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NOVEL

BISQUE DOLL W

act  10

+++ このお話は、V〜矢車菊の青〜 の後日談にあたります。+++

 


 

 MGMグランドホテルの最上階。

 冷たいガラス玉のような青い瞳が、眼下に広がるラスベガスの夜景を映していた。

 さすがVIP専用とも言えるゴージャスな部屋には、彼一人。

 

 陶器のような白い肌に、金色の髪。

 そして、人形のような青い瞳。

 まさに『ビスク・ドール』(陶器人形)と呼ばれるにふさわしい。

 彼がその名を持つようになったのは、その血の通っていないような見目にふさわしく、残忍非道な殺人鬼であるが故。

 

 ビスク・ドールは優雅にソファに持たれ、その赤い唇を斜めに持ち上げた。

 と、胸元から蒼く輝く石を取り出す。

 手にしているのは、『矢車菊の青』。

 その極上のブルーサファイアを眺めながら、彼はその瞳を細めた。

 

「・・・キッド。 お前もそろそろあきらめる事を学んだ方がいい。こんな石のために、おめおめ死ぬつもりか?」

 

 今はまだここにはいない怪盗に向けて、ビスク・ドールはそう呟く。

 彼は笑っていた。

 楽しんでいる。

 そう。紛れも無く、彼はこの状況を楽しんでいた。

 

 キッドを手に入れるか、それともその命を奪うか───

 

───オレは、どちらでも構わないが?」

 赤い唇が不気味にそう言った。

 

 

 と、不意にドアをノックする音が響いて、ガラス玉のような青い瞳だけが音のした方を向く。

 取引時間には、まだ少し早かった。

 ビスク・ドールはソファから立ち上がると、ドアを開けてやる。

 扉の向こうにいたのは、数名の部下を連れたヴィンセントだった。

 

「Excuse me.It is a little earlier than appointed time. 」
《失礼。 約束の時間より、少し早いが。》

 そう言ったヴィンセントを、ビスク・ドールは何も言わず部屋へ招き入れた。

 

 そうして。

 テーブルを挟んだソファにお互い腰を落とし、大した会話もなく取引が始まる。

 『矢車菊の青』は、ビスク・ドールの手からヴィンセントへ。

 逆にビスク・ドールの目の前には、アタッシュケースに入った大金が用意された。

 

 と、その時だった。

 突然、何の前触れも無く部屋の明かりが落ちて、あたりは暗闇に包まれたのだった。

 

 

+++     +++     +++

 

 

 ・・・な、何だっ!?何が起こったんだ??!

 

 ガクンと変な揺れ方をしたかと思うと、オレの乗っていたエレベーターはいきなり真っ暗になり、そのまま停止してしまった。

 もうまもなく最上階だったはずなんだが。

 

 ・・・・・おいおい、勘弁してくれ。

 

 オレはとりあえず、時計に付属しているライトをつけると、エレベーター内に設置されている非常用の連絡として設置されている電話の受話器を取ってみるが、やはり何の応答もない。

 

 ・・・ただの停電・・・ってことは、ないだろうな。

 ま、いきなりエレベーターを吊ってるケーブルが切れたりするんじゃなくて、助かったけど。

 この高さから、地上に叩きつけられでもしたら、間違いなくあの世行きだ。

 

 オレは小さく溜息をつくと左腕を上に翳し、ライトでエレベーターの天井を照らす。

 「ここからは自力で行くしかねーか。」

 そう呟いて、勢いをつけてジャンプする。

 天井のパネル一つを外すのに成功すると、今度はそこへぶら下がるような格好で、エレベーター外へと、躍り出た。

 思ったとおり、最上階へは、あと少しで到着できるところだった。

 

 ざっと、上まで2メートルくらいか。

 ケーブルを伝って上がるのに、そう難しい距離じゃないのは幸いだったな。

 

 エレベーターの箱の外に立ち、オレは薄暗い上を見上げる。

 

 ───電気系統を遮断したのは、キッドか?

