Heart Rules The Mind

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NOVEL

誰か言って

上手く信じさせて

「全ては狂っているんだから」と

1人にしないで

神様  貴方がいるなら

私を遠くへ逃がしてください

 


幸せの終わり 真実の始まり    act,2


 

 

命の石、“パンドラ”。

手に入れたものは、永遠の命を授かると言う。

そう聞くと、どんな大層な宝石なのかと普通は思うだろう。

世紀の大怪盗も、日本警察の救世主と呼ばれる高校生探偵もまた例外ではなかった。

だが、実際は───。

 

「・・・案外、フツーだな。いや、まぁそんなもんか。外観はどうだっていいんだしな。要は含有物の話だ。」

顎に手を添えてしげしげと石を見つめた後、新一は唸った。

快斗も頷く。

「確かにスピネルは、ルビーの偽物なんていうヒドイ言われもあるけどね。実はスピネルだった英王室の王冠の「黒太子のルビー」だって、当時は幾度もの戦争を潜り抜けてきた勝利の石なわけで、ルビーでなくとも、何かご利益がありそうな石なのは否めないだろ?」

「───まぁそうだな。」

スピネルの宝石としての価値を否定する気は、新一にはない。

どんな宝石が“パンドラ”に相応しいかなど、議論するつもりもなかった。

だが、目の前のこの赤いスピネルが“パンドラ”だと言われても、俄かには信じがたい気はしないでもない。

「残念ながらまだ昼間なんで、今は確かめることはできないけどね。」

「構わね─よ。昨夜、オメ─が確認したんだろ?・・・で、間違いないんだな?」

快斗は首を縦に下ろした。

 

新一は、それから僅かに視線を逸らし、考えるような素振りを見せる。

「───そういや、昨夜、組織の連中との接触は?」

「なかったよ。」

快斗はあっさりと答えた。

「じゃあ、奴らはそれが“パンドラ”だとは知らないのか。」

「昨夜の時点ではね。でも、今はもう知っているはず。」

言いながら、快斗はテーブルに置かれてあった赤い石を手に取り、にっこりする。

新一は目を細めた。

快斗はそんな新一を尻目にソファから立ち上がり、窓際へゆっくり歩く。

「今朝、コイツを所有している美術館にお詫び状を出してきた。申し訳ないけど、今回の獲物はずっと探してきた宝石だったんで返却できないってね。」

「なるほど。奪った石が“パンドラ”だと言ってるようなもんだな。」

そういうこと、と快斗はウインクした。

「朝刊には間に合わなかったけど。お昼のワイドショーではやってるんじゃないのかな?」

そう言って、快斗が石を持っていない方の手でTVのリモコンを取る。

適当にチャンネルを回すと、確かにキッドのニュースが取り立たされていた。

奪った石はほとんどすぐに返却するのがお決まりのキッドの犯行パターンが覆されたということで、どうやら騒然としている。

しかもキッドの目当ての石が5大宝石でもないスピネルだったということで、ますます謎を呼んでいる様だ。

ワイドショーのコメンテイター達も揃って首を傾げている。

新一は腕組みし、ふむと頷いた。

ここまで大げさに公共の電波で取り上げられれば、この情報が組織に入らないということはないだろう。

これで間違いなく、組織はキッドに接触を試みるはずである。

新一はソファにかけたまま、TVの横に立つ快斗を見上げた。

「───で、奴らの出方を待つのか?」

快斗は、「いいや」と首を横に振り、それから怪盗らしい不敵な笑みを浮かべる。

「実は、あのお詫び状の本文には暗号を仕込んであってね。、ま、暗号と言っても、わかるヤツが見れば一目瞭然のチョロイのなんだけど。ソイツで、今夜、取引しようって持ちかけてある。」

「・・・取引?石が欲しいのなら、組織本部へ連れて行き、ボスに会わせろとでも要求するつもりか?」

「まぁ、そんなとこだね。」

掌で赤い石がころころと転がしながら、快斗はにっこりした。

 

