キッドとともに朝食をとった後、オレはヤツの部屋をさっさと後にした。
キッドのヤツと来たら、オレの出した提案をあっさりと呑み、オレに部屋の鍵まで渡しやがった。
・・・・・ほんとに何考えてるか、わからねぇヤツ。
とはいえ、いい機会だ。
アイツと組織との関わり、もしくはアイツが持っている組織の情報が上手くすれば手に入るかもしれない。
オレは朝陽を仰いだ。
まだ通勤、通学時間には幾分早いのか、駅から家への道のりはすれ違う人もまばらだ。
路地を曲がったところでようやく現れた見慣れた洋館を目に映すと、オレは大きく伸びをする。
・・・・・あー、なんか疲れた。そういや、昨夜はろくに寝てないからな・・・・。
あくびを噛み殺し、自宅の門へと手を伸ばしたその時だった。
「あら。 朝帰りとは、ずいぶんといいご身分ね。」
突然、背後からかけられた声に硬直したオレは、おずおずと後ろを振り返る。
そこには、赤毛の少女が嫌な笑いを浮かべて立っていた。
新聞を手にしているところを見ると、偶然、朝刊を取りに来たところに出食わしたらしい。
「・・・よ、よぉ。」
とりあえず、引きつった笑みで挨拶なんてしてみるが。
昨夜、どこで何をしていたか詮索されると非常にまずい。
まさか『昨夜一晩、キッドの隠れ家に居ました』なんて白状したら、灰原に何を言われるかわかったもんじゃねーぞ。
まぁ、隠れ家のことはキッドには黙っててやると言った手前、一応言わないでおいてやるつもりだが。
どこまで誤魔化せるかは、微妙だ・・・。
そんなオレの心を知ってか知らずか、灰原は続けた。
「事件に飛び出して行ったきり、戻らないんですもの。まぁ
もっとも。昨夜はキッドの件もあったから、貴方がそっちにも顔を出すだろうなんてことは、わかりきっていたけど。キッドの周りには危険も伴うし、万が一にも貴方の身に何かあったとも限らないじゃない?博士もひどく心配していたのよ?」
「・・・・あ、ああ。すまない。」
「悪いと思うなら、博士にその寝不足な顔でも見せてあげるのね。」
灰原にそう言われるとオレは苦笑して頷き、彼女と一緒に阿笠邸の門をくぐる事にした。
途中、前を行く少女が小さく振り返る。
「どうせ、朝食もまだなんでしょ?」
「あ、いや、朝食は食ってきた。」
あっさり返したオレの答えに、灰原は一瞬その眉を怪訝そうに寄せるが。
「・・・ふーん?珍しいわね。」
そう笑った彼女の顔が何か意味ありげに見えたのは、オレの気のせいだろうか?
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「いやぁ、とにかく新一が無事でよかった。昨夜は何かあったんじゃないかと気が気じゃなくてな。」
阿笠邸に上がりこんだオレは、リビングのソファに腰掛けている博士にとりあえず顔を見せる事にする。
博士はオレの顔を見るなり、安心したように微笑んだ。
灰原はそんなオレ達をよそに、とってきた新聞をテーブルの上において、コーヒーを入れる準備を始めた。
「ごめん、博士。心配かけて・・・。これからはちゃんと連絡を入れるようにするから。」
「いや、何。それは別に構わないんじゃが・・・。それで・・・昨夜は一体どうしたんじゃ?」
博士にそう追求されたところで、灰原がオレの前にコーヒーの入ったカップを出す。
「キッドは、昨夜予定通り獲物を奪って逃げたらしいけど。どうせ、それを追ってたんでしょ?」
目の前に出されたブラックのコーヒーにオレは目をやりながら、灰原の問いには頷いた。
そして、オレは昨夜のことを順を追って話し始めたのだった。
「何じゃと?いきなりキッドが空から落ちてきた?」
「───そ。」
目をぱちくりさせている博士を前に、オレはコーヒーを一口、首を縦に振る。
と、灰原が口を挟んだ。
「つまり、キッドは例のごとく何者かに襲われ、ケガをしていたのね?」
「まぁ、そんなとこかな。オレの前にヤツが現れた時には、もうそのヤバイ奴らを完全に振り切った後だったみてーだけど。」
「空から落ちてくるなんて、キッドのケガは相当ひどいかったのか?新一。」
「いや。打撲や擦り傷だらけではあったけど、医者に見せなきゃならないようなものは特になかった。心配はいらねーよ。まぁ、最初は意識が朦朧としてて、1人でろくに立ち上がれもしない状態だったけど
な。」
「それで、いきなりぶっ倒れてる怪盗さんを放っておくわけにもいかず、親切な名探偵さんが一晩看病してあげたというわけ?」
・・・てめー、明らかにトゲのある言い方すんなよ。
オレだって、不本意だったんだからな?
