Triple Joker
+++ 第3話 +++
時計の短針がカチリという音を立てて、長針と重なる。
「・・・時間です。」
手元の時計で時刻を確認しながら、白馬が静かにそう告げた。
そう。怪盗キッドの犯行予定時間、深夜0時である。
部屋全体に緊張感が走った。
直後。
ガシャン!という音と共に、オレ達の視界は突然闇に包まれた。
電源が落とされたのだ。
・・・キッド!!
「な、何や何や?!キッドの仕業か?!」
「お、お、落ち着け〜!!早く自家発電に切り替えるんだ!!急げっ!!」
中森警部の指示で、警備員がバタバタと部屋から出て行くが。
やがて、幾分暗闇にも目が慣れてきたかと思う頃、どこからともなく吹いてきた
涼しい風がふわりとオレの頬を優しく撫でる。
・・・窓が開いた?!
オレは窓の方へと向きかえる。
そこでオレが見たものは。
美しい月の光が差し込む中、濃紺のカーテンが風にたなびいて。
その揺れるカーテンの向こう、テラスに佇む一つの白い影。
「・・・キッド!!」
オレの声に全員の視線がテラスの方へ集中した。
その姿を認めて、オレの横に立つ白馬が僅かに目を細める。
「・・・現れましたね、怪盗キッド。」
「・・・予告時間と同時に照明を落とすやなんて、やっぱ得意の変装でとっくに屋敷内に
潜入しとったっちゅうことか・・・?」
そう言って、服部もニヤリとした。
そうして。
一際強い風でカーテンが大きく揺れると、今までシルエットだけだったキッドの姿が
より明確なものとなる。
シルクハットを目深に被り、やや俯き加減でその表情までははっきりとは見えないが、
口元だけはしっかりと笑っているのがわかった。
相変わらずなヤツのシニカルな笑み。
キッドは部屋にいるすべての者の視線を奪った事に満足すると、なお一層その笑みを
濃くした。
・・・ったく、あの目立ちたがり屋め!
注目されて殊更うれしそうにしているキッドに、オレは心の中で悪態をつく。
すると、今までテラスの手すり部分に立っていたキッドが、トンと軽やかにジャンプして
開け放った窓から、オレ達のいる部屋の中へと舞い込んだ。
「・・・これはこれは・・・。今宵はまた、ずいぶんと賑やかですね。
名探偵が勢ぞろいとは・・・。」
言いながら、キッドはその視線をゆっくりと順番にオレ達へと向ける。
まずは服部。
一方、向けられた服部も負けじとばかりにするどい眼光で睨み返す。
次に白馬。
こちらは投げられた視線に対し、冷静な眼差しでキッドを見つめ返していた。
そして最後にオレ。
・・・てっめぇ・・・。
オレとヤツの視線が重なった瞬間、ほんの一瞬だが目を細めて笑いやがった。
「・・・こ、こら〜っ!!キッド!!ワシの存在を無視するなぁ〜っ!!!」
背中からそんな中森警部の悲痛な叫びが聞こえてきて、オレ達もそういえばと
彼の存在を思い出したりしたが。
キッドはというと、 これは失礼いたしました、中森警部? だなんて
とってつけたように言ったものだから、彼の怒りはさらに倍増される結果となった。
「・・・さて。ご挨拶も済んだところで、そろそろ麗しの女性、パンドラを
いただきましょうか?」
それまで人を小馬鹿にしていたようなキッドの目が、狩りをする獣のような鋭い光りを
帯びる。
ヤツは部屋全体を見回して、獲物のありかを確認するとニヤリと笑った。
『パンドラの箱』は大竹氏の手の中である。
彼はキッドと、目が合うとビクリと肩を震わせてその箱を持つ手に力を込めた。
・・・ヤバイ!これではキッドに簡単に盗られてしまう!!!
オレがそう思って大竹氏を振り返るのと、服部が動いたのはほぼ同時だった。
服部は走って大竹氏の傍までいくと、その手を差し出す。
「おっちゃん!パスや、パス!!その箱、ワイに貸し!!」
「・・・えっ?!」
「おっちゃんが持っとるより、ワイが持っとった方がまだマシやろ!早よう!!」
そう言って、服部は大竹氏から半ば強引に『パンドラの箱』を奪うと、その部屋から
そのまま走って飛び出した。
「おいっ!服部・・・!!」
オレも慌てて服部のあとを追う。
・・・キッドをこのままにしておくのもシャクだけど・・・。
そう思いながら、ヤツを振り返るが。
オレを見つめるキッドは、ただ目を細めて静かに笑っていた。
くそっ!
