「ステージ下の抜け穴で脱出するためには、マジシャンの入ったマジックボックスと、この床下の両方の仕掛けが同時に働かなくちゃらならない。
マジックボックスの仕掛けはおそらくボックス内部にあって、セットするのはマジシャン自身だね。自分の体を戒めてるチェーンを解いてから、やる手筈だったんじゃないかな。・・・で、同じタイミングでアシスタントのお姉さんがそこの床下のスイッチを押す、と。」
そうオレにマジックの説明するのは、『黒羽 快斗』とかいう中森警部の娘さんの幼馴染の少年。
マジックをかじっているからとか言って、自分からオレの助手役を買って出たけど、どういうつもりなんだ?
そりゃ、マジックに詳しい人の意見は確かにありがたいけど・・・。
・・・・単なる興味本位か?
オレは、その相変わらず白いキャップで顔が良く見えないソイツを見た。
なんだかわからないけど、ちょっと不思議な雰囲気がするんだよな、コイツ・・・。
「・・・どした?何か気になるトコでもあった?」
「あ、いや、何でもない。・・・・ボックスと床下の仕掛けはわかった。
ただ、それでマジシャンのボックスからの脱出が叶わなかったってことは、問題は床下ではなくボックス自体にあったっていうことになるだろうな。」
「まぁ、そういうことだね。ボックスの底がちゃーんと開いてんのに、床下が開いてなかったとしたらマジシャンはステージに取り残されるワケだから。」
「・・・・ボックスの仕掛けが正しく作動しないような状況が、何かあったっていうことか。」
「・・・・例えば、ボックスが開かないよう誰かが細工したとか?」
ニヤリと笑う口元が見えて、オレはちょっとヤツを睨んだ。
別にまだ何にも言ってねーだろうが。
ボックスに何か細工がなされていたなら、調べればわかることだ。
ただ、先に検分してる目暮警部達が事故の可能性が高いと言ってるのは、きっと目立った仕掛けなどが見当たらなかったからに違いない。
「別にボックスが開かなかった理由は、他にだって考えられるだろ?」
オレがそう言うと、ヤツもそのとおり、と頷いて見せた。
「そうそう。 ボックスは『開かなかった』んじゃなくて、『開けられなかった』とかね。もしかして、単純にマジシャンがチェーン外すのに手間取って、タイムオーバーだったり・・・。炎に包まれたマジシャンは、実際、まだ少しチェーンに捲かれていたし。」
マジシャンはチェーンでぐるぐる巻きになった状態で、マジック・ボックスに入ったらしい。
で、そのチェーンには錠が3つ、しっかりと掛けられた状態で。
自由を奪われた状態では、マジシャンはボックスの仕掛けを作動する事ができないというワケだが。
確かに予め決められていた時間内にチェーンを外す事ができなかったとしたら、ボックスからの脱出ができないままに、火をつけられることになる。
・・・・・もし。
他殺の線を考えるなら、ボックスかチェーン、あるいは錠に何らかの脱出妨害の細工が施されていると考えるのが普通だ。
でも、何も発見されなかったとしたら、やはり『事故』ということになるんだろうか・・・。
オレはそう考えながら、ステージ中央の抜け穴へ通じるスイッチの辺りまでゆっくりと歩いた。
途中、背中から声がかかる。
「・・・なぁ、実際のところ、どう思う?コレって単なる事故かな?」
「・・・まだ、これだけじゃわからねーよ。」
言いながら、オレはその床下についている『×』印のとこを何気なく踏んでみた。
その瞬間。
カタンと小さな音を立てて、床下が開いた。
が、それはオレが予想していた場所より、少し広範囲に渡っていて・・・。
・・・・わっ!!!!
オレの片足は急激に踏ん張る場所を失って、ガクリを体のバランスが崩れる。
真っ暗な抜け穴に向かって思わずよろめいたのを、後ろからグイっと腕を引っ張られてオレはどうにか、そこに落ちずに済んだ。
・・・・・アブねー・・・・! もう少しで落ちるトコだった。
・・・んだよ、抜け穴って言うからコンパクトなのかと思ってたのに、意外とでっかいじゃねーか!
