6月某日。
オレ、工藤新一は、学校帰りに都心のとあるデパートへと寄り道をしていた。
今いるこの紳士ものが並ぶフロアには、天井から「父の日のプレゼントフェア」などと掲げられたプラカードが、あちらこちらでぶらさがっている。
────そう。
6月の第三日曜日は、『父の日』だ。
それくらいのこと、もちろんオレだって知っている。
いや、知ってはいたが、なにぶんイベント事?には興味の薄いオレは、日々周囲で起こる事件解決の方が優先で、『父の日』をどうしようかなんてことは、これっぽっちも考えていなかった
。
だが、しかし。
今日、学校で蘭にふと父の日の話題を振られ、すっかりそんなことは失念していたことを白状し、思い出したところで、特に何もする予定はないと告げると、恐ろしいほどの反撃が返ってきた。
“新一は、ご両親が海外で普段会えないんだからっ!こういう時こそ孝行しなくちゃ、ダメじゃないのっっ!”
確かに、親父達からは手紙も良く来るけど、オレからはあんまり返事も出さねーし。
孝行息子・・・とは間違っても言えないだろうな。
そんなわけで。
蘭にせっつかれて、親父への父の日のプレゼントを買いに来たわけなのだが。
・・・・・・一体、何を買っていいんだか。
蘭はネクタイなんかいーんじゃないかなんて言ってたけど、どれがいいのかさっぱりだ。
デパートの紳士もの売り場で、途方にくれること数十分。
プレゼントを選びにほとほと疲れ果て、帰りたいと思い始めたその時だった。
「・・・工藤君っ?!」
不意に背後からかけられた声に、オレは肩越しに振り返る。
そこにはセーラー服姿の少女がいた。
・・・あっ!
僅かに目を見開く。
彼女をオレは知っていた。
「あの・・・っ。工藤新一君だよね? あっ・・・初めまして、・・・あのっ!!
お父さんが・・・あ、いえ、父がいつもお世話になってますっ!あ、あの。 私、中森青子ですっっ!!」
真っ赤になりながら、精一杯お辞儀をする彼女に、オレも頬を緩ませる。
正確に言えば、彼女とは“初めまして”ではない。
顔だけなら、中森警部に写真で見せてもらったことがあり、知っていた。
それに、実際に会った(いや、すれ違っただけだが)こともある。
少し前ことになるが、忘れもしないあの雨の交差点。
───それは、怪盗キッドの正体をオレが知った瞬間だった。
ニヤリと笑ったアイツの素顔を思い出す。
・・・・ち。
イヤなこと、思い出しちまった。
一瞬、脳裏に浮かんだムカツク顔を慌てて消し去ると、オレは彼女に微笑む。
「僕の方こそ、中森警部にはお世話になって・・・・。」
「ううん!絶対絶対、うちのお父さんの方が工藤君にお世話になってるからっ!いっつも工藤君にキッドの予告状の暗号解読、お願いしてるの、知ってるもんっっ!!」
思わずそう力説した彼女に、オレは目をきょとんとした後、吹き出した。
と、同時に中森さんも笑う。
「ご、ごめんなさい。つい・・・。でも、たぶん工藤君に迷惑かけてるのは、うちのお父さんの方だと思ったから・・・。」
「いや、迷惑なんて・・・。確かにキッドの暗号解読には協力はさせてもらってるけど。その代わり、警部には無理矢理捜査に加えてもらうよう、こっちも我侭きいてもらっているから。」
オレの言葉に、彼女は安心したように頷くと、話題の転換を図った。
「でもこんなところで工藤君と会うなんて、びっくりしちゃった。・・・あ!もしかしなくても、工藤君も父の日のプレゼントを買いに来たの?」
そう言う彼女の手には、プレゼント用に綺麗のラッピングされた箱が入った紙袋があった。
箱の形・大きさからして、それがネクタイであろうことは容易に想像がつく。
どうやら、彼女も父の日の贈り物はネクタイにしたらしい。
オレは、小さく溜息をつくと、父の日用のプレゼントを買いに来たものの、選び疲れてそろそろ帰ろうかと思っていたということを白状した。
すると、彼女はクスクスと笑う。
「プレゼント選ぶのって、それなりに苦労するよね?」
彼女の台詞に苦笑しながら、オレは頷く。
