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NOVEL

しまうで

 しま

 

ら要   “真・・・

 

っとり合って   っとにい

 


僕らは同じ空の下で

                                       ✚ act.8 ✚  


 

 

なんだか、ひどくイラついた気分で、オレは誰も待つことのない部屋へ帰宅した。

 

 

理由は簡単だ。

―――明日、碁会所で会う約束を塔矢に流されたから。

 

今朝、朝一の新幹線で地方へ仕事に行った塔矢とは、明日いつものとおり碁会所で会うことになっていた。

だが、急遽塔矢の方から明日の帰りが遅くなったため、会うのをやめようと連絡があったのだ。

 

・・・・別にアイツと会うのをそんなに楽しみにしてたわけじゃねーけどさ。

 

塔矢とは今朝も会ったばかりだ。

ついでに言うなら、昨夜だってここで一緒に過ごしていたわけだし。

別に久々の再会ができなくなったとか、そういうんじゃない。

だけど。

塔矢から、明日は会えないというメールを受け取った時点で、オレの機嫌は急降下していた。

 

 

真っ暗な部屋の明かりをつけて、テーブルの上にキーを投げ捨てると、オレはそのままベットへダイブする。

少しばかり、胃まで気持ち悪い。

和谷と棋院近くの定食屋で夕飯を取ってきたのだが、ミックスフライ定食なんてオーダーしたせいか、胃もたれしているような気がした。

寝転がったまま、時刻を確認するとまだ9時過ぎ。

オレは体を反転させると、ジーンズのポケットに入ったままの携帯を取り出した。

短縮ですぐさま塔矢の番号を呼び出す。

液晶画面に映し出された塔矢の名前とその番号をしばらく見つめ、そのままオレは携帯をベットに投げ捨てた。

 

「・・・こんな時間に電話したって、アイツ、出るわけないじゃん。」

 

地方での指導碁やイベントの場合、たいてい主催者側で夜は懇親会のようなものを用意している。

たとえそうじゃなかったとしても、プロ棋士を一人で食事に行かせるようなことは普通はない。

となれば、今、まさに塔矢は宴会中だろう。

 

「・・・ち。」

オレは小さく舌打ちすると、横になったままでベットサイドにおいてある棚の上に乗ったTVのリモコンを取った。

適当にチャンネルを回す。

静かな部屋に、バラエティ番組の楽しそうな笑い声だけが響いた。

 

ベットの墨に転がった携帯へもう一度目をやる。

夕方、塔矢から明日のことについてメールをもらってから、オレは返事を返していない。

・・・本当なら、何か返してやるのがいいんだろうけど。

あいにく、自分の気持ちをごまかしてまで相手を思いやれるほど、オレは大人ではないらしい。

塔矢の仕事を労う気持ちよりも、明日、オレと会わないと言った塔矢に腹が立って仕方がなかった。

 

―――別にスネてるわけじゃねーけどさっ!

オレはガシガシと頭をかくと、もう一度舌打ちした。

 

何がそんなに自分を苛立てるのか、正直、はっきりしない。

とにかく、一言塔矢に文句を言ってやりたい気持ちでいっぱいだったが。

わざわざメールで文句をタレるのも面倒くさい。

もしかしたら、几帳面な塔矢のことだから、自分の送ったメールにオレが返信しないことを気にして、あとでメールか、電話をしてくるかもしれない。

 

・・・・そうだな。

アイツの性格から言って、たぶん後で連絡くらい寄越すだろう。

文句はその時、言ってやる。

 

・・・・いや、文句なんか言ったら。

オレがアイツと会いたがってると思われてもシャクだな。

逆に、シカトしてやるか。

うん、それがいい。そうしよう。

 

ささやかな復讐。

それくらいしてやったって、バチは当たらないだろう。

 

オレは体を起こすと、来ていた上着を脱いでバスルームへと向かった。

 

 

○●○○●●   ○●○   ○○●○●○

 

 

シャワーを浴びてさっぱりしたオレは、真っ先に時刻を確認する。

10時ちょっと過ぎ。

そろそろ、塔矢はホテルの部屋へ帰っただろうか。

携帯を見ても、アイツからの着信はなかった。

 

タオルで頭を拭きながら、塔矢に電話してやろうかどうしようか考える。

それでも、なんとなく自分から電話するのはシャクで、アイツからかけてくるのを待とうと決め、オレは興味のないTVに目をやった。

 

それから、数時間。

ダラダラと無駄な時間を過ごしたオレは、再び携帯とにらめっこをしていた。

時刻は間もなく深夜0時になろうとしている。

携帯は無言のまま。

塔矢からメールも電話もなかった。

 

・・・・塔矢のヤロー、もしかして連絡してこないつもりか?

