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31 キッドの隠れ家
 

 

 

 

「くそ。思ったより、遅くなっちまったな。」

そうぼやきながら、オレは月明かりが照らす夜道をひた走っていた。

日付も変わるくらいの深夜ともなれば、住宅街はすっかり静まり返っている。

辺りにオレ以外、人影はない。

 

今日、オレは、例によって事件で目暮警部に呼び出されていた。

事件自体は単純なものだったのだが、犯人の仕掛けたトリックが複雑で解決に時間がかかったのは事実だ。

だが、それ以上に所轄の刑事に足を引っ張られて、オレが思ったとおりの推理ができなかったのが、まぁ本当のところで。

なんやかんやで、解放されたのがこんなに深夜になってしまうとは・・・。

さすがにこんな深夜までつき合せたことを悪いと思ったのか、自宅まで送ってくれるという高木刑事の親切な申出を、オレは敢えて断わらせてもらっていた。

なぜなら、オレはまだ家へ戻るつもりはない。

実は今日は、あの怪盗キッドの犯行予告日だからだ。

オレも殺人事件さえ起こらなければ、もちろんキッドの方に顔を出す気でいたのだが、運悪く事件がバッティングしてしまったために、キッドについては中森警部らに全面的にゆだねる事にしたワケだ。

 

オレは走りながら、チラリと左腕の時計に目をやった。

既にヤツの犯行時刻から、2時間近く経過。

2課から入っている情報としては、キッドは宝石を奪い、既に逃走したとのことだが。

───運がよければ、まだど こかでアイツをつかまえられるかも。

オレはニヤリと唇を持ち上げ、さらに夜空を見上げる。

闇に浮かぶ大きな月は、街灯以上に道を明るく照らしているように見えた。

 

・・・そういや、今日は満月だったか?

アイツが現れる晩と言えば、決まってきれいな月夜だな。

・・・・・・・まぁ、それはキッドの仕事の都合上だろうが───

 

そう思った時だった。

月を見上げていたオレの視界を、不意に何かが過ぎった。

 

・・・えっ!

 

思わず、足を止める。

オレが目を見開くのもつかの間。

今度はバサバサバサっと派手な音がしたと思うと、白い塊がオレ目がけて落ちてきた。

 

「・・・・うっわっっっ!!」

落ちてきたものの重みに尻餅をつくような形になったオレは、自分の体の上に覆いかぶさっているものが人であることがわかって一瞬、ギョっとする。

っていうか、その白いナリを見て、ソイツが誰だかわからないはずがない。

───キッドだ。

 

「・・・お、おいっっ!キッドっっ?!」

言いながら、いつまでも人の体にかぶさったままどかないヤツの体を、オレは引き起こしにかかる。

いつものように優雅に空から舞い降りるという登場でないあたり、尋常ではない。

 

ガックリと垂れた頭からシルクハットが転がる。

既に意識のないようなヤツの顔色は、確かに良いものとは言えなかった。

 

「おいっ!しっかりしろよ!おいっっ!!!」

キッドの反応はなかった。

とりあえず、見たところヤツの派手な白のスーツには目立った血痕はない。

撃たれたりはしてなさそうなんだけど・・・・。

とはいえ、何やらやらかしてきたのは間違い無いようで、スーツはあちこち擦り切れていたりぼろぼろだ。

 

オレはもう一度キッドの顔を覗きこむ。

モノクル越しの瞳は堅く閉じられたまま、どう見ても意識を取り戻しそうにはなかった。

 

「・・・・・・えーっと。」

オレはキッドを抱き起こしたままの姿勢で、少々首を捻る。

 

───まさか、いくら怪我人とはいえ、コイツを病院に担いでいくわけにもいかないし。

いや、まぁ別にそこまでコイツをオレが庇い立てしてやる必要はないけど、とりあえず、捕まえる時はやっぱ正々堂々といきたいからな・・・。

・・・・・・・しかたない。 こうなったら、博士に来てもらうしか・・・・。

 

オレは溜息一つ零すと、自分の上着のポケットから携帯を取り出す。

博士の自宅の番号を呼び出してボタンをプッシュしようとしたそのオレの右手を、白い手袋をしたキッドの手がそっと遮った。

 

「・・・キッド?!気づいたのか?」

声をかけても、キッドはまだ意識が朦朧としているのか、俯いて瞳は閉じたまま。

だが、何やら小さい声を発した。

「・・・・・悪いけど、肩、貸してもらえる?」

「え?!」

───本当なら、オレがコイツに肩を貸してやるギリなんてないけど。

さすがにこの状況で、怪我人の頼みを無下に断るわけにはいかねーだろ、普通。

・・・・ったく。

「特別に貸してやるけど、高くつくからな!」

 

そういうわけでキッドに肩を貸し、オレは何とか立ち上がらせることに成功する。

───けど、この先どーすりゃいいんだ ?

