Triple Joker
+++ 第2話 +++
キッドの予告状が解明されたことで、静かな山の中に佇んでいたはずの大竹邸は
一変した。
中森警部の要請で、警視庁から大勢の捜査官や警察官が訪れ、
物々しい警備体制が慌しく敷かれる。
ま、いきなり犯行が今日の今日で、しかも予告まであと2時間を切ってるんじゃ、
この慌てっぷりは仕方ねーか・・・。
オレは窓の外を眺めながら、黒田さんが入れてくれたコーヒーを口に運んだ。
まるで舞踏会でもできそうなホール並な広さのこの部屋には
捜査本部が設置され、先程から中森警部がけたたましい声で、何やら指令を
出している。
中央のテーブルでは、大竹氏とその息子の俊夫さん、秘書の黒田さんと、
何故か出版社の榊さんが、白馬を交えて何やら話し込んでいるようだが。
あれ?そういや、服部の奴、どこ行った?
そういえば、先程から姿が見えなくなった服部のことを思い出し、ホールを見渡す。
と、ドアが開いて服部が入ってきた。
「こら!服部君!!あんまりちょろちょろせんでくれたまえ!!」
と、中森警部に注意されるが、服部は、すまんすまんと笑いながらこっちへ戻ってきた。
「おい、服部!お前、どこ行ってたんだよ?」
オレがそう睨むと、服部はにっこりと笑顔を浮かべる。
「いやな、例の箱のある金庫室の警備具合を確認しに行っとったんや。」
「・・・ったく。で、どうだったんだ?」
「おもろい仕掛けがあったで。センサーがついとってな、金庫室に出入りすると
それが作動して蛍光塗料の入ったペイント弾が撃ちこまれるっちゅう仕組みや。」
やや小馬鹿にしたような笑いを含んで服部が言う。
オレもそれに同調して、溜息をついた。
「そんな子供だまし、アイツが引っかかるかよ・・・」
「ま、仕方ないな。あとはあの頑丈な金庫と警備員のおっさんに死守してもらう
以外ないわ。せっかく金持ちやねんから、もう少し防犯設備にも投資したったら
よかったのにな〜。」
服部の台詞を聞き終わるや否や、中央のテーブルが騒がしくなった。
俊夫さんの声である。
オレ達は、何事かとテーブルの方へと向かった。
「・・・だからさ!保険でもかけとけばよかったんだよ!!
こんな大掛かりな警備なんてやったって、いっつもキッドにやられてるんだろ?」
それを聞いて中森警部もぐっとつまる。
「ま、別にどうだっていいけどね。オレのもんじゃないしさ!!
悪いけど、そろそろ休ませてもらうぜ!オレには関係のない話だ。」
そう言って、俊夫さんは荒々しく席を立ち、そのまま部屋から出て行った。
続いて、榊さんも席を立ち上がる。
「あ、あの私もそろそろ失礼した方が・・・。」
と、言いかけたところで、黒田さんが止めに入った。
「榊さん、今夜はもう遅いですし、お泊りになってはいかがですか?
お部屋ならご用意いたしますが。」
言われて、榊さんは恐縮したが、結局ここで一夜を過ごすことにし、
黒田さんと一緒に部屋を出て行った。
中森警部は、1人テーブルに残った青ざめた顔をしている大竹氏を安心させるように、
警備員の配置図などを見せて、意気揚揚と説明に入っていた。
それを遠巻きに見ていた、オレと服部のところに白馬がやってくる。
「箱の中身をどうにかして見せてもらおうと思ったんですが・・・。」
言いながら、それは無理だったと白馬は首を横に振った。
「箱の中に何があるか、わからんっちゅーのは、確かにネックやな。
けど、キッドの暗号では、箱そのものが狙いみたいやから、とりあえずは
箱を奪われんようにしとったらええんちゃうか?」
服部の言葉に、白馬も力強く頷く。
それを横目で見ながら、オレは呟いた。
「・・・キッドの狙いは、おそらく箱の中身だろうな。」
オレの言葉に白馬がすっと目を細める。
「工藤君は、キッドが箱の中身を知っていると?」
「・・・いや。そこまでは断定はできねーけど。奴が基本的に狙うのは宝石のはず。
きっと、箱の中に何かしらの宝石が入っている事を奴は掴んだんだ。」
「・・・その根拠は?」
問い詰めるような白馬の視線を、オレはさらりと受け流しクスリと笑った。
根拠だって?そんなものはない。
ただそう思うだけだ。
だから言ってやった。
「・・・ただのカンだよ。」
すると、白馬も唇に笑いを浮かべる。
「・・・なるほど。探偵としてのカンですか。
僕も『怪盗キッド』に関しては、素人ではありません。彼が宝石専門であることくらい
承知していますが。しかし、今回は何故か箱自体に予告を出してきたところに、
むしろ引っかかりますね。」
へぇ・・・。言うじゃねーか、コイツ。
白馬の目の付け所も悪くないな、なんて、オレは少し関心などしたりして。
「ところで、犯行時刻まで、後僅かで1時間前になりますね。
これほどの警備、いくらキッドとはいえ、予告時間に大胆に登場するというのは
無理な話でしょう。」
白馬が窓の外を眺めながらそう言った。
それに服部が続く。
「・・・つまり、もう奴はとっくにこの中に紛れ込んでるっちゅうことやな。」
白馬は不敵に笑いながら頷いた。
「・・・そう。もし僕がキッドなら、僕らの中の誰かに変装するかもしれませんね。
それがもっとも有効な手段だ。
なぜなら、僕らなら獲物である箱にも容易に近づけるし、何より彼がもっとも恐れている
だろう探偵諸君の動向も見て取れるわけですから・・・。イタタ!!」
真剣に語っていたはずの白馬が、突然服部にほっぺをつねられ悲鳴を上げた。
「し、失礼な!!何をするんですか!?」
「いや、あんたの言うとおりかもしれんと思ってな。
キッドの変装かもしれんと思って、確かめさせてもらったんや。」
「ぼ、僕はキッドではありません!!」
「アホか!そんなん本人が正直に言うわけないやないか!