 

そう思うと、再びオレの中でモヤモヤとした怒りが芽生え始める。

仕事で疲れてもう寝てるとか?

・・・のやろうっっ!許せねぇ!!

自分をこんなに不愉快にさせた張本人が、こっちの気などまるでお構いなしにしているのかと思うと、さらに怒りが増す。

オレは、意を決すると、塔矢へ電話した。

 

 

3コール、4コール・・・。

もしかして出ないのか?

そろそろ留守電メッセージに切り替わるんじゃないかと思った時、急激に塔矢が電話に出た。

しかも、かなり慌てた風で。

 

『・・・はいっ、もしもし・・・・!』

電波の具合が悪いのか、塔矢の声は少し割れて聞こえた。

 

「・・・・オレだよ。なんだよ、出ないからもう寝てるのかと思ったぜ。」

自分でもわかるくらい不機嫌な声で返す。

『ああ、もうすぐ休むつもりだったんだけど。携帯を上着のポケットに入れたままクローゼットに入れてしまって・・・・。』

「・・・あっそう。」

 

・・・なんだよ、コイツ。

オレが電話しなかったら、さっさと寝るつもりでいたのか?

オレはますますムッとする。

 

『君は明日も手合いだろう?早く休んだ方がいいんじゃないのか?』

「・・・・。」

 

・・・そうさ!

けど、お前が電話してこねーから、こっちがわざわざかけてやってるのに!!

 

塔矢にまるでオレの気持ちが通じていないことにさらなる憤りを感じる。

このままストレートに怒りをぶつけられたら、どんなにいいか。

 

『・・・何かあったのか?』

「別に?!」

『別に・・って、用があったから電話してきたんじゃないのか?進藤。』

「・・・・。」

『・・・進藤?』

 

・・・コイツ、本当にわかってねーんだな・・・。

オレは盛大に溜息をつくと、少しずつ本題に入っていった。

 

「・・・そっち。忙しそうだな。・・・明日、帰りが遅いんだって?」

『ああ、そうなんだ。ちょっと予定外の指導碁まで入ってしまってね。帰ってからも取材の予定があるし・・・・。』

「・・・ふ〜ん。」

 

しばしの沈黙。

 

『・・・進藤?何か怒っているのか?』

「別に怒ってなんかねーよっ!」

『仕方がないだろう?仕事なんだ。君との約束がダメになってしまったのは悪いとは思うが・・・。』

「だから、怒ってねーって言ってるだろっっ!!」

 

 

わかってる。オレだって、聞き分けのない子供じゃない。

仕事だから、仕方がない。 それは当たり前のことだ。

だけど―――

気に入らない。

 

これじゃ、オレばっかりが塔矢に会いたがってるみたいで。

オレばっかり、塔矢のことを考えてるみたいだ。

 

 

自分がやっていることがなんだか無性にむなしくて、オレは会話の途中で唐突に電話を切った。

自分勝手なオレの言い分に塔矢の方も呆れたのか、再びかけ直してくることはなかった。

 

 

オレのことを好きだと言った塔矢。

誰かに必要とされること。

抱きしめられて、その愛を確かめる。

 

佐為を失ってから、ぽっかり空いてしまった自分の中の空洞を塔矢が埋めてくれるような、そんな感じがしていた。

誰かに思われ、大事にされると言う事がうれしかった。

 

自分が塔矢を好きかどうかということよりも、むしろ塔矢の方がオレを好きでいてくれるということの方がオレにとって重要だった。

 

もう誰かを失うという気分を味わうのはたくさんだ。

そう思って、塔矢の気持ちに応えた。

―――でも。

気がつかないうちに、オレも塔矢のこと・・・・・。

佐為以外の誰かのことを、こんなに考えるなんて初めてかもしれない。

 

塔矢に会えないのが悲しい。

アイツには、いつだってオレを見ていてもらいたい。

いつだって、オレだけを見て、オレだけを大事にしてほしい。

 

―――こんなの、タダの独占欲だ。

 

自分ではわかっているのに、どうにもできない気持ちが心に渦巻く。

 

 

―――佐為・・・。佐為。

オレ、自分で思ってたより塔矢のこと、好きなのかもしれない。

どうしたらいいのかな。

 

 

知らず知らずの内に、塔矢に惹かれている自分を、その夜、初めてオレは意識した。

それは、初めて塔矢と体を重ねた時以上に、オレ自身に衝撃を与えていた。

 

 

○●○○●●   ○●○   ○○●○●○

 

 