オレは、ガックリ垂れたままキッドの顔を再び覗きこむ。

と、キッドは左腕をすっと上げ、目の前の建物を指差した。

キッドの指し示すその建物は、ちょっとリッチな佇まいではあるものの、何の変哲もない普通のマンションだ。

オレは、そのマンションを見上げた後、隣のキッドに視線を戻す。

 

「このマンションが何だよ?」

「・・・・・ここ、オレのマンション。最上階の部屋だから。」

「はぁ?!」

 

 

□□□   □□□   □□□

 

 

「・・・よっと。おい、ここでいいのか?」

 

キッドに促されるまま、マンションのオートロックを解除し、エレベーターで最上階までたどり着く。

長い廊下の先、どうやら角部屋のようだが。

プライベートポーチなんかもあって、なかなか洒落た造りだ。

途中、マンションの住人にでも出くわしたら、それこそどんな言い訳もできないところだが、ラッキーなことに誰にも見られずに、オレ達は部屋の前まで来ることができた。

すると、キッドは俯いたまま、どこからともなくキーを出す。

ガチャリと、鍵が開いた音が妙に耳に響いた。

 

・・・鍵は開いたけど。

───入ってもいいのか?

閉ざされたままのドアを前に、オレは肩を貸しているキッドの横顔を見た。

俯いたままのキッドは、ドアの鍵を開けたところで完全に意識を手放してしまったらしい。

とりあえず、今、この状況で部屋の前に置き去りにするわけにもいかないだろう。

オレは意を決して、ドアに手をかける。

思ったより重い扉をゆっくりと引くと、中には四角い闇が広がった。

 

一歩玄関に踏み込むと、人を感知するセンサーがあるのかパッと明かりがついて、玄関から一本伸びた廊下までを照らした。

とりあえず、正面に見える奥のガラス戸の向こうがリビングだろう。

とすると、寝室はその手前か。

廊下の途中にある二つのドアのうち、手前のドアを開けると7畳ほどの広さの洋室にベッドだけがでんと置いてあった。

玄関からすぐの部屋が寝室とはちょうどいい。

いい加減、キッドを運ぶのに肩も疲れてきたオレは、早々にヤツをベッドに横たわらせる。

 

ベッドにヤツを寝かせた上で、もう一度ざっと体を検証するが。

あちこち擦り傷や打撲はあるものの、銃で撃たれたり、刃物で斬られたような大きな傷や、骨折などは見られない。

「・・・どうやら、大したことはなさそうだな。」

オレはそう安堵の溜息をつき、それでも一応、傷の手当てくらいしておいてやるかと、薬箱を探し始めた。

とりあえず、寝室の中にあるクローゼットの戸を開くと、衣服がぎっしり入っているその下に薬箱を見つけることができた。

 

まぁそんなわけで、軽くキッドの手当てなんかをしてやったりしたのだが。

ひととおり手当てを終えたオレは、キッドの寝顔をじっと見つめる。

オレの前で当然のように素顔をさらしているこの怪盗は、穏やかな寝息を立てていた。

オレは、そんなヤツの顔から視線を部屋の中に移した。

───ここ、間違いなくキッドの隠れ家だよな・・・・・。」

そう呟くと、ベッドサイドから立ち上がる。

さっき覗いたこの寝室のロッカーには、取り立てて目立ったものはなかった。

・・・ま、変装用だかなんだか知らないが、確かにたくさんの衣服はあったけど。

オレはぐるりとキッドの横たわる寝室を見回した後、その部屋を出た。

 

