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22  微妙な関係
 

 

怪盗キッドの正体は、黒羽快斗という少年だった。

 

隣町に住んでいて、しかもオレと同い年の高校生で、その上、あの中森警部のお嬢さんと幼馴染だというんだから、呆れて物が言えない。

・・・というか、それでは中森警部が気の毒すぎる・・・。

 

警部があんなに必死でキッドを追っているのを知っているクセに、よくもまぁ身近でのうのうと生活なんかできるもんだ。

 

・・・って言っても、まぁ・・・。

・・・オレだって、『コナン』だった頃、蘭を騙していたりはしたケドさ。

いや、でもアレは事情が事情だったし、大体、アイツとオレじゃずいぶんと立場も違うワケで。

別にオレがアイツの立場を理解してやらなきゃいけないことなど、何も無いのだけれど。

 

にしてもだ。

前回の都民会館の火災の件では、ヤツにしてやられたってもんだろう。

オレが『黒羽快斗』の素顔を知らないのをいいことに、おちょくりやがって。

変装した振りなんかして、その実、アイツはずっとオレの前に素顔をさらしていたのだ。

まったくナメた真似をしてくれる。

おそらく、こないだ偶然に『黒羽快斗』本人と出くわす事さえなければ、オレはその事にさえ気づかなかったのだから。

そう考えると、本当にムカつくな。

 

・・・・・あのヤロー、ホントに今すぐその正体を公言してやろうか???

 

 

オレはため息一つ落とすと、少し埃の被った資料のファイルを閉じた。

 

手元の時計では、軽く夜9時を回った頃。

学校帰りに直行した警視庁で、運良く中森警部を捕まえて拝み倒し、キッドに関する事件の資料を今の今までずーっと目を通させてもらっていたのだけれど。

 

・・・・さすがにずっと同じ姿勢をしていたせいで、疲れたな。

 

デスクの上に山積みになったファイルを前に、オレは椅子の背もたれに乱暴に寄りかかると大きく伸びをした。

 

過去18年前に初めて『怪盗キッド』が現れてから、その10年後に忽然と姿をくらます前までと、さらに8年後の今、再び復活したヤツの活動のすべてがここにある。

 

盗みのやり口は変わらない。

気障な予告状を送りつけるところも、派手なパフォーマンスも。

・・・・義賊のような振る舞いをするところも。

 

ただ、初期の頃は『キッド』の獲物は宝石だけじゃなく、絵画やその他の美術品にまで及んでいた。

それが、ある時期を境に宝石しか盗まなくなっている。

姿を消すことになるほんの少し前からか・・・。

そして、8年の空白の時間を経て復活した『キッド』は、最初から宝石しかターゲットとして見ていない。

 

・・・・宝石というのは。

以前、ヤツが言っていた『パンドラ』というビック・ジュエルのことだろう。

例の組織の連中も追っているという『命の石』。

 

今の『怪盗キッド』が黒羽 快斗なら、初代の『キッド』はヤツの父親、黒羽 盗一ということになるが。

 

 

『・・・オレの親父は、組織の奴らに殺されたんだよ?』

 

 

・・・アイツは確かにそう言ってた。

 

あの夜、月をバックに妖艶に微笑んだキッドが脳裏によみがえる。

笑っていたはずのアイツの顔がどこか哀しそうで、そして少し怖かった。

 

おそらく。

初代キッドはその『パンドラ』に関わったことによって、組織に消されたんだろう。

 

天才マジシャン・黒羽盗一のショーの最中の事故による爆死。

だとすると、それは組織の仕業だったということになる。

 

・・・・・こないだの都民会館での火災事件のように。

 

 

・・・そんな現場に居合わせるとはな。

・・・アイツ、どんな気持ちだったんだろう? 自分の父親の死に目と同じ現場に遭遇して・・・。

 

 

オレは窓の外に細く掛かった月を見上げた。

月を見ると、ヤツが宝石を月光に翳す姿を思い出す。

 

 

アイツはずっと『パンドラ』を探している。

 

それが、父親を殺した組織との接点だからか?

父親が捜し求めていた宝石だからか?

それとも。 

すべての謎を解く鍵が『パンドラ』だからか?