と、そんなオレを見、中森さんは新たにもう一言付け足した。
「・・・・あの。工藤君、このあと少し時間ある?良かったら、一緒にお茶でもどう?私、ご馳走するから。」
□□□ □□□ □□□
そんなわけで。
オレが今、いるのは、中森警部のお嬢さんオススメのケーキ屋だ。
いかにも女の子が好きそうな、そのかわいらしい造りの店内には、ケーキの甘い香りが漂っていた。
とりあえずメニューを一読させてもらったオレは、その店オリジナルのブレンドだけをオーダーしたのだが、そんなオレに彼女は小首を傾げた。
迷わずケーキセットを頼んだ彼女が、コーヒーしか頼まないオレの顔色を伺う。
「ケーキは食べないの?工藤君。あ、もしかして、私がご馳走するなんて言ったから?遠慮しなくていいのに。」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど・・・。」
「・・・だけど?」
「いや、その・・・。甘いものはあまり得意じゃなくて・・・。」
「えー!そうだったの?ごめんなさい!」
本気ですまなさそうな顔をする彼女に、オレは気にしなくていいから・・・と笑って返した。
「でも、残念。 ここのケーキ、本当においしいんだよ?」
どうやら彼女は、どうしてもオレにケーキを食べさせたかったらしい。
少々がっかりした顔をして頬杖をつくと、溜息を零す。
「快斗なんて甘いもの大好きだから、喜んで食べるのに。」
そう零してしまってから、彼女は慌てて付け足した。
「あ、あのっ!快斗っていうのはね!!!」
彼女はあわてて、その“快斗”なる人物の紹介をとくとくと始めてくれたが。
あいにく、紹介されるまでもない。
何せ、オレ自身、ソイツとはよく(?)会ったりしているのだから。
とはいえ、中森警部のお嬢さんにそんなこと、言えるわけもないか。
・・・・・・それにしても、キッドのヤツが甘いものが好きだったとは。
「彼のことは、イベントホールの火災の時に・・・。」
これは、ウソじゃない。
とりあえず、オレが苦笑しながらそう言ったところで、ウエイトレスがケーキを運んできた。
テーブルの上に、オーダーしたものが全部のったところで、中森さんは改めてオレを見た。
「あの、今日は無理矢理、誘っちゃってごめんなさい。だけど、私、一度、工藤君にはちゃんとお礼が言いたかったの。」
「お礼?」
「イベントホールの事件のこと、あのあと、お父さんに聞いたの。工藤君、お父さんと一緒に現場にも駆けつけてくれたんだってね?いろいろ心配かけて、本当にごめんなさい。」
「あ、いや。 中森さんこそ、あんな事件に巻き込まれて災難だったね。でも、とにかく無事で良かった。」
「ありがとう。」
そう可愛らしく笑った彼女は、どことなく蘭と面影が重なった。
それから。
あっという間にケーキを平らげた彼女は、ダージリンの入ったカップを口につけながら、オレを上目遣いに見る。
オレが何?と訊ねると、彼女は少し赤くなって答えた。
「だって、高校生探偵の工藤君って言ったら、女の子の憧れだもん。こんな風に一緒にお茶できるなんて。これもお父さんのおかげだね。」
・・・・あはは。
オレが乾いた笑いを漏らすと、彼女はまたオレの顔をじっと見つめた。
「・・・だけど。本当に工藤君って快斗と顔がそっくり。なのに、全然雰囲気が違う。不思議〜。」
面白そうに彼女が笑う。
・・・そりゃ確かに、オレもアイツと顔立ちが似てるという自覚はあるが。
あまりうれしくはないぞ?
いささか引きつった笑いを返すオレに、中森さんは付け加える。
「あ、ごめんね。快斗と似てるだなんて、工藤君に失礼だよね。大体、工藤君と違って、快斗なんてすっごい不真面目だし。」
「不真面目?」
「そう。快斗なんて、学校なんかサボってばっかりだし。たまに来たって授業中は居眠りばっかりで。なのに、テストじゃいっつも一番で、本当に腹立たしいの。やんなっちゃう!」
とりあえず、オレが本当に真面目かどうかは別としてだ。
サボリに居眠り・・・ねぇ?