翌日。

分単位で区切られた、細かなスケジュールをこなした塔矢アキラが東京に戻ってこれたのは、もう陽も傾きかけた頃だった。

新幹線の東京駅に降り立ったアキラは、手元の時計で時刻を確認すると小さく溜息をついてネクタイを正す。

このまま棋院へ直行し、雑誌の取材を受ける事になっている。

アキラはトレードマークの髪を揺らしながら颯爽と駅のホームを足早に歩いて、そのままタクシー乗り場へと急ぐ。

急いでいるのにはワケがある。

少しでも早く取材を終わらせたい気持ちがあったからだ。

 

理由は一つ。

昨夜のヒカルの電話である。

 

ヒカルがあんな風に電話してくることは今までなかった。

なんだかよくわからないが、ヒカルが自分に対して何か怒っているということだけはさすがのアキラも理解できていた。

昨夜はアキラもどうしていいかわからず、ヒカルには連絡を取らなかったが、今日は何度か空き時間にヒカルに電話を試みた。

電話が通じない時は、携帯にメールもしてみた。

だが、何が気に入らないのか、ヒカルからは依然応答はなし。

返事が無いのでは、手の内ようがない。

さすがのアキラもお手上げだった。

 

「・・・・まったく。君は一体、どうしてほしいんだ?」

一言そうボヤいたアキラはタクシー乗り場に行こうとして、見覚えのある車に目を奪われた。

赤のRX−7。

 

―――緒方さんと同じ車だ。

 

アキラがそう思う間もなく、車の運転席から降り立ったのは緒方本人だった。

一方、助手席から現れたのは細身の美人で、察するところ緒方はその女性を東京駅まで送りに来ていたらしい。

嫌でも目を引く相変わらずの存在感の緒方をアキラは目で追っていると、さすがの緒方もその視線の主に気がついた。

女性をそそくさと追いやると、アキラへと片手を挙げて合図し近づいてくる。

そんな緒方にアキラは小さく会釈した。

 

「奇遇だな。こんなところで会うとは。アキラ君は仕事か?」

「・・・あっ、はい。ちょっと地方でイベントで。今、戻ったところです。」

「なんだ。忙しそうじゃないか。お茶くらいご馳走してやろうか?」

「いえ、せっかくですが。あいにく、まだ棋院の方で取材が一つ残っていますので・・・。」

「棋院?なら、ちょうどいい。オレもこの後、棋院に行く予定だったんだ。」

 

緒方はアキラを一緒に車に乗るように促す。

アキラは僅かに緒方から目を逸らし、どうしたものか思案する素振りを見せたが、結局は強引な先輩に逆らう言葉を見つけ出すことはできなかった。

「・・・・すみません、お願いします。その代わり、急いでいるので飛ばしていただいてもよろしいですか?」

「お安いご用だ。」

アキラが助手席のドアに手をかけるのを見ると、緒方は満足げに唇を持ち上げた。

 

 

―――そういえば、近頃、 進藤とずいぶん親密だそうじゃないか。」

車を走らせながら、ふいに緒方が口を開く。

その彼の『親密』というフレーズが、妙にアキラに引っかかった。

 

ヒカルとアキラが日を空けずに碁会所で打ち合っていること言っているのか、それとも。

だが、アキラ達の夜の関係について、他人が知りうるはずはなかった。

何も他人に隠し立てするような、後ろめたい気持ちはアキラにはない。

だが、まだ二人の関係は秘め事にしておくべきだろうと考えていた。

そうでなければ、壊れてしまうと―――

 

・・・悟られないようにしなければ。

今更ながら、緒方の車に同乗したことをアキラは後悔したがもう遅い。

ここはカンのいい緒方が何を察知してようと、シラを切ろうと腹をすえるしかなかった。

 

応えのないアキラを横目に、緒方が言葉を繋ぐ。

「碁会所でほとんど毎日打ってるって聞いたが。ずいぶん熱心なことだな。一体、君らはいつからそんなに仲良くなったんだ?」

「・・・別に毎日ではありませんよ。お互い時間の空いた時に、ちょっと打っているだけです。」

「なるほど?だが、君が朝帰りまでするようになったと、先生が言っていたのでね。そんなに進藤にべったりなのかと思って、少し興味深かったのだよ。」

人の悪そうな笑みを浮かべて、緒方は笑う。

アキラはほんの少しだけ、眉を寄せた。

 

信号が赤く光る。

ゆっくりとブレーキを踏みこみながら、緒方はタバコに火をつけると窓を少しだけ開けた。

 