 

もしかしたら、本当はアイツ自身そんなに『パンドラ』のことなんて、わかってはいないのかもしれない。

 

 

・・・アイツ。

どうするつもりなんだろう?  すべてを突き止めたその時・・・・。

 

 

そこまで考えた時、不意に、オレがこもっていた資料室のドアがバァーンと開けられた。

 

「明かりがついているから、誰かと思えば・・・・。まだいたとは・・・!」

「中森警部・・・!」

オレは慌てて姿勢を正す。

デスクの上に盛大に広げた資料を見て、中森警部はやれやれとため息をついた。

「・・・あれからずっとそれを読んどったのか?・・・ったく熱心なもんだ。」

「・・・すみません。一応、全部目を通させていただきまして。ちょうどそろそろ帰ろうかと思っていたところです。」

そう苦笑すると、オレは散らかした資料を片付け始めた。

警部はそんなオレを横目に壁に寄りかかると、スーツのポケットからタバコを取り出し、火をつける。

白い煙をふぅ〜っと吐きながら、警部はボゾリと言った。

「・・・・・で。 何か参考になるようなことはあったのか?」

「・・・ええ、まぁいろいろと・・・。」

資料のファイルを整頓しながらオレが曖昧に笑って見せると、中森警部はフーン?と鼻を鳴らした。

 

「・・・本当に。ありがとうございました、警部。我侭言って見せていただいて・・・。」

「いや、構わんよ。それくらい・・・。こっちも君にはいつも世話になっとることだし。ま、実際、そんな資料を作ったところで、我々もキッドのことなど正確にはほとんどわかっとらんのだが・・・。」

「・・・警部。」

「だが! いつまでもヤツの好きにはさせておくわけにはいかん!
やられっぱなしでいられないからな!! そのうち、絶ーーーーっ対に捕まえて見せるっっっ!!!」

だんだんとテンションを上げながら、中森警部がそう唸り始めた。

「どこのどいつか知らないが、とっ捕まえてその正体を引ん剥いてやるっ!今に見ていろっっ!!」

 

・・・・・いや、だから。

結構、警部の身近にいたりするヤツなんだけどね。

 

キッド逮捕の決意に豪快に笑ってみせる中森警部を前に、オレは少々胃が痛くなってくるような気さえして。

 

「・・・あの。ところで、お嬢さんは大丈夫でしたか?あの火災事件で何かショックを受けられているとかそういうのは?」

外傷がなくとも、精神的にダメージを受けるということもある。

オレはそれを心配して中森警部に訊ねてみたのだが、中森警部は首を大きく横へ振った。

「心配には及ばんよ。娘はピンピンしとる。いやぁ、先日はみっともないところを見せてしまったなぁ・・・。」

頭をかきながらそう笑う中森警部に、今度はオレの方が首を振った。

 

・・・・アイツって、この警部のお嬢さんの幼馴染なんだよな?

前に、警部はアイツのことを息子同然だとまで言っていたし・・・。

それだけ付合いが長ければ、どんな人間かよくわかっているよな?普通・・・・。

 

そう思ったら、ふと知りたくなった。

 

一体、どんなヤツなんだろう?

『黒羽 快斗』って。

 

「・・・・あの、中森警部。・・・その・・・黒羽・・・」

・・・・黒羽 快斗ってどういうヤツですか?・・・・とは、訊けないか、やっぱり。

 

言いよどんだオレを見て、中森警部が豪快に笑いながら言った。

「ああ、快斗君か? 何、彼も元気だ!心配はいらん!!」

 

 

それ以上はオレもつっこめなくて、警部の笑顔につられて小さく笑っているしかなかった。

 

 

□       □       □

 

 

結局、警視庁を出たのは午後10時近くで。

 

やっべー・・・。すっかり遅くなっちまった・・・。

 

オレはポストの中に入っていたいくつかの郵便物を確認しながら、玄関のドアに鍵を差し込んだ。

まっくらな玄関の灯りをつけて、それから靴を脱ぐ。

郵便物とカバンを小脇に抱えながら、自室へ直行する前にとりあえず、コーヒーの一杯でも飲もうとリビングへと向かった。

 

・・・なんか軽いもんでも食べて、さっさとシャワー浴びて寝よう。

 

そう思って、リビングのドアを開けた瞬間。

誰もいないはずのそこに黒い影が見えて、オレはハッとした。

 

・・・!! 誰かいる?!

慌てて電気のスイッチへと手を伸ばす。

 

パッと照らされた照明の下、オレの目に映ったのはソファにふんぞり返って座っているヤツの姿だった。

今日はいつもの白いフザけたコスチュームではなく、素顔をさらして学ラン姿ではあったけど。

 

「やぁ、ずいぶん遅いお帰りだね、名探偵? 寄り道はいけないなぁ。」

上目使いにオレを見上げると、ニヤリと笑う。

 

・・・のヤロー・・・ 相変わらず、人を小バカにした嫌な笑いだ。

いや、そんなことよりもっっ!!

