その日の朝、いつものように教室に入ってから自分の席で朝刊を広げていた黒羽快斗の瞳に、サラリと長い黒髪がまるでヴェールのように落ちてきた。 なんだ?と怪訝な顔で視線を向けると、学校一の美少女と名高い小泉紅子が妖艶な赤い唇を笑みの形で歪ませて快斗を見つめていた。
その笑みだけで学校中の男どもは根こそぎ心を奪われてしまうだろうが、あいにく快斗にはなんの効果も与えなかった。
それがこの魔女には気に入らなくて、最初の頃は抹殺されかけたりもしたが、最近は何故か彼の行動をただ見ているだけに留まっている。
「なんだよ?」
「黒羽くん、今度の連休何か予定があるかしら?」
「ああ?別になんもないけど」
「じゃあ、わたしにつきあってくれない?」
「え?なにそれ。もしかしてデートに誘ってるわけ?」
快斗が瞳を瞬かせると、二人の会話を耳にした青子がすかさず口を挟んできた。
「駄目よ、紅子ちゃん!快斗なんかとつきあうとろくな事ないんだから!危ないよ!」
快斗はむっとしたように顔をしかめると青子を睨んだ。
「なんだよ、それ?喧嘩売ってんのかよ、青子」
「だって、そうじゃない!待ち合わせしても遅れてくるし、青子をほったらかしにしてどっかに行っちゃったり、この前のバンジージャンプの時は、快斗、青子を突き飛ばしたんだもん!」
「アレは後がつかえてるってのになかなか飛ばないおまえが悪いんじゃねえか!」
「だってだって!青子、初めてだったから心の準備がいったんだよ!」
ムキになって言い返す青子に、紅子は微笑んだ。
実はこの魔女は子供っぽい青子を気に入っている。
同性に疎まれることが多く、女の友達がいなかった紅子に青子は初めて好意を向けてくれたのだ。
だから、紅子が青子の悲しむようなことなど絶対にしないことを快斗は知っている。
「あらあら、仲がいいのね。でも、中森さんが心配するようなことじゃないから安心して」
別に黒羽くんを誘惑しようというわけではないから、と紅子が言うと、青子はそんなことを気にしてるわけじゃ・・・と口ごもる。
真っ赤になった青子が可愛くて、ついニヤけそうになる快斗だが、それじゃいったいなんの用なんだと再び紅子に視線を向けた。
誘惑は何度もされたことがある。
このプライドの高い魔女は、快斗が自分に夢中にならないことがいたくお気に召さないらしい。
ま、最近は諦めたのか、意味不明の予言とやらを伝える以外は過激な行動をしなくなったが。
「実は知り合いが婚約パーティを開くことになってわたしも招待されたのだけど、その招待客の中にわたしに言い寄ってる男がいるの。好みのタイプじゃなかったからずっと相手にはしていなかったんだけど、あまりにしつこいし、できれば黒羽くんに撃退してもらおうと思って」
はぁ〜ん?なんなんだ、それは?
「つまり、オレがおまえの相手だとそいつに思わせて諦めさせようってわけ?」
そう言う事ね、と紅子は微笑う。
「やっぱり美人は大変よね。でも紅子ちゃん、快斗なんかで大丈夫なの?白馬くんの方が適役なんじゃない?」
オレなんかで、って・・・おまえな〜〜
こんな魅力的な美少年捕まえて何抜かす!
「残念だけど彼は駄目なの。彼も招待客の一人で、しかもそのしつこい男と知り合いだから」
ね、白馬くん?と紅子は丁度登校してきて彼等の話を聞いたらしい白馬探に向けニッコリと笑った。
「それって、ボクの従兄のことですか?」
ええーっ!と青子はびっくりしたように目を丸くしながら白馬を見る。
「白馬くんの従兄なのお〜!」
ということは、もしかしなくてもかなりのハンサムなのでは。
ああ、でも紅子ちゃんほどの美人なら並みのハンサムなんかじゃ相手にはならないわね、と青子は思う。
「だったら、余計に快斗じゃ荷が重いんじゃない?考え直した方がいいよ、紅子ちゃん!」
「あら、人の好みはいろいろですもの。アバタもエクボとも言うでしょう?」
「あ、そうかあv」
「・・・・・・・・・・・」
お・・おまえらなぁぁぁ〜〜
「婚約パーティは、彼女の別荘でやることになってるそうなの。彼女の叔父さんの遺産なんだそうだけど、かなり古いんで婚約者の意向もあって改装しペンションにするそうよ」
これがその建物、と言って紅子は机の上に一枚の写真を置いた。
快斗はその写真を見た瞬間、息が止まるほどの驚きを覚える。
さすがに白馬のいる前で動揺を見せるわけにはいかなかったので、表面は平静を装ったが。
紅子のやろ〜、わかっててやってんな!
