。
ウインク付きでそう言う和谷の顔が、なんだか悪戯をした子供みたいに見える。
「・・・で、和谷は何て答えたんだよ?」
やーな予感が漂う中、オレは念のために聞いておくことにした。
すると、和谷はにんまりとする。
「・・・・そりゃあ。
最初はすっげーヘタなくせに、自称・塔矢アキラのライバルなんてほざく、生意気ヤツだったってな!」
「・・・ひっでーーーーっ!和谷〜!」
オレは食べ終わったハンバーガーの包みを、笑いながら和谷に投げつけてやった。
和谷も「ほんとのことだろ!」と意地悪い笑みを浮かべながら、投げ返してきたけど。
オレ達は、しばらくそうして笑い合っていた。
ひとしきり笑い終えた後で、和谷がオレの顔を覗きこむ。
「ところでさ、進藤。 お前、勝ち進んでるのはいーけど、近頃、勝ちを焦ってないか?
今日の対局だって、あのオッサンをバッサリ一刀両断しやがって。あれじゃあ、気の毒だっての。」
「・・・別に、そんなつもりは・・・。」
・・・なかったんだけど。
と、言いたいオレの前で、和谷が口をへの字にして腕組みする。
「森下先生も言ってるぜ?ここのとこ、進藤は気負い過ぎだって・・・。お前、こんなんじゃ
今に倒れるぞ?」
「・・・大丈夫だよ。」
心底心配してくれる和谷に、オレは苦笑した。
「何、焦ってんだよ?プロとしてスタートが出遅れたからか?そんなもん、これからいくらでも
巻き返せるだろ?」
「・・・別に、そんなこと・・・オレ・・・。」
・・・オレは、ただ・・・。
オレは膝の上に置いたままだった、手をぎゅっと握り締めた。
和谷から視線を逸らしたオレは、トレイの上に零れた赤いバーベキューソースを見つめながら、小声で言う。
「・・・オレは。 ただもっと、早く上に行きたいって、ただそれだけで・・・。」
「早く?何で?打倒 塔矢アキラのためか?!」
「それもあるけど・・・・。」
オレの返事は、ひどく歯切れの悪いものに終わった。
とりあえず、あまり無理はするなという和谷の暖かい忠告に、オレは素直に頭を下げる。
悩みがあるなら、いつでも相談に乗るぞだなんて、言ってくれる和谷はほんとに良いヤツだと思うけど。
ごめん。
オレ、和谷に何にも言えなくて。
心配ばっかりかけて、ごめんな。
オレはそう心で詫びるしかなかった。
早く上に行きたい。
神の一手を目指すために。
佐為に・・・。アイツに近づくために。
そして。
塔矢のためにも。
オレは、がんばるってそう決めたんだ。
○●○○●● ○●○ ○○●○●○
そうして、ファーストフード店で和谷と別れて。
オレが地元の駅に着いた頃には、すっかり日も暮れていた。
家までの道のりを、ただ何も考えなしにボーっと歩いていたら、前方に見慣れた人影を発見した。
あかりだ。
「あかり?今、帰りか?ずいぶん遅くねぇ?」
「あれ、ヒカル?!ヒカルこそ、こんな時間に何してるの?」
セーラー服姿で振り向いた幼馴染は、相変わらずオレが囲碁のプロだという認識が欠けている。
オレは、ちょっとムクれて見せた。
「何してるって・・・。オレは今日は手合いだったんだよ。これから帰るとこ。」
「ああ、そうなんだ。私は塾帰りよ。受験生だもん。」
「あ、そっか。」
言われてみれば、自分達は中3だった。
オレは、進学するつもりはないから関係ないけど、普通の奴らにしたら今、受験生なんだよなぁ。
近頃、学校も手合いで休みがちだから忘れてたけど、そういや結構クラスの中も殺気立ってたような。
・・・たいへんだな。
オレは隣で、こないだの模試の結果がよくなかったとか、志望校の倍率がどうだとか唇を尖らせているあかりをちょっと気の毒そうに見つめた。
「あ〜、勉強の話題はヤメヤメ!気分が暗くなっちゃう!」
「何だよ?お前が勝手にしてるんだろ?」
「ね、ヒカルの方はどうなの?今日は勝った?」
「・・・まーな。」
長い髪を揺らしてオレを覗き込むあかりの笑顔は、ちょっとだけ女らしくなったように見える。
前は毎日会ってたのに、今はほとんど会わなくなったからかな。
「・・・お前、囲碁部は?」
「やってるよ。ヒカルに比べたら全然だけど、私も結構強くなったんだから!
