世界でも最も産出が少ないと言われるレッド・ダイヤモンド。
その稀少性の高い石を手に入れた小松田さんは、婚約者へ贈る指輪にすべく、馴染みの宝飾店へそのデザインを依頼した。
指輪の仕上がりを婚約者の誕生日にちょうど充てた彼は、その指輪を受け取り店を出た直後に、何者かによって殺害。
────そして。
彼から指輪を受け取るはずだった婚約者のもとに、今度はキッドからの予告状が届いた。
まだ殺人事件の解決の糸口さえ見つかっていないというのに、新たなその事件予告に捜査員達は大慌てで対応を迫られることとなった。
もちろん、殺人現場に駆けつけていた目暮警部率いる捜査一課は、引き続き殺人犯の捜査に当たる。
現場周辺の聞き込みによる新たな目撃情報の収集と、即座に検問を開始し、不審車両の洗い出しに全力を尽くすとのことだったが。
────オレは
、というと。
実はその殺人事件の捜査から、一時外れるハメとなった。
捜査二課 中森警部の強い要請によって。
キッド絡みと言えば、オレが依頼される内容なんて一つしかない。
もちろんそれは、予告状の暗号解読だ。
と、いうわけで。
オレは今、高木刑事の他、二人の捜査官と共に例のレッド・ダイヤモンドを持って、被害者の小松田さんの婚約者令嬢宅へ車で移動中。
組織の犯行かもしれない小松田さん殺害の現場を中途半端にあとにするのは、かなり後ろ髪を引かれる思いだったのだが、仕方がない。
・・・・・いや、でも────。
後部座席の窓から流れる景色に目をやっていたオレは、横に座る高木刑事の方へ振り返った。
高木刑事が大事そうに抱えているのは、立派なケースに入ったレッド・ダイヤモンド。
────そう。
どっちにしても、鍵になるのはこの『レッド・ダイヤモンド』だ。
小松田さんを殺してまでこの石を奪おうとしたのが本当に組織の連中の仕業だっとしたら、この石をもう一度奪いに来る可能性は十分にある。
だとすれば、この石の傍にいた方が、奴らと接触できる可能性も必然的に高くなってくるワケだしな・・・。
キッドが予告状を出したことから考えても────・・・・・。
「それにしても、びっくりしたよ!」
ケースを見つめながら考え込んでしまっていたオレを、高木刑事の声が現実に引き戻す。
前を向いていたはずの高木刑事の顔が、突然オレの方へ向いたので、オレの方こそびっくりだ。
思わず、反応に遅れたオレに気にすることなく、高木刑事は続けた。
「いや、だってさ。被害者の殺害された原因になったであろうこの石に、まさか、キッドが予告状を出すとはね。確かにすごい宝石でキッドが狙いそうなのもわかるけど、持ち主の小松田さんが殺害された今日の今日に予告が出るっていうこのタイミングがね。すごい偶然だよね。」
「・・・・・そうですね。」
────本当に偶然・・・か、どうかはわからないが。
キッドがこのレッド・ダイヤモンドを奪うつもりで事前に下調べをしていると思えば、今夜中に小松田さんから婚約者に渡る事を知っていても不思議じゃない。
ヤツが最初から今日を予告日に選んでいたとして、そこへ偶然、小松田さん殺害事件が重なったとも、もちろん考えられるが・・・・・・・・・・。
────逆に。
例えば、キッドが警察の情報を盗聴していたとしたら。
小松田さん殺害の事件を知って、組織の犯行の可能性を示唆し、犯行を企てるということもなくはないだろう。
「
まさかとは思うけど、小松田さんを殺害した犯人が実はキッドで、このダイヤをもう一度盗ろうとかしてるっていうんじゃないよねぇ?」
高木刑事は言いながら、乾いた笑いを浮かべた。
オレもそれには苦笑して返す。
「だとしたら、キッドは最初の犯行を予告し忘れたことになりますね。」
「・・・・まぁ、キッドが殺人犯なワケはないか。」
コホンと咳払いを一つ、高木刑事は納得したように呟く。
「殺人犯が誰かということは、運が良ければ、僕達がこの目で確かめられますよ。」
オレがそう言うと、高木刑事も頷いた。
「確かに、このダイヤを狙って、再び殺人犯が現れる可能性は十分にあるからね。・・・・・うーん。 と、なると、銃を持つ殺人犯との接触が考えられるわけで・・・。工藤君、頼むから危険なことはしないようにね?」
「ええ、もちろん♪」
にっこり頷くオレに、高木刑事は疑わしそうな表情をして見せるが。
ハタと思い出したように、声を上げた。
「・・・あれ?じゃあもしかして、これを横取りしちゃうと、今度はキッドの命が危ないんじゃ?」
□□□ □□□ □□□
亡くなった小松田さんの婚約者宅にオレ達が到着したのは、その日の午後、7時過ぎ。
閑静な高級住宅地の小高い丘の上に建つその屋敷は、門構えからして立派だった。
「・・・すごいお屋敷だね。」
車から降り立った高木刑事は、眼前の建物を見上げてそう息をつく。
車中で、婚約者である彼女のパーソナルデータはある程度、聞いている。
名前は、砂原 依子(すなはら よりこ)さん 28歳。
両親が既に他界してしまっている彼女は、親の代からの事業を引き継いで、バリバリにこなしている優秀なキャリアウーマン。
亡くなった小松田さんとは、仕事を通じて知り合ったとのことだった。
「自分の誕生日が婚約者の命日だなんて、酷な話だよ。一体、どんな顔をして、このダイヤを渡せばいいんだか・・・。」
オレの横で、高木刑事が暗い声を出す。
オレは言葉もなく屋敷の入り口へ向かいながら、夜空を見上げた。
雲の切れ目から薄っすらと覗く月。
