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NOVEL

しまうで

 しま

 

ら要   “真・・・

 

っとり合って   っとにい

 


僕らは同じ空の下で

                                       ✚ act.7 ✚     


 

 

ふと、美味しそうな匂いがして、目が覚めた。

カーテンも引いていない窓からは朝陽が差し込んでいて、まだ引越しの片付けの済んでいないオレの部屋を明るく照らしている。

オレはそんな部屋をぼんやり見渡した後、昨夜の事態を唐突に思い出した。

 

塔矢と――

一夜をともにしてしまったことを。

 

バサリと布団を跳ね除けるようにして、勢い良く起き上がる。

瞬間、下半身に鈍い痛みが走ったが、それは歯を食いしばって耐えるとして。

塔矢の姿は既にベットにはなかった。

起き上がった瞬間、むき出しになった全裸の自分にギョッとして、大慌てでかけ布団で包んでいると、塔矢の声がした。

 

「ああ、目が覚めたんだね?進藤。おはよう。」

 

塔矢は、部屋にすまなさ程度についている小さなキッチンに立っていた。

お玉なんか片手に。

・・・およそ塔矢アキラらしからぬ格好に、オレは一瞬あっけに取られたが。

 

「・・・・・お、おはよ・・・。っていうか、お前、何してんの?」

昨夜のことも考えれば、今更隠しても仕方の無い自分の体を、オレは必死に布団で包みながら、チロリと上目使いに塔矢を見た。

正直、少しバツが悪かった。

昨夜、あんな醜態をさらした後で、塔矢とこんな風に普通に会話するのが。

けれども、塔矢の方はまるでそんな気なんかないらしく、いつもどおり真っ直ぐにオレを見て答える。

「何って、朝食の支度だ。君はいつも朝食抜きの生活をしているのか?」

「・・・へ?あ、いや、そんなことねーけど。・・・って言うより、朝飯作る材料なんてなかったろ?」

「ああ、だから朝起きて、僕が買いに行ったんだよ。わざわざね。君の冷蔵庫にはジュースやアイスの類はあっても、調理できそうなものは何一つ入ってなかったからな。」

ちょっとムッとしたように塔矢が言う。

「冷蔵庫がこんなに空っぽで、君は食事を一体どうしてるんだ?」

「え?ああ、だいたい朝は棋院に行く前にコンビニとか寄って、軽く済ませてるけど。昼や夜は外食が主だし・・・。」

「・・・料理はしないのか?」

「・・・ラーメンくらいなら作るけど。」

オレの答えに塔矢は呆れたように溜息をつくと、食事くらいちゃんと取れと冷たく言い捨てた。

 

そんな塔矢の言いようは、いつもと全く変わらずじまいで。

昨夜の色っぽさなんて、微塵も感じさせない。

コイツ、本当にオレを抱いたのと同じ人間か?と問いたくなるくらいに。

でも、逆にそんな塔矢の態度にオレは救われた。

本当なら、顔を合わせるのさえ気恥ずかしい状況だったからだ。

 

「・・・塔矢。お前、料理なんか作れるんだ。そっちのが全然意外だけどな。」

「何をバカなことを。料理ぐらい当然だ。母が不在の時は、自分で作っているしな。家事が一人でできるようでなければ、両親が揃って出かける時困るだろう?」

「・・・ま、そうだけどさ。」

「とにかく起きたのなら、顔を洗って来い。食事にしよう。」

「お、おう!」

 

オレににっこりと塔矢が笑顔を返す。

その笑顔に、心なしか、より安心感を覚えるような気がして。

オレは一人顔を少し赤くしながら、洗面所に駆け込んだのだった。

 

 

塔矢の作った料理はうまかった。

食事の間中、オレ達は他愛もない話題に花を咲かせて盛り上がった。

お互い、昨夜のことには一切触れることはなかったが。

 

 

それでも。

オレは塔矢の白い首筋や、唇の動きにドキドキしていた。

目の前にいるのは、いつもどおりの塔矢なのに。

なのに、オレの目にはどこかいつもとは違った艶かしさが強調されて映っていた。

 

 

食事の後片付けが終わり、塔矢がそろそろ帰ると言い出した。

引き止める理由も特に思いつかずに、オレは塔矢の言葉に頷くしかない。

「・・・いろいろ、悪かったな。朝飯までご馳走になっちゃってさ。」

玄関で靴を履く塔矢の背中に、オレはそう告げる。

靴を履き終わった塔矢が、笑顔で振り返った。

 