オレは舌打ちを一つすると、服部を追って部屋を出た。
「こ、こら!!君達!!勝手な事を!!ええい、なぜ電気はつかんのだ?!
照明、どうなってる?!」
「それが、警部!!自家発電のシステムにもエラーが生じて、今すぐの復旧は無理との
ことです!!」
「なっにぃ〜!?おのれ〜、キッドめ!!かまわん!!ヤツを確保しろッ!!」
荒々しく声を上げた中森警部の指示で、部屋にいた警備員がいっせいに窓の前に立つ
キッドの方へと向かう。
キッドはそれに対し動じることもなく、すっと胸元からトランプ銃を取り出すと
自分のもとへと近づく警備員達の足元へ、3発ほど撃ちこんだ。
床に刺さったカードからはたちまち白い煙が立ち込め、あたり一面真っ白になった。
「ゴホッゴホッ!!ぶわっ!!何だ!?この煙はっ・・・?!」
煙に巻かれて、中森警部が激しく咳き込む。
とたんに彼は急速に意識が遠のいていく気がした。
「・・・し、しまった!!!この煙は催眠ガス?」
気づいた時にはすでに遅い。
中森警部はもう重くなる瞼をどうにも持ち上げる事はできなかった。
◆ ◆ ◆
やがて、部屋中を立ちこめた白い霧がようやく晴れる頃、大勢いたはずの警備員たちは
1人残らず、床に倒れていた。
そうして、その様子を笑って見やる白い影が一つ。
窓辺に立つ怪盗キッドは、優雅な足取りで新一達が出て行ったドアの方へ向かおうと
して、立ちはだかる一つの黒い影にやや目を細めた。
「・・・残念でしたね、キッド。だが、こんな子供騙しは所詮、僕には通用しない。」
キッドの前に姿を現したのは白馬。
今さっきまで口元を覆っていたハンカチを取り外しながら、そう言い放つ。
対するキッドは、白馬を見てもさほど驚く素振りも見せずに、相変わらず不敵な笑いを
浮かべたままである。
「・・・君の相手は、僕です。怪盗キッド!!」
白馬はその目に悠然とした光りをたたえた。
「・・・いいでしょう。白馬探偵?」
窓から吹き込む風にキッドの白いマントが緩やかに靡く。
目深に被っていたシルクハットをやや上向き加減にすると、キッドのモノクルが
月の光を妖しく反射した。
一方。
その頃、服部を追って部屋を飛び出したオレは、今だ明かりがつかない真っ暗な
中、屋敷中央の階段の踊り場にいた。
「・・・おい、服部。オメー、コレ持ち出してどうするつもりだよ?」
「・・・いやな、特には何も考えとらんかったんやけど。
とりあえずあのままおっさんに持たしとくのは危険かと思ったもんでな。」
と、ポリポリと頭をかきながら服部はそう言う。
「・・・オメーな・・・」
オレはいささかその服部の無鉄砲な行動に溜息をつくが。
「まぁ、そう言うなや、工藤!ワイがこれを持ち出したのは何もキッドから守るため
だけやないねんで?!」
「わかってるよ。これで殺人犯をおびき寄せるつもりでいるんだろ?
犯人の真の目的は今だにわかんねーけど、この『パンドラの箱』が絡んでるのは
ほぼ間違いねーだろうからな!」
「アタリ!さすがは工藤やな。けど、わからへんのは何故、俊夫さんを殺害した時
この箱を持ち去らなかったのかということや。
箱が欲しかったなら、あの時、奪えたはずやのに。
ホンマに工藤の言うとおり、キッドに盗られるのを待っとったちゅうこととなれば
話は別やけどな。」
「・・・ああ。だがそうなると、そこまでして犯人がキッドに箱を盗ませたい理由が
わからない。一体、何のために・・・?」
オレは服部の手の中にある金の小箱を見ながら、考えをめぐらした。
同じ頃、ただ1人キッドと対峙している白馬も同様の疑問を持っていた。
「・・・ところで、キッド。君に一つ確かめたい事があるんですが。」
「・・・何でしょう?」
キッドは白馬の意思を推し量るように、その瞳を見つめる。
白馬はまっすぐにキッドを見返すと、ゆっくりと口を開く。
「・・・いつも宝石ばかりを狙う君が、今回はなぜこの『パンドラの箱』を?
