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41.被害者の計画
 

 

 

───もしかして、オレ達は間違っているのかも。

唐突に浮かんだその考えは、あまりにもストンとオレの胸に落ちた。

「・・・どうかした?名探偵?」

「あ、いや。とりあえずここは引き上げて、出直さね─か?」

そう提案したのは、一度この場を離れて自分の考えを整理したかったからだ。

キッドはオレにあっさり同意を示すと、オレ達は家を後にした。

そうして、再びレンタカーに乗り込んだオレ達は、のどかな畑が並ぶ車道を走り始める。しばらくすると、前方にラベンダーが綺麗に咲いている畑が見えてきた。

人気のないその花畑にキッドは車を停めると、オレ達は無言で車を降りた。

爽やかな風に青紫の小さな花が揺れている。

運転席のドアに寄りかかったキッドを残し、オレは少し畑の前方へと歩いていく。そうして、真っ直ぐ前を見つめたまま、言った。

「・・・・もしかして、この事件は最初から間違っていたのかもしれない。」

「何かわかった?」

風に靡く髪をかき上げながら、キッドは返す。その声は落ち着いていた。

「わかったというか、自分なりの結論は出た。ま、あくまでオレの推論でしかないけどな。」

「聞かせてもらおうか。」

「遺体が発見された現場について、いくつか不自然な点があることは昨夜、言ったとおりだが。」

「被害者の遺体がわざわざベッドに横たわっていた事と、缶コーヒーが片付けられていなかった事だったね。」

「そう。例えば、こういうのはどうだ?ベッドに横たわったのは松並氏本人の意思によるもので、現場に残っていた缶コーヒーを飲んだとされる犯人なんて、実は存在しない。全部、松並氏が用意したものだったとしたら。」

キッドがその眉を僅かに寄せたのを見つつ、オレは続ける。

「つまり、彼は殺されたんじゃない。あれは他殺に見せかけた自殺だった。そういう解釈をすると、謎が全て解けるような気がするんだよな。」

言いながら、オレは事件の資料をパラパラとめくった。

「何よりこの絞殺痕。擦過傷だなんて、普通の絞殺じゃ絶対にありえない。だが、もし自らの首を絞めるような何らかのトリックを使ったとしたら、その拍子についた可能性はある。」

証拠があるわけじゃない。

ただ、睡眠薬入りのコーヒーを自ら飲んで、ベッドに横たわった後、首が自動的に閉まるような仕掛けを作り、それを実行したというのなら、納得できるという話だ。

事実、現場のテーブルの上にあった灰皿には、正体不明の燃えカスがあった。

それが何なのか。

もしかして、彼自身が時限発火装置のようなものを使って、その仕掛け自体を燃やしたのかもしれない。

オレの話に、キッドは神妙な面持ちを見せた。

「なるほど。 そうすると、彼の奥さんのあの不自然なアリバイ工作は 、彼の自殺とは無関係になるのかな?」

「共犯でないのは間違いないだろうな。もし、今回の計画のことを松並氏が彼女に話していたのなら、アリバイ作りももっと合理的にできたはずだ。」

「確かに。」

「でも、だからと言って、彼女は何も知らないわけでもなかったんじゃないか?」

急激に複数の生命保険に加入した夫。

そして、彼の夜半の不可思議な行動から、彼が自殺しようとしていることを薄々気づいていた可能性は否定はできない。

オレはキッドへ向き直った。

「知ってるか?生命保険は加入してから3年以内の自殺の場合、死亡保険金は払われない。つまり、保険金を受け取るためには自殺ではなく、他殺に見せかける必要があったわけだ。」

「だとすると、 あそこまでアリバイを作った彼女の行動からして考えられるのは、彼女 は自分の夫が自殺することは知ってても、実際に正確な時間までは知らなかったってことか。」

「・・・ま、そういうことだろうな。」

オレは腕組みしながら、頷く。

 

たぶん、これが真実。この事件の真相だ。

つまり彼女は犯人ではないが、結果的には夫を見殺しにしたことになる。そこにどんな理由や事情があろうとも。

「気になるのは、松並氏の自殺の理由だ。保険金がネックだとしても、取り立ててお金が入用な状況には見えない。だとすれば、何か他に理由があったのかも。」

それが何かはわからないが。もし、万が一にも組織が絡むようなことだったとしたら。

オレの考えに、キッドは何も言わず、ただ前を向いたままだった。

 

 

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それから、オレとキッドが再び彼女の家を訪れた時、もう陽は暮れかかっていた。

