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25    切り札となりうるべきもの
 

 

 

・・・・・ちょっと待てっっ!!

 

 

銃口を突きつける男を前に、オレは目を見開いた。

 

コイツ、今、オレのことを 『キッド』 って言わなかったか??!!

言ったよな?! 確かに・・・。

ってことは、オレ・・・、キッドと間違えられて・・・・?!

 

男の指が引き金にかかるのを見、オレは慌てて体を沈ませると、銃を持つ男の右手を蹴り上げた。

オレの体を貫くはずだった弾は、間一髪逸らされて、闇の中へ消えていく。

男の手から銃をふっとばせなかったのは残念だが、とりあえずの危機を脱したオレは、そのまま非常階段の手すりに手をかけると、一気に階段を飛び降りた。

 

・・・ったく、冗談じゃねーぞっっ!!  

人間違いで、殺されてたまるかってんだ! バーローっっ!!

 

「逃げるのか?! キッド!!」

言いながら、男が発砲する。

 

・・・・だから、オレはキッドじゃないって!!

 

舌打ち1つ、それを交わしながら、オレはギリっと唇を噛んだ。

 

今、こんな状態で、オレがキッドではないと言い出したところで信じてもらえるワケがない。

きっと、オレをキッドの変装かなんかだと思い込んでいるんだろうケド・・・。

ああ、チクショウ!

こんなことなら、倒れてる警備員から拳銃でもかっぱらっておくべきだった。

武器と呼べるものは、せいぜいこの麻酔銃くらいしかないこの状況は、かなりツライ。

 

・・・なんとかしないと!!

 

男の死角になるだろう場所に、息を潜めて立つ。

麻酔銃の射程距離を考えると、接近戦が好ましいが、狙撃手相手にそれが通用するか?

とりあえず、この場ではムリだ。

・・・別の場所におびき出して・・・。

 

建物の構造を即座に思い浮かべ、どこに敵を誘導すべきか、オレが考えようとしたその時。

不意に、肩をトントンと軽く叩かれた。

 

ギョっとして、オレは振り返る。

振り返りざま、大きく右足を振り上げた。 相手を蹴り飛ばしてやるつもりで。

 

が。

オレの右足はすんでのところでピタリと止まる。

 

背後にいた人物の顔を視とめて。

 

 

「・・・おっ、お前っっっ・・・!!!」

大声を上げかけたオレの唇を、シルクの柔らかい感触がそっと包んで塞いだ。

 

「しっ! 静かに、名探偵。 なんだかお取り込み中みたいだね。」

ニヤリとそう笑うのは、もちろん正真正銘の怪盗キッドの野郎。

 

オレはキッドの手を振り払うと、小声で怒鳴った。

「バーローっ!!お前と間違われて、狙われてんだよっっ!」

「それはそれは・・・。災難だねぇ。」

 

・・・・テメェ、人事みたいに笑ってんじゃねーぞ?!

 

オレがギロリと睨みつけてやっても、ヤツはまるで気にせずに、にっこりと返してきた。

「・・・でも、ま、名探偵もオレと間違われるようなこと、何かしたんじゃないの?」

「何だと?!」

そんなワケあるかと 言いかけて、オレはその言葉を呑みこんでしまった。

・・・・もしかしなくても、アレか?

思い当たるフシがないわけでもない。

キッドの真似をして、宝石が『パンドラ』かどうか確かめようとしたことを思い出した。

・・・あはは。

 

とたんにシュン!と空気を切り裂く音が響いて、近くの壁に銃弾がめり込む。

オレとキッドは、さらに壁際に一歩身を退いた。

 

「そ、そんなことより、アイツはっ!! あの写真の男だろうっっ?!」

「どうやら、そうみたいだね。」

言いながら、キッドがトランプ銃を構える。

「何者なんだ?!」

オレがそう詰め寄ると、キッドはあれ?と首を傾げた後、ちょっとバカにしたように笑った。

「・・・なーんだ。 名探偵もまだアイツの正体、掴めてないんだ?」

 

・・・なっ! 何を言ってやがる、コイツは!!

 

オレが言葉を失っていると、キッドはにっこり次の句を告げる。

 

 

「例の組織の人間かどうか、確かめておいてくれると助かったんだけどな。」

 

 

□□□       □□□       □□□

 

 

・・・・・灰原じゃあるまいし。

ちょっと見ただけで、組織の奴らかどうかなんてわかるかよ。

 

オレはムッとしながら、自分の背後に立つ怪盗を睨みつけた。

こっちにしてみれば、人違いで殺されかかって、かなりの迷惑を被っているというのにだ。

そんなことまるでお構いなしな上に、オレを使えない人間呼ばわりしやがって。

 

・・・本当にムカつくヤツ。

 

「・・・・お前、さっさと奴の前に出て行けよ。いつまでも間違われちゃ、メーワクなんだよ。」

「まぁ、そう言わずにさ。」

キッドはにっこりする。

「で、アイツ、変なコードネームとか名乗ったりしてなかった?」

「知るかよ! 問答無用で撃ってきやがったんだからな。」

忌々しく思いながらオレがそう答えると、キッドはふ〜ん?と小首を捻った。

 

 

「じゃあ、少しおしゃべりしてこようか。」

 

背後からそっとキッドがオレに耳打ちする。

オレが え?と思う間もなく、オレの体はそのままキッドに押され、なんと隠れていた場所から飛び出た格好となった。

 

・・・げっ!コノヤロウっっ!  オレを殺す気かっっ!!!

