“試しに、今からオレが、名探偵の大事な人を殺してあげようか?”
一瞬、キッドが何を言ったのか、オレは理解できなかった。
言葉を失っているオレに、キッドはフッと口元を緩めてにっこりと笑う。
「───冗談だよ。」
その笑顔が妙に人懐っこくて、オレは一気に脱力したが。
・・・じょ、冗談・・・・。
冗談に聞こえなかったぞ?! バ─ロ─っっ!!
キッドに猛烈に抗議をしようと口を開きかけたところで、左腕のアラームが時報を告げた。
・・・あ。 深夜0時回っちまった。
時計に表示された「21」という日付に、ふとその日が何の日だったか思い出した。
そう。確か、6月21日は、コイツの誕生日。
そのまま、目の前に立つ、白い怪盗を睨みつける。
「・・・・ったく。心臓に悪い冗談、言ってんじゃねーぞ?大体、お前、今日・・・・」
「・・・あっ!」
「え?」
「月が出てる!」
見上げると、雲の隙間から月が顔を出していた。
キッドはと言うと、さっきオレに物騒に言った同じ人物とは思えないほど、のんきにナイスタイミング♪などと言いながら、月光にレッドダイヤを翳しているが。
・・・・・・ほんとに。
コイツ、どこまで本気でどこまで冗談なんだか・・・。
と、数秒で赤い石はオレの方へを飛んできた。
ということは、つまり今夜もまた『パンドラ』ではなかったということだ。
「月が出てくれて助かった。わざわざ持ち帰ってまた返却に来る手間が省けたからね。」
「・・・言ってろ、タコ!」
「婚約者の命だけでなく、最後の婚約者からプレゼントまで奪われたら、彼女が気の毒だったからな。今回は『パンドラ』でなくて、良かった
。ま、彼女の誕生日中には返してあげられなくて、申し訳なかったけどね。」
テラスの手すりに寄りかかり腕組みした体勢で、キッドがそう言う。
音を立てて、白いマントがたなびいた。
それを合図にするかのように、キッドはさてと、と、オレに背を向けた。
そのまま、軽く地を蹴ると、手すりの上へとヤツはジャンプする。
オレはそんなヤツの背中を見つめていた。
「───お前こそ・・・・。お前こそ、今日は誕生日なんだろ。コソドロなんかやってないで、とっとと帰れ。」
そう言ってやると、キッドは肩越しにオレを振り返った。
その顔は、何で知ってるんだ?と言っている。
けれども、次の瞬間には口元を緩めて。
「───なんだ。知ってたんなら、プレゼントの一つくらい用意しておいてくれればいいのに。気が利かないな、名探偵。」
「・・・なんだとぉ!?てめ─!よくもそんな口がっっ・・・!!」
言いかけたその時、キッドは高笑い一つ、建物から身を投げた。
あっという間に闇に溶け、キッドの姿は見えなくなる。
オレは手の中にある冷たいレッドダイヤを握り締め、いつまでもヤツが消えた闇を見つめていた。
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「じゃあ、一応、そのレッドダイヤはちゃんと彼女の手に戻ったわけね?」
「ああ、まぁな。」
阿笠邸。
事件後、深夜にもかかわらず訪れたオレをすでに就寝中だった博士の代わりに出迎えてくれたのは、灰原だった。
とりあえず、出されたコーヒーをご馳走になりながら、事件のことを灰原にも話して聞かせた。
「───それで?彼女は婚約者を殺した真犯人が逮捕されたことで、きちんと納得できたのかしら?」
「・・・・どうかな?ただ、彼女はキッドに銃を向けたことはどうも覚えていないんだ。よほど気が動転していたのか・・・。まぁ確かに、あの時の彼女は尋常ではなかったけどな。」
そう。
砂原さんは、キッドに銃口を向けたことを覚えてはいなかった。
結果として弾は外れたが、キッドを撃ったという事実は、完全に彼女の頭にはなかったのだ。
キッドの睡眠ガスに倒れていた捜査官の人から銃を奪った事さえ、記憶から抹消されていた。
それで、良かったのかもしれないが。
だが、本当に良かったのかどうかは、オレにはわからない。
彼女の心に、犯人に対して復讐したいという思いが消えたのかどうかはわからないのだから。
琥珀色の液体に映る自分の顔を見、オレはキッドに言われた言葉を思い出す。
