豪華客船で行われた大田原氏の誕生パーティは、まさに大混乱だった。
当初、殺人予告を出した犯人だと考えられていた2人組みの男達は
なんとか逮捕できたものの、実はそいつらがただの便乗犯だったことが判明。
つまり、本当の犯人はまだ他にいるってことで・・・。
しかも当の大田原氏は自分だけちゃっかり小型船で逃げ出してるし。
おまけにキッドの獲物のダイヤまでしっかり持って逃げてるところなど関心するね。
まったく余計なマネしてくれるぜ!
おかげで、その小型船を追いかけなくちゃならないじゃねーか!
オレはイライラしながら中森警部達と船内を走り抜けた。
「おい!あそこに小型のモーター・ボートがあるぞ!あれで大田原氏を追うんだ!」
中森警部が指示を出し、ボートを海に出したところで一瞬の沈黙。
「・・・誰か操縦のできる奴はおらんのか!?」
すごい形相で振り返る中森警部に、他の警官はただただ首を振るばかり。
あ〜!もう!!
まどろっこしい!!
オレは素早くボートへ飛び乗った。そしてそのままエンジンをかける。
「く、工藤君?!」
あっけにとられた顔でぼけ〜っと突っ立っている中森警部をオレは振り返りエンジン音にかき消されないよう大きめの声で呼びかけた。
「中森警部、急いで乗ってください!!早く!!!」
「お、おう!、」
慌てて警部と数人の警官が乗り込む。
小さなボートには5人までが限界だった。
オレはそのまま目暮警部に無線連絡を入れる。
『目暮警部!これから中森警部たちとボートで大田原氏を追跡します!!』
『わかった!ワシと高木君は念のため、こちらで待機する。
工藤君、今、上空のヘリから大田原氏の乗った船の位置がわかったぞ!』
オレはくわしい位置を目暮警部から聞いて、頭に叩き込んだ。
『すぐに地上から応援を送るから、工藤君も無理せんでくれたまえよ!』
『わかってますよ、警部。』
それだけ言って、無線を切ると一気にエンジンを加速させた。
激しい水しぶきをあげて、ボートが海を走る。
「く、工藤君、きみ、ボートの免許なんて持っているのかね!?」
船のへりに捕まりながら、必死でそう言う中森警部の髪は強風で今にも
吹き飛んでしまいそうなくらい乱れている。
「いいえ。でも、操縦くらいならなんとか。少々荒っぽいかもしれませんのでしっかり捕まっていてくださいね!」
オレは笑顔でそう告げて、後ろの警官達を振り返ると、
みんな青ざめていっせいにボートにしがみついた。
キッドの奴は空からか?
オレは真っ黒な上空を振り仰ぐ。
夜空に白いグライダーは見当たらない。
ち!
オレは舌打ち一つして、さらにボートを加速させた。
* * *
いた!あれだ!!
ボートを走らせていくうち、視界に黒いかたまりが飛び込んできた。
「いたぞ!!あの船だ!」
中森警部も声を上げる。
オレはボートを大田原氏の船の方へ寄せた。
・・・おいおい。これのどこが小型船なんだよ?
大田原氏の乗った船は、小型船とはかなり言いがたいものだった。
だって、こじんまりとはしてるけどしっかり3階建て構造のご立派な船。さっすが、大金持ち・・・。
オレ達はその大きな小型船(?)に近づいて、なんとか全員そっちへ乗り移った。
「よし!まずは手分けして大田原氏を探すんだ!それから犯人がいるかもしれんから充分に注意するように!!殺人犯だけじゃない、キッドもだぞ!!」
中森警部が指示を出し、みんな散り散りに船の中へ消えていった。
オレは中森警部と共に、とりあえず屋上の操舵室へ向かう。
が、どうしたことか、そこには誰もいなかった。
「なんだ?どうして誰もいないんだ?!」
中森警部が首を捻りながら怒鳴り散らす。
オレは計器を見渡した。
自動操縦にはなってはいない・・・。と、いうことはこの船を操縦していた人はどこへ?
静か過ぎる船内も気になる。
まさかもう大田原氏は殺されて、犯人は脱出したのか?
「・・・この船ですでに何かが起こっているのかもしれません。
急いで大田原氏を探さないと・・・!」
オレは中森警部を残して操舵室を出た。
1階のデッキまで駆け下りたところで、奥に船底へ向かう階段を見つけた。なんとなく気になって、オレはそれを下りてみる事にした。
と、らせん状の階段を降りていく途中で下のデッキに人影を発見!
誰だ?!
