キッドとオレがゴールドウェル本社に潜入した翌朝、朝刊に例の行方不明になっていた伊藤 満さんに関連する記事が掲載されていた。
無論、オレがそれに目を通したのは、キッドのマンションから帰宅してからのことだったが。
夜な夜なの潜入活動だったので、自宅に戻ったのはもう朝陽が昇る頃。
シャワーを浴びれば、朝食を博士のところに食べに行くには、ちょうどいい時間になっていた。
「・・・何っっ?!」
阿笠邸のリビングで新聞を広げていたオレは、思わず声を上げていた。
ポットを片手にオレにコーヒーを注ごうとしてくれていた灰原は、手を止めて不審そうにオレを見る。
TVを見ていた博士もオレを振り返った。
「どうかしたのか?新一。」
「・・・あ、いや。ちょっと気になる記事が。」
オレがそう言ったところで、博士と灰原も新聞を覗き込んできた。
「なになに?“都内新宿区内の廃墟ビルより、男性の遺体発見。身元確認したところ、ゴールドウェル社員 伊藤 満さん(29歳)と判明”?これがどうしたんじゃ?」
「死因は首を吊ったことによる窒息死。警察は自殺と断定とあるけど。確かゴールドウェルって、最近キッドが盗みに入った会社だったわね。」
「・・・・・・ああ。」
───自殺? 本当に?
オレは顎に右手を添えて、やや俯いた。
「───それで?この件は、貴方が今、こそこそ動いている事と関係があるのかしら?」
・・・げ。
オレは顔を上げると、灰原がニヤリと薄笑いを浮かべている。
その顔は、事情を話せと言っていた。
そんな灰原にオレが逆らえるはずもない。
もしかして例の組織が絡んでいる可能性もなくもないし、事情は話しておいてもいいか。
オレは、溜息一つ、表向きには公表されていないもう一つの事件について話して聞かせることにした。
「まず、この死亡が確認された“伊藤 満”さんという人物は、実際には存在しない。」
「どういうこと?」
灰原が細い眉を寄せる。
博士も不思議そうな顔をして見せた。
オレは説明を続ける。
「実は、ゴールドウェルという会社には密輸疑惑があって、前々から公安がマークをしていた。亡くなった伊藤さんは、その公安の職員だったんだ。」
「つまり、この“伊藤 満”という名前は偽名なのね?彼は公安から送り込まれた、言わばスパイだったと。」
「なるほど。公安の潜入捜査だったというわけじゃな?だから公にもできずに、新聞にも偽名のまま公表しとるのか。」
オレは二人の台詞に頷くと、伊藤さんが行方不明
なった経緯を高木刑事から聞き、気になったので独自で調べていたのだということを白状した。
目の前に腰掛けた少女が、コーヒーの入ったマグに口をつけながらオレを見上げる。
「───それは、キッドがまだ盗んだ宝石を返品していない事と、彼が犯行日に何者かに襲われた事と何か関係があるのかしら?」
・・・・う。
相変わらずスルドイ。
「・・・ま、まぁ詳しい事はまだわかってないんだけど。キッドを襲った奴らと、今回の伊藤さんの件が、何らかの関わりを持っている可能性も否定できないだろうと思って・・・。」
「つまり、その公安職員が何者かに拉致され、殺害されたと言いたいわけ?いえ、それ以前に。ゴールドウェルの密輸疑惑に彼らが関わっているのではないかと、そう睨んでいるのね?」
───さすがは、灰原。ご明察・・・・。
この場合、灰原が言う“彼ら”とは、例の組織のことだ。
冷ややかにオレを見つめる灰原の横で、博士が心配そうな声を出す。
「・・・・じゃが、新一。伊藤氏は自殺と断定されてしまったようじゃし、これ以上、どうやって調べるつもりなんじゃ?」
博士の問いに、オレは昨夜潜入してちょっと拝借してきたプラチナリングを見せた。
「どうやら、ゴールドウェルの社員で伊藤さんと親しく関わっていた人がいるみたいなんだ。だから、そっちから当たっていこうかと。」
「おいおい、新一ィ。大丈夫か?相手はもしかして例の組織に関わる人物かもしれんのじゃぞ?」