意地悪く笑う灰原を前に、オレは敢えてわかるように息を吐いた。
「・・・あの場合、仕方ねーだろ?」
すると、灰原は小さく“お優しいこと”と笑いやがった。・・・くそう!
「しかし、新一。倒れてるキッドをかくまえる場所なんか、よくあったもんじゃな。」
「・・・あ、ああ。ちょうどヤツを拾った場所の傍に、廃墟のビルがあって。そこで一晩寝かしといたんだよ。」
───と、まぁ隠れ家の存在だけは秘密にしておいて、だ。
なんとか事情をわかってもらえて、オレもほっと一息をついた。
「・・・まぁ、それにしてもじゃ。キッドの周りにはいつも物騒な輩がついて回るのぅ。」
博士が髭を撫でながら、そう言う。
───まぁ、確かに。
キッドの目的の『パンドラ』という石を、例の組織も追っているという状況からしてそうなのだが。
実際のところ、アイツ自身がいろいろパフォーマンスして敵を引き付けているというフシがあるからな。
「・・・組織を追うなんてことをしているから、危険が付きまとうのよ。こんなことをしていたら、今に命を落とすわ、彼。」
俯いていた赤毛の頭が揺れた。
そんな灰原を見つめたオレの目を、彼女も真っ直ぐに見つめ返す。
「───貴方もよ、工藤君。」
その灰原の瞳は、これ以上、組織には関わるなとそう告げているのがわかる。
だが。
「悪いな、灰原。オレはこれでも探偵だ。一度、関わった事件をそのまま解決しないでおくなんてこと、できねーんだよ。」
オレはニヤリと笑みを浮かべる。
すると、灰原は諦めたようにオレから目を逸らし、小さく“バカね”と言った。
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その日は、本音を言えば一日ベットで惰眠を貪りたいところだったが、平日だったのでそういうわけにもいかず。
寝不足な体を引きずって、オレはがんばって登校した。
程なく授業を終えたオレは、真っ直ぐ帰宅すればいいものの、ちょっと昨夜のキッドの件が気になって、詳細を確認でもしようかと警視庁へと寄り道をしていた。
警視庁内を歩いて捜査二課があるフロアに行く途中、自販機が立ち並ぶリフレッシュルームを横切る。
何気なく覗いたその部屋に高木刑事が居たので、オレは軽く会釈した。
彼もオレと目が合うと、手を挙げて挨拶をしてくれた。
「ああ、工藤君。昨夜は、遅くまでつき合わせちゃってごめんね。」
「いえ、大丈夫です。」
「で、どうしたの?今日は?」
「ああ、あの。昨夜のキッドの件を中森警部にでも伺えたらと思ったんですけど。一応、僕が予告状の暗号解読に関わっていましたので。」
と、そこまでオレが言うと、高木刑事は苦い顔をした。
「・・・ああ、だけど、その件は今は中森警部に触れない方がいいと思うよ?キッドにしてやられて、今朝からずーっと機嫌が悪いんだ。」
・・・・・・なるほど。
頷くオレの前で、高木刑事が乾いた笑みを浮かべる。
「宝石もキッドに奪われたまま、戻ってきてないしね。二課は、昨夜から徹夜でキッドの足取りを追ってるみたいなんだよ。」
肩を竦めてそう教えてくれる高木刑事に、オレも苦笑した。
・・・・そういや、キッドはまだ宝石を手持ちにしてると言ってたっけ。
さっさと調べて、違うなら違うで返してやらねーと、中森警部にもその持ち主にも気の毒な話だよな。
ま、月が出ていなければ確認できないシロモノだと言うんだから、返品の場合、どんなに早くても今夜以降か。
事情を知っているだけに、オレとしては何とも言い難い。
何にせよ、中森警部がご機嫌斜めなら、話を聞くのは無理か。
キッドの話なんか聞こうとしたら、ますます機嫌が悪くなるのは間違い無さそうだ。
「ところで、工藤君。キッドが予告を出したその宝石の持ち主のことだけど。」
「・・・あ、ええ───。」
不意に振られた話題に、オレは高木刑事の方を改めて向いた。
今回、キッドが予告状を出したのは、『ゴールドウェル』という、宝石や絵画を取り扱う貿易会社社長、永田正夫氏。