オレはとっさに麻酔銃を向けると、その先にいたのはなんと大田原氏だった。
彼は奥の部屋の重そうな扉を開け、一人で出てきたところだった。
「大田原さん!!何してるんですか?こんなところで!!」
オレは一気に階段を駆け下り、大田原氏のところまで行った。
大田原氏の方は、オレの突然の登場にびびっていたけど・・・。
「き、君は・・・!!どうしてここへ?!」
「まだ殺人予告を出した真犯人が捕まっていないんです!先程の二人組みは便乗犯だということがわかりました。
・・それで、中森警部たちとボートで追ってきたんですよ。」
真犯人は別にいるというオレの言葉に、大田原氏は一瞬顔を引きつらせた。
「ボディ・ガードの方達はどうしたんですか?」
「いや、もう安全かと思ってな。部屋で待たせてある。」
「なら、すぐその部屋へ戻ってください。警部達にも連絡を入れておきますから。」
大田原氏に部屋の場所を聞くと、2階のデッキにある特別ルームだと言った。
え?じゃあ、あの奥の部屋は何なんだ?
「ああ、あそこには金庫があってな。ダイヤをしまってきたところだ。」
なんだ、そうなのか・・・。
オレはその扉の方をちらりと見やった。
とりあえずは、大田原氏を安全なところへ連れて行かないと・・・。
そう思って、オレは現状報告をしようと無線で中森警部に連絡を入れた。
『わかった!2階のデッキだな!?』
オレは大田原氏と一緒に今からその部屋へ向かうので、そこで警部と合流するしようと伝えた。
階段を上って2階のデッキに向かう。
特別ルームというにふさわしい客室のドアが目の前に現れた。
「ここだ。」
ガチャリ!と、大田原氏が扉を開けた。
な・・・!
オレは目を見開いた。
「う、うわぁ!!」
大田原氏が悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
部屋の中では、ボディ・ガード達が血だらけで倒れていた。
オレは慌てて彼らのそばに寄る。
容態を確認したところ、ひどく殴られていて、とても話せるような状態ではないが、とりあえず全員、生きていた。
「な、な、何だ!?一体!!殺人犯の仕業なのか?
こいつ等、高い金を出して雇ったのになんてなさけないんだ!」
腰が抜けたままなくせに、大田原氏は大声で怒鳴った。
「・・・これではっきりしましたね。真犯人がすでにこの船にいることが・・・。」
オレはボディ・ガード達を見ながらそう言って、とたんに、はっ!とした。
おい!
ボディ・ガードは全部で7人じゃなかったか?!
ここに倒れているのは6人。
あと1人はどこへ行った?!
「困りますね、大田原さん。この部屋から出ないように言っておいたはずですが?」
と、突然、背後から声をかけられた。
慌てて振り返ったオレの目に映ったものは、銃を構えた1人の男だった。
コイツ!!
それはボディ・ガードの1人だった。
「ま、まさかお前が・・・わしを?!」
「そう。一番あなたの身近にいられますからね。
ああ、ちなみにあの二人組みの奴らを触発したのも私ですが。
混乱が起きて、あなたがダイヤを持ってこの船で逃げる事はあらかじめ
想定していましたからね。
さて・・・。ダイヤはどこです?」
銃口を向けたまま、男は冷たく言い放った。
大田原氏はガタガタと震えだす。
オレはギリっと唇を噛み締めながら、部屋の外の気配をうかがう。
が、誰かがやってくる足音は聞こえなかった。
中森警部はどうしたんだろう?こいつにやられたのか?!
「・・・この船にはすでに警察が乗り込んでいるんだぞ?」
オレがそう言うと、男は鼻で笑った。
「ああ、あんな警官3人くらいなら、とっくに片付けてやったよ。」
3人?!
ここに乗り込んだのは、オレ以外に4人のはず!!
オレが考え込んでいると、男は大田原氏の額に銃口を押し付ける。
「さっさと案内してもらおうか。おい、小僧!お前も一緒に来るんだ!!」
オレは銃を突きつけられ、仕方なく男の指示に従うことにした。
チャンスを待って、反撃するしかないな・・・。
そう思いながら、オレは大田原氏に続いて部屋を出た。
* * *
再び地下のデッキへやってきた。
金庫のあるという部屋へ大田原氏が男を案内する。
「よし、入れ!」
部屋に入ると、その奥にたいそうな金庫があった。
なるほど、ダイヤはあの中か。
すると男がちらりとオレに目をやった。
「おい、小僧!手を出せ!」
言いながら、男は胸元から手錠を出した。ぶちのめした警官から奪ったものだろう。
オレの右手に手錠をかけると、もう片方を部屋の隅にある細いパイプへ。
おかげでオレは身動きができなくなったけど、これならまだ麻酔銃を撃つ事も出来る。
オレは内心ニヤリとした。
その間、大田原氏は金庫を開け、中からケースに入ったままのダイヤを取り出した。
男がケースに手をかけようとしたその時、突然、前触れも無く入り口のドアが開いた。
な、なんだ?!
「そのダイヤは私のもの。横から手を出されては困りますね。」
ドアの向こうに立っていたのは、怪盗キッドだった。