結局、キッドが連れてきたハトは灰原と博士に押し付けるような格好で、オレはヤツと一路、空港へ向かうことにした。
オレがキッドと一緒にラスベガスに行くのを、灰原は最後までいい顔をしていなかったけど。
とりあえず向こうに着いたら、ちゃんと連絡を入れると無理矢理納得させて、なんとか家を飛び出してきたところで。
・・・・・・というわけで、オレは今、キッドとともにリムジンバスで、空港へ向かってるわけなんだ
が。
オレは、隣で涼しい顔をして座っている怪盗の顔を盗み見た。
急な話でロクに準備も出来ずに、オレが身一つで来たのは仕方がないとして。
・・・コイツもずいぶん身軽な格好じゃねーか?
「・・・何?」
「・・・いや、海外に行くにしては、ずいぶん荷物も少ないなと思って。」
「ああ、必要なものは向こうで調達しようと思ってね。」
「・・・あっそ。・・・で、ヤツの居所について、どのあたりまでわかってるんだ?」
「残念ながら、ベガスにいるってことくらいまでしか。あとは、向こうで情報収集する
つもり。」
ウインク付きでキッドはそう答えるが。
あまり、楽観できる状況じゃないことだけは確かだ。
「・・・とにかく、全てはあっちに着いてから、か。」
「そういうこと。まぁ、とにかく、今から気を張り詰めてても、疲れるだけだしね。せっかくだから向こうに着くまでくらい、旅行気分を満喫したっていーんじゃないの?名探偵?」
・・・・・・コイツ。
「・・・お前、余裕だな・・・。」
「そう?」
ニコニコと微笑む怪盗に、オレは苦笑を漏らす。
大体、あのビスク・ドール相手に、どれほどの勝算があるのかはわからないが。
それでも、オレだってもう泣き寝入りするつもりはない。
オレは膝の上に置いた手を、自ら強敵に挑んでいく決意をこめて硬く握り締めたのだった。
さて、空港に到着した後、滞りなく出国手続きを済ませ、飛行機に搭乗したオレ達だが。
キッドの持つパスポートが気になって、オレは覗き込んでやった。
そこには、『KUROBA KAITO』と印字されており、生年月日を見たところ、オレと同い年のようだったんだが。
「・・・コレ、本物か?」
「さぁ、どう思う?」
偽造パスポートの可能性は大なこの状況に、オレがそう一応聞いてみると、キッドはにっこり笑って見せるだけだった。
よくよく考えてみれば、顔写真もオレそっくりのままだし、やっぱこれって偽造か?
そう思いつつ、なんとなく釈然としないまま飛行機の席に着く。
どうせ、これ以上追求したところで、キッドからまともな答えが返ってくるとも思えないから、とりあえずは引き下がってやるけど。
コイツの正体がまったく気にならないと言えば、ウソになるんだよな・・・。
キッドはと言うと、早速、シートのポケットに入ってる雑誌なんかに目を通してやがる。
のんきな野郎だ。ほんとにただの旅行者としか見えない・・・。
「――にしても、名探偵と海外旅行できるなんて、なんだかうれしいね。」
「・・・お前・・・。遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「そりゃ、もちろん♪」
まるで緊張感の欠片もないそんなヤツの姿に、オレは溜息を一つ零しながら、シートベルトを装着した。
程なくして、オレ達を乗せた飛行機は、ラスベガスへ向けて日本を飛び立つ。
・・・それにしてもだ。
ビスク・ドールには一発お返ししてやりたいとはずっと思っていたが、まさかキッドと一緒に海外にまで追いかけて行く事になろうとはね・・・。
オレは、今更ながらそう思いつつ、眼下に広がる白い雲を目に映したのだった。
+++ +++ +++
ようやく、ラスベガスの空の玄関口、マッカラン国際空港に到着。
実はオレは、以前にもラスベガスには親父と来た事があったのだが、その時はアメリカ経由で来たので、メインターミナルに到着した。
そこにはいきなりギャンブル気分を盛り上げるようなスロットマシンや、巨大な電飾の掲示板とかあって、派手な雰囲気に結構驚いたりしたけど・・・。
今回は日本からの直行便を利用したため、国際線ターミナル2に着き、こっちにはスロットの出迎えはなかったんで、ちょっと拍子抜けだった。
とりあえず、入国手続きを済ませたオレは、横に立つキッドを見る。
・・・何も、コイツとずっと行動を共にすることはないんだけど・・・。
お互いビスク・ドールに報復?しに来たからって、手に手を取って共同作戦を約束したわけでもないし。
・・・それでも ―――。
今はとりあえず、ビスク・ドールの居場所を掴むまで、コイツとつるんでいた方が得策か。
闇の世界の情報に関しては、オレよりもキッドの方が入手しやすいだろうしな。
「・・・で?この後、どうする?」
「まずは、ホテルに行こうか。時差が−16時間もあるんじゃ疲れたろ?」
「ホテルはもう取ってあるのか?」
「一応ね。ヴェネチアンを押さえてあるけど。」
「・・・・お前・・・・・。」
オレはあんぐり口を開けた。
ヴェネチアンとは、その名のとおり水の都ヴェネチアをモデルにしたホテルだが、数あるラスベガスのテーマホテルの中でもカジノは最大で、ラスベガスきっての高級ホテルに位置する。
・・・確か、そこって客室はすべてスイートタイプじゃなかったか?