話があると訪れたオレ達を、彼女の方は不審げな顔で出迎えた。

その顔はもう話すことは何もないと言っている。

「あの。今日は何か・・・。お話しできることは、こないだ全部したと思いますけど。」

すると、オレの横に立つキッドがにっこりと笑顔を作った。

「おかげでこの名探偵が、事件の真実に辿り着いたようでしてね。」

キッドのその台詞に、彼女の瞳は僅かに見開いた。

“真犯人がわかった”と言わないあたり、彼女も警戒をしたのかもしれない。その顔からは少しだが、緊張の色が見えた。

 

実際、警察の捜査は相変わらず、暗礁に乗り上げたまま。

容疑者らしい容疑者の登場が見込めないため、被害者の妻である彼女の保険金目当ての殺人という線は消せないようだが、彼女のアリバイが完全である以上、どうにもならない。

あれから彼女が任意で事情聴取を受ける事もないという。全く疑いが晴れたというわけではないらしいが。

 

「・・・それで、何かわかったんですか?」

おずおずと聞いてきた彼女に、オレは頷いて見せる。

「現場の状況や貴方のお話を伺った上で良く考えたんですが、そもそも警察の初動捜査には間違いがあるように思います。」

「それはどういう・・・?」

よくわからないと言った風に彼女は不安そうな顔をした。

そんな彼女にオレはにっこり笑う。

「ご存知ですか?殺人事件では、犯人が被害者を自殺に見せかけて殺害するいうトリックを使うことがあるんです。」

「・・・え、ええ。あのドラマや小説などでは見た事ありますけど。それが何か?」

「今回はその逆なんですよ。他殺に見せかけた自殺です。つまり、貴方のご主人を殺した犯人なんて、最初からどこにもいないんです。」

オレがそう言い放つと、彼女はその目を大きくして固まった。

それから、オレは松並氏の他殺にしては不自然な点が多い事、彼女が複数の場所で完全なアリバイを用意していたことについて述べた。

オレが話している間、彼女は表情をなくしたままずっと黙っていたが、明らかに動揺していた。

やはり、彼女は松並氏の自殺の事を知っていたのだとオレは確信した。

やがて、怯えた目がオレを向いた。

「・・・警察にこのことを?」

「いえ、今、お話しした事は単なる僕の推理でしかありません。残念ながら、ご主人がどういうトリックで自殺を計ったかまでは、実際わかってはいないんです。」

明確な証拠があるわけではないが、それでもこのことを警察に伝えれば、行き詰った捜査に一石を投じることにはなる。

すると、キッドが穏やかな笑顔を向けて口を挟んだ。

「ご心配には及びません。警察へどうこうするつもりはありませんから。」

「・・・え?」

「その代わり、貴方の知っていることを全て教えてもらえませんか?私が興味があるのは、彼の自殺の理由なんです。」

そう言って、キッドはにっこり笑った。

 

 

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そうして、完全に日も暮れた頃、オレはキッドと再び、富良野駅前のホテルラウンジにいた。

そこはキッドが待ち合わせに指定した場所、つまり今回の現場でもある。相変わらず、閑散としたラウンジにはオレ達の他に客は1組しかいなかった。

テーブルに乗ったコーヒーを見つめながら、オレは腕組みしていた。キッドは正面で砂糖とミルクたっぷりにカフェオレに口をつけている。

結果から言うと、彼女の話から今回の松並氏の件は自殺であると断定できた。

オレ達の考えどおり、彼女は自分の夫の不審な行動から彼の自殺を予測し、そして考えられる限りのアリバイ作りをしたというわけだ。

ただ、彼の自殺の理由がどうにもはっきりしない。

多額の生命保険の加入。

確かにそれは、彼女に夫が自殺するのではないかと気づかせる要因の1つにはなったらしい。

だが、彼女は言っていた。

“私や娘には親切にしてくれて、とてもいい人でした。だけど、愛されていたとは思いません。出会った時から、ずっと死に場所を探しているようなそんな人だったんです 。”

 

「死に場所を探していたっていうのがもし本当なら、彼が組織の人間で、北海道へ組織から逃れてきたっていう仮説も一応成り立つような気もするけどな。」

オレの呟きにキッドは視線を逸らす。

「だとすると、彼は実際、行動を起こすのに4年もかかったってことになるけどね。」

「最初は死ぬつもりだった。でも彼女達と出会って、そんな考えを捨てたのかもしれない。オレとしては、どうも彼が今回、自殺に及んだのは 突発的な理由に見えてならないんだけどな。」