ま、あの『怪盗キッド』が実は、学生との二束わらじの生活だって言うんじゃ、それも仕方がないんだろう。
怪盗としての仕事の下調べや、トリックを仕掛けるのにだって手間はかかる。
となれば、学校の生活が疎かになるのは否めない。
そのくせ、成績はトップクラスか。
・・・・ま、もともと日本警察を手玉に取るようなやつだ。
頭の造りは悪くはないだろうな。
妙に頷ける感じで、オレは彼女の話に聞き入る。
キッドとしての一面しか知らないオレにとっては、ただのお調子者の学生として振舞っている普段のヤツの生活は、なんだか、簡単には想像し得ないものだったが。
「しかも、快斗ったらあの怪盗キッドの味方だなんて言うの!自分がマジシャン志望だからって!信じられないでしょ?」
・・・・・まぁ、アイツ自身がキッドだしな。
「もうホントに腹が立つ!キッドなんてただの犯罪者なのに!だから、私はキッド逮捕のために協力してくれる工藤君の断然味方だから!!これからも工藤君の名推理でお父さんに力を貸してあげてね?!」
テンション高く、息巻いてそう言う彼女に、オレも首を縦には振っておいた。
すると。
それまでは、一貫してヤツをケチョンケチョンにけなしていた彼女も、少しは言い過ぎたかとフォローに回り出す。
「あ、あの。でもね。快斗は普段はいいかげんでどうしようもないヤツだけど、いざという時はちゃんと頼りになるんだ。あのイベントホールの時だって、私を先に病院へ行くようにって救急車に乗せてくれたりして・・・・。」
彼女は言いながら、少し俯く。
少しはにかんだようなその様子を見て、オレは気づいた。
・・・・そうか。
彼女は。
アイツのことが好きなんだ。
ちょっとだけバツが悪そうにそう微笑む彼女を見て、オレはちょっとだけ胸が痛んだ。
彼女は真実を知らない。
───もちろん、それはオレが告げるべきことではないけど。
「ところで、工藤君がもし誕生日プレゼントで何かもらうとしたら、何がいい?」
「え?」
急激に変わった話題に、オレは思わず顔を上げる。
誕生日プレゼント? 何の話だ?
オレが首を傾げると、彼女はもう空になったティカップに手をやりながらちょっと恥ずかしそうにした。
「その・・・。実は、今月の21日が快斗の誕生日で。今日は父の日のプレゼントもそうだけど、本当は快斗の誕生日プレゼントを買いに来たの。・・・だけど、何を買おうか迷っちゃって。 良かったら、参考までに同世代の男の子の欲しがってるものとか聞かせてもらえたら・・・って思って。」
肩まで伸びた髪を揺らして、そう彼女が告げる。
しかし、その彼女の告白にどう返してよいものやら・・・。
オレはしばし固まってしまった。
オレの困った様子を見て取った彼女は、慌てて口を開く。
「あ、あの!ほんの参考までだから・・・!ほら、お財布とか定期入れとかそういう小物類なら頭に浮かんだんだけど、結構ワンパターンでしょ?だから、普通、男の子ってどんなものが欲しいのかな?って、ちょっと参考程度に聞きたかっただけなの。もし、工藤君だったら何が欲しい?」
・・・・・・何が欲しいって。
そうだな。 オレだったら、本・・・・・・とか?
大好きな作家のミステリー小説の新作とかもらったらうれしいけど・・・・。
それって、参考になるか? いや、ならないよな・・・・。
要するに、アイツが欲しがりそうなものってことだよな・・・・?
───そう思って、あの不敵な怪盗の顔を浮かべるが。
・・・・・・ちょっと待て。
何でオレが、アイツの誕生日プレゼントを考えてやらないといけないんだ???
───ゴホン。
オレは咳払いを一つ、彼女になんとか笑顔を作った。
「そういうのは、彼のことを良く知ってる中森さんが考えた方がいい。気持ちがこもってさえいれば、どんなものだって喜んでもらえると思うけど。」
「そっかー。そうだよね。ありがとう、工藤君。」
そうして。
辛くもその誕生日の話題から逃げたオレは、日が暮れてきたのを理由に彼女と別れた。
夕暮れ。
家への道を一人、辿りながら、なんだか不思議な気分だった。
いつも、オレの前では憎たらしい怪盗でしかないアイツも。
幼馴染の彼女の前では、どこにでもいるような普通の学生なのだ。
───アイツの普段の生活なんて、考えたこともなかったけど・・・。
彼女の話から、ちょっと垣間見れたその日常風景に、オレは身近なものを感じ。
そして、そんなことを思った自分を慌てて打ち消したのだった。
To be continued
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