ま、とりあえずはその面構えはほんまもんみたいやけど。
じゃ、次は、工藤・・・」
と、言って伸びてきた手をオレは、パンとはたく。
「やめろ、バカ!オメーらが、キッドの変装でないことは、とっくにわかってるよ。」
つねられた頬に手を添えて、服部を睨みながら白馬がオレを見た。
「・・・どうしてそう思うんですか?」
「・・・わかるんだよ。アイツがもし変装していたとして、こんなに近くにいたら。
・・・その、雰囲気と言うか、気配でね。」
「・・・それも、探偵としてのカンですか?」
解せないという表情で聞いてくる白馬に、オレはそんなたいそうなもんじゃないと
笑って返した。
すると、服部も一言。
「けど、わいも、工藤が本物かそうでないか、くらいならわかるで。
だてに付き合ってるわけともちゃうしな。」
・・・てめぇ、さっきオレの頬、つねって確認しようとしたクセに・・・・!!
オレは冷たい視線を服部に送ると、奴もそれに気づいたのか、
わざとに決まってるやろ〜!と肩を叩いてきた。
なお、悪い!このアホめ!!
オレはぽかりと服部の頭を叩くと、中森警部のところへ向かった。
◆ ◆ ◆
キッドの犯行予告まで、あと40分。
依然、特に変わった動きはなかった。
モニターには、金庫室の様子が映されている。
ま、あんなビデオカメラの映像なんて、はっきり言ってどうとでもできるんだよな。
オレは、そう思うとやはり直接自分の目で確かめるため、金庫室に向かおうとした。
「お、おい!!工藤!!」
一緒にモニターを見ていた服部が慌てて声をかけてくる。
服部が指差した先には、金庫室のモニター。
オレも慌てて目で追うと、一瞬、画像に乱れが生じた。
「な、なんだ?!キッドか?!」
中森警部が叫びだす。続いて、白馬も時計を確認しながら言った。
「バカな!まだ予告時間ではありません!!」
全員でそのモニターに注目すると、画像が乱れたのはほんの僅かな時間で
次の瞬間には、もとに戻った。
が、映像には先程とはちがうものが映し出された。
「な、なんや?あれ・・・。人やないんか?」
「モニター!!拡大してください!!」
オレがそう言うと、画面は最大限まで拡大される。
そこに映し出されたのは、金庫室に横たわっている人の姿、
そして、その横に『パンドラの箱』。
「と、俊夫!!」
叫んだのは、大竹氏だった。
「・・・心臓を撃たれてる。」
「即死ですね。」
倒れている俊夫さんを覗き込むオレに、白馬も頷いた。
「・・・わかったで。俊夫さんを撃った奴の正体が。」
服部の言葉に全員が注目する。
こいつや、と言って奴が指し示したのは、金庫室に出入りした者にセンサーで
反応し、ペイント弾を撃ち込むというもともとこの屋敷に装備されていた仕掛けだった。
「ペイント弾の代わりに、ほんまもんの銃弾が打ち込まれたんやな。」
「そ、そんな!!一体どうして!!」
大竹氏は、悲痛な面持ちで叫んだ。
オレや服部、白馬はそれぞれに金庫室を見てまわったが、特に犯人に結びつくような
証拠を見つけることができなかった。
「おい!君達!!ここは現場保持のため立ち入り禁止とする。出て行ってくれ!!」
そう言われて、オレ達は中森警部に金庫室から追い出されてしまう。
やがて、俊夫さんの遺体が運ばれるのを見送ると、全員でもといたホールへと
戻った。『パンドラの箱』は、金庫へ戻される事無く、大竹氏の手で持たれて。
「警部、監視カメラが捕らえた映像ですが・・・。」
そう言って、1人の警官がビデオテープを中森警部に渡した。
中森警部は、それを別の警官にすぐさま再生するように指示を出す。
ビデオには、1人で金庫室に入ってくる俊夫さんの姿が映し出された。
彼は、金庫を開け、そして『パンドラの箱』を手に戻ってきた。
そして、部屋の中央まで行った所で、突然撃たれて倒れたのである。
「俊夫さんの衣服にはペイント弾はついていなかった。
つまり、彼は部屋へ入る時は、センサーを切って入ったということになる。」
オレの言葉に服部が頷く。
「そうやな。彼かてこの家の人間や。センサーのことくらい、知っとったんやろ。」
「いや〜、待て待て!!なんで、俊夫さんが『パンドラの箱』を取り出しに
行かなければならんのだ?そこまで我々の警備に不安を感じて、自分で
守るつもりだったっていうのか?」
中森警部が、頭をがしがしとかき乱しながら、首をひねる。
「・・・あるいは、キッドに盗まれる前に彼自身で盗んでしまおうと
思ったのかもしれませんよ?」
白馬の言葉に大竹氏が、はっと顔を上げる。
「俊夫さんは事業に失敗して、かなり金銭的にも困っていたようですから。
今夜、彼がここに来たのも大竹氏とその件で相談があったからなのでしょう?
