Heart Rules The Mind

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NOVEL

誰か言って

上手く信じさせて

「全ては狂っているんだから」と

1人にしないで

神様  貴方がいるなら

私を遠くへ逃がしてください

 


幸せの終わり 真実の始まり    act,5


 

 

その別荘は、鬱蒼とした木々の中にひっそりと建っていた。

わざわざ海外から建築資材を取り寄せただけあって、本格的な洋館である。

新一も、幼い頃には両親に連れられて何度か遊びに来た事があったが、ここ数年は全くと言っていいほど、足を運んだことはない。

タクシーを下り立った新一は、その建物を見上げる。

暗闇も手伝って真っ黒な木々に覆われた別荘は、まるで訪問者を遮っているかのようにさえ感じた。

しっかりと閉ざされた鉄の門。

新一は意を決して門を押す。

子供の頃は重いと思っていたその門は、思いの他、簡単に開いた。

新一は入り口のドアまで行く途中にある駐車場に目をやったが、そこに車は一台も停まってはいなかった。

黒のポルシェ356Aがなかったことに新一は一瞬、胸を撫で下ろすが、それはほんの気休めにしかならない。

───別にここに車を停めているとは限らね─よな。

車くらい隠そうと思えば、いくらでも場所はあった。

新一はそのまま足を進める。

近づいてくる入り口のドアを、新一の蒼い瞳は真っ直ぐに捕らえていた。

 

あの扉の向こうに真実がある。

扉を開けたら、もうもとの世界には引き返せない感じがした。

だけど、行かないわけにはいかない。

確かめずにはいられないのだ。

 

右手を伸ばし取っ手を引くと、四角い長方形の光が新一を出迎える。

入り口からすぐのリビングに明かりはついているものの、人の姿はなかった。

だが、暖炉脇のテーブルにはワインのボトルと飲みかけのグラスが1つ置いてあり、先程まで誰かがそこに居たであろうことを容易に想像させる。

新一は それには一瞥をくれただけで、そのままリビングの奥に見える扉へ目をやった。

扉の向こうには父の書斎がある。

───居るのは、向こうか。

新一は目を細めた。

書斎に居るであろう人物が、本当に父親かそうでないかはまだわからない。

書斎のドアの前に立った新一は、ノックもせずに平然とその扉を開く。

ドアの向こうには、天井まで続くいくつもの本棚の壁。

それを背景に、1人の男が新一に背を向ける格好で立っていた。

 

「やぁ、思ったより早かったね。」

そう言って振り向いたのは、紛れもなく新一の父、優作の顔だった。

新一は僅かにその目を見開いた。

そんな新一に気づいているのかいないのか、彼の父親はいつもどおりの笑顔を浮かべる。

「ここへは車で?てっきり阿笠博士も一緒だと思ったが。」

「・・・あ、ああ、タクシーで来た。ちょっといろいろ都合があって。」

「そうか。そういえば博士は、今日は日中、学会だったと言っていたな。確かにお疲れのところ、ここまで運転してもらうというのも気の毒な話だ。」

「まぁな。───っていうか、そんなことよりもだ!いきなり何なんだよ?帰って来てるなら来てるで、連絡くらい寄こすだろう、普通。」

「いやぁ、すまなかった。急なことだったんでね。」

他愛も無いいつもの親子の会話だった。

そこに違和感を新一が感じる事はなかった。

新一は、まじまじと目の前に立つ男の顔を見る。

もし変装であれば、一目で見破る自信があった。

変装の名人と言われる、キッドの化けの皮をはがすことばかりしていたからかもしれない。

だが、それ以前に。

どんなに完全に化けていようと、いくらなんでも自分の父親かどうかくらい判別はできる。

そして、今、新一は確信していた。

 

───父さん。間違いなく、本物の父さんだ・・・・!