寝室の向かいにあるドアを押す。

薄暗いその部屋を覗き込むと、ベッド以外何もなかった先程の寝室とは違って、こちらはごちゃごちゃといろいろ置いてある。

部屋の広さは8畳くらいか。

奥には小さなデスクがあり、そしてそのサイドには天井まである本棚が並んでいるが。

───っていうか、それ以前にだ。

「・・・・・・すっげー機材。」

フローリングの床には、パソコンが5台ほど。

複雑に絡まる配線は、あちらこちらにまで伸びている。

───他にも盗聴機材に、無線装置か。

ま、当然と言えば、当然だが・・・・。まるでちょっとした基地だな。

 

興味深い機材一帯に目をやった後、オレは書籍がぎっしり入った本棚を覗き込んだ。

ざっと見たところ、どれも宝石に関するものばかり。

日本のものだけでなく、海外の書籍も多く並ぶその本棚から、オレは一冊適当に取り、ページをめくってみる。

明らかに専門分野的な内容だった。

 

「ほんっとに隠れ家だな。」

ここに中森警部でも連れてくれば、アイツは終わりだ。

まぁそう脅してみたところでアイツのことだから、きっと動じないんだろうが。

 

オレは溜息一つその部屋を出て、再び廊下を歩き、奥のガラス戸へと向かった。

扉の向こうは予想通り、リビング・ダイニングだった。

12畳くらいの広さのそこには、ソファとTVなどがぞんざいに置かれている。

特に散らかっているわけではなかったが、生活感があまり感じられなかった。

 

オレは部屋を見渡した後、中央にあるソファに腰を下ろす。

 

───まぁ、もともとキッドも普段は学生なわけだし。

ちゃんと実家があって家族と暮らしているのなら、キッドの隠れ家であるこの部屋に生活感を求める必要はないのかもしれないが。

オレが部屋の明かりをつけていないせいか、がらんとした広いリビングはどうにも冷たく感じられた。

 

それは、まるでキッドの闇の部分を暗示しているようにもオレには思えたのだった。

 

 

□□□   □□□   □□□

 

 

ふと、衣がすれる音がして、オレは自分の意識が飛んでいた事に気づいた。

・・・・やべ。寝ちまった。

慌ててベッドの方を見やると、どうやらキッドが寝返りを打ったらしい。

大分意識が戻りかけているのか、瞼が時折震えているのがわかった。

手元の時計では、時刻はまだ朝の6時前。

冬のこの時間では、まだまだ外は真っ暗だった。

 

───と。

唐突にキッドの目が開く。

何気なしにヤツの顔を見ていたオレと、瞬間、その視線はバッチリあった。

 

「気がついたか?」

とりあえず、そう声をかけてやる。

キッドはしばらくは何も言わず、まじまじとオレの顔を見ていたが、ようやくにして口を開いた。

「・・・・・何で名探偵がここにいるんだ?」

いきなりコレとは、ずいぶん失礼じゃねーか。

「・・・・・・そりゃ、お前がオレの上にいきなり落ちてきたからだろ。」

不本意そうにオレは腕組みしながら言う。

すると、キッドはのっそり起き上がり、癖のついた髪を軽くかき上げた。

 

「ここ、オートロックのマンションのはずだけど。鍵はどうした?」

キッドのその台詞に、オレは少々眉をつり上げる。

「何言ってやがる。オートロックも部屋の鍵も、全部オメーが開けてみせたぜ?オレに肩を貸せって言ったの、覚えてないのか?」

「オレが?」

「ああ。この部屋までオレは気を失いかけたお前を運ばされたんだけど?」

「・・・・ふーん?そうだったっけね。」

昨夜のことが記憶にないのか、キッドは自覚がなさそうにそう返事をする。

ヤツの黒い瞳がオレを映した後、少々宙を仰いでから「ま、いっか。」と小さく漏らした。

 

───で、今、何時?」

「もうすぐ朝の6時になる。っていうか、キッド。お前、体は大丈夫なのか?」

「問題ないよ。ああ、悪いね。手当てまでしてくれちゃったんだ?」

「・・・い、一応な!」

 

ニヤリと笑う怪盗に、オレはプイと顔をそらした。

いや、そんなことよりだ。オレには聞きたいことがある。

ベッドから身軽に起き上がった怪盗の背に、オレは声をかける。

 

「おい、キッド。お前───

「それより、名探偵。もう朝だろう?朝食にしよう。」

「え?」

「手当てしてくれたお礼。名探偵も食べていけよ。」

そうキッドはオレに人懐っこい笑顔を作って見せた。

 