そう考えれば、彼が時価数十億もする『パンドラの箱』を黙ってキッドに盗ませるとは
思いがたいですね。」
白馬の切れるような眼差しを受けて、大竹氏は俯いた。
「・・・と、俊夫が・・・、そんなことを・・・。」
「とにかくや!俊夫さんが『パンドラの箱』を持ち出そうとした理由はどうあれ、
彼を殺した犯人がいるっちゅうことには変わらへん!
そっちを探す方が先決やろ?」
「そ、そうだな!不審人物がいなかったか、もう一度カメラを全部チェックしてくれ!」
中森警部の声に、警官達がいっせいに動き出す。
それを見送りながら、大竹氏が心細そうな声を出した。
「・・・あ、あのぉ。こんなに厳しい警備体制で不審人物が紛れ込むと言うのは・・・。
もしかして、誰かに変装していたんではないですかね。
ひょ、ひょっとしてキッドが俊夫を・・・。」
「それはないですよ。」
オレは即答した。
「もし、キッドが俊夫さん殺してまで『パンドラの箱』を奪おうとしたのなら、
とっくに奪っているはずですから。」
オレの言葉に白馬と服部も続く。
「第一、怪盗キッドともあろうものが、盗みに絡んで人殺しをするなど
自ら芸術家を称している彼がするはずもない。」
「怪盗キッドは、人を傷つけないっちゅうんがポリシーやそうやからな。」
大竹氏はオレ達の言葉に力なさげに頷く。
「・・・では、キッドのほかに殺人犯がいるということなんですね・・・。」
「・・・もしかして。」
いきなり、榊さんが口を挟んだ。
「もしかして、『パンドラの箱』の呪いなんじゃないですか?」
「・・・はぁ?何言っとんのや、おっさん!」
「だ、だってほら、もしかして俊夫さんが、箱を開けたのかもしれないですよ?
災いが起こるんでしょう?開けちゃったら!!」
言いながら、榊さんが先程のビデオを巻き戻して指差す。
「ほら、ここ!!立ち止まって彼、箱を見てますよね!!
このアングルじゃよくわからないですけど、もしかして箱を開けてたのかも
しれないですよ?!」
全員で画面を覗き込むが、やはりこれだけでは箱が開いているのかどうか
確認は出来ない。
「ま!そんな非科学的な迷信はともかく!!
この屋敷内に、まだ殺人犯がいる可能性は充分にある!!
みんな、決して1人では出歩かないよう気をつけてもらいたい!!」
中森警部はそれだけ言うと、再び警備員へと慌しく指示を出し始めた。
殺人犯の逮捕さえ出来ていないと言うのに、あと数十分でキッドを迎える事に
なるわけだから、忙しいのも仕方が無い。
「犯人の目的は何やったんやろうな・・・?」
腕組みしたまま、服部が呟いた。
「例の箱には手を出さなかったところを見ると、俊夫さんへの個人的な恨みによる
殺害という線も充分に考えられますね。」
白馬の考えに、服部もふむと頷いた。
確かにそうも考えられなくも無い。
でも、なぜか、オレは違うと感じていた。
「・・・何や、工藤?なんか引っかかるんか?」
「・・・ん。まるで、誰かが『パンドラの箱』をキッドに盗んでもらうのを待ってるような気が
してさ・・・。」
言いながら、オレは窓の外の月を眺めた。
キッドの予告時間まで、あと10分と迫っていた。