 

これで、新一の両親に化けた組織のワナかもしれないという可能性は、完全に消去された。

目の前にいるのは、間違いなく本物の新一の父、優作なのだ。

 

───残る可能性は、あと2つ。

今回の件は父さん達の単なる悪ふざけだったのか、それとも───。

3つ目の可能性を思っただけで、嫌な汗が新一の背中を伝った。

 

優作の口元には穏やかな笑みが張り付いている。

新一はそれを凝視ししたまま、口を開いた。

「・・・・・灰原は?」

「夕食に行ったまま、まだ帰ってきていない。有希子がどこか遠くまで連れ出したようでね。」

確かにこの別荘付近には、食事ができるような場所は無かった。

山を下りて町まで車を走らせなければ、レストランには出会えない。

となれば、往復の時間も考えると、哀達がまだ別荘に帰ってきていないと言われても、何ら不自然な点はないのだ。

新一は黙り込む。

そんな新一を前に、優作は手にしていた分厚い本を本棚に戻し、息子へソファへかけるように促した。

「まぁとにかく、座ったらどうだね?じきに有希子達も戻ってくる。」

言われて、新一はソファに腰を下ろす。

優作もテーブルを挟んで、新一の向かいに座り、ゆったりと足を組んだ。

「彼女達が帰ってくるまで、何か話でもしよう。」

「そういや、電話でも話があるとか言ってたな。ずっと書き続けてた小説がどうとか・・・。」

「そう。私のライフワークとも言える長編小説が、まもなく完結できそうでね。」

正面に座る父親の顔が、やけに楽しそうに新一の目に映る。

「実はこの長編小説には、新一、お前も登場しているんだ。」

「・・・え?」

「主人公ではなく、ほんの脇役だがね。」

「オレが登場してるって・・・。本人の許可無しかよ。」

「すまないね。だが、もともとこの話にお前を登場させるつもりはなかったんだ。どっちかというと、お前が勝手に飛び込んできたと言った方が正しいかな。」

優作が何を話し出すのか、新一にはわからない。

だが、何故か嫌な予感がしていた。

「・・・なんだかよくわからね─けど。一体どういう話なんだ?」

鼓動が速くなっていくのを感じながら、新一は訊ねた。

すると、優作はその口元に微笑を乗せて応える。

 

「“パンドラ”という命の石を探すストーリーだよ。」

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

赤い石“パンドラ”。

それは、不老不死を可能にする魔石。

人を神の領域へと導くものである。

そして、その石を手に入れようと1人の男が現れる。

しかし、その石は他の宝石の殻に隠れてひっそりと存在するため、探し出すのは非常に困難を極めるものであった。

そこで男は名案を思いついた。

当時、世間を騒がせていた大怪盗にこの話を持ちかけ、彼にパンドラ探しを依頼したのだ。

怪盗は実に首尾よく働いてくれたが、それでもパンドラはそう簡単には見つからない。

男はパンドラ探しは怪盗に任せ、それとは別に不老不死の研究を始めることにした。

やがて、月日が経ち、男と怪盗の間に僅かな考えのズレが生じてくるようになる。

 

「───それで、男は怪盗をどうしたと思う?」

優作は穏やかな笑みを浮かべたままで、新一に問う。

新一は目を見開いたまま、ただ真っ直ぐに父親の顔を見つめていた。

問いの答えを新一は知っていた。

だが、それをすぐに言葉にはできない。

 

「新一ならわかるだろう?男が次にどうしたか。」

優作が答えを促す。

優しい父の笑顔を見ながら、新一は体中の血が冷えていくように感じていた。

そして、新一の唇が僅かに動く。

「・・・・・・わかるさ。男は───、男は怪盗を殺すんだ。」

その答えを聞いて、優作は満足そうに微笑んだ。

「そのとおり。怪盗は実に優秀な男だった。そのまま生かしておくと、男にとって脅威になりかねないからね。だが、怪盗が死んでしまったおかげで、今度はパンドラ探しが暗礁に乗り上げてしまった。」

両手を広げて困った風な素振りを作る優作を、新一はただ呆然と見つめている。

優作は構わず話を続けた。

「男が困っていると、何と怪盗の息子が現れた。しかもその息子は、父親の跡を継いで怪盗になっていた。さらに都合のいいことに、自分の父親の死の真相を探るべく、パンドラを探しているという。こうして男のパンドラ探しは、怪盗の息子に よって続行された。そして、ついに。」

優作の目がうっとりと細められる。

「───ついにパンドラが見つかった。男がパンドラを手に入れる瞬間が来たんだよ。」

 

瞬間。

新一の世界が暗転した。

早鐘のように鳴る心臓の音。

新一は凍りついたように動く事ができなかった。

 

「この物語の主人公が誰だか、もうお前にはわかっているだろう?」

───嘘だ!