「見送りはここでいいよ。駅までの道は覚えたから。」

「・・・あ、ああ。」

 

塔矢の優しげな瞳の中に、オレの顔が小さく映る。

オレはそれをじっと見つめながら、塔矢が次に何か言うのを待った。

 

「進藤・・・。」

「あ、うん。何?」

 

塔矢の手がオレの顎を捉えて、そのまま上を仰がせる。

そうしてお互いの唇が優しく触れた。

唇の上を羽が掠めるような軽いキスだった。

 

今までだったら、塔矢とこんな風にキスをするなんて考えられないことだけど。

昨夜だけで、もう数えられないほどキスをした。

体のいたるところも見られているし、それ以上にもっと恥ずかしい自分も全て塔矢には見せた。

それを思えば。

塔矢の唇を受け入れる事など、もうオレにとっては当たり前のようなことだった。

 

「じゃあね、進藤。また・・・」

「あ、ああ。」

 

 

そうして。

塔矢が背を向けて去っていくのを、オレはそのままじっと熱い視線を向けて見送った。

 

 

○●○○●●   ○●○   ○○●○●○

 

 

塔矢がオレの部屋に初めて泊まってから、オレ達の関係は急激に始まった。

 

今までどおり二人で碁会所で打った後は、オレの部屋へ行くのがお決まりのコース。

どちらが誘うと言うわけでもなく、それはごく自然な流れで、当たり前のようになった。

もちろん、お互いのスケジュールのこともあるので、毎回泊まりというわけにはいかなかったが。

塔矢は、時間の許す限りオレと一緒にいようとしてくれていて、泊まれない時は深夜タクシーを飛ばして帰ったりもしていた。

 

 

塔矢とは、オレの部屋では碁は打たない。

塔矢がオレの部屋に来るというのは、いわゆるそういうことをやりに来るということだった。

それがわかっていて、オレは塔矢を部屋に入れている。

 

塔矢に恋愛感情を持っているかと問われたら、まだ自信を持って返事を返すことはオレには難しいけど。

それでも―――

 

一度、一線を越えてしまえば何てことはなかった。

多少の「慣れ」というのはあるのかもしれないけど。

とにかく、オレにとって塔矢と体を重ねる事は、囲碁をするのと同じくらい当たり前のことになりつつあった。

 

 

 

棋院。

けたたましいブザーの音が鳴り響き、昼の休憩時間が訪れた事を告げた。

それまで盤面に集中していた意識がふっと解放されて、オレは顔を上げる。

と、同時に背後から声がかかった。

和谷だ。

「よぉ、進藤。昼飯、出前頼んだんだろ?オレもカツ丼頼んであるんだ。一緒に食おうぜ!」

和谷は対局中のオレの碁盤を興味深げに覗き込みながら、そう食事に誘う。

オレは快諾して一緒に部屋を出た。

 

不意に気が緩んで小さな欠伸を漏らす。

昨夜は塔矢が泊まりに来てて、オレはちょっと寝不足気味だ。

アイツはアイツで今日は地方で仕事らしいけど、朝一番の新幹線で向かう元気があるんだから、塔矢って意外に体力あるよな・・・。

溢れる欠伸を噛み殺しながら、オレは頭の片隅でそんなことを思っていた。

 

 

「・・・でさぁ、進藤。お前、どうなんだよ?その後、一人暮らしはさ。メシとかちゃんと食ってんのか?」

丼飯を口に放り込みながら、和谷が訊ねてきた。

オレは幕の内弁当のおかずを箸で突付きながら、少し苦笑する。

「・・・ううーん。まぁね。でも、結局、昼も夜も外食じゃん?」

「いや、朝メシだよ。お前、いっつも棋院でパンとか食ってただろ?最近、そんな姿を見ないからさ。朝メシ、家で食ってきてるのかと思って。まさかとは思うけど、料理なんかしてんのか?」

・・・いや、料理をしてるのは、塔矢なんだけどさ。

「えっと・・・。まぁ時々は家でちゃんとしたものを食べる時もあるよ。一応キッチンはあるし。」

「ふーん?で、その料理は誰が作ってるんだよ?」

ニヤニヤしながら、和谷が聞いて来る。

さすがに付合いが長いだけあって、オレが料理するとは思っていないところは正しい。

どうしたのものか迷ったが、結局、オレは白状する事にした。

 

オレのどこかに浮かれた気持ちがあったからなのかもしれない。

誰かが傍にいてくれるという、安心感。

 

 