「・・・・・・今夜か。」

新一はやや重苦しく言った。

組織は恐らくキッドの誘いには乗ってくるだろう。

ただ、奴らが大人しく取引に応じるかどうかは───。

「そう、今夜・・・。けど、取引の場に、コイツを持っていくのはやめておこうと思ってね。」

「・・・まぁそれも手の一つだろうな。」

快斗の案に新一も賛成だとばかりに頷く。

快斗は立ったまま、窓の外を見ていた。

「───たぶん、“パンドラ”を見つけたことで、オレの役目は終わりだろう。だとすれば、奴らは今夜、本気でオレを殺しにかかるかもしれないからね。」

快斗は笑顔で物騒なことを言う。

まるで自分が組織のために、今日まで生かされてきたことを甘んじているような。

新一は、ふと自分が生かされている理由がわからないと言っていた哀のことを思い出した。

確かに“パンドラ”を探させると言う意味では、怪盗キッドは利用する価値がある駒だった。

そして、もう不要になった駒として、排除されると考えても不思議ではない。

だが、哀と同じくして生かされている理由が不明瞭な新一には、組織がキッドに対してどう対処するのか、本当のところは読めなかった。

───それでね、と快斗は続ける。

そして新一の方へ数歩近づいて、掌にある石を差し出した。

「この石を名探偵に預かってもらいたい。」

「・・・なっ?!」

「無論、持っていろとは言わない。どこか、適当なところへ隠してくれればいいんだ。」

「隠す?」

「そう。そしてその隠し場所を知っているのは、名探偵1人にしておく。」

「お前にも教えなくていいのか?」

「オレが聞くまで、教えてくれなくていいよ。」

言いながら、快斗は赤い石を新一の手の中に落とす。

無言で石を見つめる新一に、快斗はにっこり微笑みかけた。

「とりあえず、これでオレと名探偵が即刻、殺されるってことは免れると思うんだけどね。」

快斗の考えは、新一にもすぐ理解できた。

つまり、こうだ。

「怪盗キッド」は新一に“パンドラ”を託す。

キッドを殺してしまっては、石が誰の手に託されたかわからなくなってしまう。

そして、万一、新一の手に託されたとわかったっとしても、新一を殺してしまえば、その隠し場所がどこなのか、わからなくなってしまうというわけだ。

確かに、これで少々時間は稼げるかもしれない。

組織に取引を持ちかけるくらいには。

 

「───にしても、どこに隠すんだよ?」

「それは名探偵にお任せするよ。」

「・・・お前、自分で隠すのが面倒くさいだけなんじゃないだろうな?」

「さて。」

それから、快斗はポケットから小さなメモを出す。

「ちなみに、これが組織の奴らに宛てたのと同じ暗号文。名探偵には易しすぎるとは思うけど。来たいだろ?」

新一は「あったりめ─だ!」と、それを乱暴に奪い取った。

暗号文を見て鼻で笑い、そのままチクショーとぼやいてソファから立ち上がる。

鼻で笑ったのは暗号文が瞬時に解読できたからで、チクショーとぼやいたのは石を隠しに行くのが面倒くさかったからだ。

そのまま部屋を出て、玄関の方へ向かった。

 

「あれ、もう行くの?」

「バ─ロ─!今夜までにばっちり隠しとかね─とマズイだろうが。オレにだって、いろいろ準備があるんだよ!」

「そりゃそうだ。じゃあ悪いけど、じっくり考えて、上手く隠しておいてもらえるかな。」

まるで他人事である。

新一は快斗をにゃろ〜と睨むと、玄関の戸口に立った。

ドアに手をかけたところで、新一は後ろを振り返る。

そこには、「行ってらっしゃい」とばかりに見送りに来ている快斗の姿。

 

「・・・お前。」

「ん?」

「オレが1人で勝手にこの“パンドラ”を利用して、何かするとは思わないのか?」

新一は意地の悪い顔をして聞いてやる。

けれども、快斗はにっこり即答した。

「思わないよ。」

あまりの笑顔に新一も毒気を抜かれる。

「・・・・・・あ、そう。」

「だけどね。」

快斗は付け足した。

「もしオレに何かあったら、その時は名探偵に全て任せる。」

これもにっこり笑顔で言われたのだが、新一は舌打ちをした。

「ふざけんな、バ─ロ─!」

「名探偵こそ。」

「何だよ?」

「名探偵こそ気をつけてもらわないと。石のありかをオレが聞き出す前に何かあったりしたら、困るからね。」

石の心配かよ!とカチンと来たが、新一はそれを無視してとドアを開いて外へ出る。

ドアが閉まるまで、快斗がのんきに手を振っているのが見えた。

 

ドアが閉まった。

重い鉄の扉を挟んで怪盗と探偵が別れたのは、まだその日の午後2時を少し回った頃だった。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

ちょうどその頃、阿笠邸には赤いランドセルを背追った少女が帰ってきたところであった。

昨夜の夢見が悪かったのはさておき、結局、哀は新一の言葉どおり登校したのである。

実際、小学校ののどかな風景は彼女を多少は癒す結果となった。

もちろん、彼女の不安を全て消し去ることはなかったが、新一ほどまではいかないまでも、少しは前向きでいようかという心持ちにはさせてくれたのだ。

哀は持っていた鍵を使って、玄関の戸を開けた。

「おかえり」といつも出迎えてくれる博士は、今日は学会で日中は留守である。

しんと静まり返った玄関で、それでも少女は「ただいま」と言った自分に小さく笑った。

リビングのドアを開け、とりあえず背負っていたランドセルを下ろす。

キッチンで冷蔵庫に入っていたアイスティをグラスに注ぎ、それを片手にリビングに戻ってくると、テーブルに置いたままだったファション雑誌を手に取った。

数日前に買ったばかり哀のお気に入りのファッション誌だ。

少女は壁にかかった時計に目をやった。

まだ、午後3時前。

博士は夕飯までには帰ってくると聞いていた。

ふと、今朝、心配をかけてしまったお詫びのしるしに、夕食は何か博士の好物にしようと哀は思いつく。

「何がいいかしら?」

独り言を呟きながら哀はテーブルにアイスティを置き、ソファにゆったりと腰掛けた。

少女の小さな手が、雑誌のページをめくり始める。

 