「仮に彼が組織の人間だとすると、組織が彼に何らかの接触を計ったとでも?」

「あくまで仮定の話だ。殺される前に死ななきゃならない事情があったっていうなら、納得できなくもないだろ?」

でもそれは、オレ達の勝手な憶測でしかない。

事実、松並氏が本当に組織の人間であった証拠はどこにもなかったし、ましてや誰かアヤシゲな人物が接触したかどうかなど、そんな証言も得られなかった。

ただ、彼はどうも普通の人とは違う気がする。

不自然なほど空白過ぎる過去。松並氏個人の情報があまりにもなさ過ぎる。普通の人間が、過去を知られたくないからと隠すレベルの話じゃない。

そんなアヤシイところがあるから、余計に彼が組織の人間じゃないかと感じさせてならないのだが。

でももう、自殺した理由は完全に闇の中だ。

 

キッドは手にしていたカップをソーサーに置いて、息をついた。

「殺人事件ならその犯人からどうにかなるとでも思ったけど、自殺されたんじゃお手上げか。無駄足だったね。」

「せめて松並氏が組織に関係があるかどうかだけでも、はっきりできたら良かったんだけどな。」

「そうだとしても、もう死んじゃってるしね。」

そのキッドの台詞に、オレは視線だけをヤツに向けた。

───じゃあ、死んでいなかったら?

もし本当に松並氏が組織の人間で、まだ生きていたとしたら、コイツはどうするつもりだったんだろう?

父親の仇かもしれない人物を目の前にすることになったとしたら。

一瞬、浮かんだ物騒な考えにオレは眉を寄せた。

コイツの場合、時々何をするかわからないとこがあるんだよな・・・。

 

「・・・で?これからどうするんだよ?」

そうオレが訊ねると、キッド瞳だけこちらに向けた。

「別にどうもしない。それとも何?名探偵は警察に助言でもして、事件をちゃんと自殺として片付けたいのかな?」

「んなこと言ってねーだろ。」

多少膨れっ面でオレが返すと、キッドはにっこり笑顔になった。

「まぁどうしても白黒つけたいっていうなら止めはしないけど、今のところ、自殺の物証もないし、面倒臭そうだ。オレは手を引かせてもらうから、後は名探偵にお任せするよ?」

「オメーから依頼しといて、ずいぶんと投げやりじゃねーか。」

「いやいや。オレが名探偵に依頼したのは、あくまでこの事件の真相解明についてのみだからね。」

 

・・・・あっそ。

要するにお前が興味があるのは、この件に組織が絡んでいるかどうかという一点だけで、他はどうだろうとお構いなしってことかよ。

ま、わかるけどな。コイツの場合。

オレは溜息をついた。

 

そうして、オレとキッドは北海道をあとにしたのだった。

 

 

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「あら。わざわざ北海道まで行ったのに、お土産はこれだけ?」

北海道土産としてロイズの生チョコを片手に訪れた阿笠邸で、オレを出迎えたのは、灰原の冷ややかな視線だった。

・・・悪かったな。時間がなくてあんまり買ってる余裕がなかったんだよ。

とは言わずに、オレは苦笑いだけする。

とりあえず、リビングに通してもらったオレは、コーヒーをもらいながら、博士と灰原に北海道での事件について、話して聞かせた。

 

「・・・なるほど。他殺に見せかけた自殺か。珍しいパターンじゃな。」

髭を触りながら博士が頷く横で、灰原が溜息混じりに言った。

「 で、結局、北海道まで行って、欲しい情報を得る事もなく帰ってきたワケね?」

「・・・ま、そういうことになるな。」

オレが頷くと、少女は一瞥をくれた。

「でもそのおかげで今、無事でここにいられるんだってことを良く覚えておくことね。」

「・・・・・・・わかってるよ。」

「本当にわかってるのかしら?“組織”の名前が出れば、後先考えずに突き進むのは、軽率だとしか思えないけど。」

容赦ない灰原の攻撃に、博士が見かねて助け舟を出してくれた。

「まぁまぁ哀君。しかし、その松並さんという人の素性も自殺の動機もよくわからないんじゃ、どうにもならんの。」

「そうなんだよな。結果的にうやむやで終わったし。」

大きな溜息1つ、オレは持っていたバッグから白い封筒を一枚出した。

「それは?」

聞いてきた灰原に、オレは片手でヒラリと封筒を回転させる。

「今回の報酬。」

何の変哲もない白い封筒を凝視した灰原がその目を細めた。

「・・・・・・まさか、彼お得意の暗号たっぷりな予告状?」

「・・・だな。」

今回の事件が組織の絡むものであれば、そこから得られた情報が1番の報酬だったのだろうが、仕方がない。

すると、灰原が鼻で笑った。

「ずいぶん安上がりな探偵さんね?」

彼女のその笑いをオレは「うるせー」と口を尖らせるしかなかった。

 

 

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2007.07.22
 


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