 

前方には、銃を構えた男が見える。

男の鋭い目が、オレを捕らえた。

 

・・・・撃ってくるっ!!

 

オレはかろうじて体を捻り、横っ飛びに銃弾をかわす。

階段の手すりに当たった弾が、跳ね返る音が響いた。

 

瞬間、男は銃を片手にヒラリと階段を舞い降り、オレとの距離を縮めようとする。

オレは即座に麻酔銃を構えながら、男の顔を見た。

 

あからさまな殺気がみなぎるその視線。

 

・・・・この男は、組織の人間なんだろうか?

 

 

向けられた銃口に全神経を集中したところで、男の背後に白い影が音も無く舞うのをオレは見た。

 

「・・・そこまでだ。」

その声に驚いて振り向く男を、キッドはいつもの不敵な笑みで迎えた。

男が銃をキッドに向けるより速く、キッドはその銃を持つ男の腕を捻り上げていた。

銃弾があらぬ方向へ飛んでいく。

オレは、麻酔銃を構えたまま、キッドの傍に向かおうとするが、キッドはそんなオレの姿を見とめて、もう片方の空いた手で、オレに制止を促した。

 

「残念ながら、貴方が狙っていたのは人違いだったようですね。」

にっこり笑いながら、さらに男の手をキッドが捻り上げる。

男は小さく呻いて、銃を落とした。

キッドはそれをオレの方へ蹴り落とすと、胸元から輝くアレキサンドライトを取り出す。

「貴方が欲しいのは、コレかな?それとも・・・。」

キッドは鋭い光を放つ目を細めると、トランプ銃を男に突きつけた。

それに対して、男は口元に嫌な笑いを浮かべて見せる。

「もちろんソレも頂きたいが。お前を殺せば、破格の金が手に入るんでな。」

 

 

・・・・金?!

っていう事は、殺し屋か?!

 

オレは男の落とした銃を拾いながら、キッド達を見上げる。

 

「『怪盗キッド』の命には、かなりの額の賞金がかかってる。オレ達を満足させるには充分過ぎるほどのな。」

「・・・なるほど。 では、参考までにお聞きしますが、その賞金をかけた方がどなたかご存知ですか?」

男は首を振った。

すると、キッドはそうですかと微笑んで、なんとそのまま男を殴りつけた。

バランスを崩した男の体が、オレの方へと降ってくる。

キッドに殴られた頬を押さえながら、空中で体勢を整えようとしている男を前にオレは身構える。

 

「名探偵、トドメ、刺していいよ?」

 

キッドに言われるまでも無く、オレは黄金の右足を繰り出していた。

体を捻って勢いをつけ、渾身の力のこもる一蹴をさっきまでのお返しとばかりにお見舞いしてやる。

オレの一撃を首筋に受けて、男は背後の非常口のドアに激突し、そのまま大人しくなった。

 

ざまーみろっっ!!

 

フンと鼻を鳴らしたオレの傍に、キッドがやって来る。

 

「少しはウサも晴らせたろ?」

白い怪盗はオレの肩に手を乗せ、ニヤリとする。

オレはちっと舌打ちすると、倒れている男の方を見つめた。

 

「組織の人間じゃなかったのか。」

「・・・みたいだね。ここのところ、しつこく追い回されるからさ。もしかして・・・と、思ったんだけど。」

「ただの賞金目当ての殺し屋ってトコか?」

「そ。 ま、オレに賞金をかけてるのが、どこのどいつか、気にならなくも無いけどね。」

「そっちが組織かもしれないって?」

「・・・うーん。 まぁでも、なんとも言えないね。オレを消したいだけの奴なら他にも大勢いそうだし?」

 

と、物騒な事をキッドはサラリと言ってのけた。

相変わらず、神経の太い奴だ。

 

「コイツは、名探偵にプレゼントするから、好きにしちゃっていいよ。」

男を指差し、キッドが能天気に笑う。 

そして、何で持ってるか知らないが、ポケットから手錠をオレに投げて寄こした。

オレはソイツで、男が逃げられないように階段の手すりに繋ぐと、恨めしそうにキッドを振り返った。

「・・・そういや、お前な。 丸腰のオレを殺し屋の前に突き出しやがって。 よくもやってくれたな。もし撃たれてたら、どう責任取ってくれるつもりだったんだ?!」

 

もしかして撃たれてたって、おかしくない状況だったんだ!