それはもう、忘れたくても頭から離れてはくれなさそうだった。
「───なぁ、灰原・・・。」
赤毛の小さな頭が動いて、オレを見つめたのがわかった。
「・・・・お前、やっぱり組織を恨んでいるか?」
あまり聞いてはいけないことだろうとはわかってはいた。
だが、今夜はどうしても聞かずにはいられなくて、ついそんな言葉が出てしまう。
オレの問いに、灰原はその目を少しだけ細めたが、嫌悪するような表情は見せなかった。
そして、しばらく黙っていたが、その瞳を少し伏せるようにして言った。
「───わからない。」
オレは、灰原の言葉に顔を上げる。
すると、灰原は少し自嘲気味に笑って続けた。
「もちろん、全く恨んでいないと言えば、嘘になるわね。・・・だけど、組織に復讐することなど、考えてないわ。自分のことばかりで悪いけど、今の私は組織から逃げる事で精一杯だもの。貴方を含め、博士や私に関わった人達を危険にさらさないためにもね。」
「───灰原・・・。」
「でも───」
「え?」
「もし、今、目の前に姉を殺したその人物が現れたとしたら、どうかしら?素手だったら、殴りかかるかもしれないし、石を持っていたら、投げつけるかも。・・・銃を持っていたら、撃ち殺してしまうかもしれないわね。」
灰原の薄いグレーの瞳が真っ直ぐにオレを射る。
「───殺意や憎しみなんて、理屈じゃないもの。」
灰原のその台詞は、今夜、キッドに言われた台詞とともに、オレの心に重く沈んでいったのだった。
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夜が明けると、オレは寝不足の体を引きずってきちんと登校した。
いくら昨夜が遅かったとはいえ、週の初めからダラダラ休むわけにはいかない。
それにもう今更だが、いい加減父の日&母の日を兼ねたプレゼントを買わないと・・・。
そんなわけで、オレは放課後、また駅前をうろついていた。
とりあえず、適当なものを見繕って、形だけでも親孝行しようとそう心に堅く誓って。
すると。
「あれ? 工藤君!?」
聞き覚えのある声に弾かれたように振り向くと、そこには予想に違わぬ人物が立っていた。
前回と同じ様にセーラー服姿の彼女は、にっこり微笑んでいる。
「・・・中森さん。」
「偶然〜!また工藤君に会えるなんて、驚いちゃった!工藤君は、お買い物?」
「あ、まぁそんなところなんだけど・・・・。」
と言いつつ、彼女を見やる。
その両手には大きな紙袋を持っていて、見るからに大荷物だ。
すると、彼女もオレの視線に気づいたようで、その紙袋をガサリと揺らす。
「・・・あ。これ?すごい荷物でしょ。実は、これから私の家でパーティなの。で、これはその準備っていうか、いろいろ。」
「パーティ?」
そう首を傾げると、彼女はちょっとはにかんで見せた。
「あ、うん・・・。あの、今日は快斗の誕生日だから・・・。」
・・・ああ、そうだ。 そうだよな。
今日はヤツの誕生日なんだった。
大体、アイツの誕生日を知ったいきさつだって、彼女が誕生日プレゼントを探しているっていう話題からだったっていうのに。
・・・オレも大概、ニブイな・・・。
自分の鈍感さに多少呆れつつ、会話を繋ぐために彼女に笑いかける。
「───そういえば、誕生日プレゼントは何にするか、決まった?」
「うん、さんざん悩んだんだけど、快斗に似合いそうなシャツを見つけたからそれにしちゃったの。あとは、手作りケーキもあるし・・・。手料理でもてなすからそれでいいかなって。」
明るい笑顔で返してくる彼女は、本当にうれしそうだ。
ニコニコしながら、毎年、ヤツの誕生日パーティは中森宅で盛大に行われている事を教えてくれた。
クラスメート大勢も呼んで、かなりドタバタしたパーティにはなるとこのことだが。
まぁどんなに彼女がヤツの学校生活を楽しく話してくれても、およそオレには見当がつかない。
アイツの夜の顔しか知らないオレにとって、彼女の話はどうも現実感がなかった。
ま、それでもつられてニコニコ笑っていると、次の彼女の台詞に冷水をかけられたような気分になった。
「そうだ!良かったら、工藤君も一緒にどう?」
・・・・え。
一緒にって・・・・、一緒にっってっ!