―――まぁ、君が進藤と親しくなるのは、オレにとっては好ましい。」

緒方は煙を吐きながらそう言った。

その意図がわからず、アキラは緒方を見る。

「・・・どういう意味です?」

「いや、進藤というヤツは、オレにとってもまだ謎の多い人間なんでね。何せあのsaiの存在について、唯一の鍵となる人物だ。嫌でも気にはなるさ。」

「・・・それは―――。」

アキラは後に続く言葉を失った。

 

「オレの考えでは、十中八九、saiは進藤の師匠だと思うがな。ただ、本当に実在するのかどうなのか、その辺が どうも危うい。本来なら、進藤本人に直接問い正して吐かせたい気持ちが山々だが、君はどうだ?」

「・・・ぼ、僕は・・・・。」

うつむいてアキラが黙り込むのを確かめると、緒方は再びアクセルを踏み込む。

 

「なんだ。親しくはなったと言っても、アキラ君もそこまでは聞き出せてはいないということか。」

緒方は前を見ながら苦笑した。

「だが、君も気にならないわけではないんだろう?進藤とsaiのことを。まぁ、当たり前だな。碁打ちなら、誰でも真相を確かめたいと思うはずだ。そして、 願わずにはいられない。saiとの対局をな―――。」

緒方の言葉にアキラはただ黙って膝の上に置いた掌を握り締めた。

 

―――君になら、進藤のヤツも口を割るかとも思ったんだが。 どうやらそうコトは上手くは運ばないらしいな。」

 

緒方はそれだけ言うと、短くなったタバコを灰皿に押し付けた。

 

 

○●○○●●   ○●○   ○○●○●○

 

 

その頃。

塔矢の取材の現場が棋院だということも知らずに、手合いを終えたオレは和谷と市ヶ谷駅近くのファミレスに向かっていた。

和谷の話では、久々に奈瀬と会う約束になっているというので、オレも便乗させてもらうことにしたのだ。

どうせ、今夜は塔矢もいないし。

誰もいない家に急いで帰る必要もない。

何より和谷達と一緒なら、塔矢のことを考えずにすむ。

オレは気晴らしのつもりで、和谷とファミレスへ向かった。

 

「あ! 進藤も久しぶりv」

店に入ると、相変わらず元気のいい奈瀬の笑顔があった。

オレと和谷は片手を挙げて答える。

久々の再会に、いろいろと会話の花を咲かせながらオレ達は盛り上がった。

話題はもっぱら囲碁のことで、奈瀬の今年のプロ試験に向けての対策だったけど、途中から話が何やら違う方へと進んでいった。

何やら、奈瀬に悩みがあるらしい。

 

 

「悩み〜?囲碁以外のことで悩んでることがあんのかよ?ずいぶん余裕じゃねぇ?」

素っ頓狂な声を上げる和谷に、奈瀬はかなり心外そうに頬を膨らませる。

「・・・仕方ないでしょ?私はアンタ達とは違って、可憐な乙女なんだから。」

その返事に、オレは和谷は顔を見合わせて次の瞬間大笑いだったが、奈瀬の顔がマジで怒っていたので、オレ達は大人しく頭を下げた。

 

「・・・で?悩みって?奈瀬は何を悩んでんのさ?」

相談に乗れるかどうかはわからないけど、とりあえず聞くだけは聞いてやるという姿勢で、オレは奈瀬の顔を覗きこむ。

と、奈瀬はオレと和谷の顔を順番に見比べるなり、疲れたように溜息をついた。

「あ〜あ。ま、アンタ達に話したところで、良いアドバイスがもらえるとは到底思えやしないけど・・・。」

「何だよ!失礼だな!オレらだっていろいろ人生経験は豊富だぜ!!奈瀬の悩みの一つや二つくらい、解決してやるよ!なぁ、進藤!」

そんな自信満々な和谷にオレは苦笑いだったけど。

「無理無理。囲碁一色の二人じゃ、とても相談に乗れるような内容じゃないのよね。ま、でも話すだけ話してみようかな。とりあえずウサ晴らしにはなりそうだしね。」

と、言って口を切り出した奈瀬の話は、オレ達の想像を絶するものだった。

 

 

なんと、奈瀬にはコイビトがいるらしい。

けど、その人にはちゃんとした奥さんがいて。

 

「・・・って、ちょっと待ってよ、奈瀬!それって、もしかしなくても不倫???」

驚いて声を上げたオレに、奈瀬からうるさいとおしぼりのタオルが飛んできた。

オレのとなりで和谷も目をぱちくりさせている。

「ってーか、ソイツ、いくつ?結婚してるってことは、かなりオヤジなんじゃねーの?!」

「26。別に年は一回りも違わないわよ?」

 