 だとしたら、もうアイツは、ビスク・ドールのところへ行っているのかもしれない。

 

 ・・・急がねーと。

 今回に限っては、アイツ等だけでやり合わせるのは危険な気がしてならない。

 

 オレは軽く唇を噛むと、太いケーブルに手をかけた。

 

 

+++     +++     +++

 

 

 非常灯すら点燈しない、真っ暗闇の部屋の中。

 ヴィンセントとその部下は、あ慌てふためいて声を上げている。

 この事態に動じないでいるのは、ビスク・ドール一人。

 彼は、この闇の中でその青い瞳を閉じ、じっと何かを待っているようだった。

 

 ふと。

 彼のその白い頬を、起こるはずのない風が撫でた。

 すっと、閉じられていた瞼が開く。

 同時に、赤い唇が笑いを象った。

 

───良く来たな、キッド。」

 その声に、ヴィンセント達は目を見開いて、背後を振り返った。

 

 そこにはあったのは。

 ぼんやりと月明かりに照らされた白い怪盗の姿。

 

 シルクハットのつばに手をかけると、キッドは少し目深にそれを被りなおし、口元に笑みを作った。

「・・・こんばんは。予告どおり、『矢車菊の青』をいただきに───。」

 キッドがそう言い終わるや否や、ヴィンセントが目を剥いた。

 

「貴様っっ!あの毒を飲んで、何故、生きていられるんだっっ?!」

「さぁ?何故でしょう?」

「ふざけるなっ!!」

 

 ヴィンセントがそう叫ぶのと同時に、彼の部下がいっせいにキッドに飛び掛る。

 キッドはひらりとそれを飛んでかわすと、トランプ銃を撃ち、彼らとの間合いと作った。

 舌打ちをし、胸元が黒光りする銃をヴィンセントらが構えた時、ビスク・ドールが立ち上がった。

 

───取引は終わった。お前達には、もう用はない。さっさと消えろ。」

 赤い唇がそう言った。

「・・・なっ!だがっ・・・!!」

「お前達もここで死ぬか?」

 蛇のような青い目がそう睨むと、ヴィンセント達は言葉を失って立ち尽くす。

 一瞬の沈黙。

 と、取り繕うように、ヴィンセントは口を開いた。

「・・・わ、わかった。こちらはこのブルーサファイアさえ手に入れば、構わん。後は好きにしたらいい!」

 そうして、部下達とともにそそくさと部屋を出て行く。

 

 キッドは、自分の脇をすり抜けていくヴィンセント達を横目で見やるだけ。

 本当ならば、彼らを追いたいところだが、目の前にナイフを掲げた殺人鬼がいるのでは、そうもいかない。

 人形のような瞳が、キッドを楽しそうに映した。

 

───顔色が悪いな。致死量の毒を煽っても、死なかったのは褒めてやるが。さすがに体調不良といったところか。」

「・・・別に、お前に褒めてもらうために毒を飲んだわけじゃないけどね。」

 ちょっとスネたようにキッドが言い返す。

 それを受けて、ビスク・ドールは鼻で笑った。

 

「・・・で?その体でどうするつもりだ?わざわざ殺されにでも来たのか?」

「まさか。 オレは、オレの獲物を奪いに来ただけなんだけど・・・。」

「石は、ヴィンセントが持って逃げたが?」

「・・・みたいだね。」

 やれやれとキッドが溜息をつく。

 ビスク・ドールが左手の掌からナイフを翳して見せた。

 

「このオレが、お前を素直にここを通してやると思うか?」

「いいや?」

 

 キッドもニヤリとする。

 そして、そのまま真っ直ぐに飛んできたナイフを、トランプ銃で叩き落とした。

 

 室内の温度が一気に冷えるような錯覚。

 それは、キッドの体を蝕む毒のせいだけではない。

 そこに張り詰めるのは、間違いなく殺気だった。

 青い瞳が、狩りをする獣のように妖しく輝く。

 

 紙のような白い顔色で、キッドは目の前の殺人鬼を見据える。

 こめかみには、冷や汗が伝った。

 

「本当は石さえ奪えれば、それで構わないんだが───。いい加減、これ以上、お前と関わりたくもないんでね。そろそろ最後にしてもらいたい。」

「いいだろう。お前こそ、最後のチャンスだ。今一度、自分の無力さを思い知るがいい。そして、選べ。生き残るためにどうするべきかな。」

 

 佇む白い怪盗の下へ、銀色のナイフが吸い込まれるように飛んで行った。

 

 

+++     +++     +++

 

 

 同じ頃。

 キッドとビスク・ドールの死闘が始まったのも知らずに、オレは必死の思いで最上階へとたどり着いていた。

 だが、最上階フロアに出たとたん、オレはいきなり黒尽くめの男達に出くわす事になる。

 

 男達も、現れるはずのないところから、突然出現したオレに目を見張った様子だったが、すぐに銃口を向けてきやがった。

 容赦なくサイレーサー付の銃が、撃ち込まれる。

 オレはとっさにかわしながら、胸元から灰原から預かった短銃を取り出した。

 

 ・・・コイツら、ヴィンセントの仲間か?

