オレが麻酔銃を構えようとした、その時。
フロアの入り口に人の影が過ぎった。
誰だっ?!
まだ誰か、他に居たのか?
考えてみれば、社長が単独で動いているとは限らない。
彼の応援に新たな人物が現れたとなると、こっちの部はかなり悪くなる。
本気で逃げねーとヤバイぞ!
と、そこに現れたのは人物は警備員姿。
今の自分と同じ格好のせいか、オレは一瞬、妙な親近感を覚えるが。
っていうか、このタイミングの良さ。
・・・もしかしてキッドか??!
───いや、違う。
キッドじゃない。
やべっ!本物の警備員か?!
一瞬、緩みかけた緊張の糸がまたピンと張り詰める。
纏っている雰囲気がオレの知っている怪盗のものではないその警備員は、人の良さそうな顔をさらしながら、オレ達に近づいてきた。
「どうしたんですか?こんな時間に。電気がついたから何かと思いました。」
ニコニコそう言いながら、社長とオレを見比べる。
すると、社長は自分が手を下すまでもないと思ったのか、ニヤリとしてオレに人差し指を突きつけた。
どうやらオレを不審者として、この警備員に引き渡すつもりらしい。
「いや、ちょうど良かった。この・・・・」
と、言いかけた社長を尻目に、警備員は一歩前へオレの方へ踏み出す。
そしてそのまま、社長の言葉を遮った。
「ああ、こんなところに居たのか!待っててくれって言ったのに、何も置いていかなくてもいいだろう?」
え?
・・・・この人、一体・・・・。
オレは彼の顔をまじまじと見返した。
戸惑うオレをよそに、彼は勝手に話を進めた。
「すみません、彼と一緒に巡回していたんですがね。私がちょっとトイレに行ってる隙に勝手に1人で回ってしまったみたいで。まだ彼、新人なんですよ。今後、注意するように
言っておきます。ここの警備は二人で回らなくちゃいけないって教えたばっかりだったんですが。」
言いながら、社長に頭を下げくれている。
自らの警備員のIDカードもきちんと提示までした為、さすがに社長も彼を信用したようだが。
・・・・まぁ、確かにオレはIDまでは偽造してねーし。
───それにしても。
この人は、どうやらオレを警備員の仲間に仕立ててくれてるようだが。
だけど、何の為に?
明らかに不審人物であるこのオレを。
オレの方を見ずに社長と一方的に話を進めている、その警備員姿の男性をじっと見つめる。
不審な点が多すぎる。
だが。
それでもこの場は大人しく従っておくことが適当か。
理由はともあれ、とりあえず一時的に助かったことには間違いないのだ。
いや、本当に『助かった』のかどうかは、まだわからないが。
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「さて。」
オレを人気のないエレベーター前まで先導した彼は、笑顔を貼り付けたまま立ち止まって振り向いた。
ある程度の間合いを作って、オレも足を止める。
目深に被っている帽子のせいで見難いであろうオレの顔を、彼が覗き込もうとする。
だけど、顔を見られるわけにはいかない。
面が割れると、いろいろと厄介だ。
オレは帽子のつばを片手で引っ張って、さらに顔を隠した。
「困るんだよね。勝手にうろつかれると。君は一体、何者なのかな?」
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。」
にっこり言い返したオレに、その警備員姿の彼は僅かに眉をつり上げた。
「・・・それは、どういう意味かな?」
「貴方も本当の警備員ではないのでは?でなければ、こちらを庇い立てする理由がない。」
そこまで言うと、オレの目の前に立つ男の顔から笑みが、一瞬完全に消えた。
・・・・やっぱりな。
オレは僅かに目を細めて、彼を見据えた。
すると、彼はあからさまに溜息などついて見せる。
「やれやれ。どうやら君はただのコソドロではないようだ。つまらない物取りなら見逃してあげても良かったんだが、そういうわけにはいかなくなったな。」
・・・・ふーん?なるほど。まぁ確かにただの物取りではないけど。
だが、その『コソドロ』ってのは、使えるかも。
そうオレがニヤリとした瞬間だった。
彼の右腕が素早くオレの喉元に伸びる。
間一髪、かわすことができたのはオレの反射神経の良さだ。
っていうか、今の動き。
この人こそ、ただ者じゃねーぞ!