スゲーな・・・。

10近くも離れて、しかも奥さんがいる人とつきあっているなんて平気で語る奈瀬は、はっきり言って、オレの知る、普段棋院で見かける奈瀬とはまったく別人だった。

 

「で?何でまたそんな相手を選んだワケ?恐ろしくハッピーエンドには遠いじゃん。それに、奈瀬って、『恋人は囲碁』だってずっと豪語してたろ?いつからそれを返上したんだよ?」

オレよりも先に落ち着きを取り戻した和谷は、既に本題に入っている。

和谷の質問に、奈瀬は肩にかかる髪を撫でながらグラスに入ったストローをかき回した。

「別に・・・。返上したわけでもないわよ。でもね、不意に寂しくなる時があるの。思ったように結果が出せなかった時や、自分の碁に満足できなかった時、誰かに傍にいた欲しいって。」

「・・・それが、ソイツ?」

オレが聞くと、奈瀬は小さく頷いた。

「声をかけてきたのは、向こうなの。私はそれに答えただけ。あんまり深く考えていなくて。ただ、誰かにちょうど傍にいて欲しい時だったのよね・・・。」

「なんだよ、それ?じゃあ奈瀬はソイツのこと、別に本気で好きなわけじゃねーの?」

わけわかんねーよと和谷が問い詰める。

と、奈瀬は苦笑した。

「本気で好きになるには、リスクが大きすぎると思わない?だって不倫よ?」

「そりゃあそうだけど。っていうか、わかってんなら、そんなヤツ、ヤメとけよ。」

そんな和谷にオレも同意して頷いていたけど。

奈瀬はそんなオレ達を見、笑った。

「だからね。誰かにやさしくされたかった時にちょうど良く現れた人だから、フラフラっと行っちゃっただけ。向こうだって奥さんがいるのよ?私みたいな子供、本気で相手にしてるわけなじゃない。」

「じゃあ、お互い本気でつき合ってるわけじゃないってこと?」

オレがそう問うと、奈瀬は目を細めて頷く。

「・・・そ。遊びよ。ちょっとした心の隙間を埋めるだけのね。」

「そんなの、変じゃねぇの?本気で好きでもないヤツと一緒にいるなんて、オレなら考えられなねーけど。」

腕組みしながら、和谷は納得が行かないという顔で漏らす。

オレはそんな和谷と奈瀬の顔を順にただ見つめていた。

 

「和谷も進藤も本気で恋とかしたことあるの?」

いきなり話題をフラれて、オレも和谷もいきなりなその質問に顔を真っ赤にしたが。

とりあえず、和谷はどうだか知らないが、ほんとに赤面して何やらどもっていた。

オレは―――

・・・塔矢と恋してるってことになるのかな。

そんなことを頭の片隅に思いながら、黙ってもうほとんど水の入っていないコップから氷を一つ口に運んだ。

 

「・・・私が彼に本気にならないのわね。ワケがあったんだ。」

「わけ?どんな?」

首を傾げたオレ達に、奈瀬は少し悲しそうに微笑む。

「だって、本気で好きになっちゃったら、その人を失った時、すごく悲しいじゃない?だから、本気にならない方がいいって。絶対に叶わない恋愛だし、その場だけ癒されればそれで構わないって私自身が決めたから、だから奥さんのいる人でも一緒にいられたのに。」

奈瀬の目が少し赤いように見えた。

泣きそうなのかもしれない。

 

奈瀬は最近、その彼から連絡が途絶えたことを告白した。

そして、本気になるまいと決めていたその彼を、どうやら本気で愛し始めてしまっていたのかもしれないと。

 

「・・・・結局、恋愛って本気で好きになった方が負けなのよね。」

 

 

奈瀬の言葉が、何故かオレの胸に深く沈んでいくような気がした。

 

塔矢を失いたくなくて。

もう佐為の時のように、誰かが自分の傍からいなくなるのは嫌で、アイツに手を伸ばした。

だけど、塔矢がこの先、一生オレの傍にいてくれる保障なんてどこにもない。

人の気持ちなんて、いつどう変わるかわからないのに。

 

だとしたら。

塔矢がいなくなったら。

 

オレはまた佐為を失った時のような、あの時のような気持ちを味わうんだろうか?

 

そう思ったら、不意に自分が今、とても危険な領域に足を踏み込んでいる予感がした。

―――大丈夫。

今なら、引き返せる。

 

アイツを。

塔矢を本気で好きになっちゃ、いけない―――

 

オレは自分の心にそう言い聞かせた。

 

 

●○○●●   To Be Continued

 

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