「わ─ってるって。」
オレは苦笑いを返すしかない。
心配するなと言っても、確かに無理な話だろう。
けど、だからって止められたってやめるつもりはないし、そんなオレの性格を博士も灰原もよく知っているはずだ。
「───ところで、工藤君。」
「ん?」
「貴方、そのリング、どうしたの?」
「ああ、コレは昨夜ちょっとゴールドウェル本社に忍び込んで・・・・・」
そこまで言うと、灰原は片方の眉を微妙につり上げた。
「・・・へぇ?まるでどこかのコソドロさんみたいね?」
「・・・ははは。実際に、そのコソドロとつるんでやったことだから、何も言い返せね─けどな。」
すると、博士がその目を大きく見開く。
「何じゃと? じゃあ新一、今、キッドと一緒に動いておるのか?」
「一緒って別に・・・。この件に関して、調べるのにちょっと共同しただけ。」
「あら、仲良く共同作業をするなんて、貴方達、いつの間にそういう間柄になったのかしら?」
「・・・あっ、あのなぁ─!」
・・・・やめた。
まともに否定するのがバカバカしい・・・・。
オレはニヤニヤしている灰原を無視し、コーヒーを一口飲み干した。
それから、きっぱり言い放つ。
「・・・とにかく。今回、たまたま偶然こういうことになっているだけで、別にオレはキッドと手を組んでどうこうするつもりはねーよ。」
そんなオレを博士は、ハラハラするように見つめ、また隣に座っていた灰原は何も言わずに席を立った。
そして、振り向き様に言う。
「───ま、別に私が今更、とやかく言うことじゃないけど。」
オレは目だけ、灰原の方へと向けた。
少女の顔には、意地の悪そうな笑いが張り付いている。
そして、一言。
「せいぜい、あの怪盗さんに利用されないように気をつけるのね。」
・・・言ってくれる。
けど、灰原のその挑戦的な台詞に、オレもまたニヤリと笑って見せてやった。
「構わないさ。こっちもアイツを利用させてもらうんだからな。」
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昼近く、もう一度キッドの隠れ家であるマンションを訪れた時、ヤツの姿はなかった。
「・・・まぁ、平日だしな。」
オレはぼそりと言った。
普通に考えれば、当然学校があるわけで。
ま、アイツの場合、本当に学校に行っているかどうか、わかったもんじゃね─が。
昨日の早退に次いで、今日も学校を自己都合で個人的に休みにしたオレは、主人のいない部屋にずかずかと入って行った。
オレがヤツの部屋へ立ち寄ったのは、ゴールドウェル本社へ例のリングにあったイニシャルの人かもしれない“朝比奈ゆりあ”という人に会いに行く前に、現時点での公安の動きを知りたかったからなのだが。
ここへ来て正解だった。
オレは、パソコンの画面を見ながらニヤリとした。
公安の調査結果は、オレに余計な手間を省かせてくれていたからだ。
伊藤さんが行方不明になってからすぐに調査に乗り出していた公安は、当然の事ながら彼の交友関係についても目を光らせていた。
当然、伊藤さんのデスクにあったリングは公安にも発見されており、そのイニシャルの人物をゴールドウェル全社員から洗い出していたのである。
その中で重要参考人とされたのが、“朝比奈ゆりあ”だった。
伊藤さんと同じ部署に居たというだけで、大した根拠もなくオレがアタリをつけた女性だ。
だが、公安が彼女をピックアップしたのは、確固たる証拠に基づいてだった。
「・・・伊藤さんの遺書・・・だと?!」
どうやら伊藤さんの遺体の傍にあった遺書により、彼女の事が判明したというのだ。
遺書によると、“朝比奈ゆりあ”という女性は、もとは社長の愛人だったそうだが、社長の横暴さに困っていると相談を持ちかけられた事から、親密な関係になり、つい仕事の事を彼女に漏らしてしまったとある。
その責任に耐えられず、自ら命を絶ったと───。
オレはその報告書を一読して、椅子の背もたれに寄りかかる。