「つまり、そういうことだ。新一。」

───嘘だ!嘘だ!!そんな・・・っ!

 

「お前が言うところの黒の組織とは、私が作った組織なのだよ。」

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

親子の視線が交差する。

だが、それは新一にとって絶望しか呼ばなかった。

新一はソファから立ち上がって叫んだ。

「・・・・嘘だ・・・・っ!だって、そんな!!だったら、オレは───っ!」

「さて?私の息子はそんなに無能な探偵だったとは思わないが。一体、ここでどう推理したら、そんな言葉が出てくるのかね?」

新一は言葉もない。

実際、優作の言うとおりなのだ。

信じられない。

信じたくない。

そう思うのと同時に、妙な事にこの結末はすとんと胸に落ちた。

そう、まるでパズルのピースがきちんと綺麗にはまるように。

「では、逆にどう考えれば、私の正体がそうでないと言い切れるのか、聞かせてもらおう。」

優作はソファにかけたままパイプを取り出すと、マッチに火を灯してつけた。

部屋にパイプの甘い香りが広がる。

新一は愕然と立ち尽くす。

目の前にいる父親の顔をした男は、今、この場で自分が組織の人間だとそう断言したのだ。

もしそうでないと新一が思いたいのなら、それを証明しろと言ってみせるほどに。

新一の代わりに、優作は言う。

「簡単な話だ。新一、自分が何故、生きているか、それを考えてみればすぐにわかる。」

新一の目が僅かに見開いた。

 

“───何故、私達は生きているの?”

新一の頭に今朝の哀の言葉が、鮮明に蘇る。

 

「トロピカルランドでお前に組織の取引現場を目撃されたのは、私にも予想外の出来事だった。あの時、ジンはお前を私の息子とは知らずに殺そうとしたのだが、まぁあの状況ではそれも いたしかたない。」

実の息子が殺されても仕方がないと、父親が平然と語る。

でも、今はもうそんなことは新一はどうでも良かった。

優作は続ける。

「だが、園内で起こった殺人事件で、警察がうろついていたおかげで銃を使えなかったのは、お前にとってラッキーだった。APTX4869での殺害は、薬品の偶発的な作用で見事、失敗。結果、お前は幼児化して命を永らえた。実に強運の持ち主だ。さすがは私の息子だよ。

幼児化してからのお前の活躍は、実に興味深かった。阿笠博士の力を借り、毛利探偵の代わりに事件を解決していく様など。おまけにお前の周囲はとても賑やかだ。組織を脱走したシェリーが合流するかと思えば、さらには怪盗キッドまで接触するとは。 」

煙を吐きながらそう告げる優作は、心から新一を賞賛しているようだった。

だが、それは要するに優作の都合のいいように、新一が動き回っていたということなのだ。

新一は、組織の手がかりを掴もうとずっと努力してきた。

結果的に、哀やキッドと行動を共にするようになったのも、すべて偶然の出来事。

たまたま目的を同じくする者が集まったというだけのことだった。

なのに。

「お前は充分過ぎる程、役に立ってくれた。いや、お前だけでなく、シェリーも 二代目のキッドもね。実際、お前達の素晴しい働きのおかげで、私のパンドラを廻るストーリーはずいぶんと深みを増し、楽しいものとなった。感謝しているよ?・・・・・だが、お前達の出番はそろそろおしまいだ。物語はもうクライマックスだからね。速やかに退場してもらおう。」