 

───そんなわけでだ。

食卓に座らされたオレは、オープンキッチンで手際よく料理する怪盗、なんてものを見ることになる。

フライパンさばきは慣れた風で、すぐさまいい香りが部屋に立ち込めた。

さらに乗った料理は、卵料理とサラダ、それにトーストと簡単なものだったが。

「召し上がれ。」

そう言われて口に運んだら、不覚にも素直にうまいと思ってしまった。

 

「名探偵のお口には、合わなかったかな?」

「・・・いや、うまい。」

「それはよかった。」

料理を褒めてやると、キッドは満足そうに微笑んだ。

・・・・・・ちょっとシャクだ。

 

「料理なんて、できるんだな。」

「何?名探偵はできないの?」

「で、できなくはないと思うけど。ただ、あんまりやらねーんだよ。」

「へぇ?1人暮らしなのに。」

「普段は、すぐ博士んトコに食べにいっちまうんだよ。」

「ああ、なるほどね。」

 

まさか、コイツとこんな他愛もない会話をすることになるとは。

オレは軽い朝食を取り終えると、キッドの入れたコーヒーに口をつけながら、ようやく本題に入る事にする。

 

───それで?一体何があったんだ?聞かせろ。」

「何がって言われてもね。とりあえず、獲物をいただいてさっさと帰るつもりが、ちょっとした邪魔が入ったってとこかな。まぁよくあることだよ。」

キッドは自分のコーヒーに角砂糖とミルクを入れながら言う。

おい、角砂糖3個は甘すぎだろう・・・・。

琥珀色の液体がすっかり白くなるまでぐるぐるかき混ぜるキッドを見つつ、オレはその目を細めた。

 

「組織の連中か?」

「さぁね。」

「で、石は?今回も『パンドラ』じゃなかったのかよ?」

「実はまだ確かめてない。何せ、奴らがしつこくてね。振り切るのに精一杯。」

「じゃあ、まだ宝石を持ってるのか?」

「うん、そう。」

 

大体において、犯行予告日のうちに宝石の返却をするキッドにしては、珍しい話だ。

オレがそう指摘してやると、キッドは別にそうでもないと首を横に振る。

───まぁとにかくだ。

キッドから石を奪おうとした奴らが組織の連中かどうかは、依然不明だ。

何しろ、決定的な証拠があるわけでもないし。

オレは重苦しく息を吐いた。

ブラインドの隙間からは、うっすら朝陽が入り始めている。

もう始発も動いてるし、そろそろ帰るか。

コイツも全然大丈夫そうだしな。

そう思って、キッドを改めて見ると、ヤツはテーブルに頬杖をついてオレを見つめていた。

 

「そろそろ帰る?」

「ああ。」

オレが頷くと、キッドはあからさまに腕組みなんかして困ったような素振りを見せた。

 

「やれやれ、困ったな。」

「何が。」

「何がって。これでもここは怪盗キッドの秘密のアジトだからね。名探偵なんかに知られて、そのままにしておくわけにもいかないだろう?」

「じゃあ、どうする?オレをこのままここに置いておくか?それでもオレは構わないぜ?」

 

っていうか、むしろその方がいろいろとやりやすそうじゃねーか。

面白そうな機材もたくさんあるしな。

意地悪くそう笑ってやると、キッドもにっこり笑って返す。

「いや、その方が面倒くさそうだ。」

 

まぁ、そうだろう。

第一、ここにオレをキッドが監禁したところでメリットなど何もない。

まぁ、実際問題、オレに知られたところでキッドがさっさとこの部屋を引っ越せば、解決する話だ。

それができない事情でもあるなら、話は別だが。

どう見ても本気で困っているようには見えない怪盗だが、それが「フリ」で実は本当に困っているのか?

・・・ち。

コイツの考えてることは、イマイチわかんねーんだよな。

 

オレは心の中でそう舌打ちした後、敢えて妥協案を出してみることにする。

 

 

「この部屋のことは黙っててやる。ただし、オレにもここを自由に使わせるのが条件だ。」

 

 

To be continued

 

 

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2004.12.23

ハウルの動く城を見て、ものすごーくK新が書きたくなって書きました。
別に、どこがハウルっていうわけでもないのですが。(苦笑)

 


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