君の本当の狙いは何です?箱そのものなのか、それともやはりその中身か。
そもそも君はその箱の中身について、知っているんですか?」
すると、キッドはクスリと笑う。
「・・・謎解きはそちらの専門分野なのでは?」
キッドにそう言われて、白馬はぐっと押し黙る。
が、諦めたように溜息をつくと、再び語りだした。
「・・・確かに。ですが、今回は少し厄介な殺人事件も絡んできているのでね。
犯人の狙いが今ひとつ明確にわかっていないので、こちらとしてもあまり悠長に
構えてはいられない。
どうやら、あの箱が関係している事は間違いないとは思うんですが。
そうなると、犯人の狙いが君に箱を奪ってもらいたがっているという推理も
浮かび上がってくるわけです。」
「・・・私がその犯人と結託していると?」
キッドの目がすっと細められる。その口元は相変わらず笑ったままだ。
「まさか!君がそんなことをするはずはない。
だが、犯人が君を利用しようとしている可能性は大いにありうる。」
「・・・おや、ずいぶんと信用があるんですね、私も。」
言われて、キッドはにっこりと笑顔を送った。それを見て白馬は心に湧き上がる
動揺を隠し切れずに少しその頬を赤くする。
「・・・べ、別に僕はそういう意味で言ったわけではなくて・・・。
あ、いや、そんなことよりもだ。君自身、今回の件に関して何かアヤシイ人物と
接触したりとか、何か変わった事はなかったのですか?!」
ゴホンと咳払いを一つ、まだ少し顔を赤らめたままの白馬がそう言う。
キッドはそれを面白そうに見やるが。
・・・アヤシイ人物との接触ね。
「・・・さぁ?」
相変わらず穏やかな声だったが、キッドの目は鋭く光っていた。
明かりの落ちた部屋の中で、二つの影が月の光に照らし出される。
キッドから何一つ明確な回答を引き出せないとわかると、白馬はややあって
小さな溜息をついた。
そうして、窓の外の月に視線を移しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・僕は今まで、君を捕らえることができるのは僕しかいないと思っていました。
いや、今でももちろん、そう信じていますが。
君はその素顔どころか、心の内も誰にも覗かせる事はしない。
だからこそ、僕はその君の中にある多くの謎を解き明かそうと決めたんです。
・・・すべてを解き明かした時、君はもはや僕からは逃げられない。」
白馬は再びキッドに目を向ける。その瞳にはナイフのような鋭い光りを灯しながら。
キッドはただ黙って白馬の話を聞いていた。
その口元にはどこか楽しそうな微笑を乗せて。
そんなキッドを見やると、白馬は苦笑した。
「・・・謎だらけの君を追う人間は大勢いる。
それでも現時点で、自分は、他の誰よりも君のことを理解していると
思っていたんですがね。
・・・どうやら、僕もまだまだ努力が足りないらしい。」
言いながら、白馬はここにはいないもう1人の探偵のことを思い浮かべていた。
キッドはそんな白馬を見つめながら、自分の知らないところで探偵たちの間に
何かあったのだろうかと、小首を傾げる。
そうして。
そのまま自分へ真っ直ぐに熱い視線を向けてくる探偵に向かって、
妖艶な笑みを浮かべると。
トンと軽やかに床を蹴って、優雅に宙を舞い、数メートル離れて立っていた白馬との
距離を一気に縮める。
いきなり手の届く距離に舞い降りたキッドに、一瞬驚いて白馬は後退するが。
いくら逆光でも、顔くらい見えなくもないその距離に白馬は懸命に目を凝らそうとして。
・・・!!やはり、君はっ!!
そう思ったところで、思わず白馬は目を閉じずにはいられなかった。
なぜなら、キッドの顔がこれ以上にないくらい近づいてきたからである。
ぎゅっと目をつむった探偵を前に、白い怪盗は小悪魔的な表情でニヤリと
笑うと、左手に隠し持っていた催眠スプレーをシュっと一吹きした。
「・・・なっ?!」
一瞬、白馬の瞳は大きく開かれるがすぐさまソレはまた閉じていく。
そして、バッタリとその床へと崩れるように倒れていったのだった。
「・・・なんちゃって♪」
お堅い探偵殿には、ちょっと刺激が強すぎちゃったかな?
などと、イタズラが大成功したような子供のような笑みをキッドは浮かべて。
床に倒れた白馬の元に肩膝をつくと、その耳元に小声で囁く。
「悪いね。オレの心はもうとうに捕まっちゃってるから、お前にはあげられないんだよ。」
キッドのその言葉は、もう深い眠りに落ちてしまった白馬には
当然、届く事はなかったのだけれど。