紅子以外の人間から見せられたら、なんらかの思惑を警戒するところだが、彼女ならその不思議な力でそれが快斗に関係していることを知ったのだと納得がいく。
ただ、快斗に関係があるから彼女は誘ってきたのだ。
(だろうな・・・たかが男一人をもてあますような女じゃねえし)
紅子なら、相手の男の心を操ることなどたやすい筈なのだから。
「わあ〜vステキな雰囲気の建物!なんか、ヨーロッパの古い館って感じねv」
「そうね。白馬くんなら馴染みがあるんじゃないかしら?ロンドンで見かけた古い家をもとにして建てられたということだから」
快斗は無言で写真の建物を見つめていた。
蔦の貼り付いた赤レンガ造りの三階建ての古ぼけた洋館。
もしかしなくても、快斗には十分見覚えがあった。
以前、蒼の館の地下コレクションルームの壁にかかっていた写真の建物と同じものだ。
幼い工藤新一が、初めて三雲礼司と出会った場所。
あの事件の後、新一は母親に確認をとったようなのだが、何故か場所の特定にまでは至らなかったという。
なんというか、道に迷って偶然たどりついた場所で、しかも最悪なことにハンドルを握っていた工藤優作氏は持ってきていた洋酒の飲み過ぎで当時の記憶があやふやなのだというのだ。
頼みの母親の有希子までが、偶然立ち寄った所など覚えてないという。
とにかく、どこかわからない場所で、酔っぱらったダンナと小さな息子を抱えて車を走らせるのに精一杯だったらしい。
ホント、人家どころか、なんにもない山の中だったんだからと彼女は言っていたそうだ。
誰の記憶にもなかった、三雲礼司と関係のある館の写真が今ここにある。
しかも、改装される前に見に行けるかもしれない。
「良かったら、一緒に行きますか?中森さん」
「えっ!いいの、白馬くん?」
構いませんよ、と白馬が頷くと快斗もつられるようにオレも行く!と叫んだ。
「そう、良かった。それじゃ、美夕にあなたのことを伝えておくわね」
「“ミユウ”?」
「須貝美夕。この館の持ち主で、今度婚約するわたしの知人の名よ」
「・・・・・・・・・・」
ミ・・ユウ・・・・白(ハク)のミユウ?
目の前の鏡に映るのは、黒髪だが光を受けると栗色に見える部分のある猫っ毛の少年の顔。
そして、ふとした拍子に何故か紫にも見える明るい色の瞳。
いつもは、ラフな服装で走り回っている彼だが、この日は薄青いシャツに紺色のジャケット、紫のネクタイをしめていた。
と、パンパンと軽い拍手をする音が背後から聞こえてきた。
「似合ってる似合ってるvどっこから見てもりっぱに貴公子だぜ!」
部屋に入ってきた彼と瓜二つの少年が、鏡に映っている少年を見てニッと楽しそうに笑った。
そして、こちらに向いた少年のネクタイに指をかけると、曲がっていた所を直してやる。
「忘れものはないな?気を付けて行けよ」
「別に仕事に行くわけじゃないから、心配いらねえよ。それより、おまえの方こそ無茶すんなよな」
しないって、と彼は肩をすくめて笑うと、誘惑されるなよ、とだけ言って正装した少年の背を軽く叩き送り出した。
苦笑した少年は外に出た所で後ろを振り返った。
「タイミング、絶対に間違えんなよな」
わかってる、と片目をつぶった彼に少年は小さく頷いた。
長い黒髪を一つに束ね、綺麗にアップした少女の項は青白く輝いていた。
薄く紅を塗った唇は妖しいまでに艶やかで、ほっそりとした身体には真っ赤なチャイナドレスがよく似合っていた。
「お嬢さま。黒羽さまが来られました」
「そう。じゃあ、出かける用意をして」
かしこまりました、と執事は頭を下げ部屋を出ていった。
紅子は、ソファの背にかけていた薄い白のショールを肩にかけ部屋を出る。
階段を下りていくと、扉の前にほっそりとした少年が立っていた。
少年は降りてきた紅子に気付いて顔を上げた。
一瞬、彼女の足が止まる。
部屋を出た時から、なんとなく気付いていた。
眩いばかりの光は彼にはないもの・・・・
「わたしは振られたということかしら?」
階段を下りてきた美少女の皮肉に、黒羽快斗を名乗った少年は「やっぱりバレたか」と苦笑いを漏らす。
髪型や瞳の色を変えてうまく化けたつもりだったが。
相手は魔女殿だから、と快斗は言っていたがその通りだった。
「わりぃな。あいつは野暮用で先に現地に向かった。用がすんだらオレは退散するから我慢して欲しい」
「我慢なんてとんでもないわ」
降りてきた紅子は少年の前に立つとゆっくり微笑んだ。
勿論、自分の笑みが彼には効かないということはわかっている。
彼は黒羽快斗と同じ気を持つ者だから。
「お目にかかれて光栄ですわ、光の魔人・・・」
工藤新一・・・・・
紅子は新一の手を取ると、ほっそりしたその白い甲に接吻した。
新一はびっくりしたが、その手をひっこめるタイミングを失っていたため、眉を微かにひそめたまま、美しい黒髪の魔女の白い顔を見おろした。
つづく
まずは前編です(^^)
レプリカ〜でキッドに化けた新ちゃんを書いたので
今度は快斗に化けた新ちゃんを書いてみましたv
世紀末では新ちゃんに化けたキッド(快斗)がでてましたし
その逆でも楽しいかな、と。新ちゃんも演技派ですからね〜v
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