「広めの部屋だから、一人くらい連れ込んだって余裕だろ?名探偵も来れば?ベットはダブルだし、一緒に寝たってオレは構わないぜ?」
などと、キッドはニヤニヤ笑うが。
「・・・・・オレが構う。勘弁してくれ。」
「ま、心配しなくても。ベットルームとリビングは別れてるだろうし。名探偵にも一つくらい部屋をあげられると思うけどね。」
まぁ、そうだろうな。 ・・・・にしても、だ。
「お前、なんだってそんなゴージャスなホテルにしてんだよ・・・?」
「いや、単に場所的にベストだったってだけだね。メインのテーマホテルが並ぶ大通りのストリップから、ちょうどダウンタウンに行くのにいい位置にあるのがここだったんだよ。あとはまぁ、カジノがデカイってのも、魅力の一つではあるね。」
「・・・カジノは未成年は入れないだろうが。オレ、どーすんだよ?そんなホテル・・・」
そりゃ、お前はいくらでも変装とかしまくればいいだろうけど。
「ああ、だからね。こっちではこのパスポート使って。」
と、言いながらキッドがオレに手渡したのはいつのまに作ったのやら、偽造パスポート。
そこには見知らぬ名前と、生年月日が記されていた。
さすがは用意周到だ。
「で、名探偵。支払いでカードとか使うなよ?入国はともかく、居場所を特定される可能性のあるものは避けたいんでね。」
「そんなこと言ったって、オレ、大して持ち合わせないぜ?お前はそんなに現金を持ち込んでるのかよ?」
「まさか。」
「じゃあ、どうするつもりだ?」
と、自分で言った後に嫌な予感がした。
オレの予想通りにキッドがニンマリする。
「稼ぐところはいくらでもあるだろ?」
・・・・・・カジノか。
「名探偵も、自分の必要経費は自分で稼げよ?」
・・・げ。マジかよ。
とは言うものの、だ。
あながち、キッドの選択は悪いとは言えない。
メインのテーマホテルに潜伏するというのも、ビスク・ドールと接触する機会を少しでも増やすためであるのだろうから。
何しろ、今回ヤツが何を目的でラスベガスに来ているのかは不明だ。
仕事なのか、余暇なのか。
どちらにしても、ラスベガスで華やかなメインストリートに立ち並ぶホテルが舞台となる可能性は充分にある。
あとは。
情報収集できそうなダウンタウンにも近いという、地の利の点があるのだろうが。
「いやぁ、名探偵と泊まることになるんなら、本当にホテルをヴェネチアンにしといて良かったなぁ!」
にっこりしながらそう言いやがるコイツは、本当にどこからどう見てもただの観光客にしか見えなかった。
+++ +++ +++
空港からタクシーに乗りホテルに到着すると、キッドは手早くチェック・インをした。
オレはその様子を見守りながら、ホテル1Fロビーに直結しているカジノを遠目に見つめる。
スロットやルーレットの音が響き、大勢の人で賑わっているそこを、カジノの華と言われるカクテル・ガールがキワドイコスチュームでドリンクを運んでいた。
キッドを待っている間、オレが通りすがる係員に何度かパスポートの提示を求められたのは、やはり成人には見えない・・・ってことなんだろう。
日本人はもともと海外では若く見られがちなので、キッドお手製の偽造パスポートを見せても特に不審がられることはない。
・・・ま、それはそれで助かるんだけどね。
手にしたパスポートを見ながらオレが苦笑していると、ルーム・キーを手にしたキッドが戻ってきた。
「お待たせ、名探偵。」
「・・・おう。」
訪れた部屋は本当にゴージャスだった。
天蓋つきのエレガントなベットルームから、階段を下りるとリビングになっており、部屋内にはミニバーや、ファックス、モジュラージャックなどの設備まで整っている。
「・・・すげーな。」
オレの感想にキッドはにっこりしながら窓辺に立つと、そっとカーテンを開けた。
時間は19時を少し回ったころだったが、こちらは陽が長いのでまだ夕方くらいにしか見えない。