キッドの誕生日パーティにオレも出ろって???!!!
ウソだろっっ!! 何でオレがっ!!!
「・・・・い、いや、あのオレは・・・・っ!」
「あ、ダメ?都合悪い?」
都合が悪いっていうか、それ以前の問題だっっ!!
「いや、その・・・・っ。」
動揺のあまり返事に困るオレを見て、彼女は勝手に自己解決してくれた。
「そっかぁ・・・・。工藤君が来てくれたら、かなりスペシャルなゲストになるかと思ったのに・・・。やっぱり忙しいよね?」
忙しく・・・は、なかったが、この場合、敢えて真実を伝えることもない。
オレは、彼女の言葉に、首をぶんぶん縦に下ろした。
と、彼女はオレに無理強いすることもなく、すっぱり諦めてくれたので、オレが助かったと撫で下ろした瞬間、紙袋から、白いカードが差し出された。
「じゃあ、ここで工藤君と会えたのも、何かも縁だから。せめて、バースデーカードに一言、もらってもいい?」
「・・・・え?」
「これ、みんなに一言ずつ、お祝いの言葉を書かせようと思って、大き目のカード、買ったの。工藤君も、せっかくだから、書いてくれるとうれしいんだけど。」
「・・・・・・・・オレが?」
「工藤君からのメッセージなんかあったら、快斗、絶対びっくりすると思うもん。」
中森さんは、イタズラを思いついたような顔で、そう得意そうに笑うが。
・・・・確かに、バースデーカードにオレからのメッセージがあったら、アイツは驚くだろう。
いやでも、彼女が思っているのとは、また違った意味で。
差し出されたカードを素直に受け取れず、固まってるオレに中森さんは、ご丁寧にペンまで用意してくれる。
この状況で、断るのは難しい。
ってか、無理だ。
・・・・しかたない・・・・。
オレは、引きつった笑いを浮かべながらカードを受け取ると、隅の方に小さくスラスラと書く。
とっと書き終えると、そのままカードを彼女に押し付けるようにして、その場を足早に去ったのだった。
最早、オレの頭には父さんと母さんにプレゼントを買ってやるなんてことは、完全に抜け落ち、逃げるようにと帰宅したのは、言うまでもない。
その後。
中森宅では、定刻どおり黒羽快斗の誕生日パーティが開かれる事になる。
青子が用意したご馳走を満足そうに頬張っている本日の主役は、プレゼントと一緒に渡されたバースデーカードに目をやっていた。
クラスメートからの暖かいメッセージが寄せ書きのように綴られているソレに、何気なく目を走らせていると、隅の方に走り書きのような一言を見つけて、その目が少し見開かれる。
「あ、快斗! カード見た?!びっくりしたでしょ!」
「・・・ああ、っていうか、お前、これ、どうしたワケ?」
「今日、帰りに偶然、会っちゃったから、お願いしちゃった。工藤君の直筆のメッセージなんて、すごいでしょ?」
「・・・お前なぁ・・・。どっちかってーと、お前が欲しかったんじゃねーの?」
「あ、わかる?だって、青子、高校生探偵の工藤新一君のファンだもん!工藤君には、がんばってお父さんに協力してもらって、いつか絶対に怪盗キッドを捕まえてもらうんだ〜!」
「───あっそ・・・。」
バカバカしいとばかりに溜息をつくと、再びケーキを口に運ぶ。
クラスの女子に呼ばれた青子かその場から消えたのを、フォークを咥えたまま見送った快斗は、もう一度、カードを見つめた。
「“誕生日おめでとう。工藤新一”・・・ね。 名探偵のクセに、たったこれだけとは芸がないなぁ。」
怪盗がそんな風に口元に笑いを浮かべた頃。
オレは、あのカードをキッドがどんな顔をして読んでいるのか想像して、なんだか微妙に頭が痛くなるような気がしていたのだった。
To be continued
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