しかも、深いし・・・。
しかし、ナイスタイミング。
オレを間一髪、救ってくれたヤツの方を振り返った。
「・・・悪いな、サンキュ。」
と、きちんと礼を言ってやったのに、相手はクスクスとただ笑うばかり。
・・・・・・・・なんだか、ムカつくヤツだな。
そう思っていると、ひととおり笑い終えたのか、ヤツは再びキャップのツバをグイっと引いてニヤリとした。
そして、こう言ったのだ。
「相変わらず、危なっかしいね。 『名探偵』は・・・。」
「・・・!!」
とたんに、オレは理解した。
なぜ、自分がコイツに対して、違和感を持ったのかということを。
オレの事をこんな風に『名探偵』なんて呼ぶのは、アイツしかいない!
つまり、コイツは・・・・!!!
+++ +++ +++
「・・・おっ、お前っっ!! キッドっ!?」
「・・・当たりv」
ヤツはそう言うと、白いキャップを脱ぎ払った。
と、同時にポンと何かがはじける音がして、ヤツの姿が煙に隠される。
・・・・てっめーっ!!!こんなところで何してやがるっっ!
息巻いてオレはそう言ってやろうとした。
が、しかし、それは叶わない。
第一声の前にオレは思いっきり煙を吸い込んでしまい、情けなくも煙にむせるハメとなって。
・・・・くっそーっっ!!!
オレはコホコホと咳き込みながら、白い霧に隠れたキッドを睨みつけた。
そうして、煙が徐々に消えていく。
やがて、煙の向こうに現れたのは、いつものフザけたコスチュームのキッドではなかった。
格好はさっきの少年のまま。
先ほどと違う事といえば、キャップを脱いで顔をさらしているというところか。
その顔には、見覚えはある。
以前、一度だけ見たことのあるキッドの素顔だった。
相変わらずの不敵な笑みを浮かべてソイツは立っていた。
今までキャップの奥に隠れてしまって見えなかったが、おそらく着けていただろう変装用マスクを片方の指に引っ掛けて、それをくるくる回しながら。
・・・・てっめーっっっ!!化けてやがったのかっ!
「・・・・テメェ、何でここに居やがるんだっ!?」
「いや、なに。 今日は別に仕事じゃないよ。 ここには何も欲しいものなんて無いし。ただのんびりマジック・ショーでも見に来たら、思わぬ事件に遭遇してね。
こんなところで会えるなんて、本当に奇遇だなぁ。」
「・・・オメーがマジック・ショーだぁ?」
「オフの日に何をしようがオレの勝手。別にオレだって、いっつも『怪盗』やってるワケじゃないって。」
などと、のんきにキッドが笑う。
普段は善良な市民だなんて、フザけたことをぬかしながら。
・・・けど、待てよ?
コイツが『キッド』だったってことは・・・。
「・・・おいっ!お前・・・・っ!!」
すると、キッドもオレの言おうとした事を察したのか、にっこりウインクしてみせる。
「心配いらないよ? 本物の『黒羽 快斗』君なら、安全なところでぐっすり眠ってるからさ。」
悪びれずもせず、キッドがそうサラリと答えた。
・・・そっか・・・。・・・・なら、いいんだけど。
さっき、あんなに中森警部が彼の無事を喜んでいたのに、まさかそれがコイツの変装だったなんて気の毒すぎる・・・。
その時、オレの意識は、完全に中森警部と本物の『彼』の方へ向いてしまっていた。
だから、気がつかなかった。
オレを見つめるキッドの瞳が、一瞬、ほんの僅かに怪しく輝いたことを。
+++ +++ +++
「・・・・にしても、よくもまぁ、中森警部の娘さんの幼馴染になんて化けたもんだな。仕事でもないくせに、前もって下調べしてたみてーじゃねーかよ?」
「別に?中森警部にはよくお世話になってるし。
彼の周りの身近な人なんか、いつだって変装できるよう予めデータはすべて入ってるよ。・・・・ああ、名探偵にだって、余裕でなりきる自信はあるぜ?」
・・・ああ、そーかよ・・・。
オレはうなだれた。
確かに、コイツが変装の名人だと言う事は充分に知っていたはずだが。
それにしたって、わざわざ変装してまでオレに接触してくるとは、どういう了見なんだ?