それは、すぐにも雲に覆われて見えなくなってしまいそうだった。
屋敷内。
通された部屋には、中森警部ら捜査二課の人達がオレ達を待ち構えていた。
「おおー!来たか!」
ソファから立ち上がった中森警部に、高木刑事がオレより一歩前に出た。
「お待たせしてすみません、中森警部。あの・・・・っ」
「それが例の宝石かっ!おいっ!」
高木刑事を見るより先に、宝石のケースに目が行ったと見える中森警部は、傍にいた若い捜査官に指示を出すと、さっさとダイヤを高木刑事の手から奪った。
「───で、目暮の方はどうなんだ?殺人犯の足取りはつかめたのか?」
「あ、いえ、目下捜査中のところでして、詳しいことはまだ・・・。」
「ま、犯人の目的がその宝石なら、もう一度奪いに来る可能性は否定できん。キッドだけでなく、小松田さんを殺害した犯人もこっちで逮捕することもできるかもしれんな。」
言いながら、中森警部の目がオレの方を向いた。
オレは小さく会釈する。
と、中森警部は上着のポケットから、白い紙を出した。
「キッドの予告状の写しだ。内容については、ほぼ確認している。が、まぁ一応、君の目を通してもらおうと思ってな。」
そう豪語する警部の顔は、オレの手を借りるまでもなく暗号を解読できたと得意げのようだが。
差し出されたそれを、とりあえずオレは黙って受け取る。
一読して、中森警部の言った意味を理解した。
確かに、今回のキッドの予告状には暗号らしい暗号はない。
難易度は低いと言っていいだろう。
「キッドの予告状によれば、犯行予告時間は今夜11時。どこからどう現れるかまでは、わからんがな。」
中森警部の言うとおり、それ以上のことはこの予告状からは読み取れない。
アイツにしては、珍しく手を抜いたというか・・・。
ずいぶんとあっさりした予告状だ。
「予告状が届いたのは、いつなんですか?」
オレの問いに中森警部の横に立っていた若い刑事が応える。
「えっと、砂原さんの話では、本日の18時過ぎだそうです。小松田さんの悲報がこちらに届いてすぐだったとのことで・・・。」
───なるほど。
小松田さん殺害の事件の後か。
ま、もともと今日がヤツの犯行予告日だったとして───。
予想外に起きた殺人事件のおかげで、もしかしてヤツも予定変更を迫られたのかもしれない。
この予告状の文面からして、急ぎで差し替えたものという可能性も・・・。
「で、どうなんだ?何か、他にわかったのか?」
予告状を手にしたまま、考え込んでしまっていたオレを、中森警部がいぶかしげに訊ねてきた。
「・・・あ、いえ。キッドの予告状にしては、ずいぶん簡素なものですね。」
オレはにっこり笑いながら、予告状の写しを中森警部に返す。
警部は大きく鼻息をつき、オレの手から乱暴にそれを奪った。
「フン。まぁとにかくだ!これからこの屋敷周辺の警備を強化せねばならん。おいっ!誰か、砂原さんを呼んできてくれ!屋敷の警備の仕方について話がしたい。それからレッドダイヤについても確認してもらいたいとな!」
その指示に、部屋の入り口付近にいた若い刑事が出て行く。
婚約者が殺されて、ショックなわけがない。
オレがこの屋敷に来て、まだ一度も顔を見せない砂原さんのことが気になった。
「砂原さんの様子はどうです?」
中森警部にそう訊ねてみる。
と、警部も苦い表情を作った。
「・・・ああ、気分が優れないと言って、部屋に閉じこもったきりだ。まぁ無理もないが・・・。」
警部の言葉に、オレも重く頷くしかなかった。
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「・・・・・悪かったね。 “簡素な予告状”で。」
砂原邸から、そう遠くないとある建物の屋上。
一人の少年が佇んでいる。
ずっと双眼鏡で一点を見つめていた彼の視線がそこから離れ、チッと舌打ちした。
怪盗キッドである。
まだ、いつもの白いコスチュームを身にまとってこそいないが。
もちろん、まだ犯行時刻まではたっぷりあるので、今から夜目にも目立つコスチュームでいる必要はないと言えば、そのとおり。
だが、実際は。
いろいろあって、大幅に予定を狂わされた結果なのであった。
「・・・読みが甘かったか。こんなことなら、小松田氏か、あの宝飾店に予告状出しときゃ良かったかな。」
キッドの口から溜息が零れる。
まさか、殺人事件が起きるとは。
さすがにキッドでもそこまで予想して、事を起こすことはできない。
派手に予告をして組織の連中を呼び寄せるのは、むしろキッド役目のはずだった。
「・・・・・・奴らかなぁ?」
“奴ら”とは、無論キッドの追う組織の連中のことを指す。
「・・・仮に奴らだったとして、石を奪い損ねるなんて、ドジ踏むとは思えないけどね。───ああ、それとも。オレをおびき出して始末するために、敢えて奪い損ねたフリをしたって言うなら、それもアリか。」
キッドの顔をした少年の唇が上へ持ち上がる。
そして、そのまま薄く雲のかかった月を仰いだ。
「───ま、とりあえずは、あの『ファンシーパープリッシュレッド・ダイヤ』をいただいてから・・・。」
夜風が少年の黒髪を軽く撫でる。
唇の端に笑みを乗せたままのキッドは、もう一度真っ直ぐに砂原邸を見つめた。
「じゃあ、後で会おうぜ?名探偵。」
それだけ言うと、そのまま暗闇に溶けるように消えた。
To be continued
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