今度勝負してよ!」
「お前っっ、オレと比べるなんて、1000年早いぞ!」
「1000年ってなによぉ〜!!ソレ、あんまりじゃない?!」
拳を振り上げたあかりから逃げるべく、オレは小走りになる。
その足を、あかりの一声が止めた。
「あ、ヒカル!そういえば、こないだ学校に取材の人が来たのよ。」
「・・・えっ!」
取材・・・って、もしかして。
「もしかして、『週刊 囲碁』?」
「そう、それ!ヒカルが囲碁部だった頃の事、いろいろ聞かれて・・・。
私も大会に出るために、部員集めを一生懸命やった頃のこととか話しちゃった。」
・・・学校にまで来たのかよ・・・。 もっと軽いもんだと思ったのに、まいったな・・・・。
「・・・・・・お前、余計な事、言わなかったろうな?」
「何よ!それ!!失礼しちゃうっっ!!」
オレの物言いに、あかりはぷぅっと膨れっ面をして見せるが、オレは気にせず、問いただす。
「・・・で、具体的にどういう事を聞かれたんだよ?」
「えーっとね・・・。ヒカルの囲碁部での人間関係とか・・・。」
・・・何だ、そりゃ?
「ヒカルと親しかったのが、囲碁部の誰かとか・・・。あ、でも、だからそこで名前が上がった人には直接、本人に電話で取材とかあったみたい。 筒井さんとか。」
「え?筒井さん?!」
「だって、囲碁部の頃のヒカルを一番知ってるのって、やっぱり部長だった筒井さんでしょ?
ヒカルったら、年ごまかして大会に出たこととかあったんだってね?せっかく買ったのに失格になったって。
その話は、取材の人も興味深そうに聞いてたって、筒井さんが言ってた。」
・・・ああ。 でも、その時、打ってたのは、佐為だよ。
もうずいぶん、昔の話だ。
まだ、オレが囲碁をほとんど打てなかった頃の・・・。
あれは、オレの碁じゃないのに。
佐為が打った碁の事がオレの記事になるなんて、なんだかアイツに申し訳ない・・・。
そう思うと、ちょっぴり気が沈んだ。
「あ、それからね、ヒカル。 三谷君の家にも取材の電話があったって。」
「え?三谷?! 何で?!」
「だって。一応、囲碁部の中でヒカルのライバルって言ったら、三谷君しかいないでしょ?
だからじゃない?」
・・・いや、でも。 よりによって、三谷だなんて。
オレが院生になるために囲碁部を退部して以来、三谷とは距離ができてしまった。
もとはといえば、オレのせいだし、アイツが怒る理由ももっともなんだけど。
だからって、オレが謝って簡単に関係が修復するような、そんな単純なものじゃなくて。
とにかく、三谷がプロのオレをどう思ってるかは知らないけど、こんな取材なんて不愉快だったことには間違いないだろう。
オレは、また1つ、三谷を怒らすネタを提供してしまったんじゃないか?