社長の永田氏は、まだ40歳前半という若手でありながらかなりのやり手で、メディアにも取り上げられるほど有名な人だ。
そして、キッドに奪われたのは、その会社が所有するエメラルドの指輪だった。
「工藤君も、中森警部達と一緒に『ゴールドウェル』本社には行ったんだっけ?」
「いえ、僕はキッドの予告状の暗号解読だけして、後は全部中森警部にお任せしてしまったので、実際の現場には行ってないんですが。」
そうオレが答えると、高木刑事はちょっと残念そうに“そっか”と溜息をついた。
・・・・・『ゴールドウェル』がどうかしたのか?
不審に思ったオレは、高木刑事を問いただしてみる。
「何か、気になることでも?」
そのオレの問いに、高木刑事は答えようかどうしようか迷うような表情をした後、こっそりと耳打ちした。
「工藤君だから特別に話すけど、絶対に他の人には内緒だよ?」
小声で肩を竦める高木刑事にオレは神妙に頷いて見せる。
どうやら、何かあるらしい。
高木刑事は、辺りに誰もいないのを確認してから、片手で口を覆うようにして話し始めた。
「───実はね、公にはされていないんだけど、『ゴールドウェル』の社員が1人、3日前から行方不明になっているんだ。」
「え?でも、公にはされていないって、どうして・・・。」
「いや、それが。まぁこの話はさ、僕の先輩が公安に居て、たまたま教えてもらっちゃった話なんだけどね。あの『ゴールドウェル』って会社、どうやら密輸疑惑あるらしくて、公安がもともとマークをしていたらしいんだよ。」
「まさか、行方不明になった社員って・・・!」
オレが眉をつり上げると、高木刑事はゆっくりと首を縦に下ろした。
「そう。公安の職員なんだ。」
予想を違わぬ高木刑事の言葉に、オレは言葉を失う。
・・・・・おいおい、これはヤベーんじゃねーのか?
公安が潜り込ませた捜査員が行方をくらましているっていうことは、正体がバレてどこかに監禁されているか、それとも何か決定的な証拠を掴んだのが相手に知られてしまったのかも・・・・。
どっちにしてもあの『ゴールドウェル』という会社が、悪事を働いている可能性は十分にある。
そして、もし『ゴールドウェル』が密輸、密売組織に絡んでいたとして、だ。
万が一にも、例の組織と関連性がないとは言い切れないかもしれない。
取引をしている可能性もあるし、そう思えば、昨夜キッドを襲ったのは本当に組織の連中だったのかも。
オレはぐっと拳を握り締めた。
そんなオレを見て、高木刑事が苦笑いをした。
「だけど、この件は正式に捜査要請が僕達に来る事はないだろうからね。まぁ、関わる事のない事件だから、工藤君が頭を悩ませることではないよ。」
「・・・公安が全部カタをつけるということですか?」
「そういうことだね。あそこは秘密主義だから。もともとスパイを送り込むなんて捜査方法だって問題あるし。事が公にできない分、自分達で解決する問題になるんだろうと思うよ。」
・・・・まぁ、そうだろうな。
オレは高木刑事の意見に頷き、それからニッコリした。
「耳寄りな情報を、どうもありがとうございました。」
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翌日。
とりあえず、学校へ登校したオレは、事件解決を理由に3時間目で早々に早退させてもらうことにした。
実のところ、警察から連絡が入ったわけでもなく、これは至ってオレの自主的な目的のためではあるが。
学校の門を出たオレは、真っ直ぐにとある場所に向かっていた。
キッドの隠れ家である。
例の『ゴールドウェル』という会社について、キッドのヤツも少なからず情報を入手しているに違いない。
いや、それは間違いないだろう。
自分が忍び込む会社のことを、アイツが調べてないはずないからな。
と、なればだ。
とりあえず、アイツが持ってるだけの情報を全部掴んでおきたい。
───そう思ってアイツの留守中を狙おうと、わざわざ学校を早退したというのにだ!