「遺書の筆跡鑑定の結果は、本人の物と完全に一致・・・か。」
・・・確かに、外部に職務の内容をバラすなど、公安職員としてはあるまじき行動ではある。
自責の念にかられて、というのもわからなくはない。
───だが。
これが本当に自殺で間違いがなかったとしても、気になることはある。
オレは添付資料の中の朝比奈ゆりあという人物の写真に目をやった。
目鼻立ちの整った美人だ。
あのやり手の社長の元愛人と言われても、十分に頷ける程の美貌だな。
「・・・なるほど?綺麗なお姉さんだな。」
「・・うわっっ!!」
突然、背後からかかった声に、オレは思わず椅子から立ち上がりそうになった。
振り返ると、自分と良く似た顔の少年が「やぁ」と片手を挙げてにっこりしている。
相変わらず、心臓に悪い登場の仕方だ。
「お、お前、いつの間にっ!どっから入ってきたんだよ?!」
「やだな。ちゃんと玄関からだよ。大体ここはオレの部屋なんだから、こそこそ侵入する理由はない。」
・・・のわりには、気配を消して入ってきやがって。
軽く舌打ちした後で、オレはキッドの野郎をマジマジと見た。
フツーに私服姿。
「・・・・・お前、学校に行ってたワケではなさそうだな。」
「名探偵こそ、二日連続で学校サボって大丈夫なのかな?」
「ほっとけ。ちゃんと出席日数は計算してある!そう言うお前こそ・・・」
どこに行ってやがったと続けたかったオレの言葉は、キッドがいきなり本題に入ったことで遮られてしまった。
くそっ。
「例の公安職員、自殺しちゃったそうだね。」
「あ、ああ。公安の調べによるとそういうことらしいが・・・・。」
「気になる?」
「まぁな。仮に自殺が本当だとしてもだ。この人・・・。」
オレは画面の中の彼女を見つめた。
キッドも同じ様に画面を覗き込む。
「ふ─ん?社長の愛人ねぇ?上手い具合に利用されたんだったりしてね。」
オレは横にあるキッドの顔を見た。
「彼女が社長と画策して、伊藤さんを自殺に追い込んだかもしれないって言うのか?」
キッドは薄く笑っている。
「さぁ?だけど、利用されたのはその公安職員だけとは限らないだろ?」
そのとおりだった。
公安職員である伊藤さんと社長の両方に通じていた彼女なら、その両方の情報を持つことができた。
どちらか一方に肩入れしていたというのなら、もう一方は利用されていたということになるからだ。
いや、それともその両方を手玉に取っていたのかも。
だが、それ以外にも可能性はもう一つ。
オレは僅かに眉を寄せた。
すると、キッドはオレが思っていた事を口に出した。
「そういう彼女自身が、実は誰かに利用されているとかね。」
オレとキッドの視線が交差する。
目が合って、キッドはその口の端を持ち上げた。
「ま、オレの出したラブレターに来てくれるのが、この美人だったら直接会って話を聞けるけどね。」
オレは、それに頷く。
オレは、パソコンの画面からキッドの方に向き直り、改めて言った。
「おいキッド。3日後は、オレも立ち合わせてもらうからな?」
「どうぞご自由に。 ただし、自分の身の安全は自分で確保してもらわないとね。」
「当ったりめ─だ!オメ─の手を借りるつもりはね─から、安心しやがれ。」
そんなオレにキッドはニヤリとして、もう公安の情報には興味がなくなったのか、パソコンから遠ざかって行く。
部屋を出ようとした寸前で、ヤツはこっちを肩越しに見た。
「ついでに、オレの仕事の邪魔もしないでくれるとありがたいんだけどね。」
それには、オレも笑って返してやった。
「まさか、お前、忘れたわけじゃないだろうな?オレが探偵だって事を。」
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2005.10.30
まだ終わってない・・・。
すみません、次でこのシリーズ完結しますので。
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