オレは重い溜息を吐いた。
「・・・三谷のヤツ、さぞ、メーワクだったろうなぁ・・・。」
「あ、でもね。三谷君、ちょうど外出中で、直接取材の人と話せなかったからラッキーだったって言ってたよ。電話に出たのは、三谷君のお姉さんだって。」
「・・・へぇー。」
三谷のお姉さん・・・。
そういえば、昔、佐為とネット碁をやってた頃に、よくお世話になったっけ。
考えたら、アレ以来、ネット碁もやらなくなって、全然会ってないな。
と、ここまで思って、オレはハタと足を止めた。
ネット碁?!
もしかして、三谷のお姉さんがオレがネット碁をやっていたことを取材の人に
喋ったりしたら・・・!!
オレは、ネット碁をやってないことになっている。
塔矢にも、和谷にもそう話してきた。
『sai』との関係を勘ぐられることを避けるために、言い張ってきたオレのウソ。
別に今更、ネット碁をやってたってバレたって、もう誰もそんなこと気にも留めてないかもしれないけど。
でも。
もし、ネット碁をやってた時期までも、詳細を明らかにされたら?!
『sai』がいた頃と、全く同時期であることがわかってしまったら・・・・!!!
塔矢に。
アイツに、また1つ、オレと佐為のことを結びつける情報を与えてしまう事になる。
オレは全身の血が一気に冷却されるような気がして、その場に立ちすくんだ。
・・・・たぶん。
塔矢は知っている。
オレと佐為(=sai)が、何かしら関係しているということを。
でもそれを、敢えて、聞かないでくれている。
オレが“いつか話す”と言ったから、それまで待ってくれてるんだ。
なのに、また確証づけるようなことになってしまったら・・・!!
オレは、アイツの気持ちを知ってる。
本当は知りたくて仕方ないのに、ずっと待っていてくれていることを。
ギリっと胸が痛んだ。
塔矢の優しい笑顔を見るたび、オレの胸を締め付ける痛み。
塔矢に話してやりたくて。
オレ自身、塔矢にも聞いて欲しくて。
でも、まだ。
まだ、言えない。
その勇気がオレにはないから。
「・・・ヒカル?ヒカルったら、どうしたの?さっきから黙っちゃって・・・。」
不思議そうにあかりがオレを覗く。その細い腕を、オレはぐっと掴んだ。
「あ、あかりっ!お前、三谷んちの番号知ってるか?!ケータイでも家でもどっちでもいいからっっ!!」
「何よ?どうしたの?!」
「いいから、教えろよっ!!」
○●○○●● ○●○ ○○●○●○
それから、あかりと別れた後。
オレは近所の公園のベンチに座り込み、祈るような思いで早速三谷の携帯に電話をした。
出てくれるかどうかはかなり疑問だったが、意外なことに電話はツーコール目で繋がった。
「・・・あっ!三谷?!・・・オレっ!! 進藤・・・!」
『・・・・・・進藤?』
オレが名乗ったら、微妙な沈黙が流れた。
いきなり、電話なんかしたんだから、ま、当然といえば当然だ。
もしかして切られるかも、と、思ったオレの心配をよそに、三谷はぶっきら棒な声で返して
きてくれた。
『・・・なーんだよ?』
「あ! えと、ゴメン。 あの・・・。 今、お前、家?」
『・・・そーだけど? それが何?』
「・・・・・あの、お、お姉さん、いる?」
ドキドキしながら、オレがそう言うと。
『・・・はぁ? 姉貴? アイツはいないけど。 バイト・・・。』
「バイト?インターネットカフェの?!」
『いや、そこはもうヤメて、今は別の・・・。ファミレスでウェイトレスやってるけど?』
・・・そうなんだ。
オレは、三谷のお姉さんがいない事に小さなショックを受けて、そのまま携帯を握り締めた。
『・・・・・姉貴に、何か用?』
オレの言動を不審に思ったのか、三谷が聞き返す。
オレは慌てて言葉を繋いだ。
「あ、あの、ほら! 『週刊囲碁』の取材が、三谷の家にも行っちゃったって聞いたから・・・。
三谷のお姉さんが電話に出てくれたんだろ?!その、ちょっとお詫びとか言おうかって・・。」
『・・・けっ! 何だ、そんなことかよ。』
「そんなことって何だよ!!」
『・・・進藤。 お前、ほんとは姉貴が何か、余計な事言ったんじゃないかって、心配だったんだろ?』
するどい。
三谷のカンは当たっていて、オレはちょっとツバを飲み込んだ。
そんなオレを見透かしたように、三谷が鼻で笑う。
『バッカじゃねーの?お前。そんなの、今更、姉貴に聞いてみたところで、もう手遅れだね。』
そのとおりだった。
今更、三谷のお姉さんに何を喋ったか問いただしたところで、もしネット碁のことを話されていたら、もう手遅れだ。
なかったことには、できない。
バカだ。 オレ・・・。
お姉さんが居たところで、何て言うつもりだったんだろう?