不意に、来訪者を告げるチャイムが鳴った。

哀は、手にしていた雑誌をテーブルに置くと、インターフォンのカメラ越しに訪問者を確認した。

そこに映っていたのは、オフホワイトのスーツを着たすらりとした女性。

その洗練された着こなしは、スタイルとセンスの良さを物語っている。

だが、肝心の顔はつばの大きな帽子に隠れて、良く見えない。

哀は無言のままカメラを見、どうしたものか考える。

すると、女性はカメラに気づいたのか、帽子を取り去り、カメラに顔を向けて手を振った。

それを見て、少女の灰色の瞳が僅かに開く。

カメラに映ったその綺麗な笑顔を、哀は知っていた。

───そう。

玄関の外に立つ女性を、哀は知っていたのだ。

特別、親しい間柄というわけではなかったが、何度か面識はある。

何より、自分が信頼している人間の関係者だということで、哀は安心した。

そして、少女は玄関に向かった。

かけていた鍵とチェーンを外し、躊躇することなく扉を開けたのだ。

 

「こんにちは。えっと・・・。灰原・・・哀ちゃん・・・だったかしら?」

「・・・こんにちは。」

「お久しぶりね。元気にしてた?」

にこにこしながら、女性は話す。

「・・・ええ、あの。」

博士は今、学会だ。あと数時間もすれば、戻るだろうが。

新一はそろそろ授業が終わる頃だろうか?

事件に呼ばれず真っ直ぐ帰宅してくれるのなら、新一の帰宅の方が博士よりも早いかもしれないと、そう哀は考えた。

少女は今日、新一が快斗に呼び出されて、学校を早退した事を知らない。

「あいにく、博士は学会で留守で───」

「ごめんなさい、喉、渇いちゃった。お茶を一杯、いただける?」

女性は哀の言葉を遮るように言った。

「・・・どうぞ。」

断る理由はない。

哀は、その女性を部屋に通した。

 

テーブルに乗っていた哀の飲みかけのアイスティを見つけて、その女性は同じ物でいいと言った。

だから、哀は新しいグラスにアイスティを注いだ。

女性に差し出すと、彼女は優雅な仕草でそれを受け取り、ありがとうと一口、含む。

「今日はいいお天気ね。ほんとお出かけ日和。」

リビングの大きな窓の外を眺めて、女性は言う。

哀はそんな彼女を黙って見つめていた。

すると、女性がテーブルに置きっぱなしだったファッション誌を手に取った。

「あら、素敵なファッション。哀ちゃんもこういう雑誌を読むのね。」

「・・・・別に。」

「そうよね?年頃だものね。オシャレに興味がないはずないわね。」

にっこりと女性が笑う。

一瞬、何かが哀の中で引っかかった。

だが、それを哀は瞬時に打ち消した。

この女性は、哀のこの小さな体が本当のものではないことを知っている。

哀の姉のことも新一から聞いて知っているとすれば、正確にはわからなくても、ある程度、哀の年齢は予測がつくと考えられたからだ。

けれども。

けれども、哀は何故か、心臓の鼓動が少し早くなってきているのを感じていた。

 

「・・・あの。博士も工藤君も、夕方には帰ってくると思うけど・・・。」

「ああ、いいのよ。」

女性は笑顔を哀に向ける。

綺麗にネイルの塗られた指が、軽やかにリズムを取った。

「だって、今日は貴方に会いに来たんだもの。」

小さな瞳が、目の前の女性を映したまま僅かに見開かれる。

 

まさか、そんな───。

そんなはずはないと、少女は思った。

だが。

あの夢がとうとう現実となったのだと、そう悟るまでに時間はかからなかった。

 

「本当にいいお天気ね。一緒にお出かけしましょうか?」

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

新一が快斗から預かった例のスピネルを何とか隠し終わったのは、もう陽も傾いた頃だった。

どこに隠そうか散々悩んで、新一は疲労困憊である。

とにかく、“パンドラ”は隠した。

今、その場所を知っているのは、新一だけだ。

快斗は自分が聞くまで、それを教えなくていいと言っていた。

───だけど。

確かに、ソレを盾に新一の命を守ることにはなるかもしれない。

だが、万が一のこともある。

石のありかを暗号化して、快斗がそれを受け取れるような場所に前もって仕込んでおいたりした方が良くないだろうかと、考えていた。

時間はあまりない。

とりあえず、そのことを快斗に提案だけでもしてみようと、携帯を取り出した時だった。

絶妙のタイミングで、着信音が鳴り響く。

阿笠博士からだった。

 

「もしもし、博士?どうしたんだよ。悪いけど、今、オレ、取り込んでて・・・」

と、新一は言いかけて、電話の向こうの博士の言葉に目を大きく見開いた。

「・・・何だって?!博士、良く聞こえない!もっと大きな声で!!」

駅へ向かって歩いていた足を思わず止める。

 

「・・・・・は、灰原が・・・・、灰原がいなくなっただと───?!!」

新一は、愕然とした。

 

To be continued   →NEXT

 

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