 

 ガタイのいい男達。

 明らかにガラの悪そうな、そしてボディガードであろうソイツらを見回す。

 ───全部で5人。

 ・・・・・ヤれるか?

 オレはペロリと舌で唇を舐めた。

 

 と、その黒尽くめの男達に、庇われるようにして一人の恰幅のいい男が立つのに気づいた。

 アイツが、ヴィンセントか!

 ヴィンセントと思しきその人物は、何か大事なものでも入っているのか、自分の胸に手を当て押さえていた。

 

 代わる代わる男達がオレに襲い掛かってくる。

 オレはそれをなんとかかわしながら、攻撃のチャンスを狙っていた。

 ───できれば、ここで無駄弾は使いたくない。

 オレはそう思うと、自分の間合いに飛び込んできた男を、持っていた銃で殴り飛ばす。

 それだけでは倒れないタフなソイツに、トドメとばかりに右足を叩き込んだ。

 

 その瞬間、被っていたオレのキャップが床に落ちる。

 露わになったオレの顔を見て、ヴィンセントとらしき人物は目を見開いた。

 

「・・・き、貴様っっ!!キッドか?!」

 

 ・・・いや、違うけどね。

 キッドがオレと似た顔で散々出歩いているせいで、ここへ来て間違えられる事は少なくない。

 いい迷惑だよな。

 そう心の中で愚痴りながらも、敢えて、それをここで訂正してやる必要は無かった。

 

 オレは、一瞬、動揺の走った男達に攻撃をしかける。

 得意の右足を繰り出して男達を次々に蹴り倒し、時には麻酔銃を使って、一気に撃退だ。

 

 最後に残ったボスであろうその人物へ、目を向ける。

 と、男はオレに真っ直ぐに銃口を向けた。

 チリッと、左腕にかすかな痛みが走る。

 避け切れなかった弾が、オレの腕を掠めたのだ。

 

 ・・・のヤロウっっ!!

 

 オレは、とっさに銃を構えると、ヤツの手から銃を吹き飛ばした。

 反動で尻餅をつく男の顎を、そのまま勢いをつけて蹴り上げる。

 男は後方に吹っ飛んで、壁にその体を激しく打ち付けていた。

 

 ・・・やべっ。弾、使っちゃったっ・・・・!

 弾数が少ないから、大事にしなきゃならねーのに!

 

 と、オレが舌打ちした時だった。

 壁に体を預けていたヴィンセントの体がゆっくりと床に倒れ伏す。

 それと同時に、彼の胸元から蒼く輝くものが転がり落ちた。

 

 

 ・・・・・アレはっ!!

 

 

 オレは走り寄って、ソレを拾い上げる。

 それは、あの時、キッドが立光さんの命と引き換えに差し出した石。

 『矢車菊の青』だった。

 

 この輝き。

 極上のブルーサファイアと言われるその蒼は、紛れも無く本物。

 

 それを見て、ここにいない白い怪盗の顔が頭を過ぎった。

 

 ヤツが石を奪う事ができていない理由はただ一つしかない。

 アイツ、今頃、ビスク・ドールと・・・!!

 

 

 オレはフロアの奥にある扉へ急ごうとして、その足を踏みとどまった。

 手の中にある蒼く輝くサファイアをどうしたものか、一瞬、考える。

 

 ・・・・・・しかたねぇ。

 アイツには、ビスク・ドールの件じゃ、いろいろと借りがあるからな!

 

 オレは『矢車菊の青』を自分の胸元にしまうと、再び走り出した。

 キッドと、ビスク・ドールがいるであろうその部屋へ。

 

 

 

 
 

To be continued

 

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2004.06.13

・・・う。書きたいシーンまで行きませんでした。
そろそろ、クライマックスも近くなってきて、次回こそ、3人がご対面しないと。

早くバトルってるシーンが書きたいです。
何をのろのろやってるんだか。

だけど、やっと終わりが見えてきました。
ちょっとほっとしてますv

 


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