優作の瞳が光るのを、新一は見据えていた。

「・・・・・・灰原はどこだ?」

新一は低い声で聞いた。

優作は薄っすらと笑う。

「有希子と食事に行ったのは本当だ。だが、その後は彼女は行くべきところへ行ってもらう。」

「ここまで生かしておいて、今更、灰原を殺すなんてことはねーよな?どこかへ監禁して、研究の続きでもさせるつもりか?」

「そのとおり。APTX4869の解毒剤まで独自で開発できるような才能を、みすみす失うのは惜しいのでね。」

新一は押し黙った。

過去、二度ほど哀の暗殺を企てた組織も、再び彼女の科学者としての才能を買ったというわけだ。

つまり、組織はまだ彼女に利用価値があると判断した。

それこそが、組織が哀を生かしていた理由。

では、新一はどうか?

組織にとって、新一は利用価値のある人間なのかと問われれば、答えはNoである。

 

“───何故、生かされているの?”

その答えは。

 

───とりあえず、親子・・・だから・・・・か。

何て陳腐な理由。

あっけなくたどり着いた答えに、新一は自嘲気味に笑った。

しかし、先程はあっさりとジンに殺させても仕方がないという口振りで話すくらいである。

到底、親子の情が厚いとは思えなかった。

だとすれば、もう。

 

「・・・・・・オレをどうするつもりだ?」

新一はその瞳を鋭く光らせる。

「 日本警察ですら知らない組織の存在を嗅ぎつけた探偵。それが例え高校生と言えども、その推理力は決して馬鹿にできるものではない。本来なら、そんな目障りな危険分子は、さっさと排除すべきだろう。だが、私も親として、息子を死なせるのは忍びない。」

「よく言うな。 だったら、どうだって言うんだ?」

「せっかくここまで優秀な探偵に育ってくれたんだ。その頭脳をぜひ、こちらで活かしてもらえたらうれしいのだがね。」

「断る。」

「そうだろう。お前は強情な子だ。」

新一が思いのままにならないことは予想通りのようで、優作は笑っていた。

「───なら、殺せよ? これ以上、利用されるのはご免だ。」

新一は言う。

そこに何の感情も無かった。

「いや、それには及ばない。大体、お前が死んだら、有希子が悲しむ。」

「今更、そんなこと言われたって、信用できるか。」

「悪かった。お前を驚かすつもりはなかったんだがね。」

「ここまで騙しておいて、驚かすも何もね─な。」

「騙したつもりはない。ただ、お前が正しく理解できていなかっただけだ。私の本当の姿をね。」

どこまでも穏やかで優しい口調。

だからこそ、逆に果てしない冷酷さをそこに新一は感じた。

優しい父親の顔で、優作はテーブルに肘をつき、その両手を組む。

「そうそう。お前が前に服用したAPTX4869だが。あれから少々改良されてね。以前はアポトーシスの偶発的な作用で、神経組織を除いた全ての細胞が幼児期の頃まで後退化するというものだったが、今度は意図的にその作用を起こせるようになった。さらに、改良後は神経組織も含めた全ての細胞の後退化が可能となった。」

「───なっ!?」

「新一にはもう一度、幼児期まで後退してもらおう。ただし今度は体だけでなく、頭脳もね。」

新一は、驚愕に目を見開く。

そんな新一を見、優作は優しく微笑んだ。

「心配はいらない。今度は組織に適合できる人間になるよう、きちんと育てると有希子が言っている。彼女ももう一度、子育てができるととてもうれしそうだったよ。」

あまりに恐ろしい結末に、新一は後ずさりする。

だが、それを許さないかのように後ろのドアが開いた。

新一が振り向くと、そこには黒い衣装を観に纏った男が立っていた。

───ジン・・・っっ!