人をまんまと利用しやがって。

 

むぅ〜っと奴を睨みつけたが、キッドはなんだ、そんなことかと軽く笑った。

 

「だって、名探偵はちゃーんと避けられてたろ?」

 

 

人のことを信用しているのか、ナメているのか。

なんとも、フザケタ返事にオレが腹を立てたことは言うまでも無い。

 

 

□□□       □□□       □□□

 

 

そうして。

殺し屋との一件も片付いて、オレとキッドが今、いるのは建物の屋上。

 

いつものように、キッドが奪ってきた宝石を月光に翳している。

右目のモノクルが月の光に反射しているのを、オレはじっと見つめていた。

 

しばらくして、キッドが溜息混じりに石をオレに投げつける。

どうやら、また『パンドラ』ではなかったらしい。

 

「ハズレか。」

オレは手に中に転がるアレキサンドライトを見つめながら、そう呟く。

「あっちもこっちもハズレとはね・・・。まったくツイてないな。」

キッドの言う『あっちもこっちも』というのは、宝石もハズレで、自分をマークしてた男も組織の人間ではなかったとそういう意味だ。

 

白い怪盗は、オレに背を向け、空に浮かぶ月を見上げていた。

 

「組織のヤツラも『パンドラ』を追ってるんだろう?毎回毎回、出てくるわけじゃないってのは、ヤツラなりに当たりをつけているっていうことなのか?」

「・・・さぁね。」

オレを振り返ることも無く、キッドが答える。

 

白いマントが夜風に揺らめいた。

と、キッドが肩越しに小さくオレを見る。

 

「奴らをおびき出すエサとして、オレの命だけじゃ物足りないのかな?」

 

そう言ったキッドが。

なぜか無性に腹立たしくて、オレは反論の言葉を言おうとした。

 

「・・・キッドっ、お前は何でっっ・・・!」

「名探偵こそ・・・。」

 

言いかけたオレの言葉を遮るように、キッドがちゃんとこちらに向き直ってオレを見た。

 

「名探偵こそ、例の組織を追ってるワリには、ずいぶんと悠長に構えてるね?」

キッドは口元では笑っているが、目は笑っていなかった。

「何の手がかりもなしに、向こうから仕掛けてくるのをただじっと待ってるんだ?名探偵は。」

 

オレはぐっと唇を噛み締めた。

悔しいが、キッドの言うとおりだったので、言い返す言葉が無い。

今の状況がオレにだってもどかしくて仕方が無いけど、他に手立てが見つからないのだ。

 

言い返せないオレを、キッドが笑う。

 

「使えるものは、何でも使った方が利口だよ? 名探偵。」

「・・・何だよ、ソレ。」

 

キッドの言っている事がわからない。

 

「名探偵も持ってるだろう? 上等なエサをさ。」

 

・・・・上等なエサ?

まさかっっっ!!!

 

「お前っっ!! 灰原のことを言ってるのかっっ!?」

オレはキッドに掴みよった。

 

「キッドっっ!!お前、灰原に何かしたらっっ・・・・!!」

「まだ、何もしてないよ。」

「てめぇっっ!!灰原は組織から必死で逃げてきたんだ!アイツを危険な目に合わすようなことはオレが絶対に許さない!!」

 

キッドの胸倉を掴み上げたオレの手を、奴が払いのける。

 

「ふーん。お優しいね、名探偵。 でも、一番組織に近づくための近道は彼女だよ?」

「オレはっっ!! そんな手は使わないっ!!絶対に!!」

「別にいいケドね。」

「キッド、お前もっっ!!灰原を利用しようなんてしたらっっ!!」

「コワイな。」

 

すごんだオレを見て、キッドが苦笑する。

当たり前だ。 灰原をエサに組織をおびき出すなんて、そんなマネは絶対にさせないっっ!!

 

「・・・悪かったね。 別に彼女をどうこうするつもりはないから、安心していいよ。名探偵。」

「本当だろうな?!」

オレの問いにキッドは薄く微笑み返す。

「・・・・・・・今のところはね。」

・・・何だとっっ!?

 

 

「形振り構っていられなくなったら、そのときは約束できないけどね。」

 

「・・・なっ!!」

 

 

キッドはそれだけ言って、屋上から身を投げた。

白い鳥は翼を広げて、闇へ消えていく。

 

その光景を見つめながら、オレの胸の中には不安が小さな黒いシミのように広がっていた。

 

 

キッドが本気で灰原を盾にとって、組織に何かしかけるなんて思えない。

アイツはそんな奴じゃない。

 

だけど、もし本当に形振り構っていられない状況になったとしたって、アイツの好きになんかさせない!

そうなる前に、絶対オレの方が、組織の尻尾を掴んでやるっっ!!

 

オレは手に中にある、冷たい石をぎゅっと握り締めたのだった。

 

 

 

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2003.02.02

 

 


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