合鍵を使ってヤツの部屋のドアを開いた時、オレの目の前に履きふるしたスニーカーが飛び込んできた。
嫌な予感がしてキッドの書斎のドアを開くと、案の定、オレと同じ背格好の少年がパソコンに向かっている背中が見える。
オレは、がっくりうなだれた。
「・・・・何で居るんだよ?お前、学校は?」
オレと同じ高校生であるからこそ、きっと今は授業に出ていると踏んで、やってきたっていうのに。
すると、パソコンに向かっていた背中がこっちにくるっと振り返る。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ?」
とりあえず、学校には行ってきた制服姿のオレとは対照的に、朝から絶対学校には行ってなかろうと思われるカジュアルな私服姿のヤツがにっこりと微笑んだ。
いつものふざけたキッドのコスチュームではないせいで、丸っきり同世代の少年にしか見えないが。
コイツは間違いなく、怪盗だ。
溜息一つ、オレは肩に背負っていたバッグを下ろした。
「・・・ったく。オメーのいない時間を見計らって、わざわざ学校を抜けてきたっていうのに。」
「それはそれは。学校をサボっちゃいけないね。」
「オメーが言うな!」
「いや、ごもっとも。」
デスクに備え付けの椅子にあぐらをかく様な格好で座っているキッドは、オレの方へ体を向けたまま、そう笑う。
そんなニヤニヤしているキッドを、オレは目を細めて見返した。
「・・・・オメーこそ、学校をサボって何してやがる。」
「ちょっと、調べモノをね。」
そう答えたキッドの傍にオレは近づき、ヤツの目の前のパソコンの画面を覗き込む。
幾つもの開かれたウィンドウには、どこから入手してきたのか、非公開らしい『ゴールドウェル』の会社の情報があった。
・・・コイツ、やっぱり!
オレは、キッドをギっと睨んだ。
「・・・・てめー、どこまで知ってるんだ?」
「何が?」
「とぼけんな!」
オレがそう凄むと、キッドは両手を挙げて降参とばかりにポーズを作る。
「えーっと、『ゴールドウェル』が密輸疑惑で公安に目をつけられてたって事と、そこの社員が数日前から行方不明だって事くらいかな?」
にっこりそう答えるキッドに、オレはやっぱりと溜息を零す。
・・・コイツ、公安の情報も網羅してるのか。
キッドの情報網の幅広さに、オレは少々腹立たしさを感じながらも、口を開く。
「お前のことだからどうせもう知ってると思うが、その行方不明になった社員はただの社員じゃない。名前も経歴も全て架空。公安から送り込まれた職員だ。つまり───」
「「潜入捜査。」」
オレの声にキッドのそれが重なった。
キッドが腰掛けている椅子の背に体重を預けると、ギィと椅子が鳴る。
キッドは部屋の天井を仰いで言った。
「───にしてもだ。スパイを潜り込ませるとは、公安も味なマネをするね。」
「だが、どっちにしてもだ。これで『ゴールドウェル』が限りなく黒に近い可能性が出たわけだろ?密輸が本当なら、もしかしてその取引先に例の組織がいるのかもしれない。」
オレの言葉に、キッドが面白そうに笑った。
「昨夜、オレを襲ったのも、この公安のスパイを消したのも組織の仕業って?」
「・・・いや、そこまで断定できるわけじゃないが。可能性はなくはない。」
慎重にやや俯き加減でそう言ったオレに、キッドはにやりとした。
「やっぱり、調べてみる必要がありそうだな。」
キッドのその台詞に、オレは不敵に笑い返したのだった。
To be continued
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