オレンジ色の綺麗な夕焼けが窓から覗いていた。
「・・・ところでさ、名探偵。」
夕日に照らされたキッドがこっちを振り返って口を開く。
「ここまで来てくれたってことは、オレと一緒に『矢車菊の青』を、ビスク・ドールから取り戻すのに協力してくれるってことなのかな?」
「・・・バッ、バーローっっ!何で、オレが泥棒の片棒を担がなくちゃならねーんだっ!オレはアイツが警察にとっ捕まるよう、なんとかしてやるつもりなんだよ!」
「ああ、そう?それは大変そうだ。」
キッドはクスクスと笑った。
「ビスク・ドールが何しにここに来ているのかは知らねーが、もし仕事で来ているんだとしたら、ぶっ潰してやるまでさ!」
そう言ってやると、キッドはヒュウと口笛を鳴らす。
「無茶はするなよ?名探偵。 名探偵にもしものことがあったら、日本で待ってるあの怖いお嬢さんにオレが殺されかねない。」
・・・それって、灰原のことかよ。
「とにかく、何にせよ、ビスク・ドールの居所を突き止めなければ話にならねーだろ。」
「まぁ、そういうことだね。 けど、その前に夕食にしておこうか。」
サッと音を立ててカーテンを引くと、キッドは人懐っこい顔でそう微笑んだ。
ホテルの中には12件ほどレストランが点在し、あとは24時間ルームサービスが行われている。
なので、ホテル内に居れば、食事に困る事などはない。
オレはキッドと一緒にホテルのバフェに行ったのだが、部屋を出る前にキッドはオレに黒いキャップを手渡した。
ビスク・ドールには面が割れているオレだ。
とりあえず、顔は隠しておいた方がいいという、キッドの計らいである。
キッドはというと、オレと同じ様な顔をしてやっぱり白いキャップを目深に被っていた。
軽く食事を取り終わると、キッドは帽子の唾を下げながらオレを振り返った。
「部屋にはパソコンを設置してきたから、名探偵が何か調べたい事があるなら、どうぞご自由に。ただメインホテルの宿泊客リストを全てハッキングしたところで、胡散臭いヤツを絞り込むのは、かなり骨の折れる作業だとは思うけどね。」
「・・・今の段階で、そんな無能なことはしねーよ。とりあえずは、VIP専用のカジノを貸しきってるヤツラが誰かくらいは、確かめておいてもいいけどな。奴が仕事で来ていた場合、使用する可能性は無くもない。」
「―――確かに。じゃあ、そのへんは名探偵にお任せするとして・・・。」
言いながら、キッドはオレに背を向けた。
「おいっ!お前はどーするんだ?」
「・・・さてね。とりあえず、情報収集も兼ねて、資金調達をしておこうかな。」
・・・・カジノかよ。 コイツ、ほんとに遊びに来てるんじゃないだろうな?
「オレのこと、待ってなくていいから。先に寝てていいよ?名探偵。」
ウインク付きでキッドはそう言うと、薄暗いカジノの人だかりの方へと消えていく。
オレはしばらく無言でカジノの方を見つめていたが、くるりと体の向きを変えて、再びエレベーターホールへと向かった。
とりあえずは部屋で、調べられる限りのことを調べてから。
動くのは、それからだとそう思って。
そうして、コーヒー片手にしばらく部屋でパソコンと向き合っていたオレだが。
深夜3時も回ったところで、長旅での疲労もたたってか眠気に襲われ、オレは数時間だけソファで仮眠を取ろうと横になった。
・・・・・そういえば、キッドの奴、まだ帰ってきやしねーな・・・・・。
こんな時間まで何やってんだか。まさか、カジノにハマってんじゃねーだろうな・・・。
そう思いながら、オレは重い瞼を閉じる。
浅い眠りに陥りながらも、どこかでキッドを待っていたのだが。
キッドはなかなか帰ってこない。
―――そして。
夜が明けて、朝になっても、キッドは戻ってはこなかった。
To be continued
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