アセッて、三谷んちにまで電話して。
自分の浅はかな行動に、早くも後悔の波がどっと押し寄せた。
『・・・で? 用はそれだけかよ?』
「・・・・・・あ。」
こんなくだらない話題に付き合わされて、三谷だってきっといい迷惑だろう。
相変わらずの三谷の少し苛立ったような声が聞こえて、オレはそう思った。
・・・そういえば。
こんな風に三谷と言葉を交わすのは、久しぶりだな。
「・・・三谷。 お前さ、最近、どう?」
なんとなく、このまま電話を切りたくなくて、ちょっと話題を振ってみた。
『はぁ? 何だよ、イキナリ・・・。』
「いや、だってさ。オレ、もうあんまり学校行ってなくて、お前の様子とかわかんないし。」
夜空に浮かぶ月を仰ぎながら、オレはクスリと笑う。
『・・・お前、自分がちょっと勝ちが続いてるからって、いい気になるなよ?』
「え?! 三谷、オレのこと、見ててくれたんだ?!」
『バッ、バカッッ!! そんなんじゃねーよっっ!
オ、オレは・・・・っ!!お前がコケたら、その時、笑ってやろうと思ってだなぁっっ!!』
必死でそう言い募る三谷に、オレは何だかくずぐったいような気持ちでいっぱいになる。
受話器の向こうで、真っ赤になって毛を逆立てている三谷の様子が簡単に想像できた。
三谷はちょっとヒネくれてるけど、本当は良いヤツだってことくらい、オレはとっくに知ってる。
そんな三谷を傷つけて、怒らせたのはこのオレだ。
だから、三谷はもう、オレのことなんて見ていないと思ったのに。
「・・・そっかー。三谷、オレのこと見ててくれたんだ・・・。」
『だから、そういうんじゃねーよっっっ!!オレは別にお前のことなんか・・・・!!』
「・・・ありがと。三谷。」
『・・・!! お前に礼なんか、言われる覚えはないね!』
うれしかった。 どんなに憎まれ口を叩かれようと。
「三谷・・・。ありがとう、本当に。」
『・・・ちっ。』
「オレ、こっちでがんばってるからさ。 三谷もそっちでがんばれよ!」
『フン! お前なんかに言われるまでもねーよ!』
そんな風にしばらく、会話が続いた。
囲碁部にいた頃の、そんな懐かしい風景がオレの頭を過ぎる。
三谷がオレを全部許してくれたかどうかは、わからないけど。
それでも胸の奥にあった小さな痛みが1つ消えていくような、そんな感覚をオレは味わった。
三谷との会話を終わらせると、オレは夜の少し冷えた空気を吸い込んで伸びをする。
ネット碁のことが記事になるかもしれないことを考えると、憂鬱な気持ちは消えないけど。
それでも。
少しだけ、救われたような気がしていた。
空にかかった細い月が、誰も居ない公園に一人佇むオレを照らす。
そして。
問題の『週刊 囲碁』が店頭に並んだのは翌朝のこと。
皮肉な事に、塔矢が帰ってくるまさにその日だった。
●○○●● To Be Continued
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