思わず吹っ飛びそうになった帽子を片手で押えながら、オレは唇をペロリと舐める。
明らかに訓練されてる動きだった。
この人は、おそらく───。
「ほう?大した動きだ。ますます君の正体に興味が沸いてきたよ。」
そう言いながら、彼は完全に戦闘体勢だ。
対してオレは一歩後退し、それからコホンと一つワザとらしい咳払いを一つ。
「名乗るほどの者ではありません。ただ以前、私がいただいたものの元の持ち主に関して、ちょっと気になることがありましてね。」
そのオレの台詞を聞いて、彼の瞳が大きく見開いた。
「ま、まさかっっ!怪盗・・・キッドっっ?!」
そうそう、良くできました。
思ったとおりの反応にオレは内心ニヤリとするが。
本当言うとかなり不本意なんだが、ここは『コソドロ』になりきるに限る。
身元が明かされるわけにはいかないので、この際、キッドだと思われた方が都合がいい。
大体、ヤツなら宝石を盗んだ経緯があるわけで、侵入する理由なんてそれこそ何とでもなるだろ。
上手い具合にオレをキッドだと思い込んでくれたその警備員姿の男は、天下の大怪盗(本当は探偵なんだけど)を前に、少々固まっていた。
チャンス!
エレベーターの扉を背にして立つ彼目がけて、オレは麻酔銃を発射した。
至近距離からのそれを、まさか外すわけがない。
針が打ち込まれてあっという間に、彼はそのまま床に崩れ落ちた。
「・・・・ふぅ。」
思わず溜息が零れる。
とりあえず、これでこの場は何とか・・・・。
オレが一息ついたところで、エレベーターがこのフロアに到着したことを示すチャイムが鳴る。
開いた扉の向こうには、警備員が1人乗っていた。
また現れたその警備員姿に、一瞬、オレはギョッとするが。
オレと目があった瞬間に、ニッと笑いを見せたソイツは正真正銘、キッドの野郎だった。
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「───で、何コレ?」
『コレ』とは、またずいぶん失礼な物言いだが。
まぁこの場合、エレベーターホールに倒れ伏す警備員のことを指すわけで。
エレベーターから降りるなり、キッドは開口一番そう言った。
「とりあえず、手を貸せよ。この人をもうちょっと一目のつかないところに運ばねーと。」
すぐ目を覚ます事がないにしろ、このままここに放置しておくわけにもいかない。
オレの言葉に、キッドは大人しく応じた。
ぐったりとしている男性をキッドと二人で担ぎ上げ、非常階段の方へ移動する。
途中、オレはこうなるまでの経緯をかいつまんでキッドに説明し、一通り説明し終えたところでヤツを見た。
「っていうか、オメー、ここの警備員が二人一組で巡回してること知ってたか?」
「ああ、確かそうだったかな?」
「・・・テメーな。そういうことは最初っから言えよ。」
「別に隠してたわけじゃないけどね。見つかるつもりがなかったからさ。そんな余計な情報は要らないと思ったんだよ。」
・・・・・・・・・・悪かったな、ニャロウめ!
ジト目で睨み返すしかないオレを、キッドは笑顔で返す。
「周りが見えないくらい捜査に集中するのもいいけど、名探偵はもう少し周囲の気配にも注意した方がいいね。運が悪けりゃ、一発であの世行きだ。」
───ほっとけ。
自覚があるだけに、人に言われるとなおさら腹立たしい。
「まぁそれはともかく。コイツも単独で動いているあたり、本物の警備員じゃなさそうだね。」
その問いかけに頷いたオレを見、キッドはふむと顎に手を添えた。
「公安か・・・。」
「おそらく行方不明の伊藤さんの捜索をしていたんだと思うが・・・。事を公にしていない分、公安は自分達でカタをつけるしかないからな。」
「ふーん?」
公安の動きに関して、キッドは興味がなさそうに相槌を打つ。
そのまま二人で気を失った彼を非常口脇まで運んだ。
とりあえず、途中で邪魔は入ったものの、オレとしては何も手がかりが得られなかったわけじゃない。
上着のポケットには、さっき見つけたプラチナのリングが確かに存在していた。
このリングに記されていた文字・・・。
と、ちょっと考えこんだところで、キッドがオレを覗いてくる。
「それで、名探偵の方は何か収穫はあったのかな?」
なくはない。
だが、その前にこっちだって聞きたいことがあるぞ。
「オメーこそ、1人で何をやってたんだよ?宝石でも返しに行ってたのか?」
「まぁね。そんなトコ。」
・・・アヤシイ。
「どうせそれだけじゃねーんだろ?」
そう凄んでやると、キッドはニッコリ笑った。
「あとでちゃんと言うからさ。こっちとしても名探偵の掴んだ情報が欲しいしね。ま、でもまずはここから撤退するのが先かな。」
こうして、オレ達の潜入捜査は終わったのだった。
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「え?盗んだ石を返してきたんじゃないのか?!」
キッドの隠れ家とも言うべきマンションに当たり前のように一緒に帰宅したオレは、ヤツが別行動してから何をしていたか聞き出し、予想外の答えにちょっと驚いた。
キッドは今まで着ていた警備員の制服を手際よくたたみながら、何でもないことのように言う。
「そう。石の代わりにラブレターをね。」
・・・・ラブレター。
石を使って、前回、キッドを襲った奴らをおびき出すつもりか?