金の長髪のその男を、新一が忘れるわけはなかった。

「連れて行け。」

優作がそう命令すると、ジンは一歩ずつ新一に近づく。

そして新一の細い腕を掴みあげると、そのまま部屋の外へと引きずり出した。

遠ざかっていく父親の顔を見ながら、もう新一はかける言葉もない。

ただ愕然として、引きずられていくだけだった。

扉が閉まる直前まで見えたのは、新一が昔からよく知る父の優しい笑顔。

だが、それはもう新一の錯覚でしかない。

新一の知る父など、最初からどこにもいなかったのだ。

 

書斎の部屋の扉が閉まった。

とてつもなく重い音を立てて。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

同日、午後11時11分。

怪盗キッドは、自分が組織の呼び出しに指定したとあるビルの屋上に居た。

予定時刻である。

だが、いまだ誰かが現れる気配はない。

 

「───まさか、すっぽかされるとは思いたくない なぁ。」

キッドがそう茫洋と呟いた時だった。

ズボンのポケットに入れていた携帯がバイブする。

メールだ。

取り出した携帯を確認すると、キッドが“黒羽 快斗”として一般の友人などに開示しているメルアドからの転送だった。

差出人のアドレスに見覚えはない。

だが、アドレスからしてアヤシイ気配が漂う。

組織からだと、キッドは直感した。

───ま、こっちのアドレスは調べようと思えば、いくらでも調べられるからね。

黒羽 盗一殺害の手口からして、組織は怪盗キッドの素性を知っていた。

とすれば、二代目キッドの素性も当然、とっくにバレていると考えるべきである。

組織からのコンタクトなら、本来は怪盗キッドのナリでなくとも可能だろうと快斗は常々思っていた。

そして、今、組織から快斗=怪盗キッドへ宛てて、メールを寄こしてきたのである。

早速、キッドはメールの本文に目を通した。

それは、短いながらの暗号文。

キッドが組織をここへ呼び出す暗号の法則を応用したもので、実に簡単なものだった。

「・・・・呼び出したのはこっちなのに、逆に呼び出されるとはね。」

携帯を見つめたまま、キッドはぼそりと言う。

そこに記されていたのは、葉山の別荘の住所だった。

そう。

それは新一が向かったはずの。

 

キッドは何ら表情を変えることなく、屋上のフェンスに両肘をかけ、そのままもたれた。

弱い風が、緩やかに白いマントをさらっている。

キッドはやや俯き加減で、静かに呟いた。

「───と、いうことは、だ。葉山の別荘にいる工藤夫妻というのは、それがご本人達であるかどうかは別として、クロで間違いなしと。」

ふと、キッドは新一の身を案じた。

───大丈夫かな?無茶してなきゃいいけど。

しかし、実際のところ、新一の安否について、キッドはさほど心配してはいなかった。

例えば、別荘で待ち構えていたのが工藤夫妻に変装した組織の連中だとしたら、万一、危害を加えられそうになっても、新一ならパンドラの在り処を唯一知る者として、何とかできるはず。

そうではなくて───。

もし別荘にいるのが本物の工藤夫妻であって、それでもクロだというのなら。

「───だったら、余計に心配はないか。ここまで来て、実の息子を殺すことはないだろうし。」

恐ろしく無感情に、キッドはそう言ってのけた。

 

事実、工藤夫妻が組織の人間であるかもしれないという線は消せない。

これが、キッドの描く最悪の結末だからである。

いや、本当にキッドにとっての最悪とは、工藤夫妻だけでなく、新一までもがグルだった場合である。

もし、今までの新一の行動がキッドに接触する為の芝居だとしたら、キッドとしては目も当てられない。

新一を信用しきってパンドラまで手渡したとあっては、間抜けもいいところである。

「・・・・もしそうだったら、笑えない冗談だなぁ。」

キッドは他人事のように笑った。

 

───ま、さすがにそれはないか。そこまで念の入った芝居だったとしたら、尊敬に値する。

・・・いや、たとえ名探偵は何も知らなかったとしても───。

 

キッドは胸元から黒光りする銃を取り出すと、左手でそのグリップを強く握った。

右目のモノクルに隠れた瞳に光るのは、まぎれもなく殺意。

「・・・やれやれ。 まいったな。できることなら、こういうのは勘弁してほしいんだけどな。」

抑揚のない声で言ったその台詞は、夜風がさらって行った。

 

 

To be continued    NEXT

 

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