 

「てっめーっっ!! 人ん家で何してやがるっっ!!?」

「いや、なに。 少し名探偵と話でもしようかと・・・。
ああ、それより、この家、もう少しセキュリティを強化した方がいいね。オレでなくても簡単に入れちゃうぜ?」

・・・・ほっとけっっっ!!!

コイツが腹立たしいのは今に始まったことじゃないが、ほんとに毎度毎度ムカツク奴だ!

 

「ま、立ち話もなんだし、とりあえず座ったら?名探偵。」

「ここはオレの家だ! お前が指図すんなっっ!!」

オレは立ち尽くしたまま、忌々しいヤツの顔をオレはギリギリと睨み付けてやったが、ヤツはニヤニヤしながらまぁまぁとオレをなだめにかかった。

 

 

・・・何でこんなことになってるんだか。

リビングのテーブルを挟んだオレの向かいのソファに、『怪盗キッド』こと『黒羽 快斗』が悠然と腰掛けている。

お互いに制服姿で、何も知らない人には一見タダの高校生同士にしか見えないだろうけど。

 

コイツは泥棒で、オレは探偵だ。

 

オレは腕組みし眉間にしわを寄せながら、目の前に座る少年へ目線を投げた。

 

 

「とりあえず、こないだはどーも♪」

にっこりとヤツがオレに笑いかける。

 

この場合のヤツの言う『こないだ』というのは、例の火災事件の事を指すのか、もしくは先日、偶然交差点で出くわした事指すのか・・・。

・・・どっちにしたって、オレにしてみれば面白いことではないのだけは確かだ。

だから、オレも笑ってやった。 たっぷりの皮肉を込めて。

「・・・いや、こっちこそ。」

と、そう言いながら。

 

「ケド、まさか名探偵にあんなとこでバッタリ会うとは・・・。偶然ってコワイね。
あんな形で名探偵に正体がバレるのは、計算外だったんだけどね。ちょっとお遊びが過ぎたかなぁ?」

「・・・大した度胸だな。素顔どころか、素性さえもうすっかり明らかなのに、このオレのとこに出向いてくるなんて。」

「いや、それほどでも。」

 

・・・この野郎。 別に褒めてんじゃねーよ!

どこまでもナメた事をぬかすヤツに、オレも人の悪い笑いをして返してやる。

 

「・・・・で? オレに何の用だ?
もしかして、お前の事を誰にもバラさないで欲しいと泣いて頼みにでも来たってのか?」

「とんでもない。」

にこにこしながらキッドが言う。

オレも負けずに笑いを口に浮かべながら続けた。

「大人しく自首したいのなら、手伝ってやってもいいぜ? 今すぐ警察を呼んでやろうか?」

「呼べば? もし、このオレが『怪盗キッド』だっていう証拠があるのならね。」

 

・・・コイツっ!

余裕綽々な態度をしくさって!

確かに今はまだちゃんとした証拠は何一つないのは事実だが、それより何より、コイツがオレに正体がバレた事を痛くも痒くも思っていないことがほんとに腹立たしい!

 

「まぁ、そうトンがるなよ?名探偵。 今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ。」

「・・・何だよ?」

ムッとしながらオレが聞き返すと、ヤツのその目が少し鋭い輝きを放ち、こう言った。

 

「例の組織の話さ。」

 

 

□       □       □

 

 

「・・・組織・・・の?」

オレは僅かに目を見開いて、ヤツを見据えた。

 

すると、ヤツはにっこり微笑んで頷く。

「なんか、名探偵ってば、オレより組織の事について事情通みたいだからさ。」

言いながら、オレの顔を覗くその瞳が妖しく輝いた。

 

「・・・・内通者がいるんじゃないかと思ってね。 たぶん、ごく身近に。」

 

・・・!!

ドキリとした。 ヤツの言葉がまるで心臓に突き刺さったみたいに。

 

・・・・内通者って・・・・・灰原のことかっっ!?

 

コイツと灰原は面識がある。

以前、傷を負ったキッドをこの家で治療した時の一度きりだが。

普通に考えれば、少女が銃の傷を手当てするなどおかしな話なわけで、もちろんあの時も灰原のことはキッドに問いただされはしたけど。

それでも、あの時はキッドがそれほど灰原に関心を持たなかったことも手伝って、なんとかごまかすことができた。

 

だが、今は。

もし、コイツが灰原の存在に気づいていたら・・・・。

 

灰原のことが他人に知れるのもちろん喜ばしい事じゃないが、それ以前に組織にただならぬ敵意を抱くコイツが灰原に何かしないとは限らない!