「・・・・塔矢。」

「へ?」

「いや、だから塔矢だよ。アイツがオレの朝メシ、作ってんの。」

「ふぇっ?!」

 

あまりに予想外な人物の名前が出たせいか、和谷は急激にむせこんだ。

お茶でご飯を流し込み、一呼吸終えると目を見開いてオレを見る。

 

「塔矢?!何で塔矢の名前がそこで出てくるんだ?っていうか、お前ら何で?!」

和谷の反応は思っていたとおりで、やっぱりオレは言わなきゃ良かっただなんて今更しても遅い後悔をしていたのだが。

ここまできたら観念して大人しく、塔矢と碁会所でこっそり打っていることも話すことにした。

 

「・・・・へぇ〜・・・。知らなかったぜ。お前が塔矢とそんな仲良しだったなんてなぁ?」

「べ、別にそんなんじゃねーよ!!」

「ま、森下先生の手前、迂闊に話せるようなことでもないだろうけどな。」

「・・・・う、ううん。まぁ、そういうこともあってさ。塔矢とはまぁ・・・今までもいろいろ因縁があったし・・・。」

「ふ〜ん?で、何?碁会所で打った上に、お前の部屋で徹夜で検討かよ?すっげーな。」

「・・・・あはは。」

 

本当は検討なんかしていないけど。

まさか真実を話すわけにもいかず、オレはただただ苦笑するしかなかった。

 

「・・・朝メシを作る塔矢ね。意外だなぁ。想像できねーぜ。」

「だろ?それが意外にウマイんだって。」

「へぇ?そーなんだ?ってゆーか、進藤。お前、やっぱ塔矢と仲良しなんじゃねーかよ。オレの敵だな!」

「バっ、バッカ!そんなんじゃねーって!」

「ああ、ムカツク。オレだって進藤の部屋にまだ行ってねーのに、塔矢を先に上げてやがるし。これはやっぱ、森下先生にチクるしかねーな!」

「お、おい、和谷っっ!お前、ずるいぞ!誰にも言わないって言ったじゃねーかよ!」

和谷の唇が斜め上に持ち上がり、悪戯を思いついた悪ガキのような表情を作った。

「言わないで欲しかったら、口止め料寄越せ!」

「なっにぃ〜〜?!」

 

 

和谷のそんな人の悪い冗談に付き合ったせいか、オレは昼休みでかえってぐったり疲れてしまったのだけれど。

とりあえず、何とか白星は掴む事はできた。

 

対局が終わると、真っ先に頭に浮かんだのは塔矢のことだった。

アイツが今日一日どうしていたのかも気になったけど、オレの方も話す事がいっぱいだ。

今日の対局の内容もだが、和谷に口を滑らしたことも話しておかなければならない。

塔矢は何ていうだろう?

アイツのことだから、怒るか・・・・それともまったく気に留めないかのどちらかだな。

 

塔矢の顔を早く見たいと思う自分が、確かにそこにいた。

 

塔矢にメールをしてやろうと思った矢先に携帯のメールをチェックしたら、未読のメールが一件着信していた。

塔矢からだった。

アイツが今夜地方に泊まりなことは知っている。

明日、例の碁会所でいつものように打つ約束だったけど、時間の変更でもあったのかな?

そう思って内容を見ると、明日は帰りが予想以上に遅くなる為、碁会所に行くのは無理なので会えないと言う内容だった。

 

・・・碁会所が無理なら、オレの部屋に直接来ればいいだろ!

そう思い、少し塔矢に腹を立てている自分がいた。

 

そして、そんな自分に気づいて、呆然とした。

 

何で?!

塔矢に会えないから?!

 

そこまで塔矢に依存しているなんて―――

 

そんなつもりはなかった。

ただ、アイツが一方的にオレを好きだと言って。

確かにオレもアイツを失いたくないから、体を差し出したりはしたけど、だからって・・・。

 

初めて体を許した塔矢の存在は、いつのまにかオレが考えている以上に大きなものとなっていたらしい。

いつも一緒に傍にいてくれるその存在に、オレは知らぬ間に安堵し、ちょっと会えないだけでこんな気持ちになるなんて。

 

「・・・何で?オレ、これじゃ塔矢のこと、大好きみたいじゃん・・・。何でなんだろ?変なの。オレって・・・、もしかしてスキンシップとかに弱いのかな?」

 

 

胸の中に渦巻く不安。

それは、かつて佐為を失った時のものに良く似ていた。

 

 

 

●○○●●   To Be Continued

 

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