「お前のその取引に、奴らが応じると思うのか?」
「さぁね。でも相手の出方でその狙いはわかるだろう?単に石だけが欲しいコソドロなのか、それともオレの命が欲しいのか。」
まだ明け切らない夜空が覗く窓を背景に、キッドは笑った。
ヤツの言うとおり、確かにそれで狙いがわかるだろう。
そして狙いがわかれば、どんな奴らか想像はつく。
だが・・・。
「で?その取引はいつするつもりなんだ?」
「一応、3日後を指定しておいた。」
ニコニコそう答える怪盗は、まるでイタズラをしてきた子供のようだが。
無邪気に笑うなっての。
ソファに腰を下ろしたオレの前に、コーヒーの入ったマグカップが出される。
「じゃあ、そろそろ名探偵の方の話も聞かせてもらおうか。」
キッドもオレの真正面にどっかりと座ると、オレの話を聞く体勢を作って自分もコーヒーに口をつけた。
ヤツにそう促されて、オレは一通り話した。
一つは、ゴールドウェル社長が社内を何者かに調査されているのを気づいている事。
そして、もう一つは行方不明の伊藤さんのデスクで見つけたリングだ。
キッドはそのリングを手に取ると、指でつまんで凝視した。
「ただのプラチナリングだね。・・・『 Y.A to M.I 』
?メッセージ入りか。こういうのって普通、恋人からのプレゼントだったりすると思うけど?」
「そのM.Iっていうのは、伊藤さんのイニシャルに間違いないだろう。ただし、彼のその『伊藤 満』という名前は、公安職員として潜入するための偽名でしかない。」
「だとすると、このリングを彼にプレゼントした女性は、彼の偽名しか知らないゴールドウェルの社員ってことになるね。」
「ああ。彼と本当に恋人同士だったかどうかはわからないが、少なくとも彼に接触した社員がいるってことだ。」
「つまり、イニシャルがY.Aの女性。」
「そういうことだ。」
頷くオレを見、キッドは手にしていたマグカップをいったんテーブルに置くと、すっと立ち上がる。
と、そのまま奥の部屋に消えてしまったが、すぐまたリビングに戻ってきた。
手には、ペーパーを持っている。
オレの前にぬっと突き出されたそれには、名前、生年月日の他にも所属部署や入社年月日などがずらりと書かれたものだった。
「これは・・・。ゴールドウェル社員の名簿?」
「そ。イニシャルがY.Aの女性なんて腐るほどいるだろうけどな。」
・・・・だろうな。
と、一瞬にして目に付く名前があった。
「いや、待て。この人、イニシャルがY.A・・・しかも、伊藤さんと同じ部署だ!」
「どれ?」
覗き込んできたキッドにオレは名簿上にある一つの名前を指差す。
Aであ行なのだから、五十音順に記載されている名簿ではそれはかなり上にあった。
おかげで目に付きやすかった。
「『朝比奈 ゆりあ』?確かにイニシャルはバッチリだね。ふーん、しかもここ半年ほど前に入った派遣社員か。」
・・・何か気になるな、この人・・・。
これは率直なオレの感だが。
そんなオレを見て、キッドはクスリと笑った。
「気になる?名探偵。」
「ちょっとな。」
夜が明けたら、もう一度あの会社に繰り出して、彼女に接触してみるか・・・。
そんなことを考えているオレに、キッドは思い出したように付け足した。
「ああ、そういえば言い忘れてたけど。オレをこないだ襲ったヤツって、女だったんだよね。」
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