 

普段は飄々としているキッドが、実は組織を目の前にした時だけは、何をしでかすかわからない危うさを持っていることをオレは本能的に知っている。

 

そう考えると、ヤツの言葉に凍りついたように動けなくなってしまった。

 

と。

そんなオレの後ろで、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

ピンポーン、ピンポーン!

 

・・・・誰だよ?こんな時にっっ!!

それどころじゃないんだとばかりに、オレは舌打ちをして少しだけ振り返る。

 

ピンポーン!

 

「お客さんだよ? 出ないの? なら、オレが出ようか?」

ヤツがクスリと笑ってソファを立ち上がったので、オレは慌ててそれを制して玄関へ向かう。

 

 

ガチャンと勢いをつけて開け放ったドアの向こうにいた顔を見て、オレは目を見開いた。

 

「・・・はっ、灰原っ?!お前、何でっ・・・!!」

 

こんな時に何しに来た!?と言わんばかりに声を上げたオレを、灰原は無言のままその細い眉を寄せて、怪訝そうに見上げた。

 

「ああ、彼女はオレが呼んだんだよ。」

 

何だとっっ!?

オレは後ろからした声の主を振り返る。

いつのまにリビングから出てきていたのか、ヤツはオレ達に向けてにっこり笑った。

 

「もちろん。 名探偵の声色を使ってだけどね。」

 

・・・クソっっ! ハメられた!

オレはぎりっと奥歯を噛み締めた。

 

「・・・・どういうことなの?」

目を細めて灰原がそう言う。 その声は冷静ながらも、この良からぬ状況を充分に感じ取っているようであったが。

「ま、とりあえず・・・。中でゆっくり話そうか。」

笑みを浮かべながらヤツはそう言い残して、そのまま再びリビングへと向かう。

 

そのヤツの背を見送った後、オレが灰原に視線を送ると、灰原はゆっくりと玄関の扉を閉めた。

「・・・・彼、キッドね? どうして彼がここに?」

「さぁな。帰ったら、勝手に家に入り込んでやがったんだよ。・・・・それより、灰原、アイツ・・・。」

「ええ、わかってるわ。彼が私に用があるとしたら、他に考えられないものね。」

 

リビングに戻ると、先程と同じようにヤツはソファに腰掛けて、オレ達を笑顔で出迎えた。

灰原がドアのすぐ傍で足を止めたので、オレもその隣に立ったままヤツを見据える。

 

「そんなに警戒しなくても・・・。別に取って食おうなんて思っちゃいないよ?」

ヤツは相変わらずニヤニヤ笑いながら、そう面白そうに言うが。

・・・・これが警戒せずにいられるか!

 

「そっちのお嬢さんとこうやって会うのは、久しぶりだね。・・・えっと、灰原 哀・・・ちゃんだっけ?よろしく。 オレ、黒羽 快斗。」

それを聞いて、灰原がオレの方を向いたので、オレはそっと付け加えてやる。

「・・・アイツの本名だよ。」

灰原は再びヤツへ向き直ると、無表情のまま小さく口を開いた。

「・・・天下の大怪盗さんが、そんな気安く正体を明かしていいのかしら?」

すると、ヤツはにっこり笑って。

だが、その笑顔はゾッとするような冷たさを含んでいた。

「構わないよ? こっちだって、そっちの正体はわかってるからね。
本名は宮野 志保さんだって? ああ、それともコードネームで呼んだ方がいいのかな?」

言われて、灰原は小さな手をギュっと握り締める。

 

・・・コイツ! やっぱりっ・・・!!

オレが睨みつけるのも気にせず、ヤツは続けた。

 

「前に助けてもらった恩をアダで返すようなマネして悪いけど、いろいろ調べさせてもらったよ。名探偵が例の組織について、かなり精通しているようだったんでね。たぶん、身近に有力な情報提供者がいたりするんじゃないかと思ってたわけさ。ま、名探偵の周りにいて、その素性がアヤシイ人間なんて限られてくるからね。すぐにアタリをつけさせてもらった。」

 

言っているそばから、ヤツの周りの空気がどんどん冷える感じがした。

口元に笑みを貼り付けているものの、その目は鋭い殺気の光を帯びている。

 

オレは灰原を庇うように一歩踏み出すと、声を上げた。

 

「やめろっ!!灰原は違う!! 灰原はもう組織の人間じゃないんだ!!!コイツは関係ないっ!!」

 