コイツの考えてる事は、毎度毎度、理解不能だ。
「・・・で。一体ここで何してんだ?」
「だから。 名探偵の『助手』。」
斜めに構えて訊ねたオレに、キッドはあっさりと返した。
オレは溜息をついてキッドの方を眺めると、
「・・・あのなぁ。 冷やかしに来たのなら、とっとと帰れ。」
と、吐き捨てた。
けれども、ヤツはにっこり笑う。
「まぁ、そう言わずにさ。たまには名探偵の推理ショーでも見物したいと思ってね。」
それは、ウソだ。
コイツの事だから、絶対に何か他に魂胆があるに決まってる。
オレはそう思わずにはいられなかった。
「・・・・・お前、ここに居座る気か?」
「名探偵の邪魔はしないよ?」
「・・・へぇ?いいのかよ。そんな風に素顔なんてさらしてさ。ここには警察も大勢いる。オレがお前の正体をバラすとも限らないぜ?」
オレがそうすごんでやったのに、キッドは鼻先で笑いやがった。
「できない事は言うなよ。第一、この顔がキッドの素顔だなんて証拠、どこにもないんだからさ。」
・・・・くっそう!
すると、キッドは再び帽子を目深に被り直した。
「じゃあさ、名探偵。そろそろ奥の控え室に行ってみようぜ? 詳しいトリックはちゃーんと、スタッフに聞きたいだろ?」
コイツはどうやら、本気で帰るつもりはないらしい。
しかも、マスクを被らないところからしてナメてやがる。
なぜ、マスクをつけないのか?と訊ねたら、面倒臭いし、暑いからという返事が返ってきた。
ま、どっちみちそこまで目深に帽子を被られちゃ、顔なんてほとんど見えやしないけど。
キッドはヒラリとステージから飛び降りると、控え室の方へ指を立ててオレが行くのを待っている。
言われなくても、控え室には行くつもりだ。
ってゆーか。
お前が仕切んじゃねーよ!
オレは小さく舌打ちすると、ステージから降りようとした。
そこへ、入り口の扉が開くと、さっき出て行った目暮警部と高木刑事が再びホール内に入ってきた。
二人ともスタスタと早足でこっちへ向かってくる。いや、正確には控え室に直行しているようだったが。
「・・・目暮警部!」
オレが声をかけると、警部の視線がステージ上のオレの方へ向いた。
「・・・ああ、工藤君。まだ控え室に行っていなかったのかね?」
「ええ。今から行こうと・・・。」
「あれ?工藤君、彼は?確か中森警部の・・・・。何でここにいるんだい?」
オレの傍にいる少年を見つけて、高木刑事が首を傾げる。
ああ、この場でコイツが実は正真正銘のキッドだと言ってやったら、このスカした野郎の少しは慌てた顔が見られるんだろうか・・・。
けど、まぁ確かに今、ここでそんな事を言っても無駄だ。
オレは不本意ながら、マジックに詳しい『黒羽 快斗』君が中森警部の許可を得た上で、捜査に協力してくれてるのだと、そう告げた。
ついでに中森警部は今、どこにいるのかと確認してみたら、彼はもうすでにこの現場を離れ娘さんのいる病院へ向かったとのことだった。
・・・・ったく、どこまでもキッドの都合良い方向へ動いてるよな・・・・。
「・・・それより、工藤君。 今、病院から連絡が入ったんだが・・・・。」
目暮警部がやや目を伏せて、重々しい声を発した。
その声に、冷たい悪寒がオレの背中を駆け抜ける。
オレ達を見つめるキッドの瞳も、帽子の下で鋭く光を灯していた。
僅かな緊張感が走る中、目暮警部はやや強張った表情で
「・・・被害者のマジシャンが亡くなった。」
そう告げたのだった。