すると、ヤツのナイフのような視線が一瞬、オレの方を向き、次には灰原へと注がれる。

オレは、先程より幾分声を抑えて続けた。

 

「・・・灰原は・・・。灰原は組織のもとで薬品の研究をしていただけだ。
・・・・・けど、それが殺人に使われることに気づいて、組織が嫌になって抜け出した。だから、今は組織と何の関わりもないんだ!」

「・・・・・そうなんだ? ごめんね?」

一拍の間をおいた後、にっこりと笑みを浮かべながら、冷ややかにヤツはそう言った。

緊迫した空気が部屋を包むのは、変わらない。

今すぐにでも、灰原に銃口を向けてもおかしくないようなヤツの殺気は相変わらず満ち満ちていた。

 

「灰原はお前の父親のことも、『パンドラ』のことも何も知らない!コイツに危害を加えるな!!」

「別に、締め上げて吐かせようなんて思っちゃいないよ。」

両手を大げさに広げて、ヤツは笑った。

 

「・・・残念だけど、貴方が望んでいるような情報は私は持っていないわ。」

「だろうね。 でなければ、とっくに名探偵が動いているだろうし。」

冷静な口調で言った灰原に対し、ヤツは軽く返すと、それまでずっと腰掛けていたソファを立ち上がった。

ゆっくりと、こちらに足を向ける。

 

・・・んだよ?! 何かする気か?!

 

オレは灰原を自分の後ろにさっと隠し、ヤツをギリっと睨みつけた。

口元に微笑を浮かべたまま、ヤツが近づく。

やがて、オレのすぐ前まできたところでヤツの左手がさっと動いたので、オレの背中に冷たい汗が流れたが。

 

何もなかったはずのヤツの左手が握っていたのは、拳銃でもナイフでもなく。

一枚の写真だった。

 

なっ・・・・!何だ?

 

「じゃあ、最後に一つだけ質問。 コイツに見覚えはある?」

そう言ってヤツは、その写真を灰原に良く見えるように差し出した。

 

・・・・誰だ? 

 

写真には、オレの知らない男が写っていた。

一見、普通の身なりをしているその男が、組織と関わりあるのかはわからなかったが。

 

オレと一緒にその写真を見つめていた灰原はやがて顔を上げると、

「・・・いいえ。」

と、小さく首を横に振った。

 

「誰だよ?コイツ・・・・。」

「さぁね。」

オレの問いにヤツは短く答えると、写真を再びどこかにしまって身を翻す。

そのままリビングの大きな窓の方へを向かう。

ヤツが窓に手をかけたので、オレは慌てて呼び止めた。

 

「・・・キッド!」

「心配しなくても、そのお嬢さんのことは口外するつもりはないよ?・・・ま、そのへんはお互い様ってことで。」

肩越しに振り返ってにっこり微笑んでそれだけ言うと、オレ達に背を向けた。

オレはそのキッドの背中に向かって叫ぶ。

「待てよっっ!!お前の父親、初代キッドが『パンドラ』に関わる事で組織に消されたんだとしたら、お前が『パンドラ』を追う理由は何だ?!」

 

キッドは前を向いたまま。

オレの方を見ようとはしない。

オレは、無言なままのヤツの背中をじっと見据えて続けた。

 

「・・・・・お前、組織の連中に復讐でもするつもりなのか?」

 

なぜ、そんな言葉が口から出たのか。

自分でも不思議だった。

別にヤツがどんな理由で組織を追っていようと、オレには関係ないことなのに。

知る必要なんてどこにもないのに。

なのに。

 

・・・何でオレはコイツの事、知りたいと思ってるんだろう?

 

頭のどこかでそんなことをぼんやり考えていたら、ヤツがゆっくりとオレの方へ振り返った。

そして。

 

「・・・・・そうだよ?」

 

そう一言。

まるで歌うような滑らかな響きで。

 

妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には窓の外の闇の中にかき消えてしまった。

 

 

開け放たれた窓から、冷たい風が部屋へと流れ込む。

オレの隣に佇む少女の赤毛をそっと揺らした。

 

「・・・・・どうするつもり?これから。」

「・・・さぁな。 どうするつもりもねーよ。 アイツはアイツだろ。」

 

 

何か言いたそうな灰原の視線を感じながらも、オレの瞳はずっとヤツが消えた窓へと向けられたままだった。

 

 

 

 

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 キッドと哀ちゃんの顔見せのお話でしたv
いえ、前回がかなり尻切れな感じで終わっていたので、続きを書こうとは思いつつ・・・。

とりあえず、こんな感じで3人の関係